第86話 恋ゆえの勘違い
千冬は信じられなかった。魁人さんが……ロり、コン、だったなんて……。百年の恋も覚めてしまうとは言わないけど、何だか気分が上がって行かない。失恋と言うのはこういったものなのだろうか。
マイナス方向に考えてしまうが、考え方を変えればプラスになる事もある。夏姉が恋愛対象なら千冬だって、まだまだ可能性はあるのではないだろうか。小さい女の子が好きなら千冬はストライク判定は言っていると思うし、夏姉と顔立ちは凄く似ているし……。いや、もう今更遅いかなぁー。
思考があっちに行ったりこっちに行ったり纏まらない。そもそもあのしっかり者の魁人さんが夏姉とそう言った関係になるだろうか? 魁人さんらしくない気もするなぁ。結局、どれが答えなのか分からない。夏姉に聞いてみたいけど、後で言う、後で話すの一点張りで詳しく話してくれない。
ほんの僅か話はしてくれたけど、もっと詳しく聞きたい。一秒でも早く。何かの誤解であって欲しいと言う願いがあるから確認したいと言う自身の感情だけど。一休さんのように頭を両手の人差し指でマッサージしながら考えていると、目の前に夏姉がひょっこり現れた。
「どうしたの?」
「いや、朝の事が気になって……」
「あー、だから、時間があるときにって言ってるじゃない」
「その、それでも早く聞きたいっス」
「えぇー、ここじゃねぇ……教室だし……」
何度した質問なのか忘れてしまったが、再度千冬は聞いた。夏姉はきょろきょろと辺りを見渡して、やっぱりダメー! と手をバッテンの形にする。まぁ、確かにここで話すような事ではない気もするけど
「あー、そんなに気になるのね……、今日家に帰ったら話すから待っててよ」
「待てないくらい気になるんスよ……」
「うーん。そこを待って欲しいわ」
「えぇ……ここじゃダメっスか?」
「ダメね。放課後位まで待ちなさい」
断固拒否と言われてしまったので、千冬は引き下がるしかない。でも、好きな人の事だし、気になる。気にならないと言う方がどうかしている。でも、聞けない。ため息を吐いてしまう。そんな千冬の肩をポンと叩きながらちょっと我慢してと、優しく微笑んだ後、夏姉は手を軽く振って自身の席に戻って行った。
そろそろ千冬も戻ろうかな……と考えていると
「あの、千冬さん……」
「ぴゃい!」
「え? あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
急に話しかけられたので思わず変な声を上げてしまった。声の方を向くと最近、転校してきたばかりの日登千花さんが居た。相変わらず目元が髪で隠れて良く見えない。
「い、いえ、驚いてはいないっスよぉー」
「それなら良かったんですけど……」
「それでその、千冬に何かようでスか……?」
「ああ、うん。千冬さんって、僕の隣の家に住んでますよね?」
「そう、でスね……」
「それで、その、何というか……」
言い淀む千花さん。あー、そう言えばこの人とはお隣さんだったなぁ。両親ともにお顔が整っているなぁ位の印象しかない。あんまり話したこともないし、ちょっと気まずい。目元が見えないから余計に警戒心が働いてしまうのかも。魁人さんはいつも目を見て話してくれるからそんなことはないけど。
でも、千花ちゃんって目は分からないけど。唇は凄いプルプルしてるし、鼻高くて、鷲鼻みたいな感じだし、声も何だか落ち着きがあるけどその中に芯の通った美があるような感じがして、普通の子って感じがしない。
「あ、あの人……千冬さんが一緒に住んでる男の人ってどんな人ですか……?」
どうしてそんなに溜めて言ったんだろう。下唇と少し噛んで、気まずそうにしている彼女を見て思わずそう思った。あれかな? 複雑な家庭だと思っているのかな?
「えっと、魁人さんの事でスよね……? ええっと、魁人さんは……紳士?」
変態紳士疑惑も若干浮上しているけど、今まで一緒に過ごしてきた事を考えると極普通の紳士であることは明白。あとは優しくて、手の平が大きくて、あれで頭撫でられると背中がこそばゆくてドキドキするとかは言わなくて良いかな……。流石に恥ずかしいし。
「紳士……。趣味とかってあるんですかね?」
「魁人さんは料理皿とか偶に集めたりはしてまス。この間は春姉がお皿割って凄く落ち込むくらいは好きらしいでス……」
「……ご職業とかって…………聞いても?」
「あ、えっと、役所で働いてまス」
「そうなんですね……」
あれ? 千冬たちが変わった関係だからそこら辺を聞いてくると思ってたのに、魁人さん個人の事しかこの人聞いてこないのはどうして?
