第48話 懐かしの高層マンション


「……舞が連れ去れた? 」


 フランとユウカの深刻そうな会話。


「あぁ。黒いスーツを着た奴ら。 フランは知らないか? 舞とあいつらの事とか」


 フランは首を横に振る。 


「……早く助けに行かないと」


 フランは立ち上がると急いで飛び出した。

 どこに向かう気なのか、心当たりがありそうなフランにユウカは問い掛ける。


「舞の居そうな場所、知ってるんだな?」



 フランが急に止まる。


「……知らない……」


 口元に手を持ってきて、真剣に考えだすフラン。  ユウカはあまりの事にドアに激突した。


「し、……知らんのかい!」



「……どうしよう? 舞が、舞が」



 慌てふためくフランに、鼻を抑えながらユウカが近づく。



「とりあえず、部屋に戻ろう。 慌てて飛び出しても、見つかる訳じゃない。 ちょっと冷静に整理してみよう」


 フランは頷くとユウカと部屋へ戻る。 一度に色んなことが起きすぎて、ユウカだって頭がついてきてない。 一度落ち着くべきなのは、正しい判断だった。 フランも、起きてすぐの事で、エリィ-に大分とダメージを与えられていたはず。そんな体で動くのは危険極まりない。



「……この部屋で?」


 しかし、戻った先の部屋は惨劇だった。 2人はボロボロになった部屋の前で立ち尽くす。


「そ、そうだな。 とりあえず片付けからするか」



 二人はせっせと片付けたのでした。






 黒い車が連なって走る。


 ――――車の中。

 

 車内は緊迫した空気でピリピリとしていた。


「どうして、私を連れて行く訳」


「あんたのして来てたこと、わかってんだろうね?」


「な、何の事よ?」


 舞の前に座るのは、黒い着物に美しい花柄の刺繍の入った女。 彼女は一寸たりとも表情を変えずに、睨みを効かしている。


 横に座る男が耳打ちをする。


「そろそろ着きます」


「そう」


 女は冷たい声で一言いうと、舞にまた鋭い目を向ける。



「後は帰ってから話します。 それとこの刀はこちらで預かります」


 淡々と彼女は語る。 その言葉に、優しさも、感情も、気遣う素振りもない。


 舞は成されるがまま、それに従い、舞を乗せた車は大きなお屋敷へと入っていった。





 ユウカが道を歩いている時の事である、今日はバイトが15時で上がりだった為、家へと向かって帰っていると声を掛けられた。



「こんにちわ」



 誰か知らない女ではない。 こいつは、エリィ-を殺そうとした女だ。 


「覚えていたようね。 ちょっと付き合いなさい」


 女はユウカを誘った。 どこへ連れて行こうと言うのか。 ユウカは黙って女について行った。

 ついた先は以前お世話になった、高級高層マンション。  受付の女の人達が、メイド服に似た服を着た女を見て、会釈をした。


「おかえりなさいませ、エクスマキナ様」


 彼女は笑顔だけ返して、堂々と中に入っていく。 これが日常なのだろうか、受付の人も彼女も、慣れ切ったような振る舞いだった。


「お前、どうするつもりなんだ」


 ユウカは薄々気づいた。 自分はまずい状況に今いるのではないかと。 殺されるのかもしれない。だから気を抜けない。


「大変な事になってるみたいよね」


 エレーベータ―は2人だけを乗せて、どんどんと上がっていく。上層階が高いだけに、エレベーターの時間も長く感じる。隣にいるのは美人はお姉さんと言っても凶器に狂っている。何を考えてるのかすら、解らない上に2人きりは息が詰まった。


「何の事だよ」


「あら?ここに来てボケをかますのね。 そんなの要らないわよ。 私の言ったとおりになってる見たいじゃない」




「さっきから何の話をしてるんだか俺には解らない」




 已然、ユウカは体に力を入れている。 いつ絞殺されるかなんてわから無い。 この室内は密室なのだから。 カメラはついてるかもしれないが、この長さだ。 絞められてる所を警備が気づいても、殺すには十分な時間がある。 それに、このふわふわした衣装の下に何を隠していてもおかしくはない。 例えばナイフとか



