パンツァー、フォー!
「いやー、ようこそおいで下さいました!先程ずっと美味しそうに食べて頂いてありがとうございました!」
「いえいえ!本当に美味しかったですよ。さすがはネタにこだわるあんこう寿司さんでしたよ」
「ありがとうございます。付き合いのある漁港や企業さんに助けられてなんとかやっていますよ」
などと言いながら現れたのは、今度こそあんこう寿司さんサイドの偉そうな人。
ご丁寧にご挨拶されて、エリアなんちゃらなんちゃら責任者みたいに書かれた名刺をもらった。
なんでも今日は、オープン前のデモンストレーションデーらしく、近隣の住民や社員やスタッフの家族。店舗を回転するまでにお世話になった人達をお店に無料で招待しているらしい。
その招待した人達をお客さんに見立てて、接客サービスの練度向上を目指したり、店舗のオペレーションを確認したりというそんな日らしい。
「まだまだネタはございますから、お二人もよかったら好きなお席に着いて、お好きなように召し上がって下さい。もちろん、何か気になるところがありましたら、言って頂いて」
そう言われたら断るはずもなく、僕ちゃんは選手管理おじさんと一緒に並んでカウンター席に座った。
「新井くんはまだ食べれるのかい?」
「あと10皿はよゆーっすよ!!」
「あっはっはっ! すごいねえ」
「さーて、まずは何を食べようかな?こんな時期だから、午前中から球団事務所内は忙しくてさ、お腹すいちゃったよー」
おじさんはおじさんで、選手管理の大変な業務の中での贅沢な一時。
おしぼりで手を拭きながら、タッチパネルやお品書きに目を移す。
「この、大洗直送お任せ3貫握りっていうの美味しかったですよ。あと、あんきもポン酢も」
「そうか。じゃあ、それにしようかな。後、甘エビとカンパチと……」
おじさんはご機嫌な笑みになりながら、少し苦戦しながらもタッチパネルを操作してお寿司を注文した。
今回の撮影協力と美味しいお寿司を提供して下さっているあんこう寿司さんは、栃木県には初出店であり、茨城県は大洗町に本社を置く回転寿司チェーン。
大洗町といえば、茨城県の真ん中辺りにある海沿いの町であり、人口は1万6000人ほど。
有名なものといえば、大洗水族館やシーサイドパーク、海水浴場といった施設やスポット。
最近では、JK&パンツァーという女子高生がド派手で緻密な戦車バトルを繰り広げる人気アニメの聖地としてさらに知名度を上げている。
店内にもそのアニメとのコラボグッズやメニューなどのポスターやノボリが見える。
そんなわけで大洗町は今、年間450万人以上が訪れる、北関東有数の観光地となっている。
「はい、お待たせ致しました! 直送3種握りでーす!」
「おお! きたきた!頂きまーす!………うん! 美味い!!ネタがデカイ!」
大洗町の魚市場から朝一番で届けられた新鮮なネタに、おじさんも頷きながら舌鼓を打つ。
隣に座る俺も、そんなおじさんと野球の話をしながら、数皿ほどお付き合いをした。
「新井さん、新井さん! よろしければお店に飾るサインをこちらに頂けるでしょうか?」
スタッフの中で1番若く可愛らしいと思われる女性にサイン色紙とマジックペンを持たせた俺の元に寄越すあんこう寿司さんサイド。
今日は番組撮影の協力をしてもらいましたし、美味しいお寿司をご馳走して頂きましたから、俺は快くサイドに応じる。
「もちろんオッケーですよ! 何枚でも」
「それじゃあ、とりあえず20枚お願いします!」
ドン!!
どこに隠していたのか、俺の目の前にたくさんのサイン色紙を置かれ、半ば無理やりマジックペンを持たされた。
「あの、これはあゆみちゃんへ。って書いてもらえますか? …こっちはコージくんで」
などと色々注文を受けながらマジックペンを走らせ、周りにいた従業員の家族にも身バレする格好になり、サイン色紙が追加され、さらには記念撮影も懇願された。
そんなこんなで満足いくまでお寿司を堪能した俺はおじさんに別れを告げてお店を出た。
ぽっこり出たお腹を擦りながら、とりあえず散歩でもしようとその辺をブラブラ。
10分ほど歩いて駅前に到着し、カフェのシェルバーの前に通り掛かると、すっかり嗅ぎ慣れた巨乳の香りを感知。
シェルバーの裏口から出てきたポニテちゃんを発見した。俺の前を歩くようにしてこちらに背を向けている。
「おーい、さやかちゃーん! バイト終わったのかー!?」
俺の声に反応して、ポニテちゃんがこちらに向かってゆっくりと振り返る。
その顔は今にも溢れそうな涙を必死に堪えていた。
ほんの数秒。俺の姿を見つめていた彼女がその涙を止めどなく流し始めた。
そして、涙と一緒に溢れ出てきた感情を押し殺すようにして、俺の胸に飛び込んできた。
「………新井ざーん………どうしよ………どうしようー!………うわーん!!」
俺の体に強く腕を巻き付けた彼女の悲痛な泣き声が俺の胸の中に振動し、涙が俺のダウンジャケットを濡らした。
「おー、どうした、どうした」
あのポニテちゃんがすがりつくようにしてきたわけですから。
もちろん、よっしゃ! という気持ちはある。
しかしそれ以上に、ポニテちゃんがわんわん泣いているわけですから、よほど何か重大な問題が起きたのだろうとすぐ分かった。
そしてさらに、迷わずぎゅーっと抱き締めるように泣きついてくるくらいの俺に対する信用が彼女の中にあるのも嬉しかった。
その後、彼女を安心させるようによしよしと背中の辺りを撫でてあげながら安心させて、近くの喫茶店に連れ込んだ。
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