第42話 近くて遠い人

 うち達は校庭に集められていた。理由は単純だ。運動会の走る順番を決める為だ。この学校では全学年一組が赤、他が白となっている。


 そして、運動会前は普段なら合同で行う体育授業もクラス別になる。



「えっと……運動会は本気で臨んでほしいですね。その為にはまず、リレーの順番を決めないといけません。五十メートルの記録とるので準備運動をしてください」




女教師がそう言って生徒達から距離をとる。生徒達に任せると言う方針なんだろう。体育委員の子が前に出て屈伸やらアキレス腱伸ばしをする。


大体の体ほぐしを終えると今度は数週の校庭ランニング。



「に、日光が」

「夏姉、大丈夫っスか?」

「う、うん」



赤帽子をかぶった千夏と千冬が走る。千夏は帽子深くかぶって少しでも日の影響を軽減しようとするが上手く行かない。うちは千夏と千冬の背中を押す。


だけど、千冬は押す前に足を速めた。もう、自分で走れると言う事なのだろう。最近、毎日走っている、縄跳びもしている。体力が大分ついてる。


思わず、千冬が走る姿に……手を伸ばしそうになった。先に行かないでと掴んでしまいそうになった。


だけど、そんなことはしない。できない。



「冬、いつの間にあんなに……」

「成長は速いんだね」

「そうね……」



しんみりとした空気。それでも千冬が走り去る、進んでいく姿を止めることなんて出来なかった。



「変わったのね……」

「そうだね……」



しんみりとした空気……



「どうした、千夏と千春よ。まだまだだな」



それを壊すように千秋が後ろから来た。一番先に走った彼女は一周してまた戻ってきたのだ。


「体力馬鹿のアンタにかなうわけないのよ……」

「ふっ当然だな」



そう言って千秋は笑った。そして、そのまま千秋は走り去ろうとする。負けないと千夏も走るが千秋は遠くなる。


暖かい空気を切るように走る。


ふと、校庭を見回すと頑張って走る千冬、笑顔でまっすぐ進む千秋、姉としての立ち位置もある為に負けじと走る千夏。


それぞれがそれぞれの思いを持ちながら常に行動して進んでいる。きっと最高の結果が結末が待って居るだろう。


……でも、全てが上手く行くなんてそんな都合のいいことはないのだ。そのことを知るのは直ぐであった




◆◆




 千冬は魁人さんに褒められたい。もっと自分を見て欲しい。千冬の中でその感情がドンドン強くなっている。その想いがドンドン強くなっている。


 魁人さんは秋姉を沢山褒めたり、一番会話をしたり秋姉と一番絡む。そこに嫉妬をしてしまう。


 秋姉は悪くないし、魁人さんも悪くない。秋姉は自分から進んで魁人さんの元に向かうし、して欲しい事を求めることを口に出す。だから、魁人さんも接しやすいのだろう、嬉しいのだろう。


 頼ってくれて、言いたいことを言って我儘になってくれるのが。


 でも、それが出来るのは秋姉だからなのだ。千冬にはあんな風に大胆に近づいたり好きだと伝えたりは出来ない。


 だって、恥ずかしいだもん


 そんなポンポンぽんぽん息を吸うように好きだなんて言えるわけがない。秋姉が特別なのだ。


 以前ならここで折れていたかもしれないが、そうはならない。秋姉には千冬は敵わない部分がある。だけど、秋姉も千冬に敵わないところがある。それにこれから負けている所は勝とうと努力をして前に進むつもりだ。


 

