第57話 ミラーマッチ
自警団メンバーが自爆覚悟の特攻で与えたダメージを、スライムボスは味方のスライムを『吸水』で取り込むという荒業で回復して見せた。
最初、二千体以上も存在したスライムだが現在はその数を四~五百程に減らしている。
しかしその量はスライムボスが回復するのに十分すぎる。
スライムボスとスライムの進軍速度の差からスライムたちは縦に大きく広がっている状態だ。
相手がスライムを取り込みきるまでには時間がかかる。
スライムボスが完全に回復してしまったら、もはや俺たちに勝機は無い。
受けたダメージで弱っている今がスライムボスを倒す最後のチャンスだろう。
俺たちは必死で攻撃を加えるが、スライムボスはそれを上回る勢いでじりじりとその大きさを増していく。
この絶望的な状況を前に俺たちの間には焦燥感が広がっていた。
「わ、私に……私に考えがありますう」
キツネが声を上げたのは俺たちが打開策を練っているときだった。
「キツネ、何か策があるのか」
「は、はい。私の『虚飾』なら、この状況でできることがあるかもしれないですう」
『虚飾』は対象の姿とスキルをコピーし自身の体を変化させるスキルだ。
コピーしたスキルはレベルが制限され、ステータスはコピーできないといった限界はあるが、今まで相手のスキル構成や弱点を把握するのに役立ってきたスキルだ。
「『虚飾』でスライムボスをコピーすれば『吸水』のスキルをコピーできますう。『吸水』で残るスライムを私が吸収してしまえばスライムボスはこれ以上回復できないはずですう」
「そうか。確かにそれならスライムボスの回復を防げるかもしれない」
スライムを倒してもその場に水が残る。
それではスライムボスの『吸水』を止めることはできない。
だがキツネがスライムを『吸水』してしまえば話は変わる。
キツネが取り込んだ水分はキツネの中に止まるため、スライムボスに取り込まれる心配は無くなるのだ。
それに、キツネが吸水を使えるのならスライムボスと同等の大きさになることが可能だろう。
スライムボスの攻撃手段は水魔法だけだ。
水魔法なら『吸水』で無効化できるだろうし、ステータスで劣っているとしても対抗できるだろう。
「だが、危険じゃないか? キツネが吸水を始めればスライムボスは真っ先にキツネを狙って攻撃を始めるだろう。スライムボスに変身するのなら水魔法で攻撃されてもほとんど無効化できるだろうが、それでも何か相手には隠し玉があるかもしれない」
「……いえ。大丈夫ですう。私だって、誰かの真似事だけじゃない、自分自身の力で皆さんのように戦いたいんですう」
キツネの強い決意のこもった目で俺たちを見る。
「大丈夫ですよ~。いざとなったらキツネちゃんは私が絶対に守りますよ~」
「レイブンちゃん、おねがいしますう」
「よし。分かった。俺たちは全力でキツネをサポートする」
俺たちはキツネを中心にスライムボスに挑む決断を下す。
団長やコウノさんから自警団の指揮を受け継いでいるネコさんへ謎猫を通して、作戦を伝えると自警団メンバーも作戦に協力してくれることになった。
『ははっ。どうせやるなら全員でやった方が勝率が高え! さあ、こうしている間にもスライムボスは回復しちまう。行くぞ!』
「はい! 『虚飾』」
ダムを下り、俺たちは地面へと降り立つ。
キツネがスキルを発動する。
変身したのは『吸水』をする前のスライムと変わらない大きさのスライムボスの姿だった。
ダムの前には水深3㎝程にもなる水が溜まっていた。
それはすでに何百体と倒してきたスライムの体を構成していた水分だ。
「『吸水』!」
キツネは地面に溜まった水を、その体の中へと取り込んでいく。
みるみる大きくなる透明な体。
「うっ、うう」
「キツネ! 大丈夫か」
突如、キツネが苦し気な声をあげる。
「へ、平気ですう」
「いや、明らかに苦しんでいるだろう。一体どうした」
「う、うう、私は、大丈夫ですう」
キツネの体は水を取り込み大きくなり続ける。
苦痛の原因はもしかすると体の膨張よるものではないだろうか。
今までキツネが『虚飾』を発動しても姿をコピーできないモンスターが存在した。
それは昨日俺たちが戦ったA級トードの姿をコピーしようとした時だった。
なぜ『虚飾』が発動しなかったのか。
それはA級トードの体の大きさがキツネの肉体と大きく乖離していたからではないか。
すると吸水で体を巨大化させている現状は、相当キツネの体に負担を駆けている可能性がある。
「キツネ! 無理するな。苦しいのならいったん変身を解除して……」
「大丈夫ですう! 私はやれますう!」
何時にもないキツネの強い口調。
それは普段の弱気な彼女のものからは想像できないものであった。
「なんでそんなに、無茶をするんだ」
「う、うう。だ、だって、これは私にしかできないことだからあ!」
キツネの悲痛な叫び。
それはただ痛みを堪えているだけではない何かを俺に感じさせる。
