第22話 街に到着


 馬車での移動は徒歩に比べると快適なもので、それからの俺たちは今までとは比べ物にならないぐらい、街までの距離を進んでいた。

 話によると、日が暮れる頃には街につけるとのことだった。


 移動中はたまに魔物が馬車を襲ってやってくるため、その際には俺が退けることにもしていた。


「あ、テオ……! 魔物が来るよ……!」


 ちょうど今がその時らしく、流れる景色の中、窓の外に目をやると、ゲーダーリザードが迫ってきていた。この魔物は、この草原に生息している魔物だ。


「テオ様……! この前の魔法が見てみたいです……!」


「ああ……! あれ、すごかったよね!」


「スパーク・ブレイク」


「「おお……!」」


 翡翠色の雷撃が発生する。それがバチバチと放たれ、地を這う魔物を瞬く間のうちに焼き焦がしていた。

 革が貫かれ、跡形もなく消え去る。


「「やっぱり戦うテオ様かっこいいぃぃぃいい〜!」」


「あ、危ないっ!」


 同時に両側から抱きしめて来る二人。そのせいで、三人で馬車の窓から落ちそうになる。

 だから俺は二人を抱き寄せるようにして、落とさないように支えた。


「「えへへ……っ」」


 この馬車での移動中にテトラはソフィアさんと打ち解けたようで、随分と仲良くなっていた。


「テオ様、申し訳ございませんでした」


 微笑みながらそう言ったのはソフィアさん。

 彼女は俺のことをテオと呼ぶようになっていて、表情も最初に会った時よりももっと豊かになっているように思える。


 とにかく賑やかだった。

 そんな馬車は止まることなく、街に向かって走り続ける。



 そしてしばらくしてーー



「お嬢様、そろそろ街が見えて来る頃です」


「あ……、もうそんな時間でしたのね……」


 日暮れ前。

 窓から外を見て見ると、遠くの方に街が見えるのが分かった。

 外壁に囲まれているその街は、俺とテトラが目指していた街だ。


 馬車はその街へと走っていく。そして門をくぐり、街の中へと入った。


「おお……」


 中に入ってまず視界に飛び込んできたのは、立ち並んでいる出店とその中を歩いている多くの人の姿。

 村では見られなかった光景だ。地面は石畳でできており、その上を馬車でゆっくりと通っていく。


 移動中に少し話したことによると、この街にはソフィアさんの屋敷があるらしい。

 そのため、街の治安はいいとのことだった。


 彼女は聖女だ。聖女の力というのは、正しい行いをした者に恵みをもたらすという。

 つまり街の住人が正しい行いをするからこそ、聖女の加護が街全体に張られていると言われている。

 そして、もし、神に反する行いをしたらその身に罰が下る……という、噂が広がっているから、治安がいいとのことだった。


「少し大げさな話ですが、そのおかげで街の人たちの生活が穏やかになるのなら、それもいいかと思います」


 ソフィアさんが馬車の中から、街の様子を見ながら儚げに呟いた。

 窓からは夕日が差し込んでおり、彼女の横顔を照らしている。石畳の道を進む馬車の中で、彼女は少しだけ寂しそうな顔で街を眺めているような気がした。


 そんな馬車は街の中を移動していき、馬車が通る際には、住人たちがさっと道の端によけて、道を開けてくれる。

 その後、彼らは姿勢を正していて祈るように手を組んでいる。それらは全てソフィアさんに向けられているようだった。


 そうしてしばらく進み、馬車は一軒の宿の前で泊まる。


 俺たちはそこで降りて……ソフィアさんと別れることになった。


「ここでお別れなんだよね」


「……はい」


 俺たちが一緒に行動していたのは、目指す場所が同じだったから。

 そこに来た今、別れるのは分かっていたことだった。


 彼女も彼女で用事があってこの街に来たらしい。

 聖女の彼女は忙しくて、やることも多いそうだ。


「テオ様、テトラさん…………本来ならうちの屋敷に泊まっていただきたいのですが、おそらく今は教会からの使者たちがきておりますので、もし、それでもいいのなら……」


「わ、私たち、捕まっちゃう……」


 テトラの顔が青ざめた。


「ふふっ、ですね」


 ソフィアさんは微笑んだ。


 教会の人達と会わないようにすることは、俺たちが一番気をつけないといけないことだ。

 だから……ここで別れることになる。


「ですので、申し訳ありません」


「ううん、そんなことないよ。ここまでしてもらっただけでも、本当に助かりました。ね、テオ」


「うん。馬車に乗せてもらったから、この街にも来れたし、本当に助かった」


「テオ様、テトラさん……」


 彼女が俺とテトラの手を握り、蒼色の瞳を揺らした。


 そして、


「おじい様。お二人にあれを」


「かしこまりました。では、どうぞ、こちらをお受け取りください」


 そう言って差し出されたのは、布袋。


 受け取って中を見てみる。

 そこに入っていたのは、数枚のコインで……。