 勝手にライバル視。


 普段から隠しているが秋姉に負けないくらい頑張ってやろうと言う気持ちがある。走って走って、運動会の個人徒競走で一番になって、褒めてもらう。


一番だって言って貰う


そんな目標を勝手に一人で掲げている。



「はひゅー、も、もう無理」



家の前の道路で四人で走る。学校では体育の授業を全力で頑張り、体力を消耗したが関係ない。只管に頑張らないと。


学校の体育の授業は本気でやれば約一時間のトレーニングになる。家に帰ってさらにトレーニングもすれば絶対に効果が表れるはずなのだ。



「大丈夫か! 千夏」

「走るの無理ー」

「また妖怪か!」

「違う!」



夏姉がフラフラになりながらも走っている。それに活気を飛ばす秋姉。夏姉はやはり日が苦手なのだろう。春姉はそんな夏姉に寄り添っている。


「大丈夫千夏? 喉乾いた? タオルいる? 今日はもうやめる?」

「大丈夫よぉー、これくらい、秋と冬が走ってるんだからぁ」

「そう……直ぐにフォローできるようにお姉ちゃん構えてるからね!」



春姉は元々の運動神経が良いがいつも姉妹に気遣っている。夏姉は日が出てると辛いはずなのに負けじと頑張っている。


千冬だって負けない、四女の意地を見せてやるのだ。絶対に実を結ぶなずだ、だって、こんなに頑張ってるんだから。絶対に……



そう思いながら走っていると……不意に、足のふくらはぎを鋭い痛みが襲った。


「ッ……」

「千冬! 大丈夫か!」


思わず、転んでしまうそうになったのを近くに居た秋姉が支えてくれたおかげで転ばなずにすんだ。だが、ふくらはぎの鋭い痛みが治まることはない。


「千冬! 大丈夫!」

「冬! どうしたの!?」



春姉と夏姉も気になって近づいてくる。足がつってしまったような痛みじゃない。


「あ、足がちょっと痛くなっちゃって……でも、平気」

「そんなわけない! もっとよく見てもらわないといけないわ! 秋! すぐに7119に電話!」

「分かった!」

「いやいや、それほどじゃ……」

「今すぐ、電話しよう」

「春姉!?」


確かに痛いけど、そんな緊急連絡をするような大袈裟な物ではない。もしかしなくても、肉離れかもしれない。足に違和感が最近あった。でも、無理にトレーニングを続けてしまったから。


「あの本当に大丈夫っス! 取りあえず冷やしたりすれば……」

「念のために病院行った方が良いんじゃないかしら?」

「行かなくていいっス……冷やせば」

「カイトに連絡するぞ!」

「魁人さん、まだ仕事中っスよ。帰ってきたらでいいっス……春姉も心配いらないっスから慌てなくていいっスよ」



春姉が心配そうにして今すぐにでも連絡をしたいと言う顔をしていたから思わず止めてしまった。どこに連絡をするにしても魁人さんに連絡が向かってしまう。あまり困らせるような事はしたくない。


肉離れは冷やしておけば大丈夫だろう、報告するにしても帰って来てからで大丈夫なのだ。



「取りあえず、家まで肩借りて良いっスか?」

「勿論だ!」

「勿論、お姉ちゃん支えるよ」

「私は……家のドアを開ける係やるわ!」



良い姉妹に恵まれたなと思った。足の鋭い痛みは治まらないが特に気にする事もない、痛みには慣れている。これくらい大したことはない。思わず拳を強く握ってしまったり、歯を食いしばれば耐えられる。


