第20話
どれだけ待っても、一向に初が帰ってくる気配はない。既に夕飯は食べ終わってしまい、時計の針も二十三時を回っていた。
夜遊びをすることは珍しくないが、やはり心配になってしまう。子供が背伸びをして夜の世界で遊んでいれば、悪い大人に目を付けられてもおかしくない。
スマートフォンに連絡を入れようかと、通話アプリを開いた時だった。インターホンの音が室内に鳴り渡る。
夜のため、防犯を意識して通話モニターを除けば、そこにいた人物に目を見開いた。
「相川……?」
風紀委員副委員長として、彩葉を支えている相川岳がモニターに映っていた。
私服姿で、どうしてここにいるのか訳が分からない。しかし、彼の右肩にもたれ掛かっている初の姿が視界に入って、慌てて玄関扉を開いた。
「は?鈴木紅葉……?」
紅葉と同様、相川も酷く驚いたような表情を浮かべている。この家に紅葉がいることが予想外だったのだろう。
「えっと、何で相川と初が一緒にいるの」
「夏期講習の帰りに駅でうずくまっているところを見かけまして……高校生なので飲酒がばれるのはまずいかと思い、原付の免許に書かれていた住所を頼りにここまで来ました」
初の顔は赤くなっていて、近づけば確かにアルコールの香りが漂ってくる。
潰れるまでお酒を飲むなんて、一体何をやっているのだ。初に対して怒りがこみ上げるが、まずはここまで運んでくれた相川にお礼を言おうと向き直った。
彼がいなければ、初は間違いなく警察のお世話になっていただろう。
「ありがとね、ここまで運んでくれて」
「そんなことはどうでもいいです。あなた方、どうなっているんですか」
酷く冷めた目で、相川がこちらを見下ろしている。不愉快さを露わにしながら、彼は言葉を捲し上げた。
「高校生で同棲ですか?おまけに飲酒をして、学校で禁止されている免許の取得まで」
相川は少し雑な手つきで、初を肩からおろして床に座らせた。肩が凝ったのか、腕を回しながら更に罵る言葉を続ける。
「言っておきますが、もう少し自分の身分をわきまえた方がいいかと。あまりこのようなことは言いたくありませんが、貧困は連鎖するって言葉知っていますか」
「……はぁ?」
「低学歴で、低所得の家の子供も、教育や常識の欠落から同じように貧困への道を歩んでいくことです。まあ、高校生で同棲をしているあなた方を見れば、その言葉も筋の通ったものだと分かりますよね」
「同棲じゃない。何も知らないくせに」
「……いい加減、問題を起こすのはやめてください。これ以上委員長に無駄な仕事を押し付けないで」
「黙れって!これ以上好き勝手言ったらキレるから」
理不尽な言い分に我慢ができず、相川が着ているTシャツの襟元を掴み上げてしまう。
大声で抗議する紅葉に対して、相川は顔色一つ変えていない。先ほどと同じように、氷のように冷たい瞳で紅葉を見下ろしていた。
「そうやって、言い返せなくなったらすぐに怒鳴る癖、直した方がいいですよ」
「……っ」
「自分の思い通りにするために、理屈じゃなくて凄みで言い負かそうとするなんて、ヤクザじゃないんですから」
その言葉に我に返って、パッと手を離す。襟元は少し伸びてしまっていて、感情的になってしまったことをすぐに後悔した。
もう一度初を一瞥してから、相川はそれ以上何も言わずに帰っていった。
きっと、相川がいっていることは間違っていない。悔しいけれど、側から見たらそう思われても仕方がないのだ。
たとえ本人たちにその気がなかったとしても、何も知らない人から見れば眉を顰めるようなことをしてしまっている。
だけど、こうでもしないと紅葉と初は心が持たなかった。二人で一緒にいないと、いつ壊れてもおかしくない状態だったのだ。
誰に後ろ指を刺されようとも、そのことは否定されたくない。誰も助けてくれない中で、自分を守る方法はこれしかなかったのだから。
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