第53話 熱2

 千秋がお兄さんに雑炊を食べさせてあげた後、うち達は一旦下の階におりて、リビングにてテーブルを囲んでいた。未だに顔が少し赤い千秋。それを摩訶不思議な物でも見るような千夏。少し膨れ顔の千冬。それぞれがそれぞれの思いを秘めていた。



「何で、あーんしなかったの? あんなにするする言ってたのに」

「だ、だって……恥ずかしくなっちゃったんだもん……」

「ふーん、そうなんだ……まぁ、誰かにあーんはちょっと恥ずかしいって言うのは分からなくはないけど、流石に過剰反応だったんじゃない?」

「な、何か分からないけどッ、恥ずかしかったのッ! もう、この話お終い! タブー禁忌指定!」



両手で顔の前で大きくばってんの形を作り出して千秋が話を終わらせた。ちょっと、首をかしげていた千夏も今は他にもやることがあると千秋の希望を叶える。


「そう……他にやる事あるし、その話はもういいか……。じゃあ、他にも何が出来る事をやりましょう。そうね……お風呂掃除に洗濯……秋の調理の後片付けにトイレ掃除……あー、魁人さんの汗とかも拭いた方がいいのかしら……?」

「じゃあ、うちは風呂掃除と洗濯機を回すよ」

「我は調理の後片付け」

「ふむ、秋と春はそんな感じにするのね」



続々と役割が決まって行く。こういう時のうち達、姉妹の団結力と判断力は凄まじいのだ。


「千冬は……魁人さんの汗拭きとか、氷枕とか、おでこに冷えたタオルとか……そんな感じでするっス」

「ふむ、冬も決まりね。じゃあ、私は……掃除機を起動しようかしら?」

「じゃあ、決まりだ! 我等の団結力で魁人を助けるぞー! えいえいおー!」

「「「……」」」

「……むぅ、我寂しい……」



千秋だけ、えいえいおーをして何ともいえない雰囲気に。千秋も場の空気を変えようとしたのだが今回は上手く行かなかったようだ。そう言う時も偶にある。全部が上手く行くとは限らないのだ。


まぁ、うちは千秋が可愛すぎて呼吸と反応を忘れていたんだけど……



その後、うち達は動き出した。それぞれに……うちはお風呂掃除を済ませて、洗濯機に潜在と柔軟剤を投入してスイッチオン。すぐに仕事が終わる。



気になったので姉妹たちの様子をうかがう。



千夏は鼻歌交じりに掃除機をかける。ウイーンと機械音が部屋中に鳴り響いている。何か手伝った方が良いかな?


「千夏、手伝おうか?」

「いや、いいわよ。掃除機一つしかないし」

「二人で一つやると言うのも」

「いい」

「そう……」



千夏は自身の仕事に責任と誇りを持っているようだった。顔つきがいつもと違う。思わず気になって聞いてしまった。


「何か、いつもと違うね」

「そうかしら?」

「いつもは可愛いけど、今日は可愛さに凛々しさがあるよ」

「そ、そう? なの? 良く分からないけど……でも、もしかしたら……ようやく素直に感謝が出来るようになったからかも……」

「え?」

「あ、いや、今までって何か、気を遣って壁と何だかんだで作ってたって言うか……いや、今でも完全に気がれなく話せるかって言われたら違うかもしれないけど……こう、何というか、とにかく! 感謝してるって事!」

「そっか……」

「だから、何かしたいし、返したいのよ! うん、これよ! これが言いたかったの!」

「偉い」



千夏、いつの間にこんなええ子になったのか。キラキラと彼女の周りに星のエフェクトが見えるような錯覚を受ける。次女として成長をしたいと、姉であり二人の妹が居るからちゃんと良い姿を見せたいと願っていた千夏。


立派なお姉ちゃんになっているんだね……



「いや、別に偉くは……」

「偉いよ、カッコいいよ、最高だよ。お姉ちゃん、泣きそう……」

「アンタは私以上に偉いでしょ……」

「そう?」

「そうよ」

「ありがとー」

「ああ、はいはい、抱き着いてこないでねー」



嬉し過ぎたので思わず千夏にハグをかまそうとしたのだが華麗にかわされてしまった。そのまま掃除機を再びかけ始める。


寂しい……。ハグハグは毎日でもしたいのに、千夏も千秋も千冬も最近あまりさせてくれない。成分が妹成分が補給できない。


まぁ、ハグはあとでいいか……。



次にキッチンの洗面台で鍋やら皿などを洗浄している千秋の姿を見る。お兄さんの姿をよく見ていたらしく、うちも驚くほどの成長を遂げていた。一体いつの間にと言わずにはいられない。