「あの子はいずれこの世界を潰すわよ」


「……どういう事だ?」


 ユウカの目の色が変わる。 エレベーターは目的の階につくと、音を鳴らして口を開けた。

 女はすたすたと自分の部屋の扉を開ける。



「とりあえず、上がって頂戴な」


 ユウカを招き入れた。



 テーブルには、洋菓子のセット。二段に重ねられたケージにはマカロンにカステラ、クラッカーなどが並べられていて、可愛い正方形の小さなケーキもあった。 種類はイチゴにチーズケーキにチョコに生クリームにと色々あって、どれもデザインが可愛かった。 暖かい紅茶がユウカの前に差し出された。


「どうぞ、召し上がりなさいな。 ゴールデンチップスよ」


 ユウカは眉をしかめて紅茶を見た。


「毒が入っているとでも思っているのかしら」


 何やら思わせぶりな表情を浮かべる女は、この状況を楽しんでいるようにも見えた。いや、ただ余裕があるだけか。



 「別にあなたを殺すために呼んだ訳じゃないわ。 言ったでしょ。 あなたを殺したって何の意味もないと」



 だが左腕を切り落とされた事を忘れてはいない。 謎の液体。紅茶のようには見えるけれど、ユウカからしたら、見たこともない飲み物に戸惑っていた。この香りも知らない。




「綺麗にくっついたみたいね? 支障もなく使えて良かったわね」


 健全に動くユウカの左腕を見て、喜んで見せる女。

 ユウカはティーカップに口をつける。 初めて飲む紅茶の味はおいしいともまずいとも言えない、初心な味だった。 普通の紅茶よりもあさっりしている様で、苦みと言うよりは、どこか青臭いような味がしていた。

 しかし匂いは嗅いでいるといつしか、それが心地良い匂いの様に思えた。


 女はユウカの表情を見て問い掛ける。


「お口にあったかしら」



「俺に何のようなんだよ。 てか、お前は誰なんだ?」



「そうね、自己紹介がまだだったかしら。 私は│櫻木三三子さくらぎ みさこ。 みさこで良いわ」



「櫻木さんは、エリィ-の何を知ってるんですか?」


 ユウカは食い気味に話しを差し込んだ。


「あら、あなた案外無礼な人ね。人が話しているのに。 結構冷酷な人なのかしら。 言ったわよね、あれはいずれ世界を滅ぼすと。 あなたもその脅威を目の当たりにしたんじゃないの? 確実に力をつけだしてるみたいだけど。 それでも甘ちゃんな事を言っているのかしら。 果たしてあれが暴れたら、あなた達は止められるのか、見ものね」



「暴れるってなんだ。 暴れた事なんてないぞ。 そう言う話をしてくるって事は、エリィ-がいきなり成長したのを知ってるって事だよな? 俺たちの事を逐一見てたってか? それとも脅しか、いつでも見ているぞと。 こうなる事も予測済みみたいな言い方だな」


 女は笑って見せた。


「さぁね。 あなたがどう思うかは想像に任せるけど、あの魔力のでかさは、敏感な奴には危険を感じる物よ。 いきなりあれだけの魔力をつけるなんてことはできないんだから。 元から持っているからその魔力を持積事が出来る。 だけど、成長はあれだけでは終わらないわよ。 そうなったら誰も手を付けられない」



