第51話 うわああ〜! テオの本命はやっぱりアイリスさんだったんだ〜〜〜!


 白龍の咆哮がこだまして、魔物達の動きが一斉に変わった。

 そのおかげで、その村に押し寄せていた魔物の件は無事に解決することができていた。


 村人達は当初、困惑していた。


 突如、遠くから空気を揺らすような咆哮が聞こえてきたと思ったら、村に魔物達が来なくなったのだから。


 理由は不明。分からないものほど怖いものはない。


 だから、また別の脅威が村を襲ってくるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。


 しかし、村人のうちの一人がこう呟いた途端、皆の意識はそっちに向くことになった。


「……もしかして、テトラちゃんがこの村を守ってくれたのかも」


「「「……!」」」」


 次第に、その可能性だけが頭の中のほとんどを占めていく。


 聖女になったテトラ。

 死んで、いなくなってしまったテトラ。


 そして、村人達はこんな答えを出した。



 ーー『聖女、テトラ様が村を守ってくださったのだ』……とーー



「きっとそうだよ……! テトラちゃんが村を守ってくれたんだよ……!」


「そのおかげで、魔物たちが来なくなったんだよ……!」


「さっきの大きな咆哮は、きっとテトラちゃんが何かをしてくれた証拠だよ……!」


「「「テトラちゃん……ありがとう……!」」」


 わっ、と村の中が湧き上がる。聖女テトラを崇める声が響き渡る。


 テトラのお陰で、村が守られた。


 テトラがどうにかしてくれたんだ。

 この村は聖女、テトラ様の加護で守られたんだ。


 聖女テトラ様は、死んでいなくなってしまった。

 だけど、今もどこかで、この村を守ってくれているんだ。


 村人たちは手を組んで、テトラを拝んだ。

 空を見てみると、白銀の残滓が降り注いでいる。


 あの白銀の残滓は、聖女テトラ様の涙だろう。

 みんなはそう信じて、疑うことはなかった。





「でも、あれは……月光龍の魔力なのに……」


 俺の隣にいるテトラが苦笑いをしながら、そんな村の様子を見ている。

 山を降りた俺たちは村の様子を確認することにして、遠くからそれを眺めていた。


 どうやら村の人たちは『聖女テトラの奇跡』として、この現象に納得したみたいだった。


「本当はテオが全部やってくれたのに……。テオのおかげで、村は守られたのに……」


 不満そうに言うテトラ。


「……ねえ、テオはいいの? テオはいつも村の人たちを助けてるのに、みんなはそれを知らないんだよ?」


「別に構わないよ。必要だからやっていることだから」


 俺は村を守ろうとして守ったわけじゃない。

 あの村にはアイリスさんがいたから、ただどうにかしたかっただけだ。


「う〜ん、でもぉ、テオが助けてくれたって知ったら、絶対にみんなはテオに感謝してくれると思うのにな……。テオだけでも、今から村に戻れば歓迎してくれもらえると思うのに……」


