アリス【主人公】の転生 2

 さて、一般的に考えて何一つ自分に関する記憶が無い。そして何故か布一枚で裸状態、現在位置も不明、そんな中視界に入った一番最初の人間が和服姿にローブで出来る限りの作り笑いで手を差し出し挨拶してきている状況である。


 ではこの状況、あなたならどうするだろうか。


(笑顔でこちらこそ!……になるわけねえよなあ!)


 少女はこうした。


 龍に帰ってきたのは……言葉でも差し出す手を握る手でもなった。


 足だった。


「……ん?」


 無言の笑顔のまま差し出す手を握らない少女に疑問符を浮かべた龍は、時間の焦りから普段であれば死角から飛んでくるその攻撃を防ぐことが出来なかった。


「変態イイイ!」


 グチャッ。


「……なっ!お、お、お、おま……そこは!」


 この状況……少女が言い放った単語はある意味正しい使い方だったかもしれないが、繰り出された一撃は無慈悲だった。


 少女の放った足による蹴りは綺麗に龍の股間を捉えたのだから。


 人体における最大の弱点は五臓六腑などの臓器だ。だが基本的に皮膚、筋肉、骨等に守られている。だが男性の股間にある睾丸……つまりゴールデンボールだけは皮膚だけで何も守られていない。


 少しの衝撃でも通常では歩けないレベルで痛みが生じてしまう臓器なのだ。


「…………」


 その男の弱点に強烈な右足による蹴りが炸裂したのである。龍は白目を向きながら股間を抑えながらうずくまりその場で倒れた。


 少女はその様子を確認すると服を羽織るように着て、花から降りると勝ち誇ったように右手を突き上げる。


「……っシャア!変態の玉ァ!打ち取ったりィィィ!」


 少女は叫び終えると、すぐさま自分の服を探しこの場から立ち去ろうとする。


「今のうちに逃げないと……服服服……ていうかここどこだよ、見た事ない風景だし……日本には見えないか……となると国外!?あたし拉致された?」


 少女はうずくまっている龍を見ると、おもむろに蹴り始めた。一応現状において優位にたっているのは少女だ、軽い尋問をすればここがどこであるか、どうすれば日本に帰ることが出来るか分かると思ったのだろう。


「おい!変態!犯罪者!ここ何処だよ!ん?この人……日本人?ていうかさっき日本語喋ってたような……じゃあ日本語を喋れる……アジア人?てことはここ……アジア圏?おい!ここ何処ですかー?」


 体質なのか股間を蹴られた痛みが引いてきた龍が少しずつ立ち上がろうとする。


(こいつ……自分で蹴っておきながら早く起きろとか……鬼か?……やばいな、本当ならもう撤退してるはず。いつもとは様子が違ったんだ、何が起きるか分からない以上早く動きたいのに)


「ぐっ……まだいてえ……でも早く動かないと。あいつらが来ちまう」

「何訳わかんないこと言ってんすか?とりあえずここ何処よ?早く家に帰りたいんですけど!」


 龍は痛みが残る中、よろめきつつ立ち上がる。そしてすぐに立ち去ろうと荷物のある岩に行こうとした……その時だった。


「…………」


 長年に渡る戦闘経験によって研ぎ澄まされた感覚によって龍は気づいた、二人を狙う獣が足早に迫っておりもう逃げても間に合わないと。


「時間切れか」

「は?時間切れ?まさか助けとか!?やった!誰か!助けて!ここに居ますよ!」


 転生した直後、何故ここまで動けることに多少なりとも疑問に思う龍だが、それよりも今から起きる襲撃にどう対処するかを優先した。


(早いな……数も多い、あれほどの儀式が起きたんだ近くまで来ていたんだろうが……すべてが想定外だ。だが……杖も銃もローブに入ってる。何とか出来るか。こいつが邪魔しなければだが)


「嬢ちゃん、その格好ですまないが俺の後ろに隠れてくれ。軽い戦闘になる」

「はあ?何言ってんの?今から来るの助けでしょ?あんたの後ろに隠れる理由がないでしょ?」

「……そうだな救助…・・・人だと俺も別の意味で安心できるな。だが法律違反でもあるが」

「ちょっと何言って」

「おいでなすった」


 龍は魔法陣の向こう側の崖に視線を向けた。そして少女も同じように希望の眼差しで同方向を見るが直ぐにそれは絶望が入り混じった疑問の表情に変わった。

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