トライアングル(3)

 期末試験を終えて、冬休みに入る直前、私は拓巳にテーマパークに誘われた。クリスマスイブ当日にだ。


 いくら鈍い私にだって、そこでどんな出来事が待っているかなんて、容易に想像がついた。だから覚悟を決めて、それに臨むことにした。


 それに、クリスマスという時期が元々好きな私は、街中のきらきらしたイルミネーションや、そこかしこで流れるクリスマスソングに心が動いた。

 テーマパークともなれば尚更だ。きっと素敵な光景が見られるに違いないと思った。


「夜は予定があるから、夕方くらいで解散になっちゃうけど、それでもよければ」


 私は拓巳に、そう返答した。


 予定をはしごして、拓巳とのデートが終わったら、画策の通り真雪のところに行こうと思っていた。そしてその出来事を真雪にも伝えたかった。背中を押してくれたのは真雪なのだから、その必要があると思ったのだ。


 クリスマスデートの当日。

 私と拓巳は、朝から高校の最寄り駅で待ち合わせた。私は駅のロッカーに密かにお泊まり用のバッグを預けて、身軽な格好になってから、拓巳と合流した。


 デートは楽しかった。

 数多のカップルたちがひしめくテーマパークは、想像通りきらきらとしたクリスマスカラーの装飾で彩られ、夕方頃にはイルミネーションも点灯した。

 それはそれは幻想的な光景だった。


 私は、密かに求めていた。新たな刺激を。

 きっと多分、今日拓巳は、私に告白するのだろう。そしてその時になれば、私も胸がドキドキしたり、頬が赤くなったりして、恋を知ることができるのかもしれない。


 私は、それを楽しみにしていたのだと思う。

 だけど、それは、結局訪れることはなかった。


 宝石のようなイルミネーションを背景にして、拓巳は私の手を取って、『好き』だと言い、『付き合って欲しい』と言葉にした。

 なんてロマンチックな光景なんだろう。まるで漫画やドラマの中みたいだ。

 なのに、私の心は、一ミリも動くことはなかったのだった。


「ごめん……。ちょっと、待って欲しい」


 そう言うのが、精一杯だった。

 向き合おうとしたのに、ダメだった。私の心はふわふわ舞うどころか、重い鉛のようなものを抱えて、帰りの電車に乗った。


 私達の間には、気まずい沈黙だけが流れていた。





『今、寮にいる?』


 高校の最寄り駅に着いたところで拓巳と別れると、私はすぐに真雪にメールを送っていた。


 なぜだかわからないけど、真雪に会いたくて仕方がなかった。


 拓巳に申し訳ない気持ちと、自己嫌悪と、それからよくわからないモヤモヤで苦しくて、胸が痛くて、私は真雪に泣きついた。


 真雪に抱きついて、思い切り泣いて、事の次第を話したら、すごく安心して、私は嘘みたいに元気になった。


「ほんと、不思議だよね」


 言いながら私は、真雪の手を取る。


 両手で彼女の手に触れると、小さな電気が流れるかのように、ピリピリする感覚がある。それは、フルートの演奏が、ぴったりと合った時に感じるものと、何だか似ていた。


「真雪の手なら、平気なのに」


 それは、拓巳に手を取られた時の、異物に触れたような感覚とは全く異なるものだ。


 温かくて、ピリピリして、安心する。そして、心臓が、ドキドキする。


 ちょっとだけ恥ずかしくなって、私は誤魔化すように笑った。

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