第62話 林間学校前

 私はある一つの疑念を持っていた。それは昨日、魁人さんが夜に持ってきたトマトジュースである。


 飲み終わって空になった紙パックを捨てる時、あることに気づいた。魁人さんは賞味期限が迫っているからと私達にトマトジュースを差し出した。


 それが偶々私の吸血衝動を抑えた。


 偶然……? トマトジュースを差し出すタイミングもオカシイような気がする。



 まさか、まさかまさかまさか……私に、私達に気づいていた……? いや、だけど……。


 でも、偶然と言う可能性もある。


 もし、もし、バレていたら……知っているなら、魁人さんはどう思っているんだろう……。


 もし、知っていないとするなら、私がそれを告白したら受け入れてくれるのかな……?


◆◆


 千夏の事でひと悶着あった次の日。教室で朝の僅かな時間を過ごす。桜さんと話したりしつつ、壁に寄りかかり姉妹を観察。


 はい、安定の可愛さだね。


 千冬は本を読んで、千秋は転校生のメアリさんを気にして、千夏は窓の外を感慨深く眺めている。千夏は何か昨日の事で思い当たる事でもあるのだろうか。朝からずっとあんな感じだし……。


 千夏は自分の事を成長していないと考えている時があるけど、うちからすれば凄い成長していると思う。本当に……変わって行くんだね……と強く思う


 最近は姉妹の考えていることが分からない時がある。それほど、成長して複雑な思考をして、それぞれ個人の行くべき道に未来に歩き出していると言えるから嬉しいけどさ。


「あ、あのさ」



 千秋がメアリさんに恐る恐る話しかける。うちは珍しいと素直に思った。千秋はフレンドリーに誰でも話しかけるように見えるけど、実は自分からはそこまで話しかけることはそれほどまでにない。


 きっと一人でいるメアリさんを放っておけないのだろう。彼女、人を寄せ付けないオーラを出しているけれど、偶に仲良さそうにしているクラスメイト達を羨ましそうに眺めていた。彼女の本心に千秋は最初から気付いていたんだ。だから、最初から気に欠けていた。



「な、なに?」

「あ、いや、ほら、クオーターって言ってたから……まぁ、その我は天使と悪魔のハーフだし……ちょっと、話してみようかなって……」

「ふーん……あたしと似て非なる存在って事ね……。面白いじゃない」

「あ、どうも……あっ! じゃなくてそれはこちらのセリフだ」




どうやら、歯切れの悪さは多少あるがそれなりに話せる仲になったらしい。流石千秋だね。


「千秋ちゃんは……、あ、いや、アンタは好きな物とかってあるの?」

「えっと、私は……あ、わ、我はハンバーグカレーが好きだ」


互いに緊張でキャラが安定しない。


「へぇ、カレーね。あたしは、ラノベが好きね」

「ラノベ……?」

「え? ラノベ……知ってるわよね?」

「……?」

「あー、知らないのね……。えっと、可愛い女の子が表紙とか挿絵に入ってる小説みたいな?」

「あー、我、基本的に文字の羅列は教科書だけで十分派だからそう言うの読まない」

「読んでみてよ。面白いわよ」

「ふーん……」

「因みに私の両親はラノベ作家よ」

「そう言えば自己紹介の時に言ってたな」



ラノベって、あの可愛い女の子とかが表紙に乗ってたり、やたらタイトルが長かったりする……小説だっけ? 