洗浄もお兄さんの手本通りに洗う物で、スポンジを変えてちゃんと洗っている。



「千秋、手伝おうか?」

「いやいい! これは我がしたい!」

「そっか……」



千秋は淡々と洗浄をこなす。ふと、先ほどの反応が気になった。あの、乙女チックな純粋の中の純粋ともいえる反応。


うちは、何となく、察しはついてしまったけど……。まだまだ、千秋の中では育ちきっていないような印象を受ける。



「千秋、さっきはお兄さんと話してどうだった?」

「え、え!? あ、いや、別に……いつも通り、だ!」

「何か、顔が赤いような感じしたけど……」

「そ、それは、炎の魔法を使ってカイトから熱を吸収したからだ!」

「そっか……」

「そ、そうだ……あと、その話は恥ずかしくなるからもうやめて……ほしい」

「そんなに恥ずかしいの?」

「う、うん。何か分からないけど、凄くハズカシイ……」




本能的に何か感じ取っているのかもしれない。千秋は他の人の気持ちには敏感だけど、自分の気持ちに鈍感な時があるから仕方ないのかもしれないが……。



「じゃあ、何かあったら言ってね」

「おけ!」



うちは次に千冬の様子を見にお兄さんの部屋に向かった。階段を上がり部屋を覗く。部屋の中ではベッドの上で横になるお兄さんとお兄さんの首元をタオルで拭いたり、心配そうに見ながらお兄さん手を握る千冬の姿があった。



「千冬。もう大丈夫だから……俺から離れてくれ。風邪ひかれたら困る」

「いえ、まだまだここにいまス」

「氷枕とかで十分、助かるぞ……」

「風邪をひいたときは精神的に弱ってしまうから誰かが一緒にいないと」

「いや、でもな……俺は大人だから」

「大人とか子供とか、そんなの関係ないと思いまス。千冬は魁人さんが心配だから、寧ろ風邪移してほしいくらいでス。風邪移したら治るって言うし」

「そんなこと言わないでくれ……千冬に風邪ひかれたら俺は……辛い」



フラフラになりながらも千冬と会話をして、何とか千冬を自分から遠ざけたいお兄さん。あまり一緒に居て風邪をうつしたくないのだ。だが、千冬も引かない。頑固としてその場から動かず手を握っている。



「千冬は一緒にいまス……絶対に……」

「いや、でも……」

「もし、それで風邪ひいたら魁人さんが千冬を看病してください」

「そう、か……」

「はいっス……魁人さんはあまり、強くないんですから……一人にはしたくないんでス……」

「俺は、弱いのか……? そう見えるのか?」

「えっと、言葉の綾って言うか、強く見えて、カッコよく見えて、素敵に逞しく見える時もあるけど……偶に脆くて、儚く見えるって言うか……そんな感じな気がしまス」

「……すまん、心配をかけたな」

「謝らないで欲しいでス。いつも、千冬たちが迷惑をかけているのに、多分、今日もその積み重ねで……」

「そんなことはないぞ。ただ単にこれは俺の体調管理ミスだ。だから、そんな風に。もう、良いから移ったら悪いから、ここから」



お兄さんがその言葉を言いかけた時、千冬はぎゅっと魁人さんの手をより強く握って、お兄さんの言葉を遮って自身の意見を述べた。


「今の言葉を聞いて決めました。今日は絶対に魁人さんから離れませんッ。だって、だって、魁人さん、気を遣うな、気を遣うなって言うくせに。千冬たちは確かに脆いし、危なげない感じがするのも分かるっス、素直に心配してくれているのも分かるっス。魁人さんは凄い人で強い人だから、千冬の助けなんか、いらないのは分かるっス! でも、弱っている時くらい、千冬に、貴方を支えさせて欲しいッ! こんな時だから、誰よりも頼って欲しいッ!」

