グループ交際風に(2)

「あ、ごめん、一晩ってね、別に変な意味じゃないからね」

「当たり前だ、馬鹿」


 いつの間に話を聞いていたのか、真雪がこちらを振り返って、拓巳を小突く。


「痛っ」

「美冬、気にしないでね。別に、こいつとは何もないから」

「え? あ、うん」


 真雪の勢いに、つい流れで頷いてしまったけど。

 やっぱりそんなこと言われたら、余計に気になってしまう。


「はいはい、もう演奏会始まるから、行くよ」


 駿が二人を諌める。

 ふと気づけば、演奏会の会場は目の前だった。


 駿が、用意していてくれたチケットを手渡してくれる。


「美冬、真雪の隣に行く?」

「あ、うん、ありがと」


 駿は、座席に向かう通路を空けて、私を先に通してくれた。


「美冬、こっちこっち」


 真雪が手をひらひらさせて呼び、私は真雪の隣の席に座る。

 後から拓巳と駿も席について、座席は端から、私、真雪、拓巳、駿、の順になった。


 私の側が一番中央に近い席だったので、なんか申し訳ないような気もするけど、どのみち後ろの方なので、あんまり変わらないような気もする。


 今日来たのは、K大学のオーケストラで、メインの曲目は、ドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』だ。

 前半では同じくドヴォルザークの作品の『スラヴ舞曲集』から一番と八番の二曲が演奏され、休憩を挟んで後半から、メインの交響曲が始まる。


 私は大学オケの演奏はあまり聞いたことがなかったから、新鮮だった。

 もちろん、プロとは全然違うのだけど、なんていうか、熱量というか、そういうのが、やっぱりすごいな、と思った。


 話によると、大学生にもなると、二十四時間音出し可能なサークル棟があったりするとか、合宿の夜は寝ないで語り明かすとか、そういう話も聞くので、とにかく、熱心な人たちがたくさん集まっているんだろうな、と感じていた。


「やっぱ、良いなあ」


 演奏会の後、ぽつりと真雪が言った。


「どうしたの?」

「コーラングレ、良かったなって」

「松岡先輩、だよね」


 ドヴォ九『新世界』と言えば、主役は第二楽章のコーラングレ、と誰もがイメージするところだろう。

 K大オケでソロを務めていたのは、我らが鬼コーチ、松岡先輩だった。私はあんまりよく分かっていなかったけど、プログラムの出演者のところに名前が載っていた。


「松岡先輩って、大学生だったんだ」

「そうそう、大学三年生。あんな偉そうだから、もっと上かと思っちゃうよね」


 真雪はそう言って笑う。


「真雪は、先輩のことよく知ってるの?」

「いや、よくってわけじゃないけど。単に昔からのちょっとした知り合いってだけだよ」

「昔から、なんだ」

「中学でさ、フルートの先生につき始めたんだけど、その先生が指揮してるオケに、松岡先輩がいたんだよね。それでまあ、たまに会ったりとか、そんな感じ」

「そっか」


 真雪は一応説明してくれはしたけど、他にまだ、意図的に言わずにいることがあるような気がする。ただの勘だけど。


 でも、真雪の方がおかしいのか、今日の私が変なだけなのか、正直よくわからなかった。

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