第27話 桜華の家

「いやいやいや、ちょっとお前何? 

 やめてくれない!? 」


 ユウカは大焦りしていた。


 低く怒った声で、呼吸は冷静、何の迷いもない目をして彼女はユウカ前に立っていた。


「はぁ? あんたこそ何? ここにで何してるの? 何企んでる訳?

 やっぱりアンタ、怪しいんだよね」



 ユウカの首元には日本刀が突き付けられていて、一歩も動ける状態ではない。


「ちょっと、 とりあえず、話させてくれって。

 俺も何が何だか」



「この子に何かした? 」



「なんもしてねぇって。

 つうか何でこんなの持ってんだよ。

 本物だろ、これ。 危ねぇって」



 桜華舞は刀を引く気は少しもない。 すごい険相で睨みつけてきていた。

 心臓の鼓動すら止めなければ死んでしまう。 一歩でも動けば首が今にも飛びそうだった。



「……舞、止めて」


 フランが心配して忠告を入れる。 そのおかげで舞は刀を下ろす判断をした。


「あんた、怪しい事したらすぐに首が飛ぶから」


 

 それは一瞬の出来事だった。 ユウカが顔を出して門をまたいで歩いてくる間に、彼女が背負っていた黒い筒から刀を抜いてこの現状になるまで一秒ほどだろうか。

 ユウカもただ家に来ただけなのに、こうなってしまっている状況が理解ができないでいた。



「じゃ、じゃあこのままでいいけど、お前すげぇ変わんのな。

 びっくりした」


 下ろす判断はしたが、刀はまだ首元で止まっている。


「そう? 私嫌いな奴には容赦ないから」


 目つきがまた変わる。

 彼女からは、いつもと違う何か、こういった事に慣れている、そう言う感じがひしひしと伝わってきた。



「何? 何の目的で来たの? 」


「目的って、 ただフランを返しに来ただけだけど」


「建前は要らないから本音を話したらどうなの」


「お前、目のくますごいな。

 それ、寝てないんじゃないか? 」


 何とか話を変えてかみ合いそうな話題を見つけようとした。 だがそれが、間違いであり、命を脅かす結果となった。


「そうよ、 あんたのおかげでね」


「ずっとフランを探してたのか? 」


「アンタが攫ったからでしょ! 」



 舞が刀を振り下ろした。 



「……舞!」

 あまりの事にフランが驚く。



「あ、あっぶねぇ。

 マジで振り下ろすか、マジで」


 ユウカはぎりぎりのところを避けた。 おかげでユウカも間合いをとる事ができた。


「この場で冗談とか聞いてないから。

 本音でしゃべらないなら、切る」



 舞は刀を構え間合いを詰めてくる。

 速い。



「なっ!」


 ユウカは切られと思った。 詰められる速さはとても速く、回避できない。


「……止めて」


 その時フランが前に立ち塞がった。


 急いで舞は刀をそらすが、高速で動き出した体は止まらない。

 加速しきった速度は止められず突っ込んでくる。


「危ない」


 柱に激突しないようにユウカは舞を包み込んで、自ら腰を強打するように受け止めた。



「……大丈夫? 」


 フランが駆け寄る。



「痛ってて、

 何とか大丈夫みたいだな」


 舞は自分を守ってくれたことを理解したのか、状況を把握すると赤面した。

 まるで彼氏にされるようにやさしく包まれた舞。 ユウカの人肌がとても暖かかった。




「またあんたは、

 最低、変態」



 ユウカは今日一番のビンタを食らった。




 


「それじゃあ、まず説明してくれる? 」



「説明するも何もまず謝れよ。

 これマジ痛てぇんだけど」


 ユウカの頬は赤く腫れあがっていた。


「わ、悪かったわよ。 だけど、どうしてフランと? 」



「いやぁ、ええっと……」


 エリィーの事はまだ話に出さないほうがいいとユウカは考えた。

 

「道に迷ってたみたいだから、俺が、学校休みになったら探しに行くって条件で家で預かってたんだ」


「何でその日に探しに行かない訳? やっぱ誘拐しようと思ったんでしょ」


「ちげぇよ! 

