第68話 陰キャな千秋

 遂に西野のお別れ会をする日がやってきた。先ず、違う学校に行っても頑張ってねと色紙にクラスメイト全員が書いてそれを加工し、ラミネート加工をしてそれを西野にプレゼントをすると言う事を行った。


 その後はドッジボールをするために体育館に向かう。



「はい、じゃあ、一応ね、準備運動をしてください」



 先生の指示によりうち達生徒は準備運動を開始する。西野と仲のいい男子生徒達は最後になってしまう事もあり気合を入れて準備運動をしている。勿論、西野自身もいつも以上に気合を入れている感じがする。


 千秋、千夏、千冬はあまり騒がず空気を読み、西野と仲のいい友達の空気を壊さないために静かに波風を立たせないように準備運動を行う。いつもなら千秋は元気いっぱいに全力で何事も行うけど、身を引く時はしっかりと引く。それが千秋。


 準備運動を終えるとチーム分けをしてドッジボールを開始する。いつもなら千秋が大活躍をしつつ、西野も活躍するが結果的に千秋が勝つ。


 千秋が勝つ、何があっても勝つ、カツ、勝つ。カツカツカツ。


 いつもは千秋が勝ち、西野が悔しがる。西野がその後に千秋に絡んで、千秋が無視したり相手にしなかったり、余り相手にしない。最初の頃は千秋は売られた喧嘩は買うと言う主義だったけど、最近ではそんなことは無くなった。



「おれやぁぁあ」



どくどくの掛け声とともに西野の投げたボールがとある女子生徒に当たる。これはいつもの光景。そして、西野は違うコート内に居る千秋に向かってボールが投げる。


いつもならガッチリとキャッチをする千秋だけど、今日はあっさり掴み損ねてボールが当たってしまい、内野から外野に移動する。その様子に西野は首をかしげる。あっさりとし過ぎて拍子抜けと言った感じだ。



優しくて気を遣えて、元気で活発な千秋。だけど、変な所で気を回してしまうのも千秋。


手を抜いたと見えてしまったかもしれない。元々千秋と同じチームで外野だったうちは外野に向かって来た千秋に声をかけた。


「千秋……わざと?」

「……うん、最後だから、勝って、気持ちよく、転校した方が良いのかなって……」

「そっか……」

「ダメだったかな……」

「ダメではないと思うよ……」



ダメではない。だってこれは西野を最後に気持ちよく送り出して、同時に思い出として有終の美を飾らせるものだから。


西野を勝たせるのは間違いじゃないけど。手を抜いたのは騙してしまったではないか、手を抜いたとバレたら有終の美なんてモノはあり得ない。禍根を残すことになる。



間違いではないけど……難しいなぁ。正解だと言えるものだとも思うけど……。顔を曇らせた千秋。


「気にしないで良いと思うよ。だって、千秋のそれは、西野の最後を最高にするためにした優しさだから。間違いでもダメでも無いよ」

「うん……ありがと」




千秋は小さな声でそうお礼を言った。そうして、なんてことないそんな顔をして試合に戻り外野の役目を千秋は果たした。



西野が大活躍をして、体育館内でのドッジボールはいつも以上の盛り上がりをして、試合は、お別れ会は終了した。




◆◆




放課後。帰りの会で西野からクラスメイト達に挨拶をしたり、先生からの頑張ってと言う挨拶などと言うイベントを終えて帰宅と言う形になった。


一部は西野が居なくなって寂しいけどいつも通り帰り、一部は仲のいいグループで最後の最後まで会話をして時間を惜しむ。



うち達はどちらかと言うと前者なのでいつものように、帰ろうとした。


だけど……西野が千秋を呼び止めた。


「あ、あのさ」

「なんだ?」

「ちょっと、話あるから、来い……いや、来てくれないか?」

「……分かった」



千秋は特に嫌な顔一つせずにそれを承諾した。



「秋に話ってなにかしら?」

「ああー、多分あれじゃないっスか……」

「あれって?」

「あれはあれっス」



千夏はどうして千秋を呼ぶのか分からず、千冬は察しているから納得の表情。千秋は西野の後を付いて行った。少し、ここで待ってようと千冬と千夏が話していたが、何となく、気になったうちはトイレに行くと嘘をついて教室を出て後をつける。


