銀座デート(2)
「美冬、こっち」
真雪が不意に私の手を引く。
「あ、ごめん」
方向音痴の私は、事前のリサーチも虚しく、乗り換え口を間違えそうになる。
真雪がいてくれて、よかった。
高校の最寄り駅から銀座駅までは、電車を二回乗り換える。
地元のターミナル駅で一回と、東京駅で一回。
地元の駅はともかく、東京駅は完全に未知の領域だったから、間違えるのは無理もない。
東京駅から地下鉄に乗って、銀座駅に到着すると、またわけのわからない地下道で、私は目が回りそうになる。
真雪はそんな私の手を自然にとって、スマートに人の波を抜けて出口まで向かう。
真雪の手は温かかった。きっと私よりも代謝がいいのだろう。
フルートを始めてから、何かの役に立つかと思って、申し訳程度に筋トレを始めてみたものの、私は依然として冷え性のままだ。
地上に出ると、目の前には大きなビルがあって、それが真雪の言っていた楽器店だった。
楽譜コーナーは三階にある。だけど私も真雪も、五階にあるフルートサロンが気になって仕方なかったので、楽譜を見た後に行ってみよう、という話になった。
エスカレーターで三階まで上がると、そこには壁一面に棚があり、大量の楽譜が並んでいる。こんな光景、初めて見た。
「さて、フルートのコーナーは、っと」
真雪は慣れた足取りで、楽譜棚に向かう。私もそれについて行く。
「こんなにたくさんあるんだ……」
フルート二重奏の楽譜は多すぎて、何から見れば良いのか、迷ってしまう。
「美冬は、何かやりたい曲の候補はある?」
「うーん、できればクラシックが良いんだけど……」
楽譜を物色しながら、ああでもない、こうでもない、と二人で会話をする。
「あ、真雪も、バッハ好きだよね? 『G線上のアリア』どうかな? こないだカフェで聴いた木管アレンジが素敵だったし」
「あ、いいね。探してみようか……あ、あったあった」
「やったー」
お目当ての楽譜を見つけると、まるで宝物でも見つけたかのように嬉しい。
中身を確認して、フルート二重奏版の『G線上のアリア』を購入する。
「これでよし、と。じゃあ、行こうか」
「五階!」
私達は顔を見合わせて笑った。
またエスカレーターに乗って、五階のフルートサロンへ向かった。
そこは高級感あふれる特別な雰囲気のフロアで、この楽器店がフルートにどれだけ力を注いでいるかが見てとれた。
ショーケースの中は、当たり前だけどフルートがたくさんあって、銀色にキラキラと光って、部屋全体が眩しく見えた。
「すごいね、こんなにたくさんあるんだ!」
私の目も多分、今はキラキラしてしまってると思う。
ああ、やっぱり良いなあ。今の楽器も悪くないけれど、やっぱり私は自分の楽器が欲しくなる。
「もしよければ試奏してみませんか?」
いつの間にか近くにいた店員さんに声をかけられる。
「えっ、良いんですか?」
隣にいる真雪の顔を見ると、笑っていた。
「お願いします!」
私と真雪は、一緒に試奏室に入る。
店員さんは笑顔で、楽器をいくつか持ってきてくれる。
それぞれの楽器がどのメーカーのものであるとか、どの部位にどんな金属が使われているかとか、ひと通り説明をすると、『ごゆっくりどうぞ』と、部屋から出ていく。
四畳ほどのスペースの中に、私は真雪と二人きりになる。
「せっかくだから、二人で交互に吹いて、聴き比べしようか」
「うん!」
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