第11話 日本人奪還作戦

 宿舎の外に出ると巨大な狼に乗った衛兵がやってくる。

 狼は唸り声を出し、俺たちを威嚇する。

 俺は槍を天に向かって投げた。


「【雷の精霊よ。炸裂せよ!】」


 雷を纏った槍は狼に騎乗した衛兵の前に落ちる。

 光がほとばしり、バンッと大きな音がする。

 衛兵たちがふっ飛び背から落ち、狼は痺れて動けなくなった。

 俺は【隠形】で身を隠す。

 アサシンに進化した俺の【隠形】の性能は凄まじかった。

 自分が世界に溶ける感覚が身を襲い、精神が溶けそうになる。

 いや本当に存在そのものが世界に溶けかけているのだ。

 本人がその状態なのだから他人に俺を認識することは不可能。

 透明人間でもこうはいかない。

 こいつは慣れが必要だ。


 俺たちの方にグリフォンが飛んで来るのが見えた。

 もはやレベル10の衛兵なんかじゃない。

 騎士がやって来たのだ。

 俺はそれでも負ける気がしなかった。

 空高く飛び上がり、飛んでいるグリフォンの背に乗る。

 俺はナイフを抜き【隠形】を解除する。

 そのまま騎乗していた騎士の脇の下、鎧の隙間をナイフで刺した。


「な、なん……だと」


 騎士はそう言いながら地面に落ちていく。

 不殺は不可能だった。

 そもそもこの世界はそんなに甘くない。

 俺はグリフォンを踏み台にしてもう一度跳躍。

 空中で数本の矢を一度につがえると、呪文を詠唱した。


「【風の精霊よ。矢を正しく導き給え!】


 矢は軌道を曲げグリフォンの背に乗った騎士を撃ち抜いた。

 矢は鉄の鎧を貫通。心臓を射抜き即死させる。

 そして新しい能力【威嚇】を使う。

 俺の迫力にグリフォンは地面に降り、その場で丸くなった。

 本能に訴えかける作戦だがうまくいった。

 地上ではハヤトが戦っていた。


「ふははははははははは! 効かぬ! 効かぬぞ! 【光の精霊よ! 我らを守り給え!】」


 ハヤトは例の如くロボットアニメの効果音を出しながらシールドを展開する。

 兵士たちが放った矢がすべてシールドに阻まれ下に落ちる。


「【光の精霊よ!】……やっぱやめた!」


 筋肉司祭がにやっと笑った。

 ハヤトが見つめるその先には馬車の荷台。

 あ、わかっちゃった。


「ぐはははははー!」


 ハヤトは馬車を片手で掴むとまるで発砲スチロールのトロ箱のように馬車の荷台を振り回した。

 兵士が飛び、泣き叫びながら逃げ回る。

 どうしてあいつが頭脳担当なんだろう?

 ぼくわかんない。


「往生しろや!」


 と叫ぶと兵士の背中にぶつける。馬車の荷台を。ドッジボール気分で。

 野次馬で集まってきた連中まで必死に逃げる。

 馬車の破壊音は火の魔法が炸裂する音と似ていた。

 辺りに粉塵が舞った。

 グリフォンはあまりの恐怖に腹を出し命乞いをした。

 スッキリした顔でハヤトは言った。


「ふう、追手が来るぞ。さっさと逃げよう」


 俺たちの戦いを見て、【ニホン】の連中はポカンとしていた。

 そりゃこんなパワープレイできないわ。普通。

 でも俺は関口に習った戦術使っているからね!

