第37話 旅行

 うちは世界一の幸せ者である。何故なら可愛い妹達からクッキーを貰うことが出来たからだ。本当にこのような機会を作ってくれたお兄さんには感謝をしたい。


 クッキーを互いに渡し合い食べる。最高であった。どんなに最高級で値段の張るスイーツよりも妹が作ったクッキーと言う事実がハッキリわかった。


 学校で桜さんにもうちと千秋でクッキーを渡すと非常に喜んでくれた。ホワイトデーのお返しをするからと男らしい返事をくれたのは素直にカッコいいと思う。



 あと、男子達は興味ないふりをして期待している人もいたが最後まで期待で終わった。西野、千秋に話しかけても効果なし。


 普段からお兄さんみたいに優しくすればもしかしたら……


 いや、それでも無理か。


「今日の四時ドラマは密室の奴ね……」

「おやつは余りのクッキーだぁ」



リビングのコタツに入りながらバレンタインで作り余ったクッキーを食べる。ハート、星沢山の形を型にとったクッキー。


千夏と千秋もドラマ見ながらクッキーを食べる。二人は次々とお皿の上のクッキーに手を伸ばす。だが、千冬はハートのクッキーを手に取りそれを口に運ばず眺めている。不服、と言う表情だがそれほどまでではなく何処か諦めもある。


そう言えばお兄さんにハートマークのアイシングをしたクッキーをプレゼントしてたっけ。


確かにお兄さんは喜んでくれたけど、千冬が求めている反応ではなかった。恋愛と言うドキドキと夢があるような物ではない、家族愛と言う父と娘の反応と対応。


そこに複雑さを感じているが同時に納得もしているのかもしれない。子供と大人。父と娘と言う関係が前提にあるのは千冬も分かっている。


難しい。ヘタに動けばそれはお兄さんの迷惑になり、平穏な父と娘の関係すらも壊してしまうのだから。


だから、最低限のラインで動かざるを得ない。



千冬はアイシングのされていないクッキーを口に入れる。食べたのはその一枚だけで、あとはドラマにただ視点を向けていた。


時間が経つと、いつものようにお兄さんが帰ってくる。千秋が真っ先に出迎えていってその後を千冬が追う。

うちと千夏もその後を追う。


「おおー、沢山だな。カイトはモテモテだな」



お兄さんは袋一杯にバレンタインプレゼントを持っていた。千秋は驚き、千夏も意外だと驚き、うちは確かにお兄さんは良い人だけどそんなにモテるかと驚き、千冬はちょっと嫉妬の表情。ちょっとと言うかかなり嫉妬と心配。


「いや、これは俺にではなく千秋たちにらしい。俺は全くモテていないしモテてるのはむしろ……いや、なんでもない。俺が貰ったのは千春と千夏と千秋と千冬からだけだ」

「おおー我にか!」

「皆で食べるんだぞ。チョコとか、クッキーとかエクレアとか色々あるけど食べ過ぎると鼻血出ちゃうかもだからな、気を付けるんだぞ」

「はーい!」



千秋が袋を貰うとそれを持ってリビングに戻って行く。お兄さんは自分が全くモテていないのに沢山貰えているのが複雑そうだがすぐに顔を明るくした。


「よ、良かったっス……」



ホッと、一息をついている千冬。ライバルが居なくて良かったとでも思っているんだろうけどまた顔をしんみりさせる。……本当は手紙も書いてたからだろうか。


隠れて書いていたから中身は分からない。でも、封にハートのシールを貼っているのは分かってはいる。遊びではない純粋で強い想い。最早認めなければならない。千冬が恋をしていると言う事を。


だが、その想いの手紙をお兄さんに渡すことは最後までなかった。結果は言わずもがなだと分かっていたのだろう。



バレンタインはプレゼントより、気持ちを伝える行事だと思う。だが、千冬はそれを伝えることに意味を感じない為に手紙を封印した。それをしたところで何もない変わらないと。



ここでうちは何と言えば良いのか分からずに、気づかないふりをしてしまった。千冬も隠れて書いていたと言う事は秘密にしたかったと解釈したと言う理由もある。



うちが口を挟んでいいことなのか分からないし。恋愛ってかなりセンシティブな物でもあるし。



――報われる可能性だって低いと思ってしまったから。



 うちは気付かないふりをした……してしまった。



◆◆




 三学期が終わり、春休みがやってきた。寒さも徐々に和らいでいるがもう少しだけコタツには活躍してもら和いといけないかもな。休みが始まり、俺は約束した通り北海道への食べ歩き旅行に行く準備をしている。


 パンツなどの衣類をケースに詰めている。他にも手提げのバッグにティッシュや除菌シートなど何処かで使えそうな物等々。



 今頃、上で四人も準備をしているだろうな。手伝おうかと思ったが衣類とか見られたく無いものがあるかもしれない。程ほどにしておかないと嫌われてしまう。


 

 それに旅行の準備を自分でするって言うのも、楽しかったりもするからな。


 そう言えば全員北海道行くことを知ってるのかと思ったら、全員笑顔をしてくれたのだが千秋しか知らない様子だった。 千秋、全員で行きたい所打ち合わせたって言ってなかったか?


