第76話 五年生、最後の学期
沖縄旅行から帰って来て数日が経過した。旅行では僅かないざこざがあったがここ数日では特にそう言った事は起こらずに至って平穏な毎日。宿題も面倒くさがりながらも千秋も千夏もこなしている。
会話に違和感もない。良かったとうちは安堵した。あのまま距離感のある生活だと思うと、それは辛いし、笑顔で楽しい方が良いに決まっているのだ。
「ドリルあと、5……5ページ……」
「わ、我は4,ページ……」
宿題をこなし、その疲れでゾンビのように干からびている千夏と千秋。答えは毎度のことだが千冬に没収されているから自力で冬休みのワークをしなければならない。体力も残り少ないのだろう。
でも、明日から三学期。今日中に終わらせないといけない。必死に自身に鞭を打って頑張る二人、それをサポートする千冬。お兄さんも仕事で家にいないけど頑張っている。うちも何かをしないといけない。
よし……疲れを軽減する美味しい料理でも作ろう! そう、うちは心に決めてリビングに向かった
◆◆
市役所の昼休み。俺は千秋と千冬が作ってくれたお弁当を食べながらこれからについて考えていた。答えは出るはずもないのだが、ただ、何となく答えを探す。
あんまり深く考え込んでいると知恵熱のように頭が熱くなってきたので一旦、中断してお茶を飲んで一息ついた。すると隣から丁度良く声が。
「お、弁当か」
「そうだ。作ってくれたんだ」
隣の佐々木が珍しそうな顔で俺の弁当を覗く。卵焼きやらほうれん草のおひたし等でバランスが取れている素晴らしいお弁当だ。
職場のありとあらゆる所から羨まし気の視線が注がれる。弁当を作ってくれると言うのがどれほど素晴らしい物か皆分かっているのだろう。夜食や朝食も作るのは大変。その手間が無くなるのだ。これほど素晴らしい事はない。しかも、味も安定で美味しいと言う言うことなし。
「お弁当作ってくれるほど、懐いてくれてるのか」
「そう、だな……断定はできないがそれに近いと思う」
「ふーん、その割には小難しいこと考えているように見えるけど、どうした?」
「あー、そのだな……。家族の中で秘密があって、それを言うべきか、言わないべきか……ざっくりいうとこんな感じだな」
「秘密って誰でもあるから別に言わなくても良い場合もあるだろ? 俺も昔、親が五百円玉貯金してたけど、勝手に使ってコロコロコミック買ったりしてたし」
「そうか……」
やはり、秘密とはどこにでもありそれを言わなくても良いと言うのも至極当然の考えなのだろう。千秋の意思を俺は尊重すべきか、否か。
願いは叶えてあげたいけど、だからと言ってずっと知らないふりをするのは……。
保留か……。そうするしかないのか……。いつもそうするしか出来ないのは情けないが……。暫くは今まで通りの楽しい生活をしていくしかない。
一度、完全に思考を止めた。あまりに悩んでいたせいか、頭が痛い。これでは午後の仕事に影響が出てしまう。お弁当を食べて元気を付けよう。また、体調を崩すと四人に心配をかけてしまうからな。
◆◆
秋と私は宿題に追われていた。もう、明日から新学期だと言うのに宿題が終わっていないと言うとんでもない事態に見舞われているからだ。
「秋、あと何ページ」
「2……2だ……」
最早、失神するのではないかと言う位に疲弊しきっている秋。対して私もゾンビのようにフラフラである。
だが、必死にペンを走らせて宿題に私達は挑む。
冬も春も自分の力で終わらせたのだから、私達もやらないといけない。そう思って必死に頑張った。そして……
「「お、おわったぁ」」
「おめでとうっス」
私達は宿題を終わらせて互いに安堵の声を漏らした。ペンを放り投げて背中を床につけて寝転がる。宿題が終わるとどうしてこうも気分が晴れるのだろうか。
秋もきっとそう思っているのだろう。気持ちよさそうに体を伸ばしている。
そして、いつものようなニコニコ笑顔。やっぱり秋は笑顔が似合うと私は思った。旅行でひと悶着あったけどあの後からは特にそう言った事は無いし。しかも、秋はちょくちょく私に謝ってくる。
