第二楽章 Adagio lamentoso
だって気になるから
真雪と映画を見たり、一緒に勉強したり。
『先輩になったから、そろそろ真雪から卒業しよう』なんて思っていても、私の日常には、彼女は溶け込みすぎていた。
音楽以外でも色々な話をするうちに、少しは対等なパートナーになってきたような気もするけれど、真雪のことで知らないことはまだまだ多すぎて。
なのに、真雪には私の言動はお見通しみたいにも見える。
なんだか私ばかりが一方的に知りたがっているみたいで、悔しい。
この間、恋愛映画を見た後、久しぶりに真雪と恋愛についての話をした。
……『親友』と『恋人』の、境目がどこにあるのかという話。
抽象的すぎて、話しているうちに、真雪の考えていることは、ますますわからなくなる。
なのに、自分の頭の中にある考えだけは、どんどん明確に具体的なものになる。そのことを意識してしまってから、私は明らかにおかしいのだ。
……私が、真雪の恋愛対象に入っているのかどうか。
意識し出したらもうダメで、恥ずかしいくらいに頭の中を同じような思考がぐるぐる回り、身体が熱くなってたまらなくなってくる。
そわそわしてばかりなのは、別に演奏会前だからというわけじゃないのかもしれない。
そもそも、恋愛対象に入っていたとしても、だからなんだというんだろう。
実際、もう演奏会までは、あまり時間がなくて、授業だって難しくなってきて、余計なことを考えている余裕なんてないのに。
その日私は、部活の練習が終わるなり、駅前の本屋に向かった。
事前にインターネットで調べておいた本を探すためだ。
高校生らしい私のお小遣いの限度額は、一ヶ月に五千円ほど。アルバイトをしているわけでもないから、あまり贅沢はできないはずなのだけれど、私は買わずにはいられなかった。
恋愛を扱った小説と、漫画本。
今まで、その手のものは読んだことがほとんどない。
だから正直、何から手をつけたらいいのかも、わからなかったし、検索する時すら、勇気が要った。
ただでさえ、そうなのに。私が買おうとしているのは、恋愛の中でもさらにマイナージャンルな、女の子同士のそれを描いた作品たちなのだ。
なんてことはない。普通の本屋さんに売っている、普通の作品だ。別に成人向けというわけでもないのだから、こんなに緊張する必要もないのだけど。
それでもレジに並ぶ時はドキドキしたし、だけど早く読まずにはいられなくて、なんとか座れた電車の中で、それを少しずつ読み始めていた。
馴染みのなかったジャンルだけど、読み出せば意外と面白いもので、ついつい時間も忘れて読み耽り、私はそのままそれをカバンに入れて、次の日も学校に持って行ってしまったほどだ。
もちろん、授業中に読んだりなんかしないけれど、実際、授業中も、続きが気になって、ドキドキが止まらなかったりもする。
……女の子同士、かあ。
私の読んでいるのはあくまでフィクションであって、現実の世界に当て嵌めたらいけないことはわかっているのだけど。
いざ読み始めて、その世界に浸ってしまうと、どうも意識してしまう。
ああもうダメだ、これじゃ逆効果じゃないか。
フィクションの世界から、同性同士の恋愛を学べば、少しは冷静になれると思ったのに。
私の目論見は、見事に裏目に出てしまったのだった。
昨日、私は小説を読み終わった。『シルバーリング』というお話。
主人公がある日、好きな人が指輪をつけているところを見つけて、それがきっかけで、二人は運命に翻弄されていく、みたいな話だ。
登場人物につい感情移入してしまい、私は読んでる途中に何度も、ハンカチを濡らしてしまった。
最終章まで読んで、さらに涙が止まらなくなった。なんだかんだ、徹夜する羽目になった。
そういうわけで、私の目は今、ウサギさんのように真っ赤になっている。
「美冬、大丈夫? 目、すごく赤いけど」
「あ、うん。昨日あんまり寝れてなくて」
「そうなんだ。勉強とか?」
「ええと……小説、読んでて。泣いちゃって」
さすがに真雪に知られるのは、すごく恥ずかしいんだけど。
だってこの話ってまるで、真雪と私のことみたいで、つい感情移入して読んじゃったなんて、言えるわけがない。
「美冬は感受性豊かだね。いいことだと思うけど」
「うーん、そうかなあ」
「その本、なんてタイトル?」
話の流れで、仕方なく、私は真雪に本のタイトルを告げる。
真雪に引かれたら、どうしよう。
でもそもそも、私がこんなことになってしまったのも、真雪のせいなわけで。
ああもう、どうにでもなってしまえ。
「本、貸してくれる?」
「う、うん」
恥ずかしくて、たまらない。
でも、ちょっとだけ、思う。
真雪はこの話に、どんな反応を示すだろうか、と。
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