第6話 いじめ⑥

「今、なんて言った?」

「えー? アガツマ、ちゃんと聞こえてなかったの? 明日から桜ちゃんの学校に行くと言ったんだ。ほら、潜入捜査!」

「いや、潜入捜査って……」

「でも、さすがにこの時期急に転校生だなんて……」

「大丈夫大丈夫。その辺はなんとかするから。僕は有能だからね、その辺はちょちょいのちょいってどうにかなるのさ」

「は、はぁ……?」


 謎の自信に満ちているアズマに対し、女性二人は呆気にとられるしかなかった。


「え、でも、アズマさんにそこまでしてもらう理由がないですし」

「でも、桜ちゃんは死にたくなるほどつらかったんでしょう?」

「……っ、そう、ですけど……」

「僕は正義のヒーローを名乗るつもりはないけど、救える人がいるなら救いたいと思っているんだ。今までもそう、たくさんに人々の問題を解決してきたんだよ。ねぇ? アガツマ」

「えぇ、まぁ、それは認める」


 アガツマの言葉に心が揺れるも、桜は迷っていた。

 いくら人間じゃない有能な何でも屋だと言っても、いじめを解決するなんてことはきっと不可能だし、そもそも潜入してどうやって解決するのかも皆目検討がつかず、桜はなかなか頷くことができなかった。


「でも、私……お金、ないですし……」

「あぁ、大丈夫。無料だから」

「え!?」


 まさかの無料に驚愕する桜。

 まだ依頼をしてない身ながら、それで大丈夫なのかとそれはそれで不安になった。

「タダより恐いものはない、というし、無料の代わりに身体で払えと言われても」と桜はあらゆる悪いことを想定し、自然と身体がぶるぶると震えてくる。


「桜ちゃん、大丈夫?」

「やっぱり、私……」

「あぁ、心配しなくても桜ちゃんが思うようなことにはならないよ。ある意味これはボランティアみたいなものさ。言っておくけど、僕はお金には困ってないんだ。スポンサーもついているしね。だから、そういうことは心配しなくて大丈夫だよ」


 桜は確信が持てなくて視線を彷徨わせる。

 そして、不意にアガツマに視線を向けると優しく頭を撫でられた。


「アズマは胡散臭そうに見えるし、実際胡散臭いけど、桜ちゃんに悪いことはしないし、させないわ。私が約束する」

「本当、ですか?」

「本当、本当。それにほら、そもそも桜ちゃんに悪いことしようとしてるなら、もうしてるでしょ?」

「それは、確かに……」

「ねぇ、アガツマ。それ褒めてるの? 貶してるの?」

「ふふふ」


 アガツマにナチュラルにディスられて、悲しくなってくるアズマ。

 普段は抑えているアガツマも、今は桜がいるからかいつもよりも饒舌で嫌味やツッコミもキレッキレだ。


「とにかく、明日から桜ちゃんの学校行くからよろしくね」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」


 なんだか押し切られてしまったが、もうなるようになれだと桜も踏ん切りをつける。

 そもそも一度死んだかもしれない身だし、これ以上状況が悪くなることはないだろうと桜も覚悟を決めた。


「さて、遅くなっちゃったね。もう0時だ。ご両親も心配されてるのでは?」

「うちは母しかいなくて。多分、母もまだ夜勤で家にいないと思います」

「なるほど、それは好都合。じゃあ、家まで送るよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 不意にアズマがパチンと手を叩く。

 すると、途端にふっと意識を失う桜。

 それをアガツマが受け止めると、「アガツマ、部屋に送っておいてあげて」とアズマは彼女に頼んだ。


「それはいいけど。もし桜ちゃんのお母さんが家に戻って来てたらどうするの?」

「あー、じゃあ念のため時間をちょっと戻しておこうか。睡眠不足は成長の妨げになるだろうしね」


 そう言ってアズマは印を結び、「巻き戻すリワインド」と唱えると時計の針が勢いよく逆回転していく。


「では、よろしく」

「はいはい、わかったわよ。てか、私このまま帰宅するからね」

「それは構わないよ。僕も明日の準備しなきゃだし」


 学校に行くのなら色々と中学生ならではの知識を入れておかねば、と下準備の目算を始めるアズマ。

 するとアガツマから、「ねぇ、本当に明日から桜ちゃんの学校に潜入する気?」と改めて尋ねられる。


「もちろん」

「……ふぅん、わかった。じゃあ私、桜ちゃん置いてきたらやっぱり戻ってくるわ」


 普段のアガツマなら早く帰宅したいと駄々をこねるくらいだというのに珍しい、と訝しむアズマ。

 桜を連れてくる前には早く帰ろうとしていたのに、どういう風の吹き回しだろうか、と不思議に思う。


「どうして? 大丈夫だよ、僕だけで充分さ」

「それ、本気? まずは基礎中の基礎、喋り方と仕草から勉強しなさいな。言っておくけど、アズマみたいな女子いないから」

「え?」

「女子らしくないの、アズマ。それだと潜入捜査なんて無理よ。もっと女子中学生らしい振る舞いを覚えないと」

「女子中学生らしい、振る舞い……?」


 言われていることが理解できなくて反芻すると、アガツマが「はぁぁぁぁぁ」と大きく溜め息をついた。

 あ、これ呆れられたやつだ、とアズマも察して大人しくする。


「とにかく、私が戻ってきたらビシバシ鍛えるから、そのつもりで。今夜は寝かせないから覚悟しておいてね」

「えーーーー……」


 アガツマは言うだけ言うと桜を抱えて闇の中に沈んでいく。

 アズマはそれをうんざりした表情で見送ると「マジか……」と吐き出して項垂れるのだった。

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