第25話 即決の美人零錠

「ユウカ、 おかえり~」



「……長かった」



「あぁ、本当に長かった」


 辺りはすでに明るかった。 今日が休日で良かった。 もし学校があったなら一睡もできないまま登校するはめになっていた。



「ユウカぁ~、お腹空いたよぉ~」



「悪い、お前ら夜から何も食べてないもんな」




「少しおかし食べたぁ~」



「おう。 いま朝飯作るから」




 台所へ向かうとお菓子の残骸が散らばっていた。まるでパーティをした後のように。少しでは無い。



「はい。 できたぞ」



「わーい」



「悪いけど、俺風呂入ったら、少し寝るな 」



「……ユウカ、」



「ん? どうした? 」



「今日行くんじゃないの? 」


「ん? 」



 忘れていた! 今日フランを送る約束を思い出した。




「悪い、少しだけ寝る時間くれないか? あんまりにも寝てたら昼過ぎには起こしてくれたらいいから。それからでもいいか? 」



「……うん。 わかった」


「ありがとう。 助かるよ」


 あまりにもフランを預かり過ぎている。 しかもちゃんと話をしていなので、相手方から誘拐だとも思われたらまずい。そうなると面倒なので、返すにしろ、このまま預かるにしろ、一度会っておくべきだとユウカは判断していた。



「……ねぇ、 さっきから光ってる」


 ユウカはポケットに入ったスマホを取り出した。

 落ち着いてスマホも見れていなかったユウカは、走りながら警察に電話した時に、メッセージが何件か来ていたのを思い出した。




「そういえば、昨日メッセージ来てたな。

 あ、零錠からだ。 

 13件? 何だこんなに……、」



 ユウカは忘れていた事を思い出した。令嬢と会う約束をすっぽかしてしまっていた事を。



「まずい、まずい、まずいぞこれは――」



「……ん? 」



「いや、何でもない。 風呂入ってくる」



 ユウカは頭を冷やすため、急いで風呂に向かった。フランはユウカの慌てぶりに訳が分からず、頭を捻った。そしてエリィーはおいしそうに御飯を食べていた。



 頭を冷まし終えると、ユウカはメッセージを開いた、




 受信時刻は昨日の夕方からのものだ。


「ユウカ君、今どこかしら? 」


 5分後


「待ち合わせ場所間違えてる?」


 10分後


「カフェの前で待っているから、遅くなるなら連絡して」


 15分後


「ユウカ君? どうしたのかしら?もしかして事故にでもあった?

 それともあなたの事だから人助けでもしているのかしら?


 どちらでもいいけれど、連絡だけ入れてほしいな……」



 7分後



 不在着信

 不在着信

 不在着信


 10分後



 不在着信



 15分後


 

「何かあったのかしら? スマホを忘れている? とにかく、見たら連絡ください。 何もなければいいけど……。私はしばらくあなたを待っています」




 30分後


 不在着信

 

 15分後

 

 不在着信




 40分後


 「心配しています。メッセージは見て頂けましたでしょうか? これ以上は待てないので、私は一度帰らせて頂きます。 本当に大丈夫?」



 3分後

 

 不在着信


 

 以上だった。



 相当に心配させている。更に彼女はどれだけ、待っていたのか。 それだけでも恐ろしいのに、この理由がすっぽかしたとあれば、俺はこの世界で生きていけなくなる。 ユウカは思い詰めていた。 どう返事を返そうと。


 その時メッセージが届く。


 相手は零錠からだった。


「戻ったの? ユウカ君? 」


「これ、届いてるよね? 」


 ユウカがメッセージを開いたので既読の文字を確認したのだろう。


 ユウカは言葉を考えながら、メッセージを打ち返した。


「おはよう、零錠。

 昨日はほんとすまない。 ちょっと事件に巻き込まれて、スマホが見れなかった。

 たぶん零錠の事だから大分待ってくれていたんだと思う。

 本当にすまない。 

 このお詫びは必ずするから」



「良かった。 心配したんだから! 事件? 何かあったの?