ごめん、ごめんね……
そんなに何度も謝られるとこちらの肩の力も自然と抜けて、以前のように笑いあえることが出来るから助かる。だが、問題は解決していないのは秋も分かっているようだった。
まぁ、今はそれはいい……
取りあえず宿題が終わった事を喜んで、疲れを取る為にお昼寝でもしようかと思っていると春がトレイに何かを乗せて持ってきた。
「はい、これ。頑張った皆に」
「なによ? これ」
「野菜スティックと、特製ソースだけど?」
「あ、そう……」
私達のことを気にしてこういった事をしてくれるのは嬉しいけど、チョイスが偶にマニアックなのが春だったと思い出した。
それに春は意外と不器用だから料理が苦手だしね。ホットケーキですら焦がすくらいだし……。野菜スティックも形がバラバラ、最早スティックと言うより、爪楊枝だったり、鉛筆キャップだったり、個性に溢れている。
「おおー、千春ありがとー」
「千冬も食べていいっスか?」
「いいよ、食べて食べて。ほら、千夏も」
「あ、うん」
まぁ、折角作ってくれたわけだしね。どれどれ……私達はキュウリ、ニンジン、大根、それぞれにソースを付けて口に入れた。
「「「ッ……!!」」」
「どう? ちょっと、自信あるんだけど……」
「ああー! こ、これは……! ダメ!」
「え?」
「ダメっス!」
「ええ!?」
「ダメね!」
「えええ!?」
秋、冬、私の順にダメ出しが入る。三人そろって冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぎ口に注ぎ入れる。それほどまでにこのソースはヤバかった。辛い、辛い!!
「アンタ、これ、何ソース?」
「えっと、ワサビマヨ……」
「比率は?」
「一対一だけど?」
「いや、なんでよ!」
「え、だって均等にしないと……」
「ケースバイケースよ!」
「そ、そんな……」
ガーンっと一人落ち込んでいる春を見て、ちょっと言い過ぎたかなっと後悔も湧いてくるが、だとしてもこれはちょっと……。春でもこういう失敗をするんだ……。
そう、当たり前……誰でも至らぬ点があるのが普通。だから、私が支えようと決めたんじゃない。
「もう、しょうがないわね……作り直すわよ」
「え?」
「ほら」
私は春の手を引いた。
――今度は私がアンタを、いや、アンタ達を引っ張ってやるわ
◆◆
新学期が始まった。それはうち達が五年生として過ごす最後の学期であることを示す。と言う事は次はうち達は六年生……小学生活も残り少ないと言う事を示す。
時間とはこんなにも早く過ぎていくものなのだろうか。何度考えたか分からない思いを繰り返す。でも、しょうがないのだ。本当に早いのだから。
お兄さんに送り出して貰って、バスに乗って、そこから最寄りのバス停で降りて学校まで歩く。
横を見ると千秋と千夏が二人揃って欠伸をしている。うん、安定の可愛さで安心する。クリッとした目で優雅に歩く千冬もグッドである。
こんな風に妹達の可愛さを確認して、学校に行って、教室のドアを開ける。開けるとメアリさんが私達に手を振る。
「あ! ヤッハロー」
「おー、アローら! メアリー!」
千秋が代表して大きな挨拶を返す。うち達も何となくで返すがこの二人の独特な挨拶にはついて行けない。
皆はそれぞれ席に荷物を置いて、朝の会が始まるまで姉妹同士で話したり、友達と話したりする。
右では千夏と千冬がなにやら楽しそうに話を、左では千秋とメアリさんが楽しそうに話をしているのでうちはそれを眺める。
「千秋、アンタ宿題はやったの?」
「勿論! 朝飯前」
「ふーん、あたしはね、文字通り一日で全部終わらせたわ! 何と言っても答えを見たんだもの!」
「えー、それインチキだ!」
「合理主義って言うのよ」
メアリさんと千秋ってやっぱり仲が良いんだな。千秋が家族以外で心を許す数少ない人だし。
