12 A−の強さ

 案内された練兵場れんぺいじょうは、土が剥き出しの二○メートル四方程の空間で、身も蓋もない言い方をすればただの空き地であった。


「ウチに新人が来ることなんてまず無いからな。真面目な奴が剣を振りに来ることはあるが、ここが使われるのなんて、もっぱら喧嘩のときくらいのもんだ」


 他の支部では、新人講習や冒険者同士の交流で使われることもあるようだが、ティアミスでは整備するほどの需要がないようだ。


「んじゃ、やるか。お望み通り殺す気でやるが、魔術師に負けた経験は無いんでな、死なないでくれよ」


 一○メートルほど離れて向かい合うマノスは、なんと上裸に巨大な両手剣という如何にもな狂戦士バーサーカースタイルである。いわく、魔術師に対しては耐魔法付与の無い鎧は邪魔なだけらしい。


「いつでもいらっしゃい」


 まずは先日見た魔術隊一○人分くらいの魔力量で様子を見ようか。


「"万力"のマノス、行くぜッ!!」


 マノスは、大剣を真っ直ぐにこちらに向けた腰だめのまま、地面がえぐれるほどの踏み切りで跳躍ちょうやくする。


 速い。


 肉眼ではほとんど追うことすらできないが、直線状に魔術による対物障壁を配置して突進を受け止め――


「なるほど、これが対人戦における祝福の厄介さな訳ね」


 マノスの剣はあっさりと対物障壁を貫通し、腹部を穿つらぬかんと迫って来たところを、


「おいおい、そりゃないぜ……ッと!」


 手を振り払い、距離を取る。私としては一本取られたという感覚なのだが、マノスとしては、得体のしれない現象に困惑しているのだろう。


 魔術隊一○人分の魔力量というのは、なにも舐めてかかっているのではなく、マノスとおおよそ同程度に調節した結果である。

 そして、魔術と魔術がぶつかり合った場合の優劣というのは、込められた魔力量と思念の強さで決まる。

 たとえ紙のように脆い障壁であっても、優勢であれば武技スキルとして込められた魔力は防げるはずなのだ。マノスの武技をみて、それを防ぐために私が配置した障壁を貫通してきたということは、想定していない要素が優劣に関与しているということだ。


「その魔術の破壊は狙ってのものなのかしら」


「考えたことはねぇが、力比べは得意なんだよッ!!」


 祝福の特性を理解してのことではなく、経験から競り勝てる魔力量を測っているようだ。


 距離があるまま振るわれた大剣からは、魔力の斬撃が飛ばされる。剣を掴まれたのを警戒してか、牽制けんせいで放ったようだ。

 だが、のだ。先程と同じ障壁を張り、斬撃を防ぎきる。


「祝福というのはね、魔力に干渉できるの。貴方の第四位階"万力"は、身体的な力の増幅だけでなく、同量の魔力に対して、自分の魔力に優位性を持たせられるのね」


「だから魔術に競り勝てるってか?」


「加えて、魔術や武技スキルに込められる思念は単純なほど強くなる傾向があるわ。特に武器に魔力を込めて、その武器の特性を強化するような武技スキルは、間違いなく最も強い思念となる」


 これは私ですら逃れられない現象である。同量の魔力では、『風刃』よりも見様見真似で剣を振った方が効果が大きいのだ。


「じゃあなんでッ」


 マノスの大剣が燃え上がる。


「俺の剣を当たり前に素手で止めてんだ、よッ!!」


 ふたたびの突進からの大振りな一撃。最初の突きと比べると、かなり魔力消費の激しい大技のようだ。


 だが私は同様に、大剣を素手で受け止めた。剣がまとっていた炎は消え去り、魔力が霧散していく。


「クッソ!!」


 大剣を引きながら蹴りを放ち、まるで体の一部かのようなたくみな大剣さばきで流れるように連撃を放ってくる。

 しかし、ただの物理攻撃は適切に障壁を張れば全て止められるのだ。


 少し大振りになったところで、こちらから距離を詰め、手を伸ばして振り始めの剣の根本に障壁を置いてやれば


「んなッ!?」


 弾かれるでもなく、想定外の位置で止められた剣では、咄嗟とっさの防御も間に合わず――


「えい」


 私はガラ空きとなったマノスの


「グゥッ!?ッてぇな!!」


 精一杯の身体強化で殴ったのだが、この魔力量では痛い程度のようだ。


 少し距離を取り、ファイアボール、ウォーターキャノン、風刃、ストーンニードルを展開し、放つ。


だと!?ってちょっと待っ」


 放つ。放つ。放つ。放つ。


 爆発、衝撃、切断、貫通と、それぞれ特性の違う四種類の魔術の連打は、対魔障壁無しに受けきるのは難しい。

 技量を見せるというのが、これで納得してもらえたかはわからないが、人間の最上位層の力量というのは十分に測れたので終わらせてもらおう。


「だいたい解ったから終わりでいいわ。エキナ、治してやりなさい」


 かなり加減したので、大事には至らないだろう。土煙が晴れ、満身創痍なマノスが姿を現す。


「腕千切れてるかと思ったぜ……」


 そこへエキナが近づき、患部に手をかざすと


「終わらせ方が雑過ぎますもんねぇ。はい、お終いです」


 相変わらず気持ち悪い速度で傷が塞がり、ぶらりと垂れていた腕も問題なく動くようになったようだ。


 マノスが先程の白刃取りはなんだと、聞きたげにしているが、空き地では落ち着かないため、協会の応接間で話の続きをすることとなった。

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