第31話 閑話 新人戦

 春のリーグ戦の以前の話である。

 直史と樋口はベンチ入りメンバーなので関係ないが、同時の同じリーグ内で、新人戦というものが行われている。

 リーグ戦であることは春のリーグ戦と同じであるのだが、試合は一試合、つまり五戦だけで終わる。

 ちなみに秋にも新人戦は行われるのだが、そちらはトーナメント戦となっている。


 近藤たちに星や西も、こちらの試合には出場予定がある。

 だが野球推薦のような形で早くから練習に参加していた近藤たちはともかく、星と西は目に止まっていないので、40人ほどもいる一年と、同じくらいの人数がいる二年の中からは選ばれない、

 ちなみに東大は一二年だけでは人数が不足することがあるため、三四年も出場することがあるらしい。

 それでも東大の優勝は、今までに一度もない。


 一二年と言っても、六大で野球をしようというような選手はガチ勢が多く、甲子園に出場した選手もいくらでもいる。

 高校引退後に少し鈍っていた者もいるが、野球関連で推薦を受けて合格した者は、入学前から練習に参加して、だいたい調子は戻している。

 一般推選組で、普通に入学直前から参加していた星と西は、一般入試組と一緒にいるわけだが、別にそうレベルが違うとも感じない。

 千葉県で直史と大介を間近で見てきたため、二人の目は変な方向に肥えているのである。


 なおこの新人戦のメンバーにおいては、正捕手を二年の芹沢が務めている。

 樋口が一軍三人目のキャッチャーとして上がってしまったため、ベンチから落ちてしまったのだ。

 バッテリーを組む相手として樋口を選んだ直史ともども、逆恨みをしていたりする。

 そもそも入学直後のあの方針転換は、自分たちを狙ったものとしか思いようがない。


 なお高校時代には主にキャッチャーをしていた土方は、本来のポジションであるセンターに戻っている。

 元々外野の守備が好きだったのだ。だが芹沢を見ていると、自分がキャッチャーをやった方がいいのではと思わないでもない。

 客観的に見て芹沢は、キャッチャーとしての技術はともかく、投手を制御しようとしすぎる。

 同じように高校ではピッチャーをしていた近藤はサードに戻りたかったのだが、ポテンシャルが高いためにピッチャーとしても使われていたりする。



 