 唇を尖らせながら、俺に身を寄せてくれるテトラ。

 俺はそんなテトラの頭を撫でて、腕の中にいてくれるテトラの温かさを感じた。


 ……俺にはこれだけでいい。

 テトラがそばにいてくれるのなら、他には何もいらない。


「……でも、私ね、テオのそういうところも好きだよ? ……ちゅっ」


 頬を赤く染めたテトラが、琥珀色の瞳を優しく揺らしながら口づけをしてくれる。

 くすぐったいキスだった。俺もそっとテトラの頭を撫でながら、テトラと見つめ合い、自然に微笑み合っていた。


「ふふっ」


 そうしていると、村の方からあの人がやってくるのが分かった。


「あ、やっぱり、そうだったのね。テオくんが助けてくれたんだっ」


「「あっ、アイリスさんだ……!」」


 盛り上がる村の中から、静かに出てきていたのは一人の女性。

 アイリスさんだ。

 アイリスさんは俺たちがいるのが分かっていたみたいに、こっちにやってきてくれた。


 アイリスさん。

 エプロン姿で、頭巾を被り、金色の髪をきっちりと整えている女性。

 村にいた頃、いつも優しくしてくれて、まるで姉のように接してくれたあのアイリスさんだ。


「アイリスさん……! 久しぶりだ〜〜!」


「本当に久しぶり! 会いたかったわ、テトラちゃん!」


 ガシッと、お互いに駆け寄ったテトラとアイリスさん。

 そのまま二人は抱き合うと、くるくると回り始めた。


「テオくんも会いたかったわ!」


「お、お久しぶりです……」


 アイリスさんは俺の方にも来てくれると、ぎゅっときつく抱きしめてくれた。


「もうっ、テオくんってば、こんなに立派になっちゃって! テオくんのこの感じ、久しぶり! 本当にテオくんはいい子だもんね!」


「あ、アイリスさん……。く、苦しいです……」


「ふふっ。いいじゃない」


 微笑みながら、愛おしそうに頬ずりをしてくれるアイリスさん。

 まるで子供をあやすような扱いのそれがなんだか恥ずかしくて、俺は自分の顔が熱くなるのが分かった。


「て〜〜お〜〜〜? アイリスさんとイチャイチャしてる〜〜。本命に会えてとっても嬉しそうにしてる〜〜〜」


「…………」


 じとっとした目をしているテトラが、頬を膨らましてこっちを見てくる。

 ……これはいつものやつだ。


「「ふふっ」」


 そんな二人が同時に微笑み、アイリスさんは改めて俺とテトラを抱きしめてくれる。


 それは、温かくて、懐かしい抱擁だった。


「テオくんも、テトラちゃんも本当に久しぶりね。二人は……助けに来てくれたのよね」


 一度瞳を大きく揺らし、ぐすんと泣きそうになりながら俺たちのことを見てくれるアイリスさん。

 その茶色い瞳の端からは、涙がこぼれそうになっていた。

 それは眩しいぐらいに輝きを灯している涙で、隣にいるテトラも同じように目の端に涙を浮かべていた。


「アイリスさ”ん……」


 いろんな感情が溢れてきて、涙が出たのだろう。


 俺はそんな二人の涙を、そっと指で拭った。


「テオくん、ありがと。やっぱりテオくんは優しいわね」


「そうなんですよ〜。テオくんは、日に日に優しくなっていくんですよ〜」


『さすがご主人様ね。気遣いがすごいわ』


「「『テオくん、大好きっ』」」


「く、くるしい……」


 アイリスさんとテトラが再び抱きしめてくる。腕輪のコーネリスまでもがキュッと引き締まった。


「「『えへへっ』」」


 ……でも、安心した。

 アイリスさんは元気みたいだ。

 村を出た時と変わらない。その姿を見ると、なんだかホッとできた。


「うんっ。いつテオくんたちが帰ってきてもいいように、私も待ってたのよ。それに、私が今もこうして無事なのは、テオくんが助けてくれたからなのよね。さっきうちの家に、魔物が襲って来た時、テオくんが助けてくれたんだもんね。テオくん、ありがと」


「アイリスさん……」


 アイリスさんが俺のことを見つめてくれる。そして、お礼を言ってくれる。


 そんな風にアイリスさんと言葉を交わしていると……懐かしくなる。

 この感じも、久しぶりで、なんだか安心できた。


「テオも、泣いていいんだよ?」


「べ、別に、そんなつもりはなくて……」


「え〜、でもテオも懐かしいのと、安心するのとで、泣きたいと思うのに……」


 テトラが俺を見て微笑みながら、そんなことを言った。


「ふふ、テオくんは男の子ねっ。でもテオくんのそういうところは、私も、ずっと前から好きだなっ。……ちゅっ」


「「あ……っ!」」


 不意に俺たちの顔が近くなる。

 そして次の瞬間、唇に感じていたのはアイリスさんの口づけ……つまり、アイリスさんが俺に口づけをしていた。


 キスだ。


「テオくん……。大好きっ。ちゅ……ちゅっ……んちゅっ」


『「ああ〜〜〜〜〜! 二人が恋人みたいにキスしてる〜〜〜!!」』


 それはまるで、もう離さないと言わんばかりキスで……。


 アイリスさんが俺の背中に両手を回してくれながら、キスをし続けていて……。


 そうやって触れ合っているアイリスさんの唇は、溶けそうなぐらいに、柔らかくて……。




「うわああああ〜〜〜! テオの本命はやっぱりアイリスさんだったんだ〜〜〜〜〜〜!!!!」




 聖女テトラの加護に守られた村の中で、俺とアイリスさんは今までで一番近かった……。





            第一部 完。



 *次回は間話で、各地にいる聖女たちの話になります。

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