「……っ」



千冬は声を荒げているわけではない。だけど、その強い瞳と強く握ったお兄さんの手から彼女の誰よりも強い想いをうちは感じた。それは、きっとお兄さんもそうなのだろう。


熱で朧げな視界と思考。その中でも千冬の想いが分からない人ではない。


「そ、うか……ありがとう。千冬……。でも、やっぱり俺は千冬に風邪をうつしたくないな……」

「ッ……」

「だけど、千冬が風邪ひいたら絶対に誰よりも看病して、千冬を元の元気いっぱいな状態にするから……今日だけは甘えて良いか……?」

「っ、は、はい!」

「ありがとう……じゃあ、今のまま俺が寝るまで手を握っててくれないか?」

「勿論っス!」

「ありがとう、な……」



お兄さんはフラフラでベッドの上で瞳を閉じて数分したら寝息を立て始めた。



「魁人さん……? もう、寝てしまったのでスか……?」



千冬がお兄さんにそう聞いた。お兄さんからの返事はなく、ぐっすりと熟睡しているのが分かる。



「魁人さん、千冬は、千冬は……魁人さんの事が……好き……」



意を決したように彼女はそう言った。思わず、うちはギュッと拳を握り締めた。分かっていたのだ。


別に反対する資格もなければ、する理由もない。



「あ、ようやく言えた……。好きだって……。寝てる魁人さんっスけど……」



「もしかして、起きてたり……しないっスよね……」



「今度は、起きてるときに言いまスから……、その時は……千冬の想いに応えてくれると、非常に嬉しいっス」



きっと、彼女は今、告白の練習をしているのだろう。お兄さんに尽くしたい。それはきっと純粋な感謝だけでなくて、自身の好意も理由になっている。


だから、今この瞬間を無駄に出来なかったのだ。想いが留められなかったのだ。



この先、別れが来るのかもしれない。四人一緒はもう、終わりなのかもしれない。分かっていたけど、予想はしていたけど、覚悟はしていたけど。


いざ、自身の前でそれが先に見えるような気がすると感情が荒ぶる。確定でないし、絶対に別れが来るなんて確証も無いのにだ。



うちは言いようのない感情の渦にのまれたのだ。


◆◆




 俺は復活した。復活のカイトだ。



 等とふざけている場合ではない。おぼろげだが四人が俺の為に尽くしてくれたのはバちくりと脳に記憶されている。



「俺、復活しました。四人共ありがとう」

「カイトー、良くなってくれて嬉しいぞー!」

「良かったでス。魁人さんが元気になってくれて」

「私は特に何もしてないですけど……」

「うちもお兄さんが良くなってくれて嬉しいです。あと、千夏メッチャ頑張ってました」

「いや、それ言わないでいいわよ!」

「千夏が頑張ってくれていたのは知っている。全て千秋に現状は聞いていたからな」




千秋から全員がそれぞれに俺に尽くしてくれたのは聞いている。記憶とも照らし合わせつつ、見えないと所で頑張ってくれていた四人には感謝しかない。



「よし、元気になって早速、四人の誕生日ケーキを買いに行くとするか」

「わーいわーい!」

「いや、魁人さん病み上がりなんでスから……」

「ありがとう千冬。だが、これは俺のやりたい事なんだ。譲れない。俺も寝ている時間が多くてカロリーが摂取不足。ケーキを買いに行って食べることで四人を祝えて、俺もカロリー摂取。一石二鳥だ。よし、行くぞ」

「わーい、我ね我ね! 木みたいなチョコケーキ食べたかった!」

「あ、あの、魁人さん、私は……ミルフィーユが食べてみたくてですね……」

「ちょっと、秋姉も夏姉も……魁人さんが……」

「千冬、何が食べたいんだ?」

「あ、いや……モンブランでス」

「よし、千春は?」

「うちは……何でも……」

「何でもか……じゃあ、俺のおすすめを買おう。それでいいか?」

「あ、はい……」



何でも良いとは言わせない。誕生日に食べるケーキとは特別な物だからな。七面鳥も買おう。俺も食べたいからな。ついでにカロリーも摂取できる。



栄養をたくさん取って俺自身も風邪をひかないようにしないと。俺も俺の意見とかをこれからは言って行こう。


千冬に、そんな感じの事を言われたような気がするしな……朧げだけど覚えてはいる。これは多分、大事にしないといけない事だろうな……


……でも、俺のこれは癖みたいなものでもある気がする。四人をなるべく傷つけないように慎重に一年間過ごしてきた俺の癖。それを壊してまた新たなスタートを切ると言うのは中々に難しい。


だが、なるべく、いや最大限、俺も歩み寄るのと同時に言いたいことを言って行こう! そう心に決めて家を出て車を走らせる。






もうすぐ俺達の二年目の生活が、始まる。



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