そのまま家の中に運んでもらって、保冷材などをタオルでくるんでふくらはぎにあててもらった。



◆◆



魁人さんがいつもより一時間弱程早く帰ってきた。ふくらはぎを冷やしてソファに座っていると魁人さんは千冬と目線を合わせる。



「千冬、大丈夫か?」

「大丈夫でス。魁人さん、いつもより帰ってくるのが早いっスけどどうして……」

「千秋が電話をしてきたんだ。千冬が怪我したからって」

「スいません。わざわざ」



言わなくていいと言ったのに、魁人さんに連絡をしてくれたらしい。


「一応、整形外科とか行った方が良いな。もうすぐ、運動会もあるんだ」

「いや、でも」

「いや、もう、予約したんだ」

「え?」



魁人さん、流石の計画性である。春姉達も魁人さんの行動力におおっと感嘆の声を上げている。確かに千冬も気にかけてくれるのは嬉しい。



「千春達は……待っててくれ。すぐ帰ってくるから。それまで夕食は我慢してほしい」

「分かった!」

「よろしくお願いします。お兄さん」

「冬をお願いします」



お兄さんは仕事場のスーツのまま出掛ける準備をする。仕事の荷物はソファの上に置いて再び千冬を見る。



「歩けるか? 痛いならおぶっていくが」

「歩くくらいなら大丈夫でス」

「そうか……ゆっくりでいいぞ」



言われるがままゆっくりと腰を上げて、部屋を出て玄関で靴に履き替える。


「じゃあ、なるべく早く帰ってくるからな。待っててくれ」


お兄さんがそう春姉達に行って玄関ドアを開ける、すると外は雨が降っていた。さっき走った時は雨なんて降っていなかったのに。


ザァーっと大量の雫が地面に落ちる音は嫌いではない。心が何だか落ち着く気がするから。大量の雨音が自分の心を洗い流しているような気がするから。


「降ってきたな……」

「そうでスね……」

「……傘使ってくれ」

「……はい」



魁人さんは千冬に傘を渡してくれた。そして、自分は傘を使わずに車に乗り込んでエンジンをかける。


その後、気遣うように千冬の元へ寄って来る。濡れても良いと言う事なのか。濡れるより千冬の方が大事なのか。


「大丈夫か? 足」

「大丈夫でス」


千冬は思わず傘を魁人さんより上に掲げた。濡れて欲しくないから。


「ありがとう。でも、俺は良いから乗ってくれ」

「はい……」



助手席に初めて乗った。いつもならそこは春姉の位置だ。乗った事は今まで一度もない。ただ本音を言うなら乗りたいときは何度もあったし、乗ろうとした時も何度もあった。


でも、助手席は運転手を支える役目がある。千冬はきっと魁人さんの隣だと緊張をしてしまったりして会話とかが上手にできる自信がないから座らなかっただけ、避けてきただけ。


千冬が席についてシートベルトを着用する。お兄さんも着用してそのまま出発。ワイパーが左右に揺れてガラスに着いた雨跡を消していく。エンジンの音と外の雨の音、他の車両の音、全てがはっきり聞こえる。