 成華が襲われたってのは聞いたけど、まさかその事かしら?」



「あぁ、そうなんだ。 うちのクラスの子が誘拐されて、ちょっとな」



「で、助けに行っていた訳ね? あたしとの約束をすっぽかして、連絡も入れずに」



 流石零錠、たったこの文だけで推測してしまうのが零錠である。だから、彼女に嘘をつけない。 下手にごまかせば、それで彼女との関係は終わるだろう。



「それは本当にすまなかった。 訳は今度会える時に詳しく話す。

 言い訳見たいになるんだが、とんとん拍子に立て続いてスマホも触れる状況じゃなかったんだ」



「あら、そう。

 とても言い訳がお上手になられたことね。

 私、アナタから連絡がないだけでどれだけ待たされたと思っているのかしら? 」



「本当にごめん。 ちゃんと一言連絡を入れるべきだった。事件の事で頭がいっぱいになっていて。俺の悪い所です。 反省します」



「つまり、会う約束を忘れていた訳よね?」



「零錠怒ってる……よね?

 えっと、本当言うと、実は、会う約束をしていたのを忘れていました。

 零錠からのメッセージを今見るまでは」



「別に怒ってないわ。 

 どうして私が、底辺のミジンコ以下のアナタに怒りを覚えるのかしら。

 あなたも変な事を聞くものね」


 零錠は間違いなく、怒ってらっしゃます。



「えっと、ミジンコ以下は酷くないか。 

 いや、俺のやったことは本当に最低な事だから、どう謝ったって零錠の気は晴れないと思うんだけど、本当にごめん。

 俺で良ければ何でもやらせてくれ。 

 こき使ってくれてもいいし、零錠の言う事ならんでもさせてもらうよ。

 それで償えるかは分からないけど」



「大丈夫よ。 別に気にしていないから。 

 無事だっただけよかったわ。

 それに、ミジンコ以下が強敵に立ち向かっても、生きていられるんだっていう大発見もあったから私も驚いて感服しているわ」


「もう、ミジンコ以下でいいです」



「ようやく自分の価値が分かったのかしら」



「はい。 すいません」


「よろしい」


「零錠。 冗談抜きで本当にすまない。

 この埋め合わせは必ずさせてくれ。

 本当に何でもするから」



「あら、そう

 何でもなのね? 」


「あぁ、何でもだ」



「別にミジンコ以下に頼むようなお願い事は無いんだけれど、

 とりあえず、そっちに行くわ」



「はい? 」


「えっ? 今から? 」



「そうよ」


 決断力が速いと言うか、行動力が凄まじいというのか、即決即断だ。急すぎる。 相手側の事情はまるで、お構いなし。だからこそ、トップなのかもしれない。


「ちょっと待ってくれ。 俺帰ってきたばっかりで部屋も散らかってるし」


「そう、だから何? それだけでしょ? 」


「いや、それだけだけど。部屋汚いのに、もてなしなんかできないだろ」


「別に持て成す必要なんてないわ。あなたがどんなところにいようが私は別に構わないわ。とにかく、これから向かうから。今度は、無視しないで入れてね? 」



 こうなった零錠は止められない。


「え、だけど、零錠をそんな汚い所にあげさせられないって言うか……

 せめて、どこかのカフェで待ち合わせとか」


「嫌よ。 だってあなた来ないかもしれないじゃない。もう、あんなに待たされるのは嫌だわ。 だったら私が直接行った方が早いもの」



「オススメしたいカフェもあるし、奢らせてくれないか。

 お詫びも兼ねて」



「あなた、私を部屋に入れたくない何かがある訳? 」



「え? いや、無いけど」



「別に男の子がえっちな本を持ってたって別に気になんかしないわよ」



「だから、持ってねぇ! 何でお前はいっつもそっちに持っていくんだよ」


「あら、? だって好きなんでしょ? 学校に持って来るぐらいに」


「お前、もうあの時の事件の事は止めろよ……」


「私にはあれがまだ記憶に新しいわ」


「新しいって、お前の記憶は何年前で止まってんだよ」



「アナタよりは、ちゃんと動いているわよ。 私、約束した事は忘れないもの」



「本当にすみませんでした」



「じゃあ、行くから、ちゃんと待っててね」


「来るって、本気か!? 

 本当に散らかってるぞ」


「良いわよ、気にしないから。

 そんなに嫌なら、私が来るまでに、片づけておいたらどうかしら?