 俺も早く家見つけてやりたかったけど、色々あったんだよ」


「成華学院の事? 」


「あぁ、それもあるな」


「そうね、 あんたの学校、大変な事になっちゃたもんね」


「なぁ、 お前さ――――」


「まだ私の質問は終わっていないんだけど」


 ユウカの前にまた刀が突き付けられた。


「俺は質問したらダメなのかよ……」


「私まだあんたの事信用してないんだからね」


「その割には家に上げてくれんのな」



 舞の家、ユウカがいる部屋は畳の良い匂いがする。 代々古くから継がれている家なのだろう、入ってすぐ、立派な大黒柱が立っていた。

 畳だけではなくフローリングになってる部屋もあって、家の中は結構広そうである。

 


 ユウカは一階の畳の部屋に連れてこられ、襖は4枚ものと1枚ものの入り口があった。

 部屋に入ると目の前には、縁側と一面に広がる綺麗な庭を見ることができるような造りになっていた。



「そ、それはフランがあんたをかばおうとするからで」


 フラン様様であったが、当のフランはと言うと、舞の横で寝ているのだった。


「にしてもやっぱお前、すげぇ金持ちなんだな」


 

 ユウカの前に置いてあるのは漆塗りがされた輝かしい立派な机。

 ユウカの前には茶柱の立ったお茶が置いてある。



「そんなのどうでもいいから。

 別にそんなことないし」


 急に機嫌が悪くなる舞。

 ただ、家を褒めただけなのに何か悪い事を言ったのだろうか? 


「で、話し戻すんだけど、今学校どうなってるの? 」



「休みだ、 今日は普通に休日だけどな。

 暫く連絡あるまではどうなることがだな」



「そうなのね。 バイパー今も暴れまくってるって」


「みたいだな。 令嬢には来なかったのか? バイパーあいつら


令嬢うちには来てないわ。 大きすぎて占拠できなかったのか知らないけど」


「お前な、成華学院ウチへの嫌味か。

 いいけど、今だって暴れてるんだったら、」


「そうね。 そのうち、 学園も閉鎖になる可能性はあるって先生たちは言ってたけど。


 で、本題に入りたいんだけど、あんたフランと何してたの? 」



「何って、普通にゲームしたり、ごはん食べたり、かな」


「毎日そんなことしてたわけ? 」


「あぁ。 こいつは家には連絡入れたから心配ないって言ってたし、

 俺も体空かないと、こいつの家まで送ってやれなかったから、家の人が良いって言ってんなら良いかなって思って」



「あんた、まじで言ってんの? こっちがどれだけ心配したと思ってんの」



「そうだな。 すごいくまだもんな。

 だからあん時、なんかしんどそうだったんだな」


「う、うっさいわね。

 あんたも目の下にくま出来てんのはフランと一日中ゲームをしてたからって訳? 」


「俺のは、そんな日もあったけど、昨日からばたばたしてたから。

 警察に捕まって朝まで拘束されるわ、急に家に押し掛けてくるやつがいるわで出来たくまだよ」


 ユウカの目の下には前よりもさらに濃くなったくまがしっかりと成長していた。


「警察? 」


「バイパーの件で、色々とな」


「何であんただけ一日も拘束なの? 」


「別に俺だけじゃないけど、あの後もちょっと事件が続いて、何かの行き違いで、うちの生徒を助けた事になっちまったからその事情聴取だよ」


「あんた一人でバイパーの巣窟に行ったの? 