あんまり千秋はそう言うの読まないからね。文字の羅列は教科書と長期休みの宿題で嫌と言う程見てるから、どうにも拒否反応が出てしまうのだ。



「えっと……所沢住んでるけど……近くにところざわ桜タウンとか行ったことない感じ?」

「行ったことない……」

「そうなんだ……コラボルームとかキャラが出てくるエレベーターとか、ダ・ヴィンチストアとか色々魅力的な所なの。是非行って見て!」

「分かった」

「普通より、早く発売してるラノベとかいっぱいあるの!」

「お、おう……」



なるほど、メアリさんは俗に言うオタクと言う奴らしい。どんどんヒートアップして説明をしていく。



「えっと、このラノ一位になるって言ってたけど……どうやってなるつもりなんだ? そもそもこのラノ? ってなに?」

「それは……ラノベの日本で一番凄い別名って奴ね! 私はそれを只管に目指しているの!!」

「おー、頑張れ!!」

「ありがと!」



 何かこの二人凄い仲がいい……。



◆◆



 私達はバスに乗り、家に帰る途中で会った。秋が新しくできた友達であるメアリの話をしてそれを春と冬が聞いている。


「メアリは良い奴だぞ」

「そっか」

「秋姉がそんなに話すのは珍しいと思って見てたっスよ」



そう、冬が言うように私もそう思った。まぁ、秋はフレンドリーに見えて繊細だから入れ込む人に出会うのが非常に難しい。それに、過去の事もあり神経質にもなっていたはず。


それが一日であそこまで話せたのは魁人さんとの生活で色々と変化ししたこと、後は単純にあの子の態度は人を惹きつけやすいと言う事。


惹きつけるけど、その人に入れ込むかは別問題だけど、今回は入れ込んだ。メアリと西野は違うのだろう。



秋が誰かと仲良くなるのは良いけどさ……。姉妹の時間が減ると言うのはあまり好ましくない。休み時間にここが分からないとか、難しかったとか、語り合う仲じゃない。春と冬はレベルが違う、略してレべチだからあんまり話せないし。


私は姉妹の中で一番コミュ障だしさ……。林間学校も秋と春と冬、この三人と行動することが求められる。でないとボッチで過ごして、楽しくない林間学校になってしまう。


それは避けたい。でも、秋に出来た友達との接する時間を奪うのは長女としてやるべきではない。



「千夏。今日の夕飯はどうする?」

「そうね……」



考え事していると秋がグイッと顔を近づけて私に聞いた。以前までは違ったけど、最近は私達が夕飯を作っている。


姉妹で連携をして作ったいるけど、未だに魁人さんの味には及ばない。カレー一つとっても同じルーを使って、ルーをブレンドしているにも関わらず、味が変わってしまう。


姉妹で一番の秋でも、まだまだ魁人さんには及ばない。魁人さんは美味しい美味しいと泣きながら食べてはくれる。


味に補正が大分かかっているから正直、納得がいっていない。もっと美味しく作りたいな……。美味しい物を食べてもらいたい。



「昨日は炒り豆腐と鮭の塩焼きだったから……」

「ハンバーグだな」

「いや、それは一昨日したから駄目ね」

「えー」

「えー、じゃないの。まぁ、麻婆豆腐ってところかしら? 味噌汁とかちょっと作って」




最近になって気付いたけど、献立作るのも簡単ではない。これって最近作ったとか、あれは作ってないとか考えるだけでやたらと時間をくってしまう。


それに考えることが多いともっと大変になる。頭の中はカーニバルだ。


昨日の事。


吸血衝動でパジャマが内側から破れてしまった。いい訳が思いつかない。どう考えてもおかしい破け方。秘密にして予備のパジャマを着るのが最善だけど。


魁人さんの不可解な行動……。考えることが沢山あり過ぎる。


「ねぇねぇ、やっぱりハンバーグしない?」

「しない」

「じゃ、ハンバーグに麻婆豆腐をかけて食べる……」

「しない」

「むぅ」


不機嫌そうにしながらこちらを睨む秋を流して、只管に頭を回す。でも、だからと言って理想的な何かが思いつくことはないのだ。


魁人さん……知っているの? 知らないの? 


世の中、分からない事だらけだ。分からない事と言えば満月の光を浴びたら吸血鬼になり、太陽を浴びると元に戻ると言う原理も分からない。魁人さんが以前、月の光は太陽を反射したからと言っていた。


太陽と満月……何が違うの?