 あなたの所に着くまで少しは時間があるわ。

 別に部屋を物色したりなんてしないから」


「されたらたまらねぇよ」



「それに、うちの扉潰してくれた件の書類も持って行くから、安心して。

 言っとくけど、あなたこれで部屋潰してくれたの三回目だからね」



「はい、本当にすみません。

 零錠様には何から何まで本当に至れり尽せりして頂いて、頭が上がりません。

 本当にありがとうございます」



 零錠と知り合いでなければユウカは一人暮らし等、出来てはいなかったのだから。学生が働いていると言っても、社会からしたら微々たるお金でしかない。



「とりあえず、その件も含めて、すっぽかした事もちゃんと詳しく聞くわ。

 今日一日空いてるんでしょ? 」


「一応開いてる 」


「なら、良さそうね。 今日よろしく」



「わかりました」



 こうして、彼女との日程の調整の会議は終わった。



「エリィー、フラン! 

 ちょっと、まずい事になった、作戦会議だ」




「ふむふむ。 

 つまり、やけに感が鋭い頭のいい女がここに来るという事だな? 

 しかし、ここに誰も呼ばないお前が、その女だけは上げるとは。

 その女はもしかしてお前の愛する人か? 」


「ニヤニヤするな。

 ちげぇよ。 ただ、全てにおいて、色々お世話になってる人なんだ。

 とりあえず、そう言う事だから、しばらく隠れていてほしいんだけど」



「隠れるってどこに?? 」



「俺の部屋にクローゼットがあるだろ? 

 あそこなら二人は隠れられると思うんだ」


「いや、あそこは無理だ」


「なんでだ? 」



「あそこには私の宝物が入っているからな。

 足も伸ばしてられん」


「確かにそうか。 なら、中のモノを出す」


「出すのか? で、どこに置くんだ?? 」


「DVDとかだよな」


「まぁ、色々あるぞ」


「とりあえず、この部屋に置けるだけ出そう。

 お前らが入って隠れられればそれでいいから」



「分かった」


「とりあえず急ごう、零錠が来たらまずい」


「うん」


「フランも悪い。

 遅くなっても必ず、お前を住まわせてくれてる家に送って行くから、もうちょっと付き合ってくれ」



「……うん。 わかった」



「何フランと恋愛ごっこしてるんだ? 」


「違げぇよ! 」


「告白なんてしてる余裕があるのか」


 エリィーは1人ですでに荷物の移動に取り掛かかっていた。フランと悠長に話してるユウカに促す。


「そういう意味の付き合ってじゃねんだよ」


 で、時間は経って。




「ユウカ、できたな! 」



「あぁ、これでなんとかお前らは隠れられるな。

 でこっちの部屋はっと……」



 リビングは白と茶色のシンプルな部屋から一転。 ピンクが目立つ可愛らしい部屋になっていた。

 壁にはかわいらしイラストのポスターたち。

 テレビの前や机には隙間に沢山キャラクターが並べられている。

 本棚の開いている部分には漫画やDVDが並べられ、入りきらない物は床に積み乗せる。


 これは、これでヤバい。

 


「良い部屋じゃないか。 まるで夢の楽園のような部屋だな」


「良くない。 落ち着かねぇよ。 あぁ、もう。 こんなん見られたら、まずすぎだぁ」


「何だ、こんなに素敵な部屋が恥ずかしいのか? 

 やっぱり零錠とやらいう女はお前の」


「ちかうっつのぉ」



「顔が赤いぞ」



「この部屋のせいだよ! 」




「初々しいな」


「違うって! とりあえず零錠来たらヤバいから、お前らはもう隠れろ」



「ハイハイ。 二人でいちゃこらやってくれ。

 私たちはここでゲームとかしてるから」


「絶対音を出すな。 本当に零錠は鋭いから」



「わ―かってる。 お前らの愛の営みを邪魔なんてしないから」


「もういいから、早く入れ! 」


 ユウカは無理やりエリィー達を押し込めた。



 とキッチンを片付け、掃除機をかける。

 可愛くなってしまったリビングはもういじりようがない。

 今、動かせばまた、汚くなってしまう。

 といっても、どうもこの印象を零錠に与えたくないユウカは、エリィー達の隠れる部屋へ持ち運ベるだけ移動させた。


 これで、リビングのポスターは9枚から6枚になった。

 タペストリーやフィギアも残っているが、当初よりは減っただろう。

 だけど、印象は変わらなかった。 それに物が多すぎる。


 諦めて掃除機を掛け直す。



 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!



