十一話*神様によろしく
──あっという間に四年が過ぎた。
身体的な限界を感じているセシエルは五十五歳という年齢に、引退は間近だと考えていた。
しかし、ライカは相も変わらずセシエルのサポートは最低限しかできず、未だハンターとしての能力には不安でしかなく、いっそのこと諦めろと言いたい。
それでも、熱意だけは一人前で、「向いていない」なんて言えば、ショックで立ち直れないかもしれないとセシエルはなかなか言い出せずにいた。
しかし、ライカのことを考えるなら、諦めさせなければならない。それを切り出すことが、これほど辛いとは思いもしなかったと頭を抱える。
そんな折──依頼でユタ州に向かったセシエルとライカは、対象者を捕らえて依頼主に引き渡すため、アリゾナ州へと南に車を走らせていた。
途中、ガソリンスタンドで給油し、隣のレストランでテイクアウトを頼むようにライカに言いつけ、後部席に座らせている男と共に車中で待つ。
「おい、おまえ。流浪の天使だよな?」
声をかけられたが答えない。
「まだ現役だとはなあ。驚いたぜ」
男の言葉からは呆れを感じる。俺の正確な年齢は解らずとも、年季の入った顔を見れば、未だ現役でいることに鼻で笑われても仕方がない。
ハンターの報酬は高額であるぶん、ハードな仕事だ。そのため引退も早く、大体は現役中に得た報酬で老後をのんびり過ごす。
「ああ、もしかして。あの間抜けなやつが、おまえの弟子なのか?」
へらへらと笑う男に腹が立つ。しかし、間抜けと言われても反論が出来ない。何せ、こいつを追いかけるときにライカは盛大にすっころんで擦り傷だらけになった。
そのせいで俺は、体力の限界まで走り続けることになった。どうにか捕まえたものの、しばらくまともに動けなかったくらいだ。
俺のように名の知れたハンターなら、弟子の一人や二人、いてもおかしくはない。しかし、俺は自分の教えベタを理解しているため、ライカに出会わなければ弟子をとるつもりなんてなかったんだ。
「へえ。図星?」
俺が何も言わなかったことで、弟子が育っていないと悟られてしまった。戻ってきたライカに余計なことを言わなければいいのだが、口止めしておくか。
「俺にも弟分がいるから解るが。あいつ、大丈夫なのか?」
「なに?」
こいつ、何を言い出しやがる。
「俺には関係ないことだがよ。あんたがいなくなったあと、生きていけるのか?」
その瞬間、迫り来る現実が俺の心臓を締め付けた。早鐘のように鳴り響く。そうだ、あいつがこのままで生きていけるとは思えない。
俺が長生きすればいいって問題じゃない。なんだって俺は、いつも捕捉対象に気付かされるんだ。己の馬鹿さ加減に呆れ果てる。
「クリア。開けて」
両手に荷物を抱えたライカが、運転席のセシエルに笑顔を向ける。屈託のない少年のようなライカに小さくため息をつき、車から出ると助手席のドアを開いた。
「ありがとう」
言ってシートに腰を落とすと、嬉しそうに紙袋からハンバーガーを取り出していく。そんな様子に、セシエルも男も目を合わせて肩をすくめた。
──男を引き渡し、家に戻ると出迎えてくれたジャックをキャンヒングカーに招いた。
「今回もお疲れだったな」
「お前に頼みたいことがある」
険しい表情のセシエルに、ジャックは椅子に腰を落とし姿勢を正した。
──それから数ヶ月後、セシエルは仕事をこなすためライカを連れて車を走らせていた。歳のために危険の少ない依頼を受けているものの、それすらも辛くなってきている。
いくら五十五だからって、へばるには早いとは思うが、これまで無理をしすぎた反動がきているのは明らかだ。
長生きはできないと自覚はしていたものの、ここまで早くガタがくるとは思わなかった。
当のライカは、助手席でハンドガンをいじっている。あとで直してやらないと、あのままじゃあ暴発の恐れがある。
受けた依頼はもちろんのこと簡単なもので、貸した金を返さずに逃げ回っているチンピラを捕まえて引き渡すというものだ。