【ニホン】のメンバーは10人。俺たちが日本に帰還してから数日で何人か死んだ。もう生き残りはこれだけだ。


「おい、シュウ! 他の連中はどうする!? 一緒に逃がしてやらんのか!?」


 関口が怒鳴った。


「キャンプから出たら死ぬ呪いがかけられてる! クエストに参加しないと解呪されない。死ぬだけだ!」


 関口は「クソ」と毒づくと黙った。

 入り口に到着する。

 予想どおり兵士が配置されていた。

 狼騎乗兵にグリフォン兵。

 そして……勇者。

 装飾過剰な鎧に身を包んだ20代の男がふんぞり返っていた。

 男はオーバーアクションしながら芝居かかった台詞を吐く。


「我が名は新條達夫しんじょうたつお! 正義の力で悪を討つ勇者だ!」


 どうしよう。自分に酔っていらっしゃる。いつ攻撃していいかわからん。

 俺が冷や汗を流していると、「うるせえ」という怒号とともに後方からなにかが飛んでいくのが見えた。

 荷馬車の荷台部分だ。

 空気を読まないハヤトが馬車をぶん投げたのだ。

 俺はどさくさ紛れに【隠形】。そしてついでに呪文を詠唱する。


「【闇の精霊よ。我が姿を隠せ】」


 姿を消す魔法だ。

 あまりエルフ語が得意そうじゃないやつが使っていたのだから俺も使えるだろう。

 その予想は当たっていた。

 俺の姿が消える。光学迷彩ってやつだ。


「ええい! 名乗りの最中に攻撃するとは、わびさびを理解せぬ底辺めが!」


 俺は矢をつがえる。


「【雷の精霊よ。矢に力を与えよ】」


 ちゃんと準備のための詠唱もする。

 これは必ず必要なわけではないが、やれば威力と精度が上昇する。

 勇者相手なら省略できない。

 俺はハヤトがメイス片手に突っ込んでいくのを確認してから真上に矢を放つ。


「【風よ! 矢を正しく導き給え!】」


 真上に飛び上がった矢が新條の死角から襲いかかる。


「ぬるいわ! 【光の精霊よ! 我を守り給え!】」


 矢は不可視のシールドに阻まれ、地に墜ちる。

 ハヤトはすかさずメイスで襲いかかるが、そのメイスもシールドに阻まれ間合いを取った。


「くはははは! 軽い軽い軽い! 貴様らの思いの力はそれだけなのか!」


 こいつ嫌い。

 環境に恵まれただけなのに上から目線ですよ。奥さん。

 俺は怒りを燻らせながらその瞬間を待っていた。

 新條はこれまた装飾過剰な大剣を背中から抜く。


「我々勇者は正義! 正義は必ず勝つのだ! 喰らえファイアバードスペシャルマグマビッグバンアターック!」


 高らかに言い放った新條が一歩踏み出した瞬間、俺はつぶやいた。


「【雷の精霊よ。炸裂せよ】」


「え?」


 パーンッと火花放電を放ちながら矢が爆発した。

 電気が土の表面を走り、新條のレガースから侵入する。

 そのスピード、秒速30万キロメートル。

 認識した瞬間には終わっている。

 新條の目と鼻から血が流れ出た。

 毛細血管が爆発したのだ。


「あ、あが……」


 全力だというのに心臓は止まらなかったらしい。

 だがこの一撃で新條は戦闘不能に陥った。

 俺は隠形を解いて胸倉をつかむ。


「よく聞け。てめえらに正義はねえ。てめえら勇者は誘拐犯の手先だ」


 泡をふく新條がうなった。


「こ、こ、こ、こうかい……」


 後悔するぞと言いたいらしい。

 まだ反論する気力はあるようだ。

 俺は拳を握った。

 俺はその横っ面を思いっきり殴りつける。

 バーバリアン司祭ほどの腕力はないが、重武装の新條はふっ飛び、三回バウンドして頭から地面に突き刺さった。

 さすが勇者、頑丈である。

 ここまでやったが死んでない。

 経験上こういう濃いキャラや知り合いを殺すと夢に出る。

 それに日本人はなるべく殺したくない。

 俺は奥にいる兵士たちに指をさした。


「おい、てめえら。俺はバカを殴って機嫌がいい。武器を捨ててその場に伏せるなら殺さないでやる」


 すかさず威圧。

 狼やグリフォンに乗った騎士たちが振り落とされた。

 ハヤトも前に出るとメイスでその場に置いてあった樽をぶち壊す。


「俺はまだ満足してないな。かかってこい」


 兵士たちは俺たちとの圧倒的戦力差に恐怖を感じていた。

 今や俺たちは勇者すら敵わない存在になったのだ。

 俺たちは悠然と門から外に出た。

 すると関口が俺の肩をつかんだ。


「待て、シュウ。やることが残ってる」


「なんだよおっさん!」


「礼だ。俺たちを生かしてくれた【ニホン】の先達に敬意を示せ」


 その考えはなかった。

 もー、この日本人の形式主義!

 でもこういうのって大事なんだろうな。

 たしかに俺たちを2年生存させるために何百人もが犠牲になった。

 中には武術家も警察官も自衛官だっていただろう。

 関口みたいな一般人だって俺たちがなるべく長く生きるために奔走してたのだ。

 関口が号令を発する。


「先達に礼!」


 俺は、俺たち12人はキャンプに向かい頭を下げた。


「ありがとうございました!」


【クエストクリア。帰還します】


 システムの声が響いた。

 もう時間がない。


「関口さん! 俺は20XX年X月X日19時に秋葉原駅前にいる! 戻ったらその時間に来てくれ!」


 俺が叫ぶと関口がうなずいた。

 その直後、俺たちは光に包まれる。

 気がつくといつもの秋葉原にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る