第23話 炎集中

 燃え盛る木々に囲まれた空間。

 俺たちは二体のオークと対峙する。


「インファイト!」


 俺たちと共闘する空手着の少女、キツツキは向かい来るオークの内一体に対し拳を向ける。

 

「ブモーーーーーーーー!」


 突如敵意をむき出しにしたオークは雄たけびを上げ、キツツキへと猛進する。


「私がこいつを倒すっ。あとの一体は任せたっ!」


 キツツキはそれだけ言い残すと、姿が消える。

 瞬間的に速度を上げたのだ。


 オークの懐にもぐりこんだキツツキは連撃を放つ。

 短く嗚咽を漏らしたオークは、けれどもすぐにキツツキに反撃を試みる。

 バックステップで距離をとったキツツキの眼前をオークの拳が通り過ぎる。


 もう一体のオークがその戦いに加わろうとするが。


「さあ、俺たちも行くぞ。集中!」


「ハイっす! 火遁の術!」


 残るオークを俺は弓で、ウサギは火柱で攻撃する。 

 麻痺毒を塗った矢は、けれどもオークの巨体を前に大した影響を与えられない。

 火柱はオークにダメージを与えるが倒しきるには至らない。


 オークはこん棒を振り回し襲い来る炎を散らす。

 標的をキツツキから俺たちに変えた一体のオークは猛然と突進してくる。

 

「うわあ、こっち来るっす。僕、もうMP切れっすよ」


「それでもやるしか無いだろ!」


 オークの背後に見えるのは地面に倒れ伏すアルマと、必至でその名を呼びかけ続けるウグイの姿。

 今、オークの視線が背後に向けば、無防備な二人を危険にさらすことになる。

 この二体は何としてでも俺たちで対処するしかないのだ。


「岩集中!」


 俺はオーク目掛け岩を集中させる。

 ウグイたちからオークが離れた今なら、巻き添えを気にせずにオークを狙うことができる。

 だが。


「ちっ。外した」


 狙いを外した岩が地面に突き刺さり轟音をとどろかす。

 岩が飛来するまでのタイムラグが仇となり、オークへの致命の攻撃は不発に終わる。


 今の攻撃で印を付けていた岩が尽きた。

 もう新たに岩を引き寄せることはできない。


 ウサギのMPも尽きている。

 火柱での攻撃も不可能だ。


 他に俺たちにオークを攻撃できる手段は、ない。




「集中!」


 俺は麻痺毒の入ったペットボトルをオークの顔目掛け投げつける。

 毒草を煮詰めて抽出した毒は、けれども表皮に掛かった程度では大した効果を与えることはできない。


「ブモーーーーーーーーーーーーーー!」


 しかし、眼に入れば強烈な刺激を与えることは可能だ。

 麻痺毒を顔にかけられたオークは絶叫を上げる。




 くそっ。どうする。

 俺はオークをひるませて生み出した隙でこの状況の打開策を練る。

 

 今俺が保有しているのは58ポイント。

 オークを倒す事のできる攻撃。

 そんなものを繰り出せるスキルが果たしてあるだろうか。


 高い威力と聞いて真っ先に思い浮かぶのは魔法だ。

 しかし魔法を使うには魔法の才能に加え、前提スキルの取得が必要になる。

 保有ポイントだけではとても足りない。


 それ以外で、この状況を打開し得るスキルは。


「ダメだ。手がない」


「ひやあああああっす。オオカミさん、何とかしてくれっす」


 オークの攻撃を必死で避けらがら叫ぶウサギに、けれども俺は頭を振る。

 そもそもこの状況を打破できるような強力なスキルがあるのなら最初から取得しているはずだ。


「俺たちじゃあオークを倒せない。なら、何としても時間を稼ぐぞ」


「ひええええええっす。死ぬ。死んじゃうっすよ」


 ウサギがオークの周りを駆けまわり、ギリギリで攻撃を避けていく。

 もう麻痺毒は無い。

 それでも俺は少しでも動きを鈍らせるために矢を射続ける。

 



「くっ。やっぱり硬えっ」


 キツツキの方もオークの耐久力に苦戦しているようだ。

 キツツキの軽装では一撃を受ければ動けなくなるだろう。

 オークの攻撃を警戒するゆえに、どうしても回避を優先せざるを得ない様子だ。

 有効打を与えられず、息だけが上がっていく。


 ウサギの方は攻撃手段こそないが、まだ余裕を持って回避している感じだ。

 体力が尽きて動けなくならない限り、攻撃は避けられるだろう。

 それなら俺はキツツキの方に加勢すべきか。

 俺が視線を向けたその時、戦況が動く。




「うおおおおおおおおお! 死ねえええええええ!」


 キツツキが雄たけびと共に放った一撃。

 それがオークの腹に深く刺さる。


 その一撃に苦悶の表情を浮かべたのは、けれどもキツツキだった。


「ブモッ!」


「なっ!? ちっ。抜けねえ」


 オークの腹にめり込んだキツツキの腕。

 キツツキは上体をそらし、腕を引き抜こうとするが動けない。

 おそらくオークはわざと腹の力を抜き、キツツキの腕が奥まで差し込まれるように誘ったのだ。


 身動きが取れないキツツキ。

 オークはニヤリと口元をゆがめる。


 高々とこん棒を振り上げたオーク。

 拘束されたキツツキに向けこん棒を振り下ろした。




「がはっ!?」


 身をひねり攻撃を躱そうとするキツツキ。

 だがこん棒はキツツキの腹を打ち据える。


 吹き飛ばされたキツツキは、そのまま地面を3メートル程転がり止まる。


「うっ、ぐう」


 倒れ伏すキツツキ目掛け襲い掛かるオーク。

 キツツキは腹を抑えたまま起き上がることができない。


「っ!? 集中!」


 俺は矢を射かけるがわずかに肉に食い込むだけ。

 オークはそれを無視し、キツツキへと迫る。

 だめだ、このままじゃ、彼女が。

 俺の思考が絶望に染まった、その時。




「いやあああああああああああああああああああああああああああああ」


 


 突如放たれた熱気。

 思わず俺はしゃがみ込む。


 なんだ、この熱量は!?

