第35話 二つの恋



「……舞、起きて、……舞! 」



 フランが一生懸命に舞の体をゆすっていた。


「あれ……私――、」


 急に昨晩の事がフラッシュバックの様に甦る。


「生きてる? ユウカ! ユウカはどうしたの?」


 舞は飛び起きて辺りを見回した。 ユウカの姿はない。 と言うか部屋がきれいだ。足元には飛び起きた時に飛ばされた掛け布団が落ちていた。


「……ユウカなら、今歯を磨きに行ったけど。 もう私達御飯もすましてるよ」


「え? 歯を磨いてる? そんな……生きているの?」


「……舞? 何言ってるの?」


 フランはいつもと違う言動の舞に動揺していた。

 舞はすさまじいスピードで洗面所へ向かう。


「ユウカ!」


「おう、ふぁい。 ふぉうしはんら? きゅふひ? しっはりへれたか? 」


 舞の目の前で確かにいつもと変わらず歯を磨くユウカがいた。


「アンタ生きてるの……? 本当に……? だったらどうやってあの状況から切り抜けたの?」


「まふぃ、 ほはえ、あははら、げんひはな」


 一緒に歯ブラシしていたエリィーが、元気な舞に話しかけていた。


「つふは、はんだよ? 生きへるっへ。 ほまへ、まだへてふのは?」


 ユウカの口から歯磨き粉がこぼれた。


「ほい! ほまへ、 ひはなひぞ! 」


「あぁ~、 わひぃ、わひぃ」


 今度はエリィーの口から歯磨き粉が垂れた。



「あぁ!、おまえほそ、はへてふはないか!」


「ぬはぁ! ほまへがしゃへるはらだろうは!」


 舞はだんだんいらついてきた。 



「アンタら何話してんのかわかんないのよ!! 」


「おまへは、はなひはへてくるはらだろう! 」


 その言葉にユウカも反論する。


「もういい。 それ終わったら話すから早く終わらせて部屋来て」

 

 舞は扉を思いっきり閉めて出ていった。




「……舞? 何しているの?」


 舞は仁王立ちでユウカが来るのを待っていた。 あんなにしっかりと首元を被りつかれて、生きている人間なんて見たことがなかったからだ。 

 どうなったのか、しっかり聞かなければ、フランまで危険に合わすことになる。それに何より、昨日見た白い怪物の事があまりにも恐ろしくて、知らなければ自分を落ち着かすことすらできない。

 あんな恐怖は初めての体験だった。 人生で一度しか味わく事ができないのではないだろうか。 あの、死ギリギリの体感、死んでいたはずなのに助かったと言う経験は。



「……舞? 学校はいいの?」



「ん? 学校?」


 舞は完全に忘れていた。 今日は登校日である事を。



「え? 今何時?」


「……もう7時半回っているけど」


「嘘でしょ! やばい!」




「舞ー、終わったぞ? 話ってなんだぁ? 」



 ユウカとエリィーが部屋に入ってきた。


「う、うっさい、今そんな場合じゃないから。

 てか、なんであんた起こしてくんないのよ!? 」



「はぁ? 起こしたよ。何回も。 だけどお前が気絶したように寝てるから、布団だけかけてやったんだろうが。 フランが心配して、何度もお越しに行ってくれてたんだぞ」



「だから、それは気絶してるんでしょうが! もう!

 ちょっと洗面所借りるから」


 舞はドタバタと洗面所へ行った。

 