あり得ないけど、千秋に何かあったら大変。万が一にもあるわけにはいかない。



図書室に二人は入った。最初は屋上に行こうとしてたけど、普通に入ってはいけない場所なのでシフトチェンジしたらしい。


ランドセルを背負ったままの千秋に向かい合う西野。いつもの馬鹿にしたりいじったりするような顔つきではなく、真剣で何処か気まずそうな表情だった。


「あ、あのさ」

「ん?」

「俺、もう、ここから居なくなるだ」

「そう、だな……。元気で頑張れ……うん、応援してるぞ……」



ぎこちない会話。ただ、いつもなら一方的に話を断ち切る千秋がそうはしなかった。西野はごくりと唾を飲んで緊張感を漂わせながら……話を続ける。



「あ、ありがとな……。その、俺は今まで色々酷い事言ったから、最後に謝りたかったんだ……。ごめん……」

「気にしてない……」

「そうか……」

「……うん」

「……もう一つ、話しても良いか?」

「……いいよ」

「……俺は……千秋の事、が好きなんだ……一目惚れだったんだ……俺は、ここから居なくなるけど……もう、会えないかもしれないけど。それでも、言わせてくれ。好きだから、付き合って……く、ください……」

「……」



誰もいない放課後の図書室。西野がそう言った。別に分かってはいたけど、想いを告白するのは並大抵に出来る事じゃない。


千秋もそれを感じて、だからちゃんと返事をしようと思ってるのだろう。



きっと、千秋はここで断るだろう……っと、うちは思った。


最初から、西野も分かっていたはずだ。想いが届かないのは。今までの行い。態度、気遣い、全部が間違っていたから。千秋の好みとは正反対の事をしたから。





もし、千秋が親に面倒見て貰えない子じゃなくて、普通の三女で、超能力もなくて、心に傷を負っていなくて、薄幸な子じゃなければ……、結果は変わっていたのかもしれない。



それを千秋と呼べるか、分からないけど。そう言う未来もあったのかもしれない。でも、それは、ない。


それだけはハッキリわかった。


だから、断るだろうと疑いはない。ただ、次の瞬間、答えを口にしようとした千秋の雰囲気が一変した。


元気いっぱいで天真爛漫ではない、少し気を遣って身を引く感じでもない。


本当に千秋なのかと疑ってしまう位、声音も表情も、違った。



「――。…………西




「…………わたし…………は」




「…………




完全な否定。でも、そう言った彼女の雰囲気にうちも西野も驚きを隠せなかった。



「お、おい……ふざけてるわけじゃ……」

「ないです…………これが素…………と言っていいのか、分からないですが…………」

「そうか……俺は、何も知らなかったんだな」

「言って…………ない、ですから…………」

「そうか。どうして、そんな風に断ってくれたんだ」

「想いには…………ちゃんと、答えを出さないと…………いけないと思いました…………」




静と動。陰と陽。そう言った言葉がしっくりきた。うちもこんな雰囲気の千秋は見たことがない。


いや、違う……。昔……こういう感じだったんだ。物静かで言葉をあまり発さない。大人しくて、落ち着いていた。



「そうか、ありがとうな……」

「……いえ…………」

「じゃあ、またな……ありがとう……」

「…………はい」



そう言って西野は図書室から出て行った。一つの決着をした西野に対する印象が少し変わった。


でも、不謹慎かもしれないが、今はそれはどうでもいい。うちからしたらどうでもいい。姉妹の事が気になってしょうがない。千秋が気になってしょうがない。



千秋のそれが素なのか、何なのか、良く分からない。



思えば、ここまで疑問に持たなかった。千秋は、ある日を境に急に性格が変わるように言動も全部変わった。


あっちの千秋が日常で普通で溶け込んでいたから、そこに疑問を持たなかった。


変わって行くから分からなくてもしょうがない。そう言う以前も話だった。変わる前から、変わっていた……


考えていると千秋が声を発した。先ほどの静かな感じじゃない。いつもの元気一杯な明るい声、ただ図書室だからボリュームは落としている。


「いるだろ? 千春」

「……ごめん、覗き見するつもりは、あった。ごめんね」

「あ、本当に居たのか」

「え?」

「千春だから居るんじゃないかと予測して勘で言った」

「あ、そうなんだ」



ニコニコ笑顔でそう言った千秋。うちは思い切って先ほどの事を聞いてみることにした。


「千秋、さっきのは」

「……別になんでもないぞ? 何というか……告白されて緊張したと言うのもあるし、想いにちゃんと答えないといけないと思ったらあんな感じになった」

「そっか……」

「まぁ、昔はあんな感じだったし」

「そうだったね……」



演技、してたのかな……? 今まで、ずっと。無理してたのかな?