 重い鉄を叩く音。

 扉だ。


「はーい」


 誰だろう? チャイムも鳴らさずに?


「ちゃんと掃除してたのね」



 零錠だった。



「零錠、お前、チャイムくらいならせよ」


「あら、その必要はないわ。 だって中から物音が聞こえるのだもの。 

 誰かいるのは明白でしょ」


「いや、だからチャイムがあるんだろ」



「それよりすごいはね、この穴

 よくもやってくれたわね」



「わ、悪かったって」



「アナタもそう言う年頃なのかしら。

 反抗期? ものに当たりたくなる事はあるかもしれないけど、物に当たるのは良くないわよ」


「わ、悪かったな」



「それにしたってあなた、どれだけ怪力なの? 

 これ一応金属製のドアよ? 


 これをぶち抜けるなんてあなた一体何者なの? 」



「おいおい、仮にも立派な令嬢のお嬢様が、”ぶち抜く”何て言葉使うのはどうなんだ? 」



「あら、失礼。 これでも、言葉には自信があったのだけれど。

 

 って、ちょっと! ”仮にも”って何かしら、”仮にも”って。

 なんか余計な言葉ついてない? 」



「あれ? そうだっけか? まぁいいじゃん。

 お前の聞き間違えだろう」


 令嬢は楽しそうに少し笑った。


「それじゃ、お邪魔するわね」


「やっぱりあがるんだよな……」


「あれ? あげてくれないのかしら。

 ここまで来たのに、 私泣いちゃうわ」



「お前全然感情こもってねぇんだよ……。

 わーったよ。 上がれって」


「ありがとう。 お邪魔します」


「お前誰にも観られてないだろうな」


「大丈夫よ、これでも捲き慣れてるんだらから」



 穴の開いた扉が重く閉じた。



「なぁ、フラン、 ユウカなんだか楽しそうだな」


「……なんだか声が跳ねているね」


 二人はくすくす笑いながら、クローゼット生活を楽しんでいた。




「まっててくれ、今紅茶入れるから」


「これは、……アナタが人を呼びたくない理由が、分かったわ。


 こんな趣味があったのね」



「や、やっぱりそうなるよな……」


「良いのよ。 人にはいろんな趣味があるのだから。

 否定はしないわ。 沢山集めたものね。

 この子は何なの? 」


 零錠が一体の可愛らしいフィギアを指さす。


「そんなのいいから。 ほら、紅茶入ったぞ、早く座れよ」



「フフッ、あなたの知らない一面が見れたわ」


「あのな、一応言っとくけど、これは俺のじゃなくて、」


「はいはい、 じゃあいったい誰のだというのかしら? 」


「いや、それは、俺の……いとこの、妹のなんだよ」



「そう。 じゃあこれは、あなたの、いとこの妹さんのモノだとしときましょう」


「お前、流したな」



「誰のでもいいわ。 あなたがこういうのが好きだというのが分かったのだもの。

 これ以外に別に補填する情報は要らないわ」


「なぁ、聞いてた、零錠? 俺の話し」



「しっかりとね」



「もういいわ、 じゃあ話始めていくか」



「そうね、久しぶりにここに来れて、私もテンションが上がっていたわ。

 ごめんなさい。

 じゃあこれがまず、ここの修繕の用紙ね。 ここと、ここ。

 それからこの範囲の太枠にすべてに記入して頂戴」


 零錠は仕事用のお洒落な上等のバックから沢山の書類を取り出した。


 「それから、こっちの同意書、とこれとこの用紙、 後、こっちね。

 で、これに印鑑をついて、こちらの、金銭の用紙ここにもサインすること」



「ちょっと、待ってくれ。 めっちゃあるだな、書類」


 零錠は青渕の眼鏡をかけた。


「当たり前でしょ。 これもそれも、アナタがドアを殴り潰すからよ」


「は、はい。 でも、本当にこんなにいるのか? お前もしかして、俺に詐欺を働こうとかしてんじゃないだろうな」


