111話 台風

 台風が来た。そのせいで六年生である千春達の修学旅行が中止になってしまった。


「残念だったね。せっかく行けるはずだったのに」



 外には非常に強い突風が吹いている。千春はそれを家の中から見ながら呟いた。雨は未だ降っていないが空は灰色の雲に覆われており、もうすぐ雨が降り出しそうだった。



「しょうがないっスよ。台風なら」

「そうね」



 千冬と千夏が外を見ながら二人して呟いた。二人ともそれなりには修学旅行を楽しみにしていたのだ。



「でも、秋姉は全然元気っスね」

「うおおお!! 寝るぞー!!」



 千秋はソファの上でごろごろしながら、教育テレビを見ていた。彼女は修学旅行に元々行きたいとは思っていなかった。


「アンタはテンション上がってるわね」

「我は元々行きたくはなかった! 家が一番だし!」

「まぁ私もそうね。家が一番よ」

「カイトは寂しがり屋だから我がいなくなると、困るだろう」

「寂しいのアンタでしょ。泣きながら行きたくないって、言ってたし」

「泣いてない」

「一昨日の夜くらいに泣きながら、甘えてきたでしょ」

「我、千夏にそんな甘え方してない」



 千秋は首を振りながら、違うと否定する。しかし、本当は千秋は思いっきり千夏に泣きついていたのだ。



『我、旅行いぎだぐないッ』

『よしよし』

『寂しい、家にいたい』



 普段なら千夏の布団に入ることはないのだが、千秋は泣きながら千夏に寄って行った。


 行きたくは無かった、しかし魁人に心配をかけないために千秋は何も言わなかったのだ。



『同じ部屋だから、寝る時も私が慰めてあげるからね』

『うん、我、千夏と一緒に寝る……』



 頭を撫でながらずっと慰められていた。その姿を見て、千春は成長をしたなと遠目で見ながら何も手を出さなかった。


 一人で寝ていた千冬のことを撫でるだけで、千夏の成長をしっかりと目に収めていたのだ。




「アンタはなにするの? まだ10時だし、だいぶ時間あるけど」

「我は勉強をちょっとやる」

「ちょっとやる?」

「だいぶやる」

「ふーん、あんたがやるなら、私が美味しいランチを作ってあげる」



 千夏がそっと千秋の背中を押すような言動をする。千秋はランドセルから勉強のノートと教科書を出した。



 千冬も既に勉強を始めていたので、千秋は千冬に分からない部分を聞きながら理解を深めて行った。



「千夏はどうするの?」

「私は洗濯とか余ってるから。魁人にやらせないように今のうちにやっておくわ」



 千春に聞かれた千夏はそさくさと歩き出して、洗濯機を回したり掃除機でごみを綺麗にしたり動き出した。



「うちは……何をすればいいんだろう」



 ふと、彼女の動きが止まった、本当に自分が今、何をしたいのか分からなかった。



(千夏はお兄さんのために家の掃除、千秋と千冬は勉強をして、先を見据えて頑張っている。うちは何をしようかな)



 ぽぉっとしながら、2階に上がって自室に入る。窓の外では大量の雨が降っており、ざぁざぁと水が地面に叩き落とされる音が聞こえている。


 寝室でもある部屋では布団が置いてある、一つだけ敷き直して軽く身を投げた。天井のシミを数えてずっとぼぉっとした。



「すぐに、やりたいことがないって変だな」



 千春は仰向けになりながら時間を潰した。しばらくしていると自然と目が閉じてくる、強めの雨音を聞いていると眠たくなってきたのだ。



「ん、ちょっとだけ」



 彼女はちょっとだけ、眠ることにした。



■■



 ふと目が覚めた。なぜ目を覚ましたのか、彼女にはすぐにわかった。寒かっただからだ。



 体が震えている。鳥肌が立って、唇が青い。周りには誰もいなくて、誰も理解してくれない。



「千春」



 声がした。大好きで愛している妹達の声じゃない、世話をしてあげないと思う可愛い彼女達の声ではない。


 不思議と安堵する少しだけ低い男性の声だ。



「お兄さ……」



 一人ぼっちの大雪の中にいるのに不思議と暖かい気分になった。でも、それが怖かった、その感情を一度持ってしまうと自分が壊れてしまいそうになってしまう、


 咄嗟にそう思った。



 名前を呼ぶのを躊躇った。しかし、彼は彼女に向かって手を差し伸べた



 そこで、ぱっと目が覚めた。



「あれ、うち寝てた? それに」



 彼女の瞳には僅かに涙が溜まっていた。しかし、すぐさまそれを拭った。


「あ、起きたのか」



 そこにちょうど、魁人が部屋に入ってきた。



「お兄さん、仕事は?」

「今日は早く終わったんだ。雨風がすごいから帰るのが大変になるかもしれないしな」

「そっか」

「なにかうなされている感じだったけど、大丈夫か?」

「なんだか、寒かったから」

「確かに今日は冷えるからな」

「……」



 千春は長袖の服の上から、肌をさすった。しかしそれでも微かに寒さが残っている。これくらいは特に生活は問題ないとわかっていた。



「ちょっとだけ」

「どうした?」

「ちょっとだけ、ぎゅっとして」

「千春をか?」

「うん、いつも千秋にしてるでしょ、千夏にも千冬にも」

「いや、そういうことはあまりしてないが」

「タラシだもんね。うちの妹達を口説いて、手篭めにして」

「してないんだけど」

「うちもそのうち手篭めにされるのかな?」

「しないから安心してくれ」

「えー、まぁ、いいけど。とりあえずぎゅっとして」





 魁人は迷いながらも彼女を抱き寄せた。子供をあやすように頭を撫でて、安心させつつ安堵を与えるように努めた。



 千春はその瞬間に寒さが消えていく、暖かくなっていく不思議な感覚を覚えていた。



「やっぱり、お兄さんのことを……好」

「千春?」

「なんでもない。もういいよ」

「そっか」

「そろそろ、限界かな」



 意味深な言葉を残して、千春は再び布団の上に転がった。



「お兄さん、今何時?」

「3時くらいだ」

「じゃ、一緒に寝よ。夜まで時間あるし」

「夕食とか洗濯とかあるから」

「全部妹達がやってくれるからさ。ほらほら、寝よ。偶には息抜きしよ」



 千春は魁人の手を引っ張った。魁人は我儘には流されてしまうタイプなので彼女に引かれるままに寝転がる。


 勝手に魁人の腕を枕にして、千春は目を瞑った。




(寒い夢は見なそうかな)




 結局、昼に寝過ぎて彼女は夜更かしをする羽目になった。
















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