「そう言えば……アンタ達って四つ子なのよね?」
「そうだ。今更だな」
「あ、うん。そうよね……こう、何というか、休みを挟んで改めて見ると新鮮って言うか……」
「そうか? 我等は全然そんなことないぞ!」
「そりゃ、毎日一緒ならそうでしょうよ。でも、あたしから見ると新鮮なの」
確かに四つ子ってあんまり聞いたことがない。世界には九つ子が居るとは聞いたことあるけど……。他には……あんまりない
「それにしても、このクラスは四つ子でしょ? 俺っ娘の桜も居るでしょ? 『個性』が強い奴が多すぎるのよ。アンタ達、もしかして高校は雄英志望?」
「ん? ゆ、うえい?」
「あー、知らないなら、スルーして今のは」
メアリさんはそう言って話を切り替える。
「四つ子ね……今度の小説の題材は四つ子にでもしてみようかしら?」
「おおー! それなら三女を滅茶苦茶可愛くして!」
「いいわよ。最高に可愛くしてあげる」
「おおー!」
「四つ子……、千秋達を題材にすればそこそこ良いのが描けそうね……」
「そうなったらメアリもベストセラー作家か! どういう感じにするんだ?」
そう言えばメアリさんは作家志望だって言ってたっけ。だったら、千夏、千秋、千冬は最高のモデルだね。だって、最高に可愛いから。どういう感じにするんだろう。ちょっと気になってきた。
「どういう感じね……まぁ、無難にラブコメかしら?」
「ん? ラブコメ……? それってどういう感じ?」
「そうね。まぁ、四つ子全員が同じ人を好きになって、姉妹仲がギクシャクする感じかしら?」
「ええ!? それは可愛そうだ!」
「しょうがないのよ。それは、だって何処の世界も姉妹は同じ人を好きになるって相場は決まってるんだから。双子だろうが、三つ子だろうか、四、五つ子だろうが、六つ子だろうが、第七皇子だろうが、八男だろうが。姉妹とか兄弟仲はギクシャクするのが定番なの」
「え、ええー。そうなのか……」
千秋的にはちょっとがっかりのようだ。うちもガッカリである。姉妹中で喧嘩とかギクシャクとか考えたくもない。
「そうよ。それに千秋だって姉妹で喧嘩とかするでしょ?」
「うぅ、そうだな……最近、しちゃって……凄く、嫌だった……もう、出来ればしたくない……」
「そう。嫌だったのね。でも、喧嘩ってあたしは大事だと思うわ。やっぱり、ぶつからないと分からない事とかあるもの」
「そうな、のか?」
「そうよ。きっとそう」
ぶつからないと分からない事もあるか……。その言葉が妙に心に残った。千秋も何か思う所があるようで下唇を噛んで下を向いてしまった。
「そっか……」
「そ、そんなに落ち込まないでよ。あくまであたしの感想だし……」
「……喧嘩はしないで済む方法ってある?」
「え? そうね……あるかもしれないわね。あたしは子供だし良く分からない部分も多いけどさ、方法は無限にあるんじゃない?」
「そう……」
「そんなに、凄い喧嘩をしちゃったの?」
「そんなにじゃないけど、だけど、我はもう、喧嘩はしたくないって思ったの。心がはち切れそうになった……」
「そうなんだ……でもさ、もし、困った時は千秋の大好きな魁人、さん? だっけ? その人に頼ればいいじゃない」
「うん……」
メアリさんが千秋を元気づけるように色々と提案をしてくれる。千秋もそれに気づいて心配をかけまいと笑顔を浮かべる。
「そうね、あとは元気が出るアニメ見たりするといいわよ。クワガタボーグとか」
「そうか。うん、色々、ありがとー。メアリー」
笑顔になった千秋とメアリさんは朝の会が始まるまで楽しそうに会話を続けていた。きっと、うちの最初の勘は当たっているのだろう。この子は千秋には無くてはならない存在になりえる。
そう、改めて感じた。
そして、この時はまだ知らなかった。千夏や千冬にも無くてはならない存在が現れようとしていることを……
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