 火にあぶられるような感覚に俺が振り向く。

 そこには仲間の負傷に絶叫するウグイの姿があった。


 ボウッ、と音を立て周囲の木々が発火する。

 周囲を包む炎は大きく伸びあがり天へと向かう。


 これがウグイのユニークスキル?

 先ほど見た巨大な火柱はウグイが放ったものだったのか。


 スキルの詳細は分からないが、圧倒的な熱を発するウグイ。

 このままでは俺たちの体も燃えてしまいそうだ。


 ……だが、それはオークたちを倒せる火力ではない。


「ブモオオオオオオオオオオオ!」


 すでに体を焼かれた身で再度熱にさらされたオークたちはウグイへ敵意を向けると猛然と駆け出した。

 ウグイはそれに気づいていないのか、叫びは止まらない。


 確かにウグイから発せられる熱量は大したものだが、さすがにオークを焼き尽くせるだけの火力は無い。

 このままでは、ウグイが、オークたちに……


「やめろおおおおおおおおおおお!」


 俺は思わず叫んでいた。

 しかし俺の声にはウグイの発するような力は無い。

 オークたちは俺には眼もくれずウグイの元へと猛進する。


 どうする。どうすればいい。

 ウグイとオークの距離はもうない。

 あと数秒でウグイは殺される。

 ウグイを守るには、どうすれば。


 高い防御力の前に半端な攻撃では意味がない。

 オークを倒すには圧倒的なが必要だ。

 そんなもの、あるわけが……!





「“炎”集中!」



 俺は一縷の望みにかけスキルを発動させる。


 集中の効果は視界内の物体を対象に発動する。

 今回俺が対象に取ったのは周囲で燃え盛る炎だ。


 火は物体ではなく現象だ。

 スキル効果だけを見れば対象に取ることはできない。

 だが、今はこれに賭けるしかない!


 SPが確かに減っていく感覚。

 スキルは、発動したのだ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は雄たけびを上げる。

 対象範囲をありったけ広げ、炎を一点に集める感覚。


 SPの急速な減少に吐き気がするが、知ったことか!

 スキルにより集めらた全ての炎がオークへと襲い掛かる!




「ブ、モッ」


 天をこする火柱。

 衝撃から吹き付ける莫大な熱量を伴った風を前に、俺は何とか眼を見開きスキルを維持する。

 

 オークの体がみるみる黒へと変じていく。

 ウグイへとオークの手がのびる、が。


――ドサッ


 炭と化し、原型をとどめず地面に崩れ去ったオークたちは、もうそれ以上動くことは無かった。




「いや、いやあああああああ」


 未だ泣き続けるウグイ。

 俺はゆっくりとその肩に手を伸ばす。


「ウグイ! しっかりしろ」


「ふへ? あれ、ロンリ? オークは、どうなっちゃったの」


 肩を持ち揺さぶると、ウグイは正気に戻ったようで俺の声に応える。


「ああ。それなら俺が倒した」


「えっ! ロンリが! 凄いよ、ロンリ!」


「へっ? うわ! やめろ」


 表情を一気に華やがせ、飛び込んできたウグイを受け止めきれず俺は地面に倒れる。


「会いたかった、会いたかったよ。ロンリ!」


「ああ。俺も心配していた。無事でよかった」


 正直、さっきのスキル発動でごっそりとSPを持っていかれたため意識も朦朧とした状態だ。

 しかし、ここで気絶するわけにもいかないよな。

 縋りつくようにして涙を浮かべるウグイを抱きとめながら、俺は精いっぱいの笑顔を浮かべた。




「おいおい、のろけるのもいいけどさっ。ウチらのことを忘れてないかっ?」


 泣き続けるウグイをなだめていると後ろから声がかかる。

 そこには怪我を負ったアルマ、キツツキ、そして走りつかれ顔をげっそりとさせたウサギの姿があった。


「あっ。ご、ごめんね。キツツキちゃん、委員長」


 声をかけられ俺を押し倒す形で泣いていることに気づいたウグイは、顔を赤らめると飛び跳ねるように立ち上がる。


「あなたに癒しを~♪ あなたに活力を~♪」


 ウグイが力ある言葉を発すると俺を含めた皆の傷が塞がり、体の奥から活力が湧いてくるのを感じる。

 ステータスを確認すると尽きていたはずのSPが半分近くまで回復していた。


「ありがとう、楽になったよ」


「はははっ。感動の再会に水を刺して悪いな。ウチらはそこいらで休憩してくるから、好きな者同士語らってろよっ」


「いや、違うよ。私達そんなんじゃないからね」


 キツツキの言葉に俺とウグイは顔を赤らめ、場に笑いが起こる。




 こうして、俺はオークという危機を乗り越え、ウグイたちクラスメイト三人と再会を果たしたのだった。

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