 まさか、フラン連れてったりとかしてないわよね? 」


 いや、連れて行っている。


「連れて行ったって言うか、付いて来たと言うか、ついて来てくれた……かな」


 ここはどうしたってごまかしけれなかった。 


「アンタね。 やっぱり最低」


「いやいやいやいや、ちょっと待てって」


 急に舞の顔が変わる。それは先ほどのような殺気を模した恐ろしい空気。


「って事はやっぱり知ってるんでしょ? 」


 ユウカも覚悟を決めていた。

 ここいらが潮時だった。 ユウカも隠しながら伺うのはいい加減癪で苦手だ。

 何より話が進まない。

 

「あぁ、知ってる」

 ユウカの覚悟を決めた表情は舞にも伝わった。


 少し間が開いた。

 これはお互いが、相手が心境を読み合っている証拠。

 互いにぼろを出さないよう必死なのだ。


「お前フランを虐待してないか」


「な!? する訳ないでしょ。 急に何言って、?

 もしかして、フランの傷の事言ってる?

 なら私じゃないし。

 彼女来た時からそうだったから」


「来た? 来たってどこからだ? 」


「んっ……」


 舞は顎を下げて睨め付ける。まるでユウカに事情聴取されているような気分だった。


「私も、この子が迷子のところを拾って一緒に住んでるだけ。

 だから、前の状況がどうだったとかそんなのは知らない。

 私があった時からこの子は傷だらけだったから」


 お互いがお互いを探り合う。 どこまで話せる相手なのかわからないから。


「でも、フランを傷つけるよな奴は許さない」


「そっか。

 なら安心した」


「なんであんたに心配されなきゃならない訳」


「もし、フランと一緒に住んでるやつが、虐待でもしてるんだったら、このまま俺が引き取ろうと思ってたから」


 ユウカがそんな事を言うとは思っていなかった舞は、ユウカに対する気持ちに戸惑いが生まれてきてたい。 本当にいい奴なのかもと。



「絶対ダメ」


 舞は強くフランは渡さないと、ユウカに言って来た。机に手が出たのも、その気持ちの強さゆえだろう。


「じゃ俺は帰るよ。 

 フランも安心して寝ているみたいだし。やっぱりここが落ち着くみたいだしな。フランの預かり手がお前で安心したよ。

 じゃあな。 邪魔したな」


 鋭い剣がユウカの前で止まる。


「待て、どこへ行くつもりだ。 お前」

 

 あの時の恐ろしい舞が戻ってきた。


「あっはははぁ、

 やっぱり、帰してはくれないよな」


「当たり前よ。 お前の知ってることを全部はけ」


 舞の目が本気の目だ。 

 この表情の舞はとても怖かった。


「だよな、俺が知ってるのは、

 フランこいつが穴と言う異次元ホールから来たという事。

 人間じゃないという事。

 そして、人並み外れたパワーを持ってることぐらいかな」


「そこまで知ってるのね。 

 どうやって聞き出したの? 」



「どうやって? 普通に話してくれたぞ」



「え? 嘘でしょ? 」


「いや、本当だけど」


 舞はフランの軽々しい行動に軽率を覚えた。

 フランには、誰にも正体を明かしてはいけないと口酸っぱく言っていた。

 フラン自信も分かったと了承していたので、真面目で無口柄、約束は守るだろうと思っていた。


「そ、 !?

 ……あんた他の人にはこの事」


「あぁ、言ってねぇ。

 それは分かってるよ」


 ユウカもこの一言には表情が変わった。確証を持った表情と言葉だった。


「なんだ、そう言う所は理解が速いのね」



「まぁな」



「じゃあ何で、あんときあんたとぼけたの? 」


「あん時? 」


 どの時の事を言っているのかユウカには分からなかった。


「あたしが、”魔力”ってアンタに呟いてた時よ。

 魔力の事、知ってんでしょ」



「確かにその力ってのがその、何だ、”魔力”って呼ぶんか知らないけど、

 俺にはそれがまだいまいちピンと来てなくて」


「何? じゃあそういうのは信じてない訳」


「信じるとか信じないと言うか、よくわかんないんだ。

 実際見たこともねぇしな」


「見たことないって? どういう事? フランの力知ってるんでしょ? 」


「まぁな、壁な殴って破壊したところは見た事あるけど、普通の子より少し力持ち? ってくらいな感じだったけど。 

 それぐらいだったら、拳法とか習ってる子なら今だったらまぁ普通かなって」

 

「壁を殴った?

