第32話 千冬対千秋 やんわり

 俺は帰りの道でケーキ屋に立ち寄った。舌を出している女の子のお店だ。


「いらっしゃいませー」


 うーむ。千秋は何でも喜んでくれると思うし、千夏も何でも食べてくれる。千春も千冬も甘いもの好きだから何でも食べてくれる。


 我が家の娘はいい子達ばかりだからなぁ。何でも美味しいと食べてくれる。ただ、みんな一緒だと面白くないから別種類のケーキを買って行こう。



 ショートケーキ、チョコケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ミルフィーユ。まぁ、こんな所だろう。代金を払い箱詰めされたケーキを貰う。



 どれを食べるかはジャンケンだな。


 

 喜ぶ顔が目に浮かぶようだなと思いながら車を走らせる。



 縄跳びの結果が気になる。全員気になるんだが特に千冬……、あんなに練習をしたんだ。それは分かっている。でも、どうなるか。


 迷いながらも家に到着して鍵を開けて玄関を開ける。



「カイト、お帰り!」

「魁人さん、お帰りなさいっス」

「た、ただいま」



千秋と千冬が元気よく出迎えてくれた。どうやら俺の心配は杞憂だったようで一安心。千冬の縄跳び記録会での結果は分からないが前を向けていると言う事は自分自身の中で何か得るものがあったのだろう。



「カイト、それ、お土産か!? ケーキだろう!?」

「あ、ああ、そうだ」

「わーい! 舌出してる奴だ!」



千秋にケーキの箱を渡すとそのままリビングに嬉しそうに戻って行った。


「千冬、縄跳びはどうだった?」

「えっと、姉妹の中では最下位だったっス……でも、全部自己ベストで特に二重飛びは6回飛べたっス!」

「おおー、頑張ったな!」



 自分の成長を感じ取れると言うのは嬉しいだろな。縄跳びとか回数とか飛んでいる時間で数字として結果が出る。そこで自己ベストを出せたり、いい結果が出せるとまた頑張ろうとモチベーションになる。


 それは千冬が頑張ってきたと言う過程があったからこそだからちゃんと褒めないとな。


「えへへ……」



笑う姿も可愛い。



「が、頑張ったから、あ、頭も……」

「お、おう……」



照れながらも頭を撫でて欲しいと少しだけ上目遣いの千冬。これは絶対に同学年の男子達は放っておかないだろう。だが、千冬は男子達からモテたり、千秋のようにちょっかいをかけられる事もないと言う。


見る眼がないな、そして時代が千冬に追いついていない。


小さい頭を手で撫でる。まるで子猫のように撫でるのを嬉しそうにしてくれるのは大変うれしいと思う、信頼関係が出来ている証だから。ただ、大分懐いてくれて凄く嬉しいのだが……


う、うーん。千秋とはまた別の懐き具合の感じがするんだけど……これは気のせいなのかな? 



女の子は複雑だから色んな心情を抱いたり、人それぞれ接し方や態度が違うのは当たり前だしな。



……取りあえず、家に上がって夕食を作ろう。これ以上考えてしまうと訳の分からない方向に思考が進んでしまう気がする。


「それじゃあ、俺は夕食を作るから……」

「あ……」


手を頭から離すと千冬は名残惜しそうに声を溢す。うぅ、そんな目で俺を見ないでくれ。いつまでもこのままと言うわけにもいかないし、皆お腹を空かせているから仕方なく中断したんだ……


……早く夕食を作らないといけない。


「カイト、お腹空いたー!」

「あ、ああ、今作るから」

「むぅ……」



ケーキを冷蔵庫にでもしまったのだろう。手に何も持ってない千秋が再び玄関に戻ってきた。急いでスーツを脱いで夕食の支度を開始する。


千秋が若干駄々をこねる可愛らしい子供のように夕食を強請るので急いでキッチンに向かう。俺が準備しようとすると千秋は花のような笑顔を見せる。



ただ、反対に千冬は今度は膨れ顔をしていた。



今回はちょっと……俺の気のせいかもしれないから保留にしておこう。



◆◆




 お兄さんがケーキを帰りに頑張ったで賞として買って来てくれた。夕食を皆でコタツの中で食べた後に冷蔵庫からケーキの箱を取り出して封を開ける。



 中から甘い香りがして五つのケーキが顔を見せた。


「わーい! 我はね! ショートケーキ!」

「じゃあ、私はモンブランで」

「千冬はチョコがいいッス」

「お兄さんは?」

「俺は余りでいい。千春先に取るといい」

「ありがとうございます。じゃあ、うちはチーズケーキにします」

「そうか、俺はミルフィーユにしよう」




うち達が先に取りお兄さんは最後にケーキをとった。何気ないが三人が遠慮をしていないと言うお兄さんに以前よりさらに心を許していると言う事が分かった。



「ありがとうカイト、頂きます!」


千秋はショートケーキの周りのベールを綺麗にはがしてそれについたクリームを一口舐めた。


「はぁ、みっともない。やめなさいよ。そういうの」

「ふん、我の勝手だ」

「はぁ、子供ねぇ?」



千夏が千秋に呆れながらフォークでモンブランを一口食べる。千夏のモンブランはてっぺんに大きな栗が乗っていてクリームがソフトクリームのように渦巻いている。食べなくても分かる、美味しい奴だ。