「いや、お前が気絶してるとか……知らねぇし……」


「朝から元気な奴だな。  いつもあんななのなのか?」



「……ううん。 あんな舞めったにない」




「まぁ、元気な事はいい事だな」


「……うん。 ……でも、あれはそう言うのとは違う気がする……」


 心配するフランと元気な姿を好んで見つめるエリィーであった。



「じゃあ俺先行ってるからな」



「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。 私まだ支度終わってないんだけど」


「ゆっくり来たらいいじゃねぇか。 じゃ俺行くな」


「だからちょっと待ってよ!! 待ってて言ってるんだから待ってくれてもいいでしょ!」


「はぁ? 何で俺が待たなきゃいけないんだよ。 俺が遅れちまうだろ。それにその態度が待ってもらうやつの態度かよ? 」



「うっさいわね。 起こしてくれない、アンタが悪いんでしょ! 自分だけ、準備進めちゃって」



 エリィーとフランがそれを聞いていた。


「おい、また始まったぞー。 いつ見ても仲のいい二人だな。 アイツが来てから、何だかユウカが明るくなった気がする」

 エリィーはとても嬉しそうに笑っていた。


「……うん。 息はぴったりだと思う。すごくお似合い。 明るくなったの表現は、なんか違う気がするけど……」





登校中。


「ちょっと、なんで先行くわけ? あり得ないし」


「何だよ、いっつも一緒に来るなとか言ってんのお前じゃんか」



「今日はアンタにどうしても話したいことがあんの! つうかなんでアンタ平気な訳? 鈍感にも歩度があるでしょ」



「なんなんだよさっきから。 訳わかんねぇ。 ほんと、お前主義な奴だな」


「ねぇ、もう少しペース落としてよ。 これじゃ話せないじゃない」


「嫌だ」


「はぁ? これじゃアンタと話せないでしょ!」


舞は力いっぱいユウカの手を引っ張ろうとして手を取ったが、逆にユウカに引きずられるように、体を引っ張られてしまい、思いっきり手を握っていた。


「ちょっと、お願いだから止まって」


「ふざけるな。 学校に遅れるだろうがい」


「もう、お願いだから」


「じゃあ俺の手を離せばいいだろう」


 舞は思った。 なるほど。 私がしつこく手を引っ張ているから、ユウカも勢いで走ってしまっている、追いかけられるから逃げてしまうあれと一緒だ。 手を離せは自然といつもの歩みに戻るはず。

 舞はすぐさま手を離した。

 ユウカは、失速するどころかさらに加速して走って行った。

 その結果に舞は拍子抜けだった。

「ちょっとぉ、話が違うじゃない!!」


 舞は慌てて追いかけて行った。



 結構な差が開いていたのに、舞はぎりぎり、校門をくぐったユウカの後ろに追いついていた。



「はぁ、はぁ、はぁ、 何とか間に合った」


「全然待ってくれないじゃない。 あんた最低よ」


「誰のせいでこんな走ったと思ってんだよ」


「私のせいだって言うの? 」


「お前以外に誰がいるんだよ? わざわざ待ってやったらこれじゃねぇか」


「どこが待ってくれてたのよ? 一人で行こうとしてたじゃん」


 二人の喧嘩が昇降口の前で始まった。



「おい、おまえら! 学校の前でいちゃついてないで、早く教室行けよ 何してんだ全く」


 体育を担当している先生が二人を注意した。 舞の顔が赤くなる。

 一限目が体育の学生が、すでに先生と一緒に外を走っていて、二人の夫婦漫才は注目を浴びた。


 そのせいか、いつもの舞に戻る。 


「はぁ、もういいわ。 さよなら」


 ユウカは急に態度の変わる舞に、戸惑いを隠せないでいたが、これ以上ここに居るわけにもいかず、舞の背中だけを見届け、離れの教室へと走った。


「アイツ、なんであんな風な態度をするんだ?」



授業の終わり



「おい、ユウカ~。最近冷たくないか? 」


「そうだぞ。 いくら勉強が追いつていないからと言って、愛想が悪すぎるぞ」



「な、何だよおまえら急に」


学と桂川が湧いて出る。


「お前さ、今日もホームルーム遅れそうな時間に入って来るしさ、飯食いにったら急にいなくなるだろ?

 お前本当は何やってるんだ? 」


「いや、ちょっとな」


 舞の事が気になって一緒に居た事は口が裂けても言えない。 ましてや一緒に住んでるなんて知られたら偉い事だ。 こいつらなら絶対に言いふらすから、学校中に広まってしまうのが目に見える。


「何だ? 勉強じゃないのか?」


「ほらな、また隠すだろ? どうしたんだよお前? 」



「何もねぇって。 ちょっと寝坊しただけだ」


 二人の目は疑いの眼差しでユウカを見ていた。 


「おっす! 3人とも」


 黎がやって来た。 


「おい、お前なにしに来たんだよ」



「星に用があって、っていなくない?」


「あぁ、未来さんなら生徒会だ。 朝早くから学校へ来てるらしいが」



「ふ~んそうなんだ。 なんか星も忙しくなっちゃったね。 まぁ、前から忙しくはしてる子だけど」


 黎は最近の星の忙しさに心配もしていたが、何よりこの学園に来てからと言うもの星とは全く一緒に居られなくなってしまった為不満を抱いていた。 

 星が自分のモノという訳では無いが、せっかく仲良くしていた親友が他の人たちにずっと取られてしまっているような感覚がもどかしかった。


「じゃ、しゃない。 ごめんだけど、これ、星に渡しといて」


そう言ってユウカにボールペンと手紙のようなものを渡して行った。


「おい、なんで俺何だよ! 」



「いいじゃん。 お願い。 もう授業始まるし、任せたよ!」



 勝手な奴だ。とユウカは任された大役に重みを感じた。 星と喋るだけでも心拍数が上がるのに、それ以前に最近はめっぽうに会えてないの状態で、どう話せと言うのか。とユウカは思考を巡らせていた。


