第四楽章 Andante cantabile

銀色の降誕祭(1)

 風がもうずいぶん冷たい。日差しも穏やかになり、私がテラスに出る理由もあまりなくなってしまったなと思う。


 冬生まれだけど、寒い季節は苦手だ。心にも身体にも、冷たい空気が堪える。

 文化祭が終わる頃には、秋らしい秋も来ないまま、すぐ冬の寒さがやってきた。


 今年の冬は寒くて、十二月の今は、もうマフラーや手袋なしでは出歩けない。

 自分の心の隙間風を、どう埋めたらいいのかもわからないまま、私はまたやさぐれて、授業をサボったり、意味もなくフルートばかり吹いていた。


 まあ、今までとそんなに変わらない。


 文化祭の後から、なんとなく拓巳や美冬とは、話すのが気まずいところがあった。

 別にくっつけようとしているわけじゃないけれど、例えば二人でいるところに割って入るのは、今ではなんだか気が引けた。


「あの二人、いつの間にあんなことになったんだ」


 駿が呟くように、話しかけてくる。

 放課後の部活帰り、仲良く二人で下校する美冬達の背中を見送りつつ、部室に取り残された駿と二人、低いテンションで会話をしていた。


「多分、両思いなんだろうね」

「まあ、仲良いことは悪いことじゃないけど」


 駿と一緒に聴いている、今のBGMは、チャイコフスキーの交響曲第六番『悲愴』だ。大袈裟に切ないメロディが、私と駿を意味もなく鬱々とさせる。

 聴きながら、唐突に駿はため息をつく。


「どいつもこいつも、色恋沙汰だらけで、めんどくさいな」

「駿のまわりもそうなんだ? ほんと、嫌になるね」


 友達の恋愛をうまく祝福できない仲間がいて、よかった。駿との間には、なんとも言いようのない、同志のような連帯感が漂う。


「もういっそ、僕らも付き合うか?」

「いや、無理だろ」

「だよなあ」


 率直に言いたいことを言い合える駿は、貴重な存在だった。


「優里、告白したんだっけ」

「あー、知ってるのか」


 憂鬱そうに頷く。


「乗り気じゃなさそうだね」

「乗り気だったら、ため息なんかつかないよ」

「部内だもんなあ」

「それ。下手にこじらせて、演奏に影響出ても嫌だし。そもそも毎日顔合わせるの気まずくなるし」


 それだけじゃないだろう。駿は同じヴァイオリンの愛花まなか先輩に片想いをしている。多分それが、乗り気じゃない一番の理由。


 それで、愛花先輩が好きなのは、松岡先輩だから。

 これはもう、誰も幸せになれる気がしない。どうしてこう、人生ってうまくいかないんだろう。


「真雪はさ。いいの? 今のままで」

「え? いや、私はそういうの、興味ないし」

「そういうふうには見えないんだけどな。なんとなく」


 駿は、やっぱり呟くように言う。

 なんとも答え難くて、私は強引に話を変える。


 何とも言えない空気を察したのか、駿もそれきり追及はしてこなくて、私達は平和な音楽の話をし始めた。


 今はそれが唯一の救いだった。

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