デザートより甘い(4)

 私はその話を、淡々と真雪に話して聞かせる。

 真雪は茶化すでもなく、真面目に聞いてくれている。こういうところが、多分、部活の他の女子たちとは違うところだ。


 しかし、女子高生同士の、リアルな恋バナをしているはずなんだけど、BGMが美しいから、なんだか遠い世界の話をしているみたいな気分になる。


「美冬は可愛いから、やっぱりモテるんだね」


 真雪は笑う。


「そんなこと、ないよ」


 否定しながらも、『可愛い』という言葉が耳に残る。

 真雪にそんなことを言われてしまうと、なんだかすごく照れてしまう。


 自分なんかより、真雪のほうがずっと美人だし、モテそうなのに。

 むしろ、真雪に好かれてもなびかなかった、祐希先輩とやらが、不思議なくらいだ。


 いや、女の人だし、もしかしたらそういう問題ではないのかもしれないけれど。

 でも、もし自分だったら、どうなんだろう。


 ああ、やめよう。

 本人を前にしてそんなことを考えるのは、気まずいなんてもんじゃない。


「付き合うかどうかは、美冬が決めることだけどさ。なるべく早く、返事してあげたほうがいいよ。そういうの、待ってるのも、結構辛いもんだからさ」

「うん」


 それは経験談、なのだろう。

 祐希先輩とのこと、はっきりとは聞いていないけど。

 真雪も告白をして、待たされたということなのだろうか。

 でも、そこを詳しく問い詰めることはしたくなかった。


「真雪は、誰かに告白されたこと、ある?」


 私に訊けるのは、せいぜいそのくらい。

 少し間をあけて、答えてくれる。


「……あるよ」

「そうなんだ」


 私はつい身を乗り出す。


「昨日、なんだけどね、それ」

「え、それって」 


 真雪は昨日一日、私達オーケストラ部の合宿にいたわけで。それはつまり。


「うん。部内の人」

「えっ……誰?」


 部内の人だなんて言われたら、気になって仕方がない。


「磯山先輩」

「え、あ……そうなんだ」


 磯山先輩は二年生で、今年の夏から私達のオケのコンマス(コンサートマスター)になった人だ。

 先輩は三歳からヴァイオリンを習っていて、素人の私が聞いても、周りの人とはレベルが違うのがわかった。


 噂では、音大を受験するかもしれないとか、なんとか。

 一年生からしたら、憧れの存在で。私の中でも、とにかく、なんかすごい人、みたいなイメージだった。


「真雪は、どうするの?」


 心臓をドキドキさせながら、恐る恐る、聞いてみる。

 返答を聞くのは、なんだか怖い気もするけど、ここで聞かないわけにもいかない。


「……ほんと、どうしたもんかね、と思うよ。先輩だし」

「……っていうことは、あんまり気乗りしないの?」

「まあ、そうだね。待たせるのは良くないって、ほんと人のこと言えない」


 私は話を聞きながら、悩ましげに目を伏せている真雪の、長い睫毛が、気になって仕方がない。

 こんなに綺麗で、フルートも上手くて、さらにどこかミステリアスな雰囲気のある真雪だ。男の子からしたら、それだけでも好きになってもおかしくない。


 私達はただ、お互いに悩ましい顔をするばかりで、相手に対して解決策を提示したりはしなかった。

 これは自分の問題で、誰かにアドバイスをもらったからといって、どうなることでもないから。

 自分自身で解決しなきゃいけない。それは二人とも、わかっていた。


 BGMは、いつの間にか変わっていて、今はドビュッシーの『月の光』だった。私達が演奏したのと同じ、フルート二本とピアノのアレンジ。


 ふう、と、真雪は大袈裟にため息をついた。


 真雪の唇から発せられる音は、それすら艶やかで。


 さっき食べたフォンダンショコラよりも、甘かった。

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