 何せあのモテようだから余計に声が掛けづらいでいた。




「今日はこれ早く片付けて、授業に戻りましょう」

「はい」


 副会長の号令と共に役員たちはせっせと動き出した。

朝の早い時間から登校している生徒会は、今日も、荷物に書類に追われている。


 令嬢学園は全世界でも名を轟かせるような名門校だ。海外の学校にだって引けを取らない。

さらに言えば、ここにはすべてのエキスパートがそろっている。天文学、地学、数学、語学、博学、心理、スポーツ、法学、物理、化学に電気、機械工学、医学、経済学。


 博士にだってなれるであろう立派な研究施設もある。 大学病院も持っており、中にまだ上の大学院もある。そこは本当のエリートクラスだけが入れる場所だが。 それだけ一気に集まった学び舎は他にないだろう。 

 そしてこの学園の面白いところが、全て自分たちで賄っているという事だ。 自分たちで研究し、自分たちで設計して、リフォームをし、この学び舎で、外の企業とつながりを持ちながら、実践を経て学んでいく。

 そして各学生たちが助け合って学校を運営しているのだ。


ここはエスカレータ式に挙がれる学校。 つまり、 中学校から始まって、 高校では終わらず、その世界が羨むほどの大学に入れるチャンスが待っている。 


 その学園の要となる核が、令嬢学園の大学でありここが指揮を取っていると言ってもいい。 この学園の構造は城そのものに似ている。 門の中に門があり、一番奥にあるのが大学である。 そこから高等区、中等区とブロックが分かれている。


 高校で消耗した部品、使用しなくなったモノ、壊れて修理や、買い替えないといけない部品等。すべて、この大学から提供される。故に、申告が必要なのだ。

 申請する事でその研究している大学生らが、高校や、中学校に必要な物資が下ろしてくれる。

だから生徒会は忙しい。 先ほども言ったように、この学校は教員が看守の元、全て生徒たちがやらなければいけない。 当然高等区、中等区も例外ではない。 それができない生徒は必要ないのだ。  


 だからどの学校でも生徒会がすべて学園のことを把握しておかなければならない。 いわば、その学校の司令塔だ。彼らが機能しなくなればこの学校の有意義さは無くなるのだ。

 要らない備品から、無駄なお金。そして必要経費等、割り出しわかりやすく書類にし大学側へ渡さ。 学校の修理、次年度に向けての予定の計画。 何より彼らが大変なのが、部活動の管理だろう。30以上の部活があるのだ。 いつも部活先を訪問する生徒会を目にする。 

それだけではなく、生徒の規律を正すのもまた彼ら。 


こんなもの普通の人では務まらない。生徒会は優秀な者の上に立つ、優秀な人なのである。



 星はそんな中でせっせと励んでいた。


それは朝の登校の事である。 早く来た星は令嬢の学生がいる校舎の屋上のカギが無くなっていたので、屋上を見に行っていた。


 丁度ドアを開けると、物静かに本を読む青年がいた。


「あ、あの、ここで何してるんですか?