 フラン、どこまでぺらぺら喋ったのあなたに?

 そんな子だった? 

 普通知らない人にそんなに話さないんだけど……」


 明らかに、舞は怪しんでいた。

 自分の知っているフランとは、明らかに行動が違うから。 それもこれも家にはエリィーがいて、エリィ-も同じ境遇だったから意気投合したなんて言えない。


 

「な、何か知んねぇけど仲良くなったからかな。 

 ほら、ゲームで死闘を繰り広げた間柄みたいな」


「そんなんで、事情をべらべら話すなんて考えられない。

 ほんと不思議、そんなんで話す? 」


 舞は全く信用する気配はなかった。



「そこまで知ってんだったら、もしフランの事ばらしたら――」


「分かってるよ。 それだけは絶対にしない」


「どうして? つうか、信じられないんだけど」


「もし俺がばらしたんだったら、何してくれたって良い。

 俺の命だってやるよ。 その刀で俺を切ればいい」



 またも不思議な回答に舞は理解に苦しんだ。


「なんでそこまで言い切るの? 」



「俺にとっても本当大切なやつだからなフ、ランは。 だからフランを傷つける奴は俺も絶対許さない」


 その表情に偽りがなかったのを舞も感じていた。


「もういいわ。 わかった。 今日はもう帰って。 とにかくアンタは無害そうだし、私も疲れたし」


「あぁ、わかった。 

 悪かったな心配かけちまって」


「別に。 一応お礼だけ言っておく。 ありがとう

 見つけてくれたのが、あんたで良かったのかもね」


「えっ?

 何だって?」


「別に何でもないし」


 舞は照れていた。


「フランもまたな」


 熟睡しているフランにユウカは静かに声を掛けて出て行った。



「はぁ、何なんだろうアイツ。

 なんか最近やたらアイツに会う事多くなってない? 」

 

 フランに掛け布団をかけると、舞は寝る準備を始めた。



 ユウカは大きな引き戸を開けて出るとそこには黒い車が一台、でかでかと止まっていた。


 ぴかぴかに磨きがかかって、景色が映り込んでいる。 

 そしてなんといっても高そうな車。

 黒いスーツを着た男が車から降りてきて、後ろのドアを開けた。

 そこから降りてくるのは女性。


 彼女は着物を着つけており、黒をベースに綺麗な花の絵柄が刺繍されていた。



 これってよく映画である任侠ものか?

 そう思えるような状況がそこにはあった。


 見た目は綺麗な人だ。風流があって、落ち着いてる。 威圧感だって半端がない。 でも友達とかそんなんじゃないのは一目でわかる。 舞の親戚のおばさんか、近所のい人だろうか?