「全部演技じゃないぞ?」

「え?」

「いや、そう言いたい顔してるなって」

「そう?」

「うん……。最初は演技だったけど……今ではこっちが素に近いと思う。自然体はこっちで我は、こっち方が好きだ」

「あっちは?」

「うーん……陰キャな我も嫌いではないが……やっぱりこっちだな」

「どうして?」

「皆が笑うから」

「……詳しく聞いてもいい?」

「……うーん、また今度な」

「分かった」



千秋のもう一つの側面、知らない訳じゃなかったけど。認識していなかった。姉として妹の面倒を見て、ストレスを溜めさせないとかしないといけないのに。寧ろ、うちの方が……気を遣われていた……。



「よし! 帰ろう!」

「そだね」



千秋と一緒に図書室を出る。教室に戻るために歩いていると千秋が小さな声で話しかけてきた。


「あ、このこと、千夏と千冬には内緒だぞ?」

「……うん。分かった。でも、どうして?」

「うーん……無理して元気出してるとか思われたくないから」

「分かったよ」

「千春、我無理とかしてないぞ! 千春も気にするなよ!」

「……うん。気にしないよ」

「絶対に気にしてる……もう! あとでハグしてやるから気にするな!」

「……うん。気にはしちゃうね……ごめんね。でも、ハグはしてね」



千秋は前払いと言ってうちに抱き着いた。優しい、可愛い。千秋に浸っていると先ほどより更に小さい声を耳元で発した。


「あと、これ、カイトには絶対に内緒だぞ?」

「うん。分かった……。でも、どうして?」

「えっと……どういうこと?」

「陰キャな我より、陽キャの我の方が甘えやすい。カイトの膝の上に乗ったり、ハグしたり……ああいうのって、実はした後から凄くハズカシイ……特に最近恥ずかしさのレベルが上がってる」


千秋が急に照れ始めた。可愛い。



「何というか、陽キャの我はノリで行動してると言うか……欲望に一直線になれると言うか……。陰キャな我は多分、する前に恥ずかしくなって何もできない……」

「そうなんだ」

「うん。でも、林間学校から、カイトが居なくて、凄く寂しいことが凄く分かった。もっと沢山甘えたいって強く思った。前みたいに姉妹だけじゃなくて、我はカイトもないと満足できないと言うか……」



 ほぼ告白みたいに聞こえるけど。でも、まだ恋の自覚みたいなのはないみたいで安心する……。


「だから、恥ずかしくても、こう、接することをしたい……」


そんな千秋の照れてる顔を引き出してしまうお兄さんが恨めしいが一旦置いておこう。


「あとは……カイトには我が実は陰キャとか思われたくない」



手の指先をつんつん合わせて乙女チックな千秋。可愛い。そして、お兄さんが恨めしい。でも、一旦置いておこうと言う無限ループが完成する。


「お兄さんはそんなの気にしないと思うよ」

「そ、そうだけどさ……。ほら……良いところを、我はカイトに見て欲しいんだ……」

「……そっか」

「うん……、だって陰キャって恥ずかしいじゃん……」

「そんなことないと思うよ」

「でも、我は恥ずかしい! こいつ、陰キャなのに陽キャぶってるとかカイトに思われたくない! 甘えるのに支障が出来るのは嫌だ!」

「あ、そうなんだ」



断固拒否!! と言う風貌の千秋。右腕と左腕をクロスしてばってんの文字を作り出して拒否感をアピールする。


取りあえず、お兄さんには言わない方が良いのかな? お兄さん、気にしないと思うけど……。でも、千秋が気にしているのなら仕方ない。


うちは陰キャな千秋も陽キャな千秋もお兄さんは至高だと言ってくれると思うけどね……。まぁ、今の千秋に何を言ってもダメだろう。



千秋の新しい面を知って、でも、同時に姉として不十分な自身の面を知った。頑張らないと、他にも何かうちには出来る事がある。なければ作らないと……


そう、強く思った。



―――――――――――――







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る