 屋上は危ないので勝手に生徒会室から鍵を取らないでください 」


 それ以前にどうして目の前の男は勝手に生徒会室に入れたのだろと、不思議だった。 星以外まだ誰も学園には来ていないはずなのに。 それに登校するにしては速すぎるのだ。



「あれ? 生徒会の人? こんな早く来ちゃうの? ちょっとびっくり。 ごめんね。 今鍵返すよ」


 彼が本をおろしすと、二人は反応する。


「あれ? 杉邨君? 」


「えっ? 星ちゃん? 何でうちの校舎に?」


「だから、鍵がなかったから」



「それにしたって、よくわかったね。 うちの屋上」



「そりゃ階段登ればいつかは付きますよ。 屋上なんだから」


 杉邨は、少年のように笑った。


「ははは、違いない。 でも怖くなかったの、 朝だって言ったってまだ薄暗し、不気味でしょ?」


 星の目が涙目になっていた事を杉邨は見逃さなかった。



「怖かったですよ。 あまり入ったこともない校舎ですし。

 大体誰のせいでこんな目に逢ってると思ってるんですか! 」



 星の立場から見れば、朝の早い時間から、要らない仕事を増やされて迷惑なものである。


 杉邨は毎日ここで本を読んでいた。 どこからともなく彼が登校してくると言う噂があったがようはこう言う事だ。

 彼は静かな場所で本を読むのが好きだった。 家は静かとは言え、落ち着かない。 だから彼は誰よりも早く登校して、こうして知識を蓄えていた。


「そうだね。 まさかこんなに早く登校してくる生徒がいるなんて思ってもいなかったから。

 こんなの初めてだ。 びっくりした。 でも頑張り過ぎなんじゃない?少し」


 彼は立ち上がると星の方へ向かってきた。


「あんまり頑張りすぎは体に毒だよ。 星ちゃん一人の仕事じゃないんだから」


 優しい笑顔で星の頭にポンポンと優しく触れる。


 星はその優しさがとても、暖かくて、気持ちが良かった。ただ星は黙って、照れながらまるで頭を差し出すようにうつむいていた。


「これ以上いたら星ちゃんの邪魔だし、星ちゃんに悪いから降りる事にするよ」


「あ、ありがとうございます」


 杉村はにこっと微笑んでいた。 優しい笑顔。



 一緒に校舎を出て、星は生徒会室に向かった。



「ちょっと、いつまでここに居るんですか?」


 杉邨は校舎を出てからずっと星と一緒について回っていた。

そして今、生徒会室の机で書きモノをしている星の前の、ふかふかのソファーに横になりながら読書を楽しむ杉邨の姿があった。


「ん? いいよね生徒会室ってさ。 こんなに立派なものがいっぱいあって。 このソファーとか最高じゃん? すごく読書が進む。 俺ここに住もっかな」



「止めてください。 仕事の邪魔になりますから」


「星ちゃんて本当に仕事熱心だよね。 こんな誰も来てない時から一人でもくもくと一人で頑張ってて」


 それには星なりの劣等感があったからこそだった。


「それは私が、できなさすぎるから、こうやってやらない行けない状況になってるだけで……」


 星の周りの生徒会が出来過ぎるだけなのである。 星だって、優等生だ。成華学院ではほぼ主席に近いし、生徒会も立派に勤めていた。 自分の仕事はしっかりとこなし、そしてさらにプラスαな事をしていて、褒められるほどだ。 だが、この学校がすごすぎるが故、集まる人もまた、異端児

物凄い仕事量を難なくこなしてしまうのだ。 星からすれば、これだけの差を見せつけられてなお、そんな彼らと一緒に生徒会をしなければならないのだ。 くらいついている。心の強さだけは彼女もまたここの学生と同じものを持っているのかもしれない。



 気づけば杉邨は星の横で書類を見ていた。顔が近い。 星は驚いて動揺していた。杉邨は美男子だけあって、女子からは人気も高い。 星から見てもそのきめ細やかな美しい肌に目を奪われていた。