 もしかすると本当にモデルでもやっていて、そこのマネージャーなのかもしれない。

 だけどそこはユウカの知りえるところではない。



 ユウカはお客さんかなと頭を下げて家を後にした。

 丁度女性もすれ違い様、頭を軽く下げていった。


 エリィーがお腹を空かせる前に帰ってやろう、それだけがユウカの頭にあった。



 一方でその女の人は舞を家の外へと連れ出していた。


 「痛い、 嫌だ、止めて離して」


 「うるさい。 あんたには聞きたい事があるんだよ。

 さっさと来なさい」


 とても強い口調は本当にそっちの人なのかと思わせる程だった。

 舞は手を引っ張られ無理矢理車に乗せられようとしていた。


 明らかに、強引だ。 舞は本気で嫌がっているが、その女性の圧力はすさまじく、舞が車の近くまで連れてこられた時。


「キャァ」


 その時突然男が突っ込んで来たおかげで舞をつかんでいた手が離れた。

 男は着物を着ていた女性に当たって押しのけた。


「何だお前は」


「御上、大丈夫ですか? 」


 黒のスーツに身を包んだ男たちが飛ばされた女性を心配する。

 舞はその突き飛ばした男を見て驚いてた。


「逃げろ、舞、 早く行け! 」



「……ユウカ、」 


「何してんだ早くいけ」


 飛び込んできた男はユウカだった。


「なんで、あんたがここに……」


「こんなもん見たらほっとけるか。

 いいから早く行け」


 舞の目に力が入ると、頷きそのまま走って逃げた。



「てめぇこのガキ」


「何してんだ」


 黒いスーツの男性は怒りまくっている。

 ユウカは黒いスーツの男2人に殴られた。


「止めな! 」


「はい」

「へい」


 女の一声で男たちは止めた。


「あんた一体何なんだい、 全く服が汚れたじゃないか」


「アイツの知り合いだ」


「知り合いがいちいち横入りするのは止めな」


 ユウカの体は凍り付いた。 圧倒的までの威圧感。 これは敵を睨む目と同じ。

 ただ違っているのは、その目は震えるほどだったが、今すぐ殺されるようなそんな殺気ではないという事。 死闘などと言うよりはその人の信念や覚悟と言ったような意志の強い目。 権力では誰にも負けない。そう言った、威圧と言ったところだろうか。



「お前、舞に何やろうとしてたんだ。

 嫌がってるのに無理矢理車に乗せようとして」


「てめぇ、御上の言葉聞いてなかったのか」


「御上に何て言葉で話してやがんだお前」


 ユウカはまた黒スーツの男2人に殴り飛ばされていた。



「もういい、 その辺にしときな」


「しかし御上、」


「いいから、車を出しなさい」


 


 運転席に一人、もう一人は車の扉を開けて、女性を迎えると車は一目散に走り出していった。

 追われているのか? 舞はきっと良からぬ事に首を突っ込んでいるのではないだろうか。 

 どう見ても、あの人は裏の社会の人間そのものだ。

 心配にはなっていたが、これ以上舞の行方を探しようがないユウカは、無事舞が逃げ切る事を祈った。



「ただいま~」


「何してたんだ? 

 もう夕方回ってるじゃないかい!

 さては遊んでたな? 」



「悪い悪い、ちょっと道に迷っちゃって、遅くなったんだ」


「道に迷う? まぁ、アイツならあり兼ねん……」


 普段のフランを想像したエリィーは納得をすることができた。


「実際にアイツここに来る前から道に迷っていたみたいだ」


「えっ!? なんだそれ

大丈夫なのかアイツ……」


「まぁ、無事帰れたし良かったよ」


「一緒に住んでいる奴は」


「大丈夫だった。 フランも懐くほどにいい人だったよ」


「そうか、ならよかった」


「でも、ほんと大変だったよ、アイツと帰るのは」


 ユウカ達は楽しそうに笑っていた。


「うむ。そこは何となくイメージができるが、

 お前、その顔どうしたんだ? 」



「ちょっと、な」


「ちょっとじゃわからんだろうがい」


「フランを預かってる人なんだけどな、どうも何かに首を突っ込んでるみたいなんだ」


 ユウカは事の次第を話した。


「なるほど、それでお付きの男に殴られたって訳か」


「相変わらずお前も無茶をするなぁ。 お前まで目をつけられたらどうするんだ」



「何か、いきなりで嫌がってたから、とっさにな」



「それが命取りなんだが」


 気づきの悪いユウカに呆れるしかないエリィーだった。



「まぁ、そんなことより、エリィーちょっとこっち来てくれ」


 エリィーは訳も分からず、ユウカの言う通り、部屋の壁に立たされた。


「何をするんだ? 」


「いいから、ここ立って! 」


 ユウカは持って来た本で真直ぐ立っているエリィーの頭目掛けて本を下ろした。


「何しとるんだお前…」



「いや、別に。 なんとなくお前にちょっかい出してみたくて」


「えっ? それだけの為にここに立たせたのか? 」



「うん。 そう」


 エリィーは早く帰ってくるだろうと待っていた矢先、こんなちっさい子が思いつくようなしょうもない事にまんまとはめられて苛立った。


「貴様! ふざけるなぁ」


 逃げるユウカを暫く追い回していた。



「悪かった悪かった。 とにかく夕飯の支度するから、お前も手伝ってくれ」



「それはいいんだけど、今日は」


「分かってるよ。 飯食い終わったら、散歩行こうな」


「うん」


 エリィーは外出できる事がとても嬉しかった。

 一日の中でエリィーが家の中にいる時間ははるかに多い。 エリィーも堅苦しくて何かと大変なのである。



それから時間は過ぎ。


「良し、じゃあ行くか」


「わーい」



 外は星空でいっぱいだった。

 