「テオ様には馬車の護衛として乗っていただいていましたので、少ないですがお受け取りください」


「でも、これって……」


「報酬です。それにお二人にはご迷惑をおかけしましたので、その分も含まれております」


 報酬……。


「それに……お二人とする馬車での旅は、本当に楽しかったです。ですので、気持ちとして是非受け取って欲しいです」


 ソフィアさんが穏やかに微笑む。


 ……でも、本当に受け取ってもいいのだろうか。

 貰えるのはとても助かることだけど、どうしても引け目がある。


 ……そうは思ったものの、彼女はゆっくりと頷いてくれた。


 だったら……。


「ありがとうございます……」


「はいっ」


 お礼を言って受け取ると、ソフィアさんは満足そうな顔をしてくれた。


 その他にも彼女はオススメの宿や、店の情報を教えてくれた。

 初めて街に来る俺たちにとって、それは助かることだった。


「すごい……。ソフィアちゃんは私たちに色々してくれる……。さすが、聖女様だ……!」


「まあっ。テトラさんったら、お上手でっ。でもせっかくできたお友達ですもの。これぐらいは当たり前ですし……私たちはもう、お友達だと思ってもよろしいのでしょうか……?」


「うんっ。私もそう思ってほしい……!」


「では、よろしくお願いしますね」


 そう言って彼女はテトラと両手の手のひらを触れさせて、嬉しそうに微笑んだ。


「お嬢様に初めてのお友達ができるなんて……”」


「お、おじい様、泣くなんて大げさですわ……!」


 涙ぐむおじい様に、照れたように言うソフィアさん。


 そして別れの時。


「お二人とも……また私と会ってくださいますか?」


「うんっ。私もまた会いたい……」


「では約束です」


 ぎゅっとにぎり合う二人の手。

 俺はその姿を見守った。


 そして彼女は名残惜しそうに馬車に乗ると、別れを告げて馬車がゆっくりと走り出す。

 その際に彼女は少しだけ魔力を使い、街の中にいた周囲の人たちの意識に働きかけたらしい。

 そうすることで俺たちが馬車から降りたところを見ていた人たちの記憶をかき消してくれたみたいだった。


「ソフィアちゃん……色々考えてくれてたんだね。優しい子だった……」


 夕方の街の中を遠ざかっていく馬車を見送りながら、テトラは寂しそうにそう呟くのだった。



 * * * * *



 そして夜。

 無事に宿に泊まることができた俺たちは、旅の汚れを落とし、食事を摂ると寝ることにした。


 とった部屋は二人部屋で、ベッドが二つあった。

 久しぶりに室内で過ごす夜だ。

 俺たちはカーテンを閉め、蝋燭の火を消すと、ベッドの中に入った。


 そしてーー。


「ねえ、テオ……寂しいから今日も一緒に寝よ……?」


 闇に包まれた暗い部屋の中で、テトラが俺のベッドへとやって来た。

 薄手の寝間着に身を纏ったテトラが、毛布の中に潜り込んで来て、甘えるように俺の首に頬ずりをしてくる。


 ベッドのシーツの生地が擦れて、衣擦れの音がする。仰向けに寝ていた俺の上を這うように潜って来たテトラの息が首筋を撫でた。


 明かりがない分、テトラの温もりをいつもよりも感じた。吐く息が熱い。テトラの体温も溶けそうなぐらい暑くて、テトラは少し服をはだけている。


「ねえ、テオ……。テオは私と離れないでくれる……?」


 不安そうな声でポツリと呟くテトラ。


 多分……夕方にソフィアさんを見送ったことで、その寂しさが残っているみたいだ……。

 短い間だったとはいえ、テトラは彼女と仲良くしていた。

 だからこそ、心細くなったのかもしれない。


「離れないよ」


「絶対……?」


「うん。絶対」


「テオ……んっ」


 唇に触れるのは、テトラの温かい唇。


「てお……」


 俺たちはベッドの中で口づけを交わした。


 そして俺はテトラの頭をそっと撫でた。


「テオ、抱きしめて……」


 俺の背中を抱きながら、控えめに紡ぐテトラの声。

 その声からはやはり寂しさを感じ、俺はそれを埋めるようにテトラをきつく抱きしめた。


「テオ……実は私ね、寂しいだけじゃないの……。テオがソフィアちゃんと馬車の中で喋っていたのを見ると、実は少し切なくもあったの……」


 そう言って、テトラがベッドの中で俺を抱きしめる。

 俺は答えるように、テトラをもっときつく抱きしめた。


「てお、好き……っ」


 暗闇の中で、テトラの琥珀色の瞳が溶けていた。

 そして影も出ない部屋の中で、俺たちはずっと近くて、さらに深くまで近くなる。


「てお……」



 そうして夜が更けていく。


 その間も、俺たちはずっと近くて、夜が明けるまで近かった。


 夜が明けても近かった。


 街で過ごす初めての夜。

 それは互いに離れることはない近すぎる夜で……それからも俺たちは互いの温もりの中で、夜更かしをするのだった。


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