社畜ちゃんは復讐がしたいようです。

ハシダスガヲ

第1話 限界

終電で帰宅し、くたくたになった体を癒すはずの私の部屋は気が付けばただの仮眠室になっていた。

眠るのが怖い。眠ってしまったらまた明日仕事に行かなくてはいけない。

だが、脳は体を休めろと私に命令してくる。

辛い、会社に行きたくない。

明日会社を辞めよう。辞表をあの憎たらしい部長のデスクにたたきつけて、今までの積もり積もった恨みをすべてぶつけて会社を辞めてやろう。

私は毎日そう思っている。

ただ現実では、そんな勇気もなくただただ今日が早く終わって欲しいと願いながら仕事をしているだけだ。

また目の下がけいれんしている。何かの病気なんじゃないかとこの間ネットで調べたら、ストレスによるものだそうだ。

もう心も体も限界にきている。

次に何かあったら私はおそらく耐えられない。

言葉の暴力は私の精神を蝕んでいく。


私、和田沙羅わださらはそこそこいい大学を出て、小さな商社に営業職として入社した。

それが地獄の始まりだった。


入社後1年目は度胸試しという意味不明な大義名分で、このご時世に飛び込み営業をさせられた。

朝6時に出社し掃除から始め、その後各々外回りへと向かう。

夜8時に会社へ戻り、1件も契約が取れないとそこから上司の嫌味が2時間程始まる。

その後、報告書やら雑務をして気が付けば終電ギリギリの時間になり帰宅する。

家に着くころには、時計が1時少し前を指していた。そして翌日も朝5時には起床して支度をはじめる。

毎日約3時間ほどしか睡眠がとれず、土日は寝て過ごす事がほとんどだった。

こんな毎日が憂鬱で仕方なく、10人いた同期は気が付けば私を含め2人になっていた。


2年目は、ブロックごとに担当を持ち営業を始める。

新卒がやることになっている朝の掃除が免除になったので少しだけ睡眠時間は伸びたが、代わりに客先からの連絡が昼夜、休日問わず入るようになった。

私はこの年にラッキーパンチで担当していたブロックの営業成績が社内で1番になった。

この時ばかりは普段嫌味を言い続けている上司も私を成功例として褒めはじめた。

しかし、他の社員に嫌味を言う際に私を引き合いに出して周りを徹底的に否定するため、

気が付けば先輩や同僚からの怒りの矛先は私になっていた。

周りからはしょうもない嫌がらせを受け始めた。

「あいつは客先の偉い人と寝てるから成績が急に伸びた」など卑猥なうわさを流されたりもした。

ショックだったのは、同じ部署に配属になった唯一の同期も、周りの社員と同じように私の事を悪く言っていたことだ。

私は2年目にして、会社の中で孤立した。


翌年からは意地でも営業成績を下げるわけにはいかなくなった。

私のこの会社での存在意義は、成績を出すこと以外になかったからだ。


ニュースなどで過労死や自殺の話題になると、「死ぬくらいならやめればいいのに」という論調になるが、どうしてそうできないのか私にはわかる。

それは、やめることや転職することにはとてもエネルギーが必要なのだ。

日々の忙しさの中で、そんなエネルギーも思考力も奪われていく。

それに追い打ちをかけるように、転職や仕事をやめることに対しての劣等感がついて回る。

私は抜け出せない地獄へと落ちてしまっているのだ。


ある日、私の担当するブロックで問題が発生しその対応に朝から追われていた。

くたくたになって会社に戻ると、上司から呼び出された。

周りのみんながいる中、大声で罵倒が始まる。

「和田!お前何やってんだよ!」

「すみません……」

「だいたいお前はいつも飄々ひょうひょうとしてやる気が感じられないんだよ!だから問題が起きるんだ!」

「すみません……」

「問題起こすくらいなら今すぐやめちまえよ!お前みたいなクズは会社のお荷物なんだよ!お前に存在価値はない!」

「すみません……」

周りからクスクスと笑い声が聞こえる。

「お前の親も、ろくでもない奴なんだろうな!お前をこの程度にしか育てられなかったんだから」

「すみません……」


周りからのひそひそ話が聞こえてくる。

「ちょっと成績が良かったからって調子に乗るからこうなるんだよ」

「ほんと、女だからって客先からちやほやされてたんじゃないの?だから調子に乗っちゃうんだよ」

「確かに、客先の偉い人と寝てるって噂もあるし」

「ざまあないね。周りから嫌われてるの気が付いてないのかな?」

「気が付いてないんじゃない?それぐらい鈍感じゃなきゃとっくに会社辞めてるでしょ」

「早く辞めればいいのにね」


私の中で何か大事なものがはちきれる音がした。


その後上司のイヤミが終わり、仕事を早々に切り上げた私は自分が住むマンションの屋上に来ていた。

もう耐えられない。

今日はいい月が出ている。満月の日に死ねるのは良かったかもしれない。

私は屋上のさくを乗り越え下を見る。とても高い。でもこの高さなら間違いなく死ねるだろう。

私は夜空へと一歩を踏み出した。


落ちていく時間がとても長く感じられ、今までの人生が頭の中を駆け巡る。

これが走馬灯なのだと、私はやけに落ち着いて理解した。


ああ、憎い。憎い。憎い。

神様、もし私がもう一度生まれ変わることができたならあいつらに復讐してやりたい。

一人残らず。生きてきたことを後悔させてやりたい。


ものすごい音が響き渡り、私の意識はなくなった。

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