「これが本題なんですけど……連絡先って知ってますか?」
「……」
ええー、これが本題ってどういう事? それまでのは特に興味のない前座って事なの? 魁人さんの連絡先知ってこの人どうするんだろう。まぁ、一緒に住んでるわけだし連絡先を知らない訳が無いけど……うぅ、なんか、凄く言いたくなぃー
だって、それって狙ってる人の常套句だし! これ以上、状況を面倒にしたくないし、千冬のターン遅くなるのもイヤだし。まだ希望があった時に盗られたりするのもイヤだし。
「えぇ、あぁ、し、知らないなぁ……」
うわぁぁ、ごめんなさいぃ。嘘ついて、本当にごめんなさいぃ、で、でも、殆ど知らない人と連絡先を交換するのって良くないと思うし! 魁人さんもよく知らない人について行ってはいけないって言うし、応用みたいなことだし!
「あー、そうなんですか……意外と自分の家でも住所知らないって人もいますよね。じゃあ、魁人さんってレインってやってます、か?」
レインって誰でもやってるsnsツールだけど、これやってると言ったら交換しちゃうのかな? 連絡先交換しちゃうのかな?
「あー、や、やってないかなぁ? 魁人さん、スマホ持ってないし……うん、持ってないでス……はい……」
「ガラケー世代? もうすぐサービス終了ですけど……」
うわぁぁぁ、これ絶対、千冬は死後地獄いきだぁ! 舌を閻魔様に抜かれて労働をやらされてしまうんだぁ……。
「色々聞けて良かったです。ありがとうございます」
そう言って彼女は去って行った。なんか、凄い、罪悪感が……。嘘ついてしまった自身の罰に今日のおやつは秋姉に献上をしようと決めた。
◆◆
体育の時間、うちはいつものようにグラウンドを走っていた。今日はサッカーである。複数のチームでどんどん対戦をしていくのが授業内容だが自身の出番ではない時は自然と時間が余る。
千秋のプレーする姿を見ても良かったが今日はそんな気分ではない。千夏の事で頭がいっぱいだからだ。千夏の事の真相を早い所聞きたい。でも、後でと言われてしまっているので聞けていない状況。
モヤモヤしていると千夏と千冬が校庭から少し離れたところで二人きりで話しているのでうちもそこに向かった。
「春? どうしたの?」
「えっと、何となく来ちゃった」
「そう」
「あの、朝の事だけど」
「春もそれ? だから、今日放課後に家で話すって言ってるじゃない」
「で、でもね。お姉ちゃんとして、お兄さんと夏姉の淫らな関係を許しておけないの!」
「淫らって……」
「そうだよ」
「……どういう意味?」
「エッチな関係って事」
「……はぁぁ!? 誰と誰が!?」
「お兄さんと千夏だよ」
「な、何言ってんの!? 私と魁人がえ、エッチな関係とか……そ、そんなことするわけないじゃない!」
「でも、抱いてもらったんだよね?」
「そうだけど、それくらい秋だっていつもしてもらってるじゃない!」
「きゅぅ」
うちは衝撃の事実を耳にして、思わず足の力が抜けて倒れそうになってしまった。
「秋姉がいつもしてもらってる……? はッ! 夏姉、抱いてもらったって…‥こういう事っスか!?」
千冬が何か思いついたように、千夏の事をハグをした。その時、うちの脳に電流が走った。あ、よく考えたら千夏がそう言う事を知ってるわけないじゃん。天然純粋無垢を表したような千夏がするわけない。
「そうよ。それ以外に何があるって言うの?」
「……うちは信じてたよ。千夏」
「急に何なの?」
「あぁ、千冬、凄くハズカシイ……勘違いしてるって魁人さんにもバレてたら、もう魁人さんのお嫁にいけないっ……」
「アンタ達、疲れてるのね……。良く分からないけど」
千夏が哀れむような視線を少し向けながら、うち達の肩をポンと叩いた。あれ? でもどうして全裸だったんだろう? 結局、全裸でハグしたらそれはそれで淫らな行為と言うのではないかと一瞬思ったが……うん、それは放課後聞けばいいわけか……。
あー、なんか、凄い疲れた
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