「ん。なるほど、 じゃぁ、これとこれが、こうで。 こうすればこれは完了っと」


「ちょっと、何勝手にやってるんですか」


 星は長い時間考えて、なんとかいい方法をかき出そうとしていた書類を簡単になぐり書かれ、また要らぬ仕事が増えたと、焦りを感じていた。


「後この書類だよね」


「ちょっと、何してるんですか!? 」


これ以上めちゃくちゃに書かれては、星が早く来た意味がない。

他の生徒会の皆にも迷惑が掛かってしまう。


 杉邨は黙々と目を通すと、物の数分で書き進めていった。 星の言葉等、集中しているからか入ってきていない様子だった。


 星は呆れて書類に目を通すと、そこには何ともしっかりとした文章が書かれていた。

星ですら思いつかないような、それでいてとても説得力のある文。


 彼は上着の内ポケットから眼鏡を取り出すと、それをかけた。


「ちょっと、集中しようかな」


 星はその姿に惚れた。 あんなにふわふわしている一件、今現れた彼はインテリ優等生のような顔をしていた。

 星がどんどんと飛んでくる書類に目を通してるうちに、彼はあっと言う間に、たまっていた書類を片付けてしまった。


「はい、これでおしまい」


 少し疲れた表情を見せ伸びをする。 眼鏡を直すと、またいつものさわやかな笑顔が星を迎えた。


「お疲れ様。 これでやらないといけない事は全部かな?」


「え、っと、 朝やらないといけない事はこれで全部だけど……」


生徒会でもない彼のあまりもの速さに、星は呆気に取られて言葉が出ない。


「え、でも、どうして?」


「ん、だって、すごい量だったし、これ星ちゃん一人でするのは大変過ぎるでしょ。 だから手伝っただけだけど?」


「そ、そうじゃなくて、生徒会でもないあなたがどうして、こんなに早く回答ができてしまうの」


 星にとってはそれが不思議で仕方がなかった。 そして追いつけてない自分をさらに再確認させられているような気分でもあった。


「ん? そんなの簡単な事だよ、 あまり考えすぎない事。 結局物事の本質は同じなんだ。どんな形をしていたってね。 数学にしたって国語にしたって、元をたどって行けば同じルールの下で動いてる。それが少し形を変えただけさ。 つまり俺は、同じような答えしか答えていない」


 星には何を言っているのかよくわからない。


「その顔だと、あまり理解できていない感じかな?」



 星は大きく首を振った。


 杉邨は大きく笑い出した。


「あはは、本当に君は可愛いね。だから好きなんだよ」


 星はその言葉に心臓の鼓動が速くなっていった。


 「つまりね、本質さえわかってしまえば、何をやっても早くできてしまうって事だよ。君が言葉を話していて、自分は後れを取っていると思うかい?」


「思った事、ない、ですけど」


「でしょ? だから、それはしっかり本質の上を歩いているからなんだ」


 ますます星の頭は混乱した。 余計に訳が分からなくなる。


「そうやって難しく考えるから、遅くなってしまうってことさ」


 なんとなくわかったような、わからないような。


「それでもどうして、読書の時間を割いてまで手伝ってくれたの?」


 当たり前の事を聞くなと言うような表所をする。


「こんなの一人でやってることがおかしいでしょ? 星ちゃん一人が頑張って背負ってやることじゃない。 ここは令嬢学園なんだから。 これは皆がやるべき事。 だからやっただけだけど? 」