「なぁ、ユウカ。 いつも思うんだが、本当にこの惑星ホシの夜は綺麗だな」

 

 エリィーはこの星空が大好きだ。


「そうだな。 俺たちもそう思うよ。 不思議なくらい。 

 見えない日もあるけどな」


「そうなんだな。いいなお前たちの所は。本当に不思議…

 あっ、 コンビニがあるぞ。 ちょっと寄って行こう」


 エリィーを高揚させたのは世界全国にある万能のコンビニ。 一日中空いていてそして大概のものが売ってある。 中でも、スイーツは絶品とまで紹介され出すほどに今進化しているコンビニで散歩中見かけると寄ってい行く。


「いいけど、ほどほどにしといてくれよ」


「うん、わかった。 先入ってるぞ」


 エリィーは一目散に走り出した。 買うのは大概決まってパフェだ。

 コンビニながら、ここのパフェは力が入っており美味い。学生にも、大人にも人気だったりする。


 ユウカもコンビ二に入ろうと近づいた時、ガラス張り越しに一人の女の子を発見した。

 彼女は1人で、こんな夜に雑誌置き場で本を読んでいた。

 

 急いでエリィーを探し出さなければと、見つからない様に店内に入ろうとしたのだが、勘のいいことに女の子は丁度頭を上げて、ガラス越しからユウカと目を合わせる。


 彼女は目を細めると雑誌を直し、ユウカの元へと淡々と歩いて来た。



「ユウカじゃん。 なにしてんのアンタ」


「お、おう、お前こそ何してんだ? こんな夜遅くに」



「別に、私はちょっと関係ある本があったから軽く読んでただけだけど」


 じっくり読んでいただろうが。 ユウカはそう思っていた。



「もう夜遅いし危ねぇから学生なんだから早く帰った方がいいんじゃないか」



「アンタは俺の親父か。 ほっとけっての」



 幸いまだエリィーはコンビニの中にいた。

 ユウカが思う事は、このままエリィーがコンビ二から出て来ない事。


「つうかアンタも同じ学生じゃん。 しかもコンビニ入ろうとしてなかった? 」


「俺は男だからまだ大丈夫だけど、両親だって心配してんだろう女の子なんだから」


 とにかく、目の前にいるこの学生、月を何とか早く帰す事、これがユウカのクエストだった。


「なんだよ、その自分勝手な言い分。 別に俺は親に断ってきて、了承得てんだからいいんだけど」

 と言いつつ、月は自分が女性と認識されていると知って、少し照れた表情を見せ意地を這った。

 エリィーは暫くは出てこない。 なぜなら、いつもコンビニで色々物色しているからだ。

 買える物はいつも少数の為、何を買おうか思索に耽る。

 エリィーが先に1人で入って行ってくれた事は、とても好都合な出来事だった。


 コンビニのドアが開きエリィーが出てくるという行動を見るまでは。


「月ちょっとこっち来い」


 ユウカは無理矢理手をつかんで、有無を言わさず強引に引っ張っていった。


「おい、お前どこ連れて行くんだよ。 離せよ、痛いって」


 とにかくエリィーの目のつかないところまで行かなければ、あいつはすぐにユウカの名前を呼ぶ。

 慌てているユウカに月の言葉等一切聞こえていなかった。



「あれ?いない。ユウカのやつ、どこ行ったんだ? もうコンビニに入ってるのか?