 そんな中、対戦する大学に、アンダースローの投手がいるとの情報が入った。

「アンダースローか……」

 高校野球に比べると、大学ではアンダースローの投手は多くなるとも言われている。

 上や横から投げて通用しなかったピッチャーが、最後にフォームの改造としてすがるものだからだ。

 だがこのピッチャーは急造ではなく、高校時代からのアンダースローだ。


 アンダースローなら直史が投げられる。

 だが直史はリーグ戦に備えて調整しているため、新人戦に呼ぶわけにはいかない。

「アンダースロー、星がそうじゃなかったか?」

 土方の発言により、裏方に回っていた星が急遽マウンドに呼ばれた。


 星は本質的には内野手だ。

 しかしその動じても崩れないメンタルと、持久力に優れた下半身を持っているため、アンダースローの投手としての適性は高かった。

 それでも白富東の淳のような、下半身から腕のしなりを上手く使う投げ方は出来ず、球速も遅い。

 だがそれでも充分に練習にはなる。


 ピッチングとはただスピードを求めるだけのものではないと、バッターボックスで多くの選手が感じた。

 キャッチャーをやっている芹沢にも、確かに球の軌道がおかしいのは分かる。

 そして何より、遅い。

 タイミングが取れずに遅ければ、それもまた打てない球になるのだ。

 近くで見ていた近藤たちも、これは実戦で試してもいいのではないかと思ったものだ。

 かくして星はまた、マウンドに立つことになる。




 今年の一年生は直史と樋口は別格としても、甲子園でかなりの結果を残した選手が多く入った。

 一年生の投手では、左の村上が特待生で、ドラフト指名の候補になっていた。

 ただ上位指名は難しいだろうと言われたところで、あっさりと進学に決めたらしい。

 そんな村上以外にもピッチャーはいて、高校レベルならどれも全国区レベルである。


 だが二年の投手の中には、球速はそれほどなくても、かなり相手を打ち取れる者がいたりする。

 実力を見るための新人戦だが、当然あちらのバッターも、高校レベルならトップクラスの者ばかりである。

 六大のブランドの中でも、野球ガチ勢というのはそういうものだ。

 もっとも早稲谷は基本的に、初心者であっても下手であっても、セレクションで落とすなどといったことはしないので、新人戦でさえ出られないというレベルの選手もいる。


 そんな中で星には、投球の機会が与えられた。

 バッティングピッチャーではなく、対戦相手のいる本物の試合のマウンドだ。

 まさかまた自分がマウンドに立つとは思っていなかった星だが、求められればいくらでも投げる。


 結果論だけで言うなら、星が一番相手を抑え込んだ。

 二試合で六イニングに投げて、四安打の無失点。

 立派な投手としての成績である。

「やっぱ甲子園に行くだけのことはあるんだな」

 そう言われるが当の星は、自分の成績の理由はなんとなく分かる。


 高校時代から星は、継投で試合に臨んでいた。

 そして大学はメンバーが多いため、実戦で使えるレベルのピッチャーも多い。

 正統派の中で星のような、本格的に覚悟して身につけたアンダースローは、球が遅くても効果的だったのだ。

 そんなわけで星は誉められても、天狗になったりはしない。

 それに次の対戦相手を考えると、自分のピッチングが通用するとは思わなかった。


 帝都大学にはジンがいる。千葉の大会のみならず練習でも、星の球は散々に見て攻略も熟知している。

 だがそもそもジンはこの新人戦、自分の出番はほとんどないだろうと思っていた、

 甲子園優勝校チームのキャプテンであったとしても、基本的にジンは打てない選手だ。

 同じく打てないがキャッチャーとしては優れた、帝都一出身の石川が一年上にいるために、そうそうブルペン以外の出番が回ってくるとは思わなかったのだ。


 だが、上級生のキャッチャーの怪我によって、石川がリーグ戦のキャッチャーの控えとして選ばれてしまった。

 するとジンは、一年はおろか二年の中でも、最もキャッチングが上手いキャッチャーになっていた。

 直史の変化球、岩崎の直球、武史の剛速球、淳のアンダースロー、アレクのスライダーしか投げないピッチング。

 これらを受けていたことで、ジンのキャッチャーとしての技量は、当然ながら上がっていたのだ。




 そしてこの日、また星は中継ぎとして二イニングを投げた。

 ヒットは二本打たれたが無失点。三試合で失点がまだない。

 だがこの試合の見所はそこではなかった。


 帝都大が一点リードして向かえた八回、その守備においてマウンドに登った選手は、随分と小さかった。

 当然である。女子であるのだ。

 シーナは女子にしては背は高いが、それでも男子の平均ほどもない。

 新人戦とは言え、女子選手を出すのかと驚く早稲谷側であったが、帝都は以前にも、女子選手をピッチャーとして使った過去がある。


 多くの人間が、初めて甲子園のグラウンドを踏んだ女子選手として、シーナのことは知っていた。

 だがピッチャーとしてのシーナの持つ球種まで知っているのは、千葉県でかなりジンとも仲の良かった星だけである。

「早いカウントで勝負しないと、決め球にスルーを使ってくるから」

「スルーって、佐藤のあれか? あれ投げられるのか?」

 当然ながら質問が飛ぶが、基本的な部分で間違っている。


 ジャイロボールはシーナが先に身に付けたものだ。

 それをあっさりと習得し、実戦で効果的に使ったのが直史なので、世間的にはスルーが投げられるのは直史だけと言われている。

 正確にはジャイロボールは失投すると、非常に打ちやすい抜けたスライダーになる。

 だがシーナはスルーなどという名前が付く以前から、シニアの試合ではジャイロボールを持ち球の一つとして使っていたのだ。


 フォークとスライダーを主に見せ球として使い。ストレートは高めに外す。

 そして次にスルーを投げられれば、早稲谷のバッターは面白いほどに空振りするか、ボテボテのゴロを打ってしまった。

 三人を凡退で退けたシーナの後に、帝都はまた違うピッチャーを送ってくる。

 前の回がショックだった早稲谷は、九回の攻撃で同点に追いつけず、試合には敗北した。




 新人戦においてシーナは三試合に登板し、セットアッパーとして三イニングを無失点に抑えた。

 この後も新人戦や練習試合などだけではなく、リーグ戦でも短いイニングのリリーフとして、彼女の出番は回ってくる。

 球速の上限は130km程度で、変化球もそれなりにコントロールしているが、六大の選手のレベルでは打てないほどではない。

 それでも抑えられてしまうのは、スルーがあるからだ。


 一つの球種で、女子選手が男共を抑える。

 まさにドリームボールといったところであるが、ならばそのスルーを140kmで投げられる佐藤直史はなんなのか。

 直史は高校三年生になってから、スルーを投げる割合を減らした。

 なぜならスルーは、制球が甘いという弱点だけはなくならなかったからだ。

 あるいはスルー以外でも、充分に抑えられるようになったからだとも言える。


 だが本当に困った時にはスルーが投げられる。

 直史が変に緊張したりしなかったのは、この魔球の裏付けがある。

 

 男共相手で、レベルの高い六大リーグで通用する魔球。

 それに加えて変化球もスピードもある佐藤直史は、どれだけのピッチャーとしてのポテンシャルを持っているのか。

 プロには絶対に行かないと明言している直史であるが、それでも周囲は騒がしい。

 もったいない、才能を無駄にするな、それは君だけの才能ではない。

 そんなことを言われまくって、直史はだいたいの野球関係者を嫌いになってしまうのであるが、それはまだ先の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る