「失礼ね。 これもすべてアナタを守る為よ。 大体アナタからどうやって絞ったらお金が出てくるのよ。 絞ったって出てくるのはほとんど私のお金でしょ」



「はい。 おっしゃる通りです。 すみません」


「お口が元気なのは良いけど、こっちにも集中してくれるかしら。

 じゃないと、私ここに泊まる事になるわよ」



「え? 別にいいけど」


 零錠は顔を赤めて驚いた。


「ちょっとトイレ借りてもいいかしら」



「どうぞ。 てか、お前の家でもあるんだから、好きに使ったらいいだろ」


 さらに顔を赤めて照れる。

「あ、あなたほんとそう言う所。 冗談でも軽々しくそう言う事言うもんじゃないわ」


 零錠はトイレへと向かっていった。



「俺何か悪い事言ったか? 今」



 ユウカはゆっくりと紅茶を飲んでいた。



 零錠が出たのだろ、洗面所から水を流す音が聞こえる。

 部屋に入ってきた。 


「あなた、好きなのはわかったけど、まさかトイレにまであんなに沢山飾っているなんて。

 ちょっとびっくりしたわ」



 ユウカはリビングにあり過ぎた分を、出来るだけ隠そうとトイレにも置いていたのを忘れていた。

 まさか零錠がトイレに入るとは思っていなかった為だが、トイレにまで隠したのは誤算だった。

 これでまた零錠に変な印象を与えてしまったことは間違いないだろう。

 だが真実は言えないユウカであった。



 テーブルを見た零錠は深く溜息をついた。


「はぁ―。 あなた何優雅に紅茶を飲み老けているの? 


 書類に一つも手が付いていないじゃない。

 本気で私に泊ってほしいの? 」



「あぁ、悪い。 急いでやるよ。

 ごめん。 零錠がいてくれるとなんか落ち着くって言うか、

 なんかホッとして。 つい」


 優しい笑顔で、直球を投げてくる。


「な、何言ってるのよ急に。

 早く書きなさい! 」


 零錠結は本当に美しい女の子である。 すらっと伸びた長い脚に、細いスタイル。

 外国人にも負けてないほどに整っていて、誰もがうらやむサラサラで艶のある長い黒髪。 女子と比べればとても身長が高く。 手も純白で、枝のように細く長い。

 そして、沢山の作法や勉強を乗り越えて来たであろう、そこから見える強気な顔。

 こんなに華奢な女の子が凛々しい顔をして頑張っていれば、男は誰でも守りたい、手に入れたいと思うだろう。



「悪い。 零錠もこの後だってあるもんな」


「本当よ全く。 わざわざ私が出向いてるんだからね。

 本当だったらあなたが来るべき事なのよ」



「それは本当に悪かったよ。

 零錠の事だから、困ってる人をほっとけなかったんだろ? 

 だから、俺の所に飛んで来てくれた。

 昔からそういうやつだもんな。 お前は」


「な、なに言って、 ただ、あたしは、アナタがなかなか契約書を書かないから、仕事が終わらず

居てもたってもいられないから来ただけよ」


「でも、ありがとう」


「な、なによ」



「いや、なんかさ、俺お前のおかげでここに居させてもらってるけど。

 何だろ、俺1人でいた時はどうも物足りないって言うか、どこか寂しいっていうか。

 だけど、今日お前が初めてここに上がりに来てくれて、なんか明るくなったって言うか、知り合いがいてくれるのっていいもんなんだなって思って」



「そう。 それは良かったわね。 

 って……、

 じゃあ私がはじめてあなたの部屋に入った人ってことになるのかしら。


 でも、この部屋を何とかしないと、アナタについて来てくれる子は少なそうね」



「いや、止めろよ。 今この部屋の話しはさ」


 零錠とユウカは込み上げてくる笑いに、お腹の底から笑った。


「その書類、書きながらでいいわ。

 成華の事。 何があったのか話してくれる? 」


「大体の事はお前も知ってんだろ? 