 なんなのだろ、この人は。 平気で人の心を持って行く。 星に向けられたその笑顔は、彼が話した言葉にさらに追い打ちをかける様に、心に何かを感じる。


 嬉しくて、感謝の気持ちがいっぱいで、それでいて申し訳なくて、彼が助けてくれて。この時間で彼に対して湧き上がる気持ちがいっぱいになる。 



「まだ学校が始まるまで時間が少しあるよ。 よかった。 これでもう少し君とここに居られる。

 早く終わらせて良かった」



「な、何を言っているんですか。もう、」


 彼は優しく笑うとまたソファーで横になって本を読み始めた。


「あ、でも俺が屋上を使ってった事は2人だけの秘密にしておいてね」


 何なんだこの人。 心をかき乱してくるように、この人といる空間は優しさで包まる様な気持ちになった。


「まだ、学校始まるのは早いから、お、お茶、入れてくるね」


 星はそ場から逃げ出すように出ていった。




「外、大分騒がしくなったね」


 杉邨は読書を続け、星は今日の分の書類を片付けていた。


 時計を見ると、そろそろ教室に行った方が良い時間だた。


「あの、ありがとうございました。 わたし、そろそろ教室に戻ろうかと思うんですけど……」


「あれ? もう戻っちゃうの? 残念」


 彼も時計を見た。


「しかたないか。 じゃあ、俺も戻ろっと」


 丁度生徒会室に生徒会の一人が入ってきた。


「あっ、凪宮さん」


「あれ、星さんじゃない。 こんな早くに、来ていたの」


「お、おはようございます。 すいません。 今片づけますので」


 凪宮が部屋の中に入っていくと、ソファーで寝転ぶ杉邨が目に入った。 テーブルには星と杉邨のお茶飲みと、彼が持ってきて食べたお菓子の袋が散らかっている。


「あなた達ここで一体何しているの? 」



 急に凪宮の声色が変わる。


 丁度星には、散らかっているテーブルが目についていた。


「え? あ、いえ、あの、くつろいでた訳じゃなくて、私が仕事をしていたら手伝ってくれていて」


「ふ~ん、それでこれ」


「あの、本当に、遊んでいた訳じゃ」


「早く出て行きなさい! 教室戻らないと、ホームルーム遅れるわよ! 」


 あまりにも勢いのこもった声に星は圧倒される。


「はーい。 出ていきますねー オー怖い、怖い」


 杉邨はお茶を片付け、お菓子のごみをごみ箱に捨てると星の荷物と星の肩を引っ張って教室を出て行った。



 「おじゃましました」


 生徒会室の扉が閉まる。


 生徒会室の机を思いっきり殴る音。


「アイツ、ふざけやがって」




「あ、あの、ありがとうございます」


「あぁ言うのいやだよね。 もっと嫌な思いさせないようにできないのかね」



 詩野達三人組が楽しそうに登校してくる。


「んでさ、超、ありえなくねぇ?」

「それでどうしろって言うの? ウケる」


 丁度、詩野達が登校してくる時、歩く杉邨の姿を見かけた詩野は、杉邨に声をかけようと足早に向かっって行った。 それに気づいて二人もついて行く。


「杉邨、おは……」


 詩野が声をかけようとした瞬間。



「でもあんなところ見られちゃったら、そう思われても仕方ないから」


「何言ってんの、星は本当に真面目だな。 ほんと好き」


 楽しそうに笑う杉邨と赤面して照れる星の手を引きながら歩いている姿を見た詩野は、駆ける言葉を失ってしまった。



「あれ、詩野達じゃん。 おはよう」


 詩野の途中まで掛けた声に気づいた杉邨が三人に挨拶をした。


「おあ、おはよう、杉邨」


「え? 二人何してんの?」

「な、何かの用事じゃない?」



「んあ? ちょっとね」


 杉村はいつもの笑みを見せていた。


 詩野の姿を見た星は急いで杉邨の握っていた手を切った。


 詩野の冷たい目線が星を刺してきた。


「あれ、星さんおはよう。 こんな朝早くから杉邨と何してるの」


 詩野は全く笑っていない笑顔で星を攻撃した。 星はすごく困った顔をしていた。


「あれ、何?だんまり? 私達嫌われてるんじゃない」


「えーそれは酷い、どうして嫌うのー?」


 後ろの2人も拍車をかける様に話しかけてくる。


「あ、星! ほら早くいかないとまずいよ。 もう行こう。 あれが間に合わない。

 じゃな、お前ら」


 杉邨は無理矢理星を引っ張て行くと、三人に優しい笑顔で手を振りながら去って行った。

 三人は急な事に立ち尽くしていた。



「何アイツ」


「杉邨君に入り浸っちゃって。 独り占めするつもり」


「あいつマジでむかつく。私が狙ってる杉邨に。 覚えとけよ」


 三人は星を酷く睨んでいた。




「ねぇ、待って。 あれって何?」



「あれなんて、そんなのないよ。 なんか星困ってたから、成り行き。 それに、あそこに居たら話長くなりそうだし、なんかめんどくさいじゃんそう言うの。 だから、星と一緒が良かったから逃げてきちゃった」


 杉邨は短い舌をペロっと出して見した。


 星はあの三人から離れられて、少しほっとしてた。



丁度、登校終了の鐘が鳴り始めた頃。


「あれ? 何あのカップル。 ギリギリセーフで2人一緒に登校とかどんだけ仲良いの。 なんかうらやましいな、あぁ言うの理想のカップルって言うのかな」


 星が目をやると、そこには思いっきり走ってきたのであろう、ユウカと舞の姿があった。


「え? ユウカ君? 」



「あれ?! 星の知り合いなの?」


 星は黙って見ていた。 二人は1分も立たないうちに言い合いを始めていた。


「あれ? なんかあの二人今度は喧嘩してない? なんなの? なんか夫婦漫才みたい」


 隣で杉邨がお腹を抱えて笑っていた。


 星はただ何も言わずにじっと見ていた。


「あら、先生に見つかっちゃったよ。 一限目、体育のクラスがあったのか。 ついてないね。 あの二人。

 まぁ、あんなところで夫婦漫才やってる方も見つけてくださいって言ってるようなものだけどね」


 星は心配そうな表所を浮かべていた。それを見て杉邨は何を見たのだろうか。


「さぁ、僕たちも行こうか」


 杉邨が星の手を引いた、星は我に返ったような素振りを見せていた。


「え?」


「早く教室行かないと、俺らもあの二人見たに成っちゃうよ」


「あ、そうだよね。 教室にもどらないと」


「よし、行こう」


 杉邨の手に引かれ星達は教室を目指した。


 杉邨は走りながら、ユウカ達の方を見た。


「ユウカか……覚えておこう」


 その狐のような目は敵にしたくないような表情だった。




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