 外には姿がないし、もう一度コンビニを探してみるか。もしかしたらトイレかもしれんしな 」


 ユウカの姿が見えなかったので、エリィーが心配して探していた。


「おい、ユウカいい加減にしろ、ほんとに怒るぞ。 痛いんだって。

 おいってば」



 丁度横の壁の裏に入った時だった。

 月の痛いと言う声が、ユウカに届いたのは。


「あ、悪い。 ごめん、大丈夫か」


 慌てて手を離す。

とっさの事だった為相当強く月の手首を握りしめていた。

 月はまだ手首を抑えて涙目になっていた。

 相当痛かったらしい。 そんな目でユウカに訴えかけていた。



「で、何なんだよ、こんな所に連れてきて 」


 後ろ側は誰もおらず、人目にもつかないような場所。丁度コンビニの横は車の排気ガスが家にかからない様に高く作られていた為。人が姿を隠しには十分である。 そんなところに無理矢理手を引っ張って連れてくるとなると、まるでこれから告白をしようとする学生そのものを風物させる。



「でぇ、えっ、あ、いやその何でもないんだけど、

 あれぇ、なんでだろう。 俺何で連れてきちゃったのか」


 ユウカも自分が取った大胆な行動に穴があったら入りたくて仕方がなかった。


「はぁ、何なんだよ、お前ほんとに。

 じゃあな」


 月はそう言うとコンビ二の方に帰って行った。


「あれ? コンビニ行っちゃうの?」


「何なんだよ、お前。 買いたいもんがあるんだよ」



 月がコンビニに入ると丁度トイレで忙しそうにしている女の子が目についた。

 何やら女性用トイレの扉を開けたかと思うと、今度は男性用のトイレを開ける。


「おいどこなんだー? 

 いないのかー」


 そう大きな声で騒いで、気が済んだのかすたすたと出て商品を見ていた。

 「何なんだ…この子…」


 金髪で見た目が外国人みたいなので色々わからないところがあるのだろうと流した月だった。



 エリィーはコンビニで買えるだけ買って、外に出てきた。

 エリィーには500円をいつも渡しているので、いつもそれで買えるだけのものを買っていた。



「あぁ、どこ行ってたんだ」


 壁の向こう側で手招きしてるユウカを見つける。


「ちょっとな。 何買ったんだ? 」



「んーと、ガムとグミだ」


 何とも子供っぽい。


「パフェにしなかったのか? 」


「んー、したかったけど足りなかった。

 このお金をまた貯めて、買う事にする」



「そうか、偉いな」


 ユウカはエリィーの成長のようなものを感じていた。



「だから本当は、お前と一緒に食べたかったから頼もうと思ったのに。

 どこ行ってたんだ? 」



 エリィーが探していた理由がわかって何とも、悲しい気持ちにユウカはなった。

 ユウカの事を心配していた訳ではなかった。


「そんなことより、そろそろ帰るかエリィー」



「そうだな」


「そだ、これからバイパーってやつらがうろつかもしれないから、外出る時は気をつけろよ」



「何だ、またあいつらか。 まだそんな悪い事しているのかあいつらわ」




「あと、この辺に刀持った仮面の殺人鬼とかって言うのもうろついてるらしいから」



「この街は結構危ないんだな」


「まぁ、仮面の方は噂だけどな。

 きっとそんなやついねぇよ」


「何だ、そんなことで私を怖がらそうとしたのか? 」


「どうだかな」


 

 二人はいつものたわいもない話をしながら家に帰った。




 正午を回って、ユウカはエリィーを立たせた壁を見て悩んでいた。

 毎回測っていた訳ではないが、一度印をつけたことのある位置よりも、今日つけていた位置の方が、低い場所に印が付いたからだ。


 これから分かった事は、エリィーの身長は日に日に縮んで行ってるという事だ。

 一日一日ではその変化すらわからなかったが、日にちが空いて測ってみると、確かにその差はあったのだった。


 エリィーが消えてしまう日は近いのかもしれない。 その兆候はどんどんと出てきているのだった

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