「ち、千夏! 頭から湯気出てる! ギアセカンドか!?」

「夏姉! 大丈夫っスか!?」

「千夏、ちょっと休もう」



頭がくらくらする。普段、あんまり頭使わないのに考え過ぎた……



◆◆



 夏休みが終わって数週間経過した。徐々に夏の熱さから秋の涼しさに季節が変わって行く。千秋はメアリと友達になって、平和な日常を俺達は過ごしていた。メアリは友人キャラと言う役割がゲームではあったけど、まぁ、そこら辺は考えなくて良いだろう。単純に千秋に友達が出来たと言う認識でいいだろうな。


 

 さて、そろそろ林間学校が始まってしまう。一泊二日。


 いやだなぁ……。家に帰ってから千春と千夏、千秋と千冬がいないと考えると寂しさが湧いて仕方ない。


 だが、仕方ないのだ。こればっかりは。


 成長する機会を作るのが学校、その学校でも数がわずかしかない貴重なイベントであり、成長の機会。


「カイト! これ、しおり!」

「ああ……タオルとか、歯ブラシとか色々必要なのか」

「我ね我ね、最近出た魔法少女プリンガールのタオル使いたい!」

「買いに行くか」

「わーい」


 しおりなんて物が作られているのか。いや、当たり前だけどさ。千秋に渡されたしおりをソファに座り、ぱらぱらとページをめくって眺める。隣には千秋と千冬、近くには千春や千夏も座る。林間学校行ったらこの四人は居ないのか。


 寂しい……。そんな事を考えながらしおりを眺める。


 ああー、懐かしい。こんな感じの昔使ってたな。


 棒人間がバトルする漫画がしおりの空きスペースに書かれているのは千秋の個性が出ている。



 いやでも、寂しいな。そんな俺の寂しさを汲み取ったのか千秋は首をかしげて顔を覗き込むようにして俺に聞いた。



「ねぇねぇ、カイトは我らが家に居なかったら寂しい?」

「寂しいな……」

「じゃ、林間学校行かない!」

「いや、それはダメだ」

「でも、カイトが寂しいなら行きたくない!」

「千冬も魁人さんが寂しいなら行きたくないでス……」

「寂しいけど、四人のお土産話がそれ以上に楽しみだから。めいいっぱい楽しんできて欲しい」

「そうか……分かった!」

「千冬も」




千夏と千春も隣でこくこく頷いている。うわー、本当は別に行かなくてもいいとか言いたい。俺の家でその日は休んで一緒に美味い物でも食べようとか言いたい……。でも、言えるはずない。


「もう、夜も遅いから四人は寝た方が良いぞ」

「分かった!」

「魁人さん、おやすみなさい」

「お兄さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


千秋と千冬、千春と夏がリビングを出て二階に上がって行く。


すると、一気にリビングが静かになる。これを……一日とか、地獄も生ぬるいのではないか。


はぁっとため息を吐いてしまった。テレビがあるからまだ多少の音を演出することはできる。でも、それでもやはり物足りない。


二度目のため息をはくとテーブルの上に置かれたしおりが目に入る。表紙に『日辻千冬』と名前が入っていた。


千秋は二階に持って行ってしまったし、千夏と千春はランドセルにしまったままなのだろう。


四人に必要な物を確認したくて中を見る。必要な物リストと言う項目があり、タオルとか歯磨き、消毒ジェルと言った文字が刻まれている。それらを見ているとそこに書いていない物も必要な気がしてくる。


一応、風邪薬とか整腸剤とかも必要かもな……。頭の中で考えながらページをめくると……



 傘のような記号。そこに俺の名前と千冬の名前が書いてあった。


 ……。純粋。


 千冬はやっぱり純粋だ。可愛いと思う。でも……。


 俺はいつもいつも、途中でこの先を考えるのやめてしまう。だって、行きつく先を何となく分かっているから。どんな考えをしても考え方をしても、きっと答えは変わらないから。






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