逃げている男は上手く隠れる
俺なら朝飯前だが、ライカはどうだろう。この仕事は俺がサポートになり、ライカに任せようと思っている。
それで自信をつければ、次はもう少し難しい仕事をと、段階を踏んでいけば、いずれは一人でもこなせるようになるだろう。それまでに、俺が動けていればいいのだが。
対象者の居場所はすでに特定している。あとは捕まえるだけだ。何事にも油断は禁物だと思っていても、ライカに任せるとなると特に慎重にならざるを得ない。
まずは腹ごしらえをするため、ライカとファストフード店に向かった。駐車場に入り車を駐める。
先に助手席から外に出たライカを横目にキーを抜くと、ライカが視界から遠ざかっていく。
「!? おい!? どこに行く!」
「いたんだよ! あいつだ! バーナード!」
そう言って駆けていった。バーナード? 三件の強盗で指名手配されている奴か。まったく、人相の記憶力だけはいい。
とはいえ、呑気にもしてはいられない。セシエルはドアを閉めて後を追いかけた。ライカはデカいから、割と遠くても見失うことはあまりない。
なんて考えながら追いかけていたら路地裏に入りやがった、こいつはまずいな。足を速めたセシエルの耳に破裂音が届き、鼓動が早くなる。
「ライカ!」
大きな背中を視界に捉えると、その脇から黒い塊を握っているバーナードの姿が見えた。そして、ライカが地面にへたり込む姿にセシエルは青ざめる。
「あ……っぶなかった~」
よれた声が聞こえて弾が外れたようだと安堵したが、次の弾も外れるとは限らない。セシエルは腰の後ろからハンドガンを抜き出し、男に照準を合わせる。
「バーナード!」
その姿にバーナードは体を強ばらせたが、男の戦意を削ぐことは敵わなかった。
「クリア!?」
セシエルは撃たれることを覚悟して、自分も引鉄を絞った──二つの破裂音がほぼ同時に響き、男が先に倒れ込むのを確認したセシエルは膝をつく。
「クリア!」
「──っはあ。まったく。いつも、慎重に動け……って、言ってたろう、が」
「ご、ごめん」
途切れ途切れの言葉に、心配で顔をのぞき込もうとしたライカの視界に赤い液体が地面に広がっていった。
「クリア!? そんな!?」
崩れるように両膝をつく。腹部から溢れるように流れる血液に震えながらも、スマートフォンを取り出して救急番号にかける。
「クリア! もうすぐ来るから! しっかりして!」
頭を抱きかかえてクリアの意識を確認する。その間も血は流れ続けていた。
「うそだろ。……嫌だ。やめてくれよ。ああ、オレのせいで、クリア」
必死に傷口を押さえても血は止まらない。
「ラ、イカ」
参ったな。まさか、こんなところで終わりか。これほど唐突だとは。
「だ、大丈夫。病院に行けば──っ」
震える手が真っ赤に染まる。
「ありがとな。でも、いいんだ」
「そんな、ことっ、言うなよっ」
「悪い」
諦めが早いと思うが、自分でも解る。これは助からない。
「ライカ。よく、聞くんだ」
だから、いま、話さなければならない。
「だめだよ。喋らないで」
涙が止まらない。これは夢だ。きっとそうだ。
「いいから、聞け。俺が、運ばれたら、ジャックに連絡しろ」
俺に何かあったときのために、話はつけてある。
「クリア。だめだ。だめだよ……」
「すまなかったな。俺が、しっかり、お前を教えられ、なかった」
「クク」
セシエルは、小さくむせながら自嘲気味に笑う。
最期まで、
「クリア! 嫌だよ。だめだ──っ」
むせび泣くライカの頬に手を添える。涙が指を
「わか──ったな。いつまでも、悲しんで、いるんじゃないぞ」
お前のことは、神様によろしく言っておくよ。
「いやだ! いやだいやだ! クリア! オレを、一人にしないで!」
返事もなく、ぴくりとも動かないセシエルを抱きしめるライカの耳に、サイレンの音が近づいてくる──
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