 たぶんお前の所には真っ先に情報が入ってきているだろうし。

 なぜうちが襲われたのかは分からない。

 ただ、あいつらは学院をめちゃくちゃにして行った」


「そう」


 零錠は何かを考えているかのように顎に手を当てていた。


「ユウカ君。 手が止まっているわよ」



「あ、ごめん」



「で、成華の生徒が攫われたと」


「うん。 攫った理由は分かんないけど、たぶん、たんなるあいつらの気分的な事だろう」



「そうね。 バイパーって本当に最低なくそどもしかいないから」


「れ、零錠、”くそ”って」


「何? 本当のことを言っただけだけど」



「お前にくそは似合わねぇよ」



「で、どうしてユウカ君が行く事になったのかしら? 」



「あぁ、あの後――――、」



 ユウカは起こった出来事をすべて話した。



「ユウカ君」


「ん? 」


「手が止まっているわよ」



「お、おう、すまない」



「で、いったらすでにバイパー達は倒れていた訳ね。

 よくアナタ、それで警察に捕まらなかったわね。

 私が見たら、アナタを即逮捕しているところよ」



「あほか、なんでだよ。 

 それね惨状を見たら、誰だってあれは人間技なんて思わねぇよ。

 あんな事ができるなんて。

 てか、ちゃんと調べてから逮捕しろよ、汚職警官さん」



「あら、汚職警官なんて失礼ね。 これでも名門刑事よ。

 人間技じゃないなんて、あなたの口かそんな言葉が出てくるなんて 」



「ん? どういう事だ」



「あなたは、未知のパワーとかそんな作り話信じない人だったから、そんな事言うと思わなくて」




 あぁ、たしかにそうだ。 エリィーと出会うまでの俺ならば。 とユウカは納得していた。



「とにかく、俺ではない誰かが、やった。

 そして、」


「バイパーがここ最近過激に暴れているのはそのせい。 という事ね」


「おそらく」


 零錠はかけていた眼鏡を机に置いた。


「きっとこれから、この街一体に警戒命令が出されると思うわ。

 警官もわんさか配備される。 

 警官と言うか鎮圧部隊ね」




「どう言う事だ? 」



「バイパーはやり過ぎたわ。

 街を混乱に堕とし入れた。 それに、今も、一部がやりたい放題やってるみたい。

 学区は黙っていないわ」


「それは、」



「安心しなさい、 戦争になるとかそんなことは無いと思うけど。

 だけど、すめらぎは許さないでしょね。 今回の事。 きっと総出を上げてバイパーを潰す」



「おい、この街大丈夫なのか? 」



「えぇ、だからあなたもあまり外を出歩かない事ね

 今、バイパーはそこら中をうろついてるみたいだから」



「探してるって事か? 奴を」


「やつ? その壊滅させたって言う謎の連中のことかしら? 

 だったら答えはイエスね。 どこの組織だって、メンツを潰されたら、潰しに行くのがあぁいう連中だから。 今回どこの組織が大掛かりでやったのかは知らないけど。

 相手方の連中の姿が目撃されてい無いのが私としても不思議なくらいよ。

 200もの相手を壊滅させるのなら相応の数で動いてたいと思うのだけれど」


 ユウカももう一度あのフード男に逢いたいと思っていた。

 もし合う事が出来れば、奴はどこから来たのか、聞けるかもしれない。

 ただ、死ぬ可能性も付き物だが。

 エリィーを返す方法がわかるなら命を懸ける意味はあった。



「ユウカ君、ちょっといい」


「ん? 」


「さっきから、手が止まっているんだけど」


「できるかぁ! 話しながらは無理じゃい」


「まぁ、こんな事もできないなんて、アナタには、秘書は無理ね」


「一生やることねぇよ、 秘書なんて」


「そう、でも学生さん達は全員無事で良かったわね」


「本当に、何もなくてよかった」



「ところでね、ユウカ君。

 少し疑問に思う所があるのだけれど」




「何だ? 」


 ユウカは冷や汗をかいた。 もしかして、エリィーのことを感ずかれたりでもしただろうか?

 一度もエリィー達の話しをしてはいないつもりだが。


「どうして、あなた一人でバイパーを追いかけようとしたのかしら。

 それだと、死にに行くようなものよ? 」




 まずいところを突かれた。

 


「それは、クラスメートを助けよと思って」



「あなた一人でかしら?

 それは無謀ではなくって? 

 そもそもそうなるなら、それに対抗できる後ろ盾か何かがあったと思うのだけれど。

 それか、その攫われた女の子の中に、あなたの命に代えてでも守りたい人が居たのかしら」


 ユウカの頭の中に星が出て来る。

 