「だから、エリィ-を殺すってか? あいつは何もしていねぇ」



「何もしていない? 本当に言っているの?」


 女は急に笑い出した。


「それはあなたが知らないだけ。 まぁ、この話は止めましょう。 あなたにこの話を伝える儀理は私にはないもの」



「なら、お前は知ってて何で、ここで流暢にしてるんだ。 言ってる事が矛盾してるとしか思えなんだけど」


「そう? 私はただ忠実にあなたとの約束を守ってるだけよ。 別にこの世界がどうなろうが、その結末はあなたのせいでしょ? 私は止めたわよ?」


 ユウカは、紅茶を置いた。女からすればこの世界はどうなろうが関係ないとも聞こえるし、ユウカとの以前の約束柄、動いてないとも聞こえた。


「話はそれだけなら、俺はこれで失礼する。 ここに居る意味はない」


「あら、冷たいわね。 まだ話したい事はあるんだけど。 あなたはまだ事態の危険さに気づいてないの? 」



「知らない。 気づいてないし。俺にはそんな風に見えてない。 俺の答えは変わらず、エリィ-はそんな事をしないだ。 じゃあな、お茶御馳走様。 偽りの櫻木さん」


 彼女はその言葉に嬉しそうにした。 ユウカの鋭さが嬉しかったのだ。


「この世界で起こっているウィルス事件が、ウィルスじゃないとしたらどうする?」


 ユウカは足を止めた。 



「どういう事だ? あれは蔓延したウィルスなんだろ。 誰かが撒いたとかって話なら、とにかくワクチン作って殺すしかないだろ」


「そんなものできないわよ。 一生待ったってね。だって効かないのだから。 この世界のほとんどはバカばかりで笑ってしまうわ。 他人に任せきりで、真実を知ろうとする人はあまりにも少ないのだから。 いいように情報に踊らされるのね。 まぁその方がこちらも都合が良くて助かるのだけど」


 ユウカに憎悪の表情が現れる。 


「あら? 何か思い詰める事でもあったのかしら? 」


 キラーウイルスとして出回っているそれは、ユウカの大切な人を目の前で奪い去ったものだ。このウィルスに対してはユウカは怒りのようなものを感じていた。 だが相手はウィルスなのだ。 かかって死んでしまうのもまた自然の定め。 仕方がないものなんだと、恨みは有れど、自分を納得させていた。 当たる相手もいないからだ。 だがそれがウィルスでないのだとしたら、一体なんだと言うのか、疑問が恨みを呼び起こす。




「教えろ。 知っているなら、その元凶を。 もしかしてお前らか?」



「私がそんな事する訳ないわ。 だからさっきから言っているでしょ。 後は私の名前が嘘だと推理したその賢い頭で考えなさいな。 探偵さん。 この元凶が終わらない理由を私は語っているわ」



「お前の名前の事なんて誰でも気づくだろ」


「鋭いわね。 そう言う人間、私は嫌いじゃないわ。 私はミサギよ。 これは本当の名前。 正解したあなたに一つだけ、何でも答えてあげるわよ」


「あのフード男はお前の仲間なのか?」


 ミサギは誰の事を言っているのか? 頭を悩ませて見せたが、何やら思い出したのか、嫌そうに話し出した。


「あぁ、あれね。 あれはその辺にいたのをちょっと利用しただけよ。 私とは何の関係もないわ」


「エリィ-の事は何を知っている?」


「それはもう、全てを語ったわ。 まだ理解していないの?」


「効いている根本が違う」


「あなたの直の目で見てみるといい」


「ウィルスと言われている元凶は…… いや、どうせ同じ答えしか言わないか」



 ミサギはその通りと言わんばかりに笑っていた。 ここからは平行線をたどるのだろう。

 ユウカは挨拶して部屋を後にした。


「欲張りね。私は一つと言ったんだけど。 私もなぜか流されて答えちゃってたけど。 無知は罪ね」


 ミサギは楽しそうに出て行った方向を見ていた。




 ユウカの部屋は何とか綺麗になったのだろうか。 とりあえず、床に散らばった物は元の位置に戻された。 ひびの入った壁はガムテープで張り直し、つぶれた家具等はちゃんとゴミステーションへと運んだ。

 


「ただいま~」


「……おかえりなさい。 ユウカ」



 フランは覚えていないと言う。 自分が目覚めてからは、この部屋はどうしたのかと、聞いて来た。 

自分が大きくなっていた事や、エリィ-と戦っていた事、 そして、フラン自身の言動すらも覚えていならしい。 


 彼女の体が熱くなって縮んでいったのはユウカは覚えているが、あれはまるで機械のようにも見えた。


「フラン、お前って生き物なんだよな」と言うユウカの問いには頭を悩ませていた。だが触ったところ、特段固いわけでも無く、生物特有、むしろ、柔らかい肌をしていたから間違いなく生き物なのだろう。

