フラッシュネタが通じないとは……。
と言うわけで、スタジアム入りして30分後。
「新井時人! いっきまーす!!」
そう高らかに宣言して、俺は契約更改が行われる応接間に入った。
なんだか校長室くらいの風格がある厳かなお部屋。
茶色のテカテカした2人掛けのソファーが部屋の真ん中で向き合うようにして置かれていて、その間にはこれまた高級そうな木製のずっしりとしたテーブル。
ソファーの向こう側には、球団代表のおじさまとお金が絡むと現れるなんちゃら部長みたいな人がいて、俺が座る側のソファーには選手管理部長。
あんこう寿司で一緒に寿司をつまんだ仲だ。
そのおじさんが俺が部屋に入るとソファーから立ち上がり、俺のタイミングに合わせてまた一緒に座った。
そして、年に何回かしか会わない。
しかし、この前にあった納会の時に、胸に丸めた新聞紙を詰め込んで、キャサリンとエリザベスという俺が考えた巨乳コントを一緒にやってくれた球団代表が口を開く。
「新井くん。今シーズンはよく頑張ったね。入団テストからドラフト10位で入り、春キャンプからの地道なトレーニング。
そして、5月半ばのチーム状況が苦しい時期からよくチームを引っ張ってくれたね。オーナーのビクトリアさんも喜んでいたよ」
「そうですか。それは良かったです。頑張った甲斐がありました」
「そんな君に提示する年俸はこれだ!!」
テーブルの上にパシーンと叩きつけるように置かれた契約用紙。
俺は食い入るように覗き込むがあまりよく見えない。お馬さんの被り物が邪魔なんですもの。
お馬さんの口元をガバッと開けてもなかなか見えないので、お馬さんの被り物を脱いでその辺に投げ捨てた。
改めて契約更改書類に目を移す。
俺の年俸は……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん…………さんぜん………にひゃくまんえん。
3200万円!!
「……あれ! お寿司屋さんで俺が獲得したのはぴったし3000万円でしたが……
俺がそう訊ねると、球団代表のおじさまは、ははは! と、笑い声を上げた。
「今シーズンの君は、2軍の時から声出しをしたり、試合前にチームを盛り上げたり、ファンサービスに力を入れたり、スタッフや球団職員の人間にも積極的にコミュニケーションを取ったり。
プレー以外の部分でも現場から評価する声が多かったからね。あと、CMやスポーツニュースなんかでも、ビクトリーズの広告塔と言ってもいい役割も担っていたからね。球団からの感謝の気持ちさ。君が3200万円になれば、プロ野球史上の最高上がり幅にもなるしね。
でも、春先にファームの試合で2軍監督に直談判して、勝手に試合に出て、勝手に怪我した件での処罰の分は差し引いてあるからよろしく」
あら。確かにそんなこともありましたわね。
しかし俺的には、今のところは十分なお給料を来年は頂けて、みのりんにも安心してもらえそうなので、とりあえずは元気にお礼を言うことにしよう。
「ありがとうございます!!来年も頑張らせて頂きます」
俺は立ち上がって、お偉いさんに向かって深々と頭を下げた。
と、見せかけて………。
「エリザベース。またジェームスがしつこくナンパしてきたわ〜ん。だから私言ってやったの。そのナゲットみたいなイチモツをなんとかしなさいってね〜ん」
「ギャハハハ! もうそのネタはいいって」
そんな感じで、契約更改の書類にグリグリっと力を込めて判子を押しまして、サインしまして。
お偉いさん達と握手を交わしまして、よいお年を! メリクリ、メリクリ〜! と挨拶して、ニッコニコで応接室を出た。
そして向かったのは、いつもは試合前のチームミーティングや試合の合間に隠れてアイスを食べるのに使っている部屋。
今日はメディア向けに開放されている。
年俸はまだ内緒だが、一応は契約更改をしましたという発表だけはしなくちゃいけないからね。
200万円の追加ボーナスがありましたおかげで、思ってもみなかったテンションが上がってしまい、お馬さんの被り物を投げ捨てたままにしてきてしまったので、俺はそのままイケメンフェイス顔で、そのお部屋に入った。
もしかしたら、メディアマンは誰も居ないんじゃないかと心配したけれど、ドアを開けた瞬間に、無数のフラッシュが俺を襲う。
ここはイマヤマトンネルか!
というツッコミが滑りましたので、俺は真顔で用意された椅子に座った。
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