眠れない夜(2)
翌朝は、いつものように朝練に出た。寝不足で頭が痛かったが、フルートの練習をサボるわけにはいかない。
もう本番も近いのだから。
昨日の小説のことを頭から切り離そうと、一生懸命楽譜に集中する。
だけど後ろに、私の集中力を掻き乱す、いつもの気配を感じる。
「真雪、おはよう」
「……ん、おはよう、美冬」
意識してしまう心を無理矢理抑えようとしたら、何だか気だるい雰囲気が出てしまった。
「あ、そうだ、これ。ありがとう」
私は、小説を美冬に返す。
渡す瞬間、微妙に手が触れる。こんなよくあることでも、今日の私は敏感に反応してしまう。
「あ、うん。もう読んだんだ。早いね」
「昨日、一気に読んだよ。おかげで寝不足」
「そっか。……どうだった?」
「うん、そうだね……。確かに、泣けたよ。特に最後の方とか。辛い話だよね」
人の気も知らず、無邪気に感想なんか聞いてくる美冬を恨めしく思いつつ、私は思った通りの感想を述べる。
美冬も「そうだよね……」と、頷く。
「でもさ、この話」
だけど、次の瞬間、笑いながら言うのだ。
「考えてみたんだけど、何も、死ななくても、と思わない? もしかしたら、昔はそういう雰囲気だったのかもしれないけど、今はもう、女の子同士で付き合ったって、誰も悪いとは思わないと思うんだよね」
私は驚いた顔をしていたと思う。美冬はさらに言葉を続ける。
「浮気、はダメだと思うけど。今時、男の人と付き合って、カモフラージュする必要なんかないし。妊娠しちゃったなら、とりあえず早く病院に行ったほうがいいよね」
いつもの美冬からすると信じられないような饒舌ぶりで、私は頷くことくらいしかできない。
「でも、私がもし主人公だったら、二人で一緒に赤ちゃん育てるかもしれないなあ。好きな人と一緒に育てるなら、誰の子とか関係ないし……って私、なに言ってるんだろう……」
途中で勢いに恥ずかしくなったのか、顔を赤らめている美冬は、とても可愛い。
「さすが、美冬。でも妄想激し過ぎ」
しかし、ここは朝の高校の廊下なので、『浮気』『妊娠』『誰の子とか関係ない』とかいうワードは、ちょっと刺激的過ぎると思う。
なんだかおかしくなってしまって、私達は笑い合った。
美冬のおかげで、私の心はなんだか少し、軽くなった気がする。
さすが、美冬。
辛い物語にただ沈み込むだけじゃなくて、ポジティブな解決策まで考えてしまう。ただのフィクションなのに、それでもなんとか助ける方法はないかとか考えているなんて。
もしかしたら、美冬ならできるのかもしれない。女の子との恋愛も、しっかり成就させることができるのかもしれない。
女の子同士だからと、特別に変に意識してしまっているこっちがおかしいようにも、思えてくる。
だけど、その真っ直ぐさは、今の私にはただただ眩しかった。
美冬は、私のことをどう思っているのだろう。
彼女にとって私は、恋愛対象に、なるんだろうか。
もうすぐ演奏会も近いし、本当にこんなこと、考えている場合じゃないのだけれど。
美冬は何を考えているのだろうと、やっぱり、気になってしまって。
この後しばらくは、また眠れない日が続きそうだった。
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