 

 ……まぁ、良いんだけどさ。



◆◆



 楽しみな事があると夜は眠れないと言うのはよくある事だ。布団の中では明日の事で頭がいっぱいで眠る何てこと出来るわけがない。


 クリスマスの時もそうだったが単純に楽しみで仕方ない。アドレナリンでもドバドバ出ているのではないだろうか。



「えへへ、明日は何食べよっかなぁ」

「秋、アンタのせいでさっきから五月蠅くて眠れないのよ」

「まぁまぁ、夏姉。眠れないのはみんな同じなんスから」



 千秋、千夏、千冬皆眠れないようだ。ここは姉として子守唄でも歌ってあげよう。膝枕で。



「じゃあ、うちが膝枕で子守唄をするよ。ほらほら、三人共頭置いて」

「三人は無理よ。それに私は遠慮するわ」

「千冬も」

「そ、そんな……じゃじゃじゃーん」


うちの頭の中にベートーヴェン交響曲第五番『運命』が流れる。と言うか思わず声に出してしまった。


「いや、口に出すんかい」

「千冬もそのツッコミをしようと思ったっス」


千夏と千冬が的確にツッコミをしてくれる。


――実は今の口に出した運命はわざとなんだよね。


コミュニケーションをとるために敢えての運命なのである。


そして、千秋もベートーヴェン交響曲第五番『運命』をうちに合わせるように声に出してくれた。


「じゃじゃじゃじゃーん」


千秋はうちに乗ってくれる。分かっていたよ、千秋がうちに乗ってくれることはね。


「じゃじゃじゃじゃーん」

「じゃじゃじゃーん」

「テレレれ」

「テレレれ」

「「じゃんじゃんじゃーん」」



偶にこういう謎のコミュニケーションがとりたくなってしまう。良く分からないけどその場の雰囲気や流れで一つの筋のような物を演出する。これがかなり楽しい。ありがとう、千秋。


「え? 何やってんの、アンタ達」

「我は何となくその場に乗っかった」

「うちもそんな感じ」



千夏の強烈なツッコミが入る。千冬は苦笑い。本当なら四人でハーモニーを奏でたかったけどそれは次回。


「そろそろ、我眠くなって来た」

「アンタ……本当に自由奔放ね」

「偶にはお姉ちゃんの布団で一緒に寝てもいいんだよ?」

「うん、じゃあ、今日は千春の布団入る」



あれ? まさか、本当に入ってくるなんて。最近は断るのに、冗談のつもりだったが千秋はうちの布団に枕を持って入ってきてそのまま横になる。


「秋、急にどうしたのよ?」

「今日は何となく千春と寝たくなった」

「あー、偶に千冬もそう言うときあるっスね」

「え!? じゃあ、千冬もおいでよ!」

「え? ……急に……いやでも、じゃあ、今日はお邪魔するッス」



まさかの千冬も。どうしたのだろうか。今日は。幸運が過ぎるんだけど。


二人が入ってきて千夏はなんだか寂しくなったようで目を少し細めている。これは自分から言えない奴だよね?


「千夏、おいで」

「まぁ、春がどうしてもって言うなら……」



しょうがないと言う風貌で枕を持ってくる千夏。そして、気が聞く千冬は一つの布団では狭いだろうと自分の布団とうちの布団を合体させて二枚で一枚にする。真ん中にうちと千秋、うち側の隣は千冬で千秋側に千夏。


「……今度からこの陣形で寝ることを義務にしようか」

「いやそれは……流石にそれは止めた方が良い感じがするわよ」

「千冬も以下同文っス」



そっか。反対か……じゃじゃじゃじゃーん……


うち的には義務どころか法律にしたけど、二人が反対なら仕方ない。二人が言う事は憲法みたいなことだしね。


「それにしても、あんなに騒いで一番に寝るってどういうことよ」


千夏が既に眠りについた千秋を見る。千秋はうちの左手を握ってすやすやと夢の世界に旅立ってしまっていた。


うーん、可愛い。寝顔がこんなに可愛いってどういうこと? 可愛すぎて一周周ってまた可愛いよ。


写真撮りたいけど、機器が無い。残念。



「ふふ、そこも千秋の良さだよね。ほら、二人ももう寝よう? 子守唄歌うから、ねーねん、こーろーりぉ」

「いらないわよ」

「千冬も大丈夫っス」


あ、そっか。昔はよく歌ったんだけどなぁ。皆で眠るのが普通だった。最近はそんな風にならなくなってしまって寂しかったけど、こうやって皆で眠れるのは最高。


ただ、悔やまれるのは手が二つしかないから二人の手しか握れないと言う事。足で手を繋ぐなんてことはできないし……ここだけがどうしても悔やまれる。


くっ、うちは一体千夏と千冬どちらと手を繋げばいいの?