「レイブンちゃんは私にとって大切な友人なんですう。それにもう皆さんだって私にとって大切な存在ですう。な、なのに私はこの世界に来てから皆さんに迷惑をかけてばっかりでえ。ゴブリンたちにレイブンちゃんが囚われた時だって、本当は私が何とかすべきだったのに皆さんに助けていただいてえ。なら! 私にできることがあるのなら皆さんのお役に立ちたいんですう!」
キツネの吐露した内心。
『虚飾』のスキル効果は他者のスキルをコピーできるものだがスキルレベルが制限される関係でコピー元よりも弱い力しか発揮できない場合が多い。
状況に応じて様々な活用ができる『虚飾』はとても有用なスキルであるのだが、確かにそれだけでピンチをひっくり返せるような力を発揮することは難しいだろう。
キツネは戦いで自分が役に立っていないと、ずっと負い目に感じていたのだろうか。
俺はキツネが十分活躍していることを知っているし、他の皆だってそうだろう。
「う、うう、うああ」
キツネの体はすでに元の大きさの十倍以上になっていた。
それでも『吸水』を続け、更にその大きさは増していく。
「キツネ。お前の気持ちは分かったが、やはり無茶だ。このままじゃキツネの体が壊れてしまうかもしれない」
「それでも! ここで、私がやらないと皆さんがまた傷ついてしまいますう。それだけは絶対に嫌なんですう」
キツネから返ってくるのは強い否定の言葉。
「私からもお願いします~。キツネちゃんは皆を守るために必死なんですよ~。最後まで彼女にやらせてあげてくださませんか~」
「お、お願いしますう」
キツネ、そしてレイブンからも頭を下げられる。
正直キツネが苦しむ姿は見ていられない。
仲間が苦しむぐらいなら、分が悪くてもキツネには虚飾を解除してもらい全員で攻勢に出るべきではないか。
俺の中で様々な考えが渦を巻く。
「……分かった。キツネはそのまま『吸水』を続けてくれ! だが、キツネにだけ負担を駆けるわけには行かない。俺たちも攻勢に出るぞ」
「オオカミさん、ありがとうございますう」
キツネの覚悟を受け、俺はチームメンバーに行動方針を伝える。
おそらくこのままキツネが吸水を続ければスライムボスはキツネをターゲットとして攻撃を仕掛けてくるだろう。
水の魔法であればキツネにほとんどダメージは通らないはずだがスライムボスは他にも攻撃手段を持っているかもしれない。
ならば俺たちがキツネをサポートし、キツネを吸水に専念させる。
『俺たちも作戦に協力するぜ! 正直今の自警団じゃスライムボスに太刀打ちできねえ。俺たちもキツネのサポートに回らせてもらうぜ!』
「ありがとうございます、ネコさん」
ネコさんの判断で残る自警団と冒険者の面々もキツネのサポートへと回ってくれることになる。
『ナンデボクガモウヒトリ? スライムノマゾクハボクヒトリノハズナノニ』
スライムボスがキツネの姿を見つける。
すでに百体以上のスライムを取り込んだスライムボスは五メートルを超えて巨大化していた。
地面に降りてみるスライムボスの体はまさしく怪物的な大きさだった。
『ヨクワカラナイケド トリアエズシンジャエ』
「うっ、『吸水』ですう!」
放たれた水魔法がキツネの体を捉える。
分厚い石の壁に穴を開ける威力のある一撃だ。
キツネは受けた衝撃から苦痛の声を漏らすが、どうやらダメージ自体は軽微である様子だ。
逆に受けた水魔法を『吸水』することでその体積を増やしている。
『ボクノコウゲキ キイテナイ!?』
『お前ら、キツネだけに任せるな。攻撃だ!』
動揺するスライムボスへ俺たちは魔法を飛ばす。
『ウットオシイ ソンナコウゲキキカナイヨ』
俺たちの攻撃は確かにスライムボスへ炸裂するがやはり回復を遅らせるだけの効果しかないようだ。
だが、キツネというカードがこちらにある今、時間稼ぎにしかならない攻撃には先ほどまでとは違う意味が生じてくる。
キツネにスライムボスの攻撃は効かない。
一方こちらは多少ではあるがダメージをスライムボスに与えることができるのだ。
俺たちの敗北条件はゲンテーンの町がスライムボスに襲われること。
さっきまでの俺たちには最大まで回復したスライムボスを足止めする手段がなかった。
スライムボスが回復を終え、ゲンテーンへと侵攻を始めればそれを止める手段は無かったのだ。
『さあ、どんどん攻撃だ! 魔力が続く限り攻撃を続けろ!』
「「「おおおおおおおおおおお!」」」
しかし、今はスライムボスに変身したキツネがいる。
キツネもスライムボスにダメージを与えることはできないが、その進路に立ち足止めをすることは可能だ。
俺たちは少しずつでもダメージを与えることができるから、時間さえ稼げれば俺たちの勝ちだ!
スライムボスは次にどうすべきか分からずまごついている。
俺たちはキツネを先頭にしてジリジリと戦線を上げていく。
その後、互いが吸水を続け大きな動きがないまま決戦はしばらく膠着状態が続いた。
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