 

「舞の事心配だよな?」


 フランはこくんと頷く。 



「そうか、だから舞はいつも刀を持っていたのか。 あいつらが良く家に来ていたとか、そう言う為の護身刀だったんだな」


「……その人たちは知らないけど、舞はあの刀大切にしていた。 あれは形見でもあり、決して離したくない大事なものだからって」


「そうなのか。 あいつ何に巻き込まれてるんだ? 政府と何かしているのか?」


「……さぁ、わからない セイフって何?」



 とにかく帰ってくるのを待とう。そうするしか事がわからない。 役所や舞の家にも行ってみたユウカだったが、役所の人はそんな人は知らないと言っていたし、舞の家にもいる気配はなかった。



 当然エリィ-も帰ってくることは無く、フランとはテレビを見て過ごした。テレビのニュースでは、騒いでいたバイパーの事件もいつの間にか取り上げられないようになっており、知らぬ間に、平和な世の中になっていた。



 舞は御上との話が終わると、家に帰された。 舞は息消沈したように、家に入る。 ただ広くて物静かな家。 大きな庭の見える襖を開ける。 舞は横にあった柱を殴った。 そして唇を噛み締めて頭を柱につけた。 暗くて、ひんやりとした空間で一粒の涙が零れ落ちた。





 

 辺りが暗くなった頃。 ユウカの家の玄関が開く。 誰かが入ってくる足音が、廊下に響いた。


「フラン!いる?」



 舞だ。 


「おい、お前無事だったのかよ」


 顔が赤く腫れている。 


「……舞」


 心配していたフランは舞に飛びついた。 


「帰ろう。 荷物まとめて」



「おい、どうしたんだよ。 てか、何があった。 ゆっくり座れよ」


 ユウカは自体が呑み込めないだけに、舞から話を聞こうとしていた。


「今までありがとう。 家に戻るわ。 お世話になったわね」


「そ、それは、あの連中の事柄が解決で来たって事か?」


「そういう所ね」


 舞の返事は素っ気なかった。 


「そ、そうか。 良かったな問題が解決できて」


 もう、あの連中から追われる事がないというのなら、それは良い事だ。  いつもの普通の暮らしに戻るだけ。 元から、舞は一緒に住んでいた訳ではないのだから。 帰る日はいつか来る。


 だけど、これは何かかが違う。 どうしてか、納得のいったような出て行き方ではないようにユウカは感じた。 



「……舞。 もうここにはいないの?」


 フランはどこか、心悲しげに、舞に問い掛ける。


「そうよ。 私達の居た場所に帰るわ。 準備して」


 まるで感情が無いように、冷たい言葉が通り抜ける。


「俺は別にいいんだぞ。 このままいてくれても」


「いいえ。 迷惑もかけるから。それに、これはあいつらからかくまってもらう為であって、もうその必要はないんだから、ここに居る意味もないわ」



 確かにそうだ。 ユウカも止める事など出来ない。 これは舞の問題であり、舞の事なのだから。彼女が決めた事を頭ごなしに、まして、自分のいて欲しいと言う感情で阻害する訳にはいかない。 

 舞が語らないのも、相談してこないのも、それは話したくないから。 なら、ユウカが出来る事もそれまでであった。




「気をつけてな」


 二人を玄関まで見送るユウカ


「えぇ。 ありがとう」


 素っ気なかった。 その一言ドアが閉まったのはほぼ同時だった。 また、舞の冷たい、仮面を覆った姿を目にした時、ユウカはとても悲しい気持ちになった。


 いつしかの昔に戻ったみたいだと、一人の時間を黄昏る。 エリィ-もいなくなり、舞たちもいなくなると、こんなにも、静かになるんだなと、一人でに語るテレビとにらめっこする。


 だが、これこそが紛れもなくユウカに会った普通の”日常”なのであることはまごう事無き事、それ以外の日常こそ、非日常なのである。

 悪魔や幽霊? 魔物や神など人間が作り上げたただの偽物、創作物であって、現在などしていないのだから。


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