「二人共、どっちの手を握ればいいかな!?」

「いや、フリーで」

「千冬もそれで、春姉、両手共繋いでると寝ずらいっスから」



二人共うちの方向に顔を向けつつ目を閉じて、眠りについてしまった。三人共、可愛いなぁ。本当に。


……どうして、こんなに可愛い子達が酷い目に遭わないといけないのかと何度も思った。


 何も悪くない。ただ、人と少し境遇が違っただけだと言うのに。


 アイツらは許さない、口に出さないが死んでしまって清々した。三人を不幸にする存在は許さない。


 もし、犯罪がバレなくて……


 そこまで考えて狂気的な考えに自分が向かっていること気付いた。姉としての理想像がこんな事で揺らぐなんていけない。


 落ち着け。もう、アイツらは居ない。平穏が今はあって三人が幸せ。それでいい。それだけでいい。余計な思考は排除しよう。



 明日もあるのだから、もう寝よう。今日は可愛い妹に囲まれているのだから、寝心地も良いはずだ


◆◆



「よし、先ずは車で羽田に向かおう」

「おおー!」

「お兄さん、よろしくお願いします」

「魁人さんお願いします」

「お願いしまス」


四人が車に乗る。後ろに千夏、千秋、千冬。助手席には千春。乗り込んだら早速、羽田空港に向かおう。駐車所の予約はしてあるし、飛行機の予約も万全でいざ出発。


車を走らせると、すぐにバックミラーに欠伸をしている千秋が写った。朝早めの出発だからまだ眠いだろうな。


……これ、寝ていいよって言わないと寝ずらいかな?


「眠いなら寝て良いからな」

「ん、じゃあ……我寝たい」

「いいぞ」

「本当に寝て良いの? カイトが連れてってくれるのに寝るのは」

「いいんだ。俺は飛行機寝るからな」

「ん、ありがとぉ……すぴー」



寝るのが速いな。


「千夏と千冬と千春も寝て良いんだぞ」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」

「千冬は起きてるっス」

「うちも起きてます」

「え? じゃあ、私も……」



千夏は眠るつもりだったのだが千春と千冬が起きてると言うので起きるように思考が向かっている。


「千夏、眠いなら寝ていいんだ。気を遣うな」

「は、はい。じゃあ、おやすみなさい……」

「千冬も瞼が重そうだぞ。一緒に寝るんだ」

「じゃあ……そうしまス」



後ろの二人が瞼を閉じる。


「千春も寝て良いんだぞ」

「いえ、うちは三人の寝顔が見たいので」

「そ、そうか」



千春は嘘を言っているわけではないようだが眠気があると言うのも本当だろうな。眠気か姉妹の寝顔か、どちらが良いかと聞かれたら確かに寝顔かもな。シートベルトしているために上手く動けないが偶にチラチラと後ろ振り返る。


本当に姉妹が大好きなんだよな。



「お兄さんは眠くないですか?」

「俺は大丈夫だ」

「一人運転だと眠くなりやすいと聞いたのでうちが何か話します」

「それは嬉しいな」

「そうですか……しりとりしますか?」

「しりとりか……」


後ろしか見てない千春と会話をする。気遣いが嬉しいがそんな態勢だと首が痛くなりそうだけど大丈夫か?


「しりとりは余りお気に召しませんか?」

「いや、そんなことは無いんだが……それよりその態勢は首痛くならないか?」

「大丈夫です」

「そ、そうか……しりとりより、俺は千春の事を聞きたいな」

「うちですか?」

「そう、好きな食べ物とかってあるか?」

「三人が好きな物がうちの好きな物です」

「……そうか。千春自身が食べたいってものは無いのか?」

「特に思い当たりませんが、お兄さんの料理は全部好きです」

「ありがとう……」



そう言ってくれるのは嬉しいんだがな。ゲームでも全部姉妹基準と言うのはあった。千春には好きな食べ物とかは無くて欲がない。



……何か、好きな物を発見したい。もしくは好きにさせたい


「北海道行ったら滅茶苦茶旨い物たくさん食べような」

「……はい。ありがとうございます」



俄然、この旅行を成功させたくなって来たぜ。何事も一歩一歩の重ねだ。千春と言う少女の心を動かすために何が出来るか色々考えてきた。


先ずは好きな食べ物を発見すると言う事に決まりだな。


北海道よ、待ってるが良い……旨いものを用意してな


俺は千春と会話しながら車を走らせた。



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