「は、バカ、別にそんなんじゃ」



「はぁ、分かりやすいわね。 それに、ユウカ君私に何か隠していることは無いかしら」



「え? 別に何も」



「ねぇ、このゲームの名前は何? 」


 いきなり零錠はゲームソフトを持ってきてユウカにかざす。



「そんなの今はどうでもいいだろ」


「良いから答えなさい」



「……集まれ、わんにゃんガール」


「違うわね、これは、『ワンスリンガーニャンサバイバー』よ


 じゃあこっちのアニメは何? 」


「……魔法、少女、……ももこ」



「違うわ。

 戦記絶命、マジカルきゅーるよ

 ほらね」


「何でお前そんなに知ってるんだよ」


 唯はめちゃくちゃ知っていた。ユウカ以上に。


「あなた、適当に答えすぎなのよ。それにしても酷いネーミングね。どこで日本語を習ったのかしら。

 私はただここに書いてあるのを読んだだけだけど」



 彼女はタイトルを読んでいただけだ。



「まぁいいわ。 言いたくない事もあるわよね。


 だけど、私、あなたに信用されていないのかしら? 」



「……」

 

 これにはどう答えていいのかわからなかった。


 「ところで書類は書き終わった? 」


 ユウカは息を飲んでいた。


「あ、あぁ書類ならこれで」



「そう、なら私はもう帰るわ。 13時を回っているから」


「もうそんな時間!? なにかお昼食っていくか?

 なんか冷蔵庫にあると思うから」


「良いわ。 私はこの後、用事があるから、今日はこのまま失礼するわ。

 ドアはすぐに修理のモノがくると思うから、安心して」



「ならお前の家まで送ってくよ。 バイパーも活発になっているんだろ? 

 零錠一人じゃ危ないし」


「私なら大丈夫。 迎えを呼んであるわ。

 それに、下でガードが待っているから」


 え?今の今までずっと待たしていたのか? とユウカは思った。

 ガードも大変な仕事である。


「なら、分かった。 

 気をつけてな。

 今日はありがとう、ごめんな、俺がぶちっちまったのに」


「良いのよ。これで私の仕事も一つ片付いたし。

 今大きなプロジェクトを任されているんだけど、これがまた気が抜けないの。これができたらあなた達も腰を抜かすかもね。 少しは住みやすくなると思うのだけど。 

 あなたのおかげで少し息抜きもできたわ」


「お前、仕事頑張りすぎなんじゃないのか? まだ学生だろ!

 もうちょっとは――」


「そうね、私が”零錠”でなければ、もっとあなた達のように……。

 いいえ、これが今の私よ。 満足しているわ。 それじゃあさようならユウカ君」


 零錠の去り際はあっさりとしていた。 振り返りもせず、颯爽と出ていく。

 一度決めたら絶対に引かない。 その背中には筋の通った、信念すら感じられた。







―――― 零錠車、車内。


唯はプロジェクトの資料を沢山広げ読みこんでいた。 そんな最中、ユウカの事を考えてしまう。


「ユウカ君は色々何かを隠している」


 零錠はずっと難しい顔をしてシートに座っていた。 



「入ってきた時に、私が彼のグッツに興味を示してもあまり反応を示さなかった辺り、本当に彼のモノじゃないのでしょ。


 もし仮にいとこさんのモノだとした場合、今度はつじつまが合わなくなるのよね。

 彼の家にこんなにも、お気に入りのおもちゃを置いておく必要は無いはずだから

 まずもって、嘘だという事 」


「そして、綺麗に開けられた玄関の穴。 あれは少なくとも外から空けられたものね。

 一体何のためかしら? 鍵を忘れていた。 としても、あんなところ正確にぶち抜ける人間なんているかしら。 ユウカ君は何かの事件に関わっている」



「お嬢様、失礼します

 お電話が入っております。

例の件かと」



「ありがとう、

 回して頂戴」


「かしこまりました」






ユウカ家


「はぁ、 終わった

エリィー、フラン、 ありがとう、もういいぞ。 御飯にしようか」


「はぁーい」


「……うん」



「お前らクローゼットで何やってたんだ」


「ずっとお前らの話を聞いておったぞ」


「は? 何でまた。 てっきりゲームをしているのかと」


「……うん、ちょっとしてた」


「ユウカ、」



「どうしたエリィー? 」


「あの零錠という女、相当に気をつけねばならんかもしれんな。

 あれは、相当の手練れだろう」



「あぁ、アイツはやばいよ、 敵に回したら誰も生きていけない」


「うむ。 ユウカ!

お腹すいたぁ~」



「御飯にしよう。

フラン! 食べたら行こっか。

 待たせて悪かったな」


「……うん」


フランは嬉しそうに笑った。

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