音があるのに静けさを感じる。それを割くようにお兄さんが話をした。



「足はどんな感じだ? どれくらい痛いんだ?」

「そんなには痛くない感じでス」

「……家の前で走ってたら急に痛くなった感じか?」

「はい」

「……最近、頑張り過ぎてたからな。俺がオーバーワークを止めていれば」

「魁人さんのせいではないでス……絶対!」

「そ、そうか?」



魁人さんが自分を責めるので思わず強く反応をしてしまった。あまり、子供のような一面は見せたくなかったので少し恥ずかしい。



「……あんまり、頑張り過ぎないようにな。頑張ることを否定はしないけどさ。でも怪我はしてほしくない。俺もこれから一緒に考えるからさ、程よいトレーニングを考えよう」

「は、はい……」




気にしてくれているんだと、感じる。それが嬉しくて、ドキドキして次の言葉が上手く出てこない。会話が弾まず拙い交流になってしまう。



何かをもっと話したい、知りたい。でも、言葉が頭が回らない。



「今日はもしかしたら、コンビニ食かもな。コンビニだったら千冬は何が食べたい?」

「え、えっと……サラダチキンとか……」

「確かに美味しいよな。サラダにもばっちりあう」

「か、魁人さんは何が……」

「俺は……アジフライとかサバの味噌煮とか、グミとか」

「お、美味しいでスよね!? アジフライとか……」



コミュニケーションが出来ない。ただ相手が言った事実を復唱するか、繰り返して聞き返すことすら満足にできない。



もっと、話したいのに……



上手く出来ず、結局病院に到着してしまった。




◆◆



「ふむふむ、これは……軽い肉離れですね」

「そうですか……」

「無理な運動とか、してましたかね?」

「そう、かもしれないですね……」




整形外科の女の先生が千冬のふくらはぎを見る。少し腫れていて触られると痛い。魁人さんは隣に座ってお医者さんと話している。


「湿布とか貼って、暫く運動は控えるようにすれば大丈夫でしょう。ただ、一応、電気治療はしておきますね」

「お願いします……それでいいか?」

「は、はい……」



魁人さんにそう聞かれたので思わずアタフタしながらも肯定してしまった。


「それじゃ、別室にどうぞー」


別室には大きなマシーン的な物が。そこからコードが伸びており、色のついた湿布的な物についている。


「それじゃ、ベットの上でうつ伏せになってくださいー」


「俺は待合室で待ってる方が良いか?」

「か、魁人さんもここに居て欲しいでス……初めてだから少し、怖くて」

「分かった」



看護師さんがふくらはぎに電気が流れる湿布のような物を貼って微弱の電流を流す。足がしびれたような感触がふくらはぎに広がる。


「それでは、音が鳴ったら終了でーす」


看護師さんはそう言って部屋を出て行く。


「痛くないか?」

「はい」

「そうか……軽い肉離れって言ってたし、直ぐに良くなるだろう。安心したよ」

「す、すいません。ご心配を」

「謝る事じゃないさ」



優しい。痛いのかってそんなに気にしてもらった事はない。大人の人にこんなに気にかけてもらった事はない。


鼓動が只管に速くなる。


他愛もない話をしながらも常に落ち着きはない。施術が終わって会計の時間を待つ時も。



「えっと、このシップをですね……」

「はい……」



会計で魁人さんがお医者さんと話しているときも、いつものように車に乗るときも落ち着きはない。落ち着けるはずがない。



好きな人と二人きりだから……落ち着ける訳なんて無い。



◆◆




 帰りの車の中。辺りも暗くなり始めているが未だに雨はやまない。


「やっぱり、今日はコンビニだな。あーでも、スーパーでもいいかもしれないな。千冬はどっちがいい?」

「え、えっと……じゃあ、こ、コンビニで」

「じゃあ、そうしよう。千春達に電話して買ってきて欲しい物聞かないといけないから、任せて良いか?」

「も、勿論っス!」



魁人さんがスマホを渡してくれた。頼られていることに喜びを得た。タップして電話を自宅にかける。


「あ、春姉……だ、大丈夫……その、今日はコンビニで、何が食べたいか夏姉と秋姉にも聞いて欲しいっス。かつ丼、マルゲリータ、ナポリタン、親子丼……」



春姉の心配の声、夏姉と秋姉の心配と食欲の声が聞こえてくる。それを聞くと思わず笑顔になってしまうから不思議だ。

少し話して、電話を切った。魁人さんにそれを話してほんわかした空気になりながらコンビニに向かって車は進んでいく。



会話が楽しい。ただただ楽しい。ずっとこのままで居たいと思ってしまう。足を怪我した瞬間は思わずどうして自分だけこんな目に僅かに思ったが……今は怪我してよかったとまでは言わないが不思議と悪い気はしない。


ずっと、このまま……。そんな日々がずっと続いて欲しい。前までならそう思っていた。それで満足していた


でも、千冬が本当に求めるのはそれではない。



この関係ではない。親子ではない。



優しくて、カッコよくて、視野も広くて、逞しいこの人が千冬は……好きなのだ。親としてとかではない。


親友に向ける感情ではない。姉妹に向ける感情でもない。



この人に向ける感情は恋愛的に好きと言う感情だ。



でも、それは言えない。もし、それを伝えて失敗して関係を崩したくない。それに、千冬はまだまだ子供だから。


結果は分かっている。大人と子供だから、結果なんて分かりきっている。魁人さんはきっと、断るだろう。


頭では理解している、でも僅かに期待をしてしまう自分もいる。もしかしたら、もしかしたらと。



今、もし、言ったらどうなるんだろう。



貴方が好きだと、貴方だけの特別になりたいと。


子供だけど、好きになっていいですかと。


ずっと、隣に居いたいと。



そして、受け入れられたらどうなるんだろう。



……やめよう。分かっている。自分は今、負け戦をしようとしている。何の意味もなく、ただただ自身と相手の関係を悪くするような事をしようとしているんだ。



雨の音が好きだ。気持ちを落ち着かせて冷静な判断をさせてくれるから。



――好きです


そう、言う選択肢は消えた。



「魁人さん、あそこのコンビニに寄るんですか?」

「そうだな……あそこにするか」



雨で僅かに見えにくいガラス越しにコンビニを見つけて、他愛もない話をする。他愛もない話は悪くないし、このままでいい。



この時間がずっと続けばそれでいい




―――――――――――――――


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