「はぁ~、美味しいぃこの栗の濃厚なクリームが堪らないぃ。前から食べてみたいと思ってたのよ」

「……そんな美味しいのか? モンブランは?」

「秋は子供だから分からないわよね? チョコかショートの二択くらいしかないもんね? あーむっ、おいひぃ……」

「モンブラン、食べたことない……頂戴」

「……しょうがないわね。その代わり生クリームがたっぷりの所貰うわよ」

「よし」

「あ! 馬鹿秋、何でてっぺんの栗食べんの!?」

「シャアだから?」

「それを言うならシェア! ああー、もう楽しみにしてたのに! そのイチゴ貰うから。あむっ」

「ああ!? なんで!?」

「なんでじゃない!」



千秋と千夏が喧嘩のようになってしまうのでお兄さんが仲裁に入る。


「二人共喧嘩は止めよう。折角美味しい物を食べてるんだ。笑顔で食べよう」

「だ、だって……」

「秋が悪い……」

「ほら、俺のミルフィーユ全部食べて良いから」

「ええ!? 良いの!? カイト大好き!」

「で、でも、それは」

「大丈夫、まだ一口も食べてないから。エキスついてないぞ」

「いや、そこではなく……と言うかエキスって……」



エキスって……多分だけどうち達が共感しやすいい言葉を使ってくれてるんだろうけど。それ使うのって男子くらい……



「あの、これは魁人さんのケーキですよね?」

「大丈夫、俺は酒とおつまみがあるから」

「そ、そうですか?」

「うん。マジマジ。俺は鳥皮を油で香ばしく焼いて、後枝豆で優勝するから」

「じゃ、じゃあ、ありがたく……」

「鳥皮、枝豆……じゅるり」

「どんだけ、食いしん坊なのよ……アンタ、いや確かに美味しそうだけど……」



千夏は少し遠慮しながらもケーキを貰った。お兄さんはそのまま台所に行ってしまう。そのまま冷蔵庫からプラスチックトレー容器を出す。


そして、そのまま調理開始。



「ミルフィーユだ! おいしいぃ」

「確かに美味しいわね」


パクパク二人は口に運んでいく。その様子を見て千冬が口をはさむ。


「いや、流石に魁人さんに遠慮した方が良いんじゃないっスか……」

「うっ、そ、そうね。流石に甘えすぎたかしら? で、でも、加減が分からないのよ……どの程度まで甘えて良いのか」

「え? でも、カイトが食べて良いって」

「そうっスけど。それが本心だとしても、こう、何というか、ずっと甘えったりは……ダメじゃないっスかね? 貰うにしても一口とか、五つケーキあるんだから一人食べられないってのは無しって言うか、そう言うのは見てても寂しいって言うか。そんな感じっス……」

「な、なるほどな。千冬、良い事言うな! 確かにそうだった!」



 何だか、この会話。さりげないけど凄く大事なターニングポイントのような気がする。それはどうなんだ、それでいいのかと言いあえる環境

後悔してすぐさま納得。そして、ケーキを持って台所へ千秋は向かう。判断が早い、行動も早い。



「カイトぉ、遠慮しなくてごめん。カイトも食べるべきだった」

「おお、急だな……でも、気にせず食べていいんだぞ」

「うんうん、そんなことなかった。皆で食べるのが一番なのに食い意地はっちゃった、ごめんね」

「全然、大丈夫だ……俺が食べて良いって言ったんだからな。それにしても、なんだ、この感情は……まるでハッピーセットからてりやきバーガーセットに子供がシフトチェンジしたときに成長を感じる父親の心境のような……くっ、とにもかくにも嬉しいな……」

「どうかしたか?」

「いや、何でもない」

「そうか。じゃ、カイト、あーん」

「いいのか? それ千秋のショートケーキ。しかも、かなりクリームたっぷりの所だぞ?」

「良いんだ! 食べて? 凄く美味しい所だから!」

「ありがとうな……」

「元々、カイトが買ってきれくれたケーキだからな。お礼はいらないぞ」

「でも、ありがとうだ」



千秋がお兄さんにあーんをして食べさせる。間接キス、と言う言葉がうちと千冬と千夏の頭をよぎる。千夏はちょっと驚いたけど千秋だからと納得の表情。


うちは、ただ単にうちにもあーんをして欲しいからお兄さんへの嫉妬の表情。


千冬は……



「か、かかか、間接キシュッ……そ、そんなの、いくら何でも無防備すぎ……」



照れながらも千秋への僅かな嫉妬の表情を見せる。今まで千冬が千秋や千夏、うちにしてきた嫉妬とは全く違う新しい嫉妬。千冬は超能力と言う絶対に嫉妬をしてきた。今までなら嫉妬をするだけの事が多かったのに。



「か、魁人さん! ちょ、チョコレートケーキも甘いッスよ!!!」



最近は、対抗する事の方が多くなった。千冬はチョコレートケーキを持ってお兄さんの元に向かいスプーンでチョコの部分をすくう。


「あ、ありがとう……良いのか?」

「も、勿論っス! エキスも気にしないっスから! ど、どうぞ……」

「あ、ああ、それじゃあ、貰おうかな……」



お兄さんは戸惑いながらも口を開ける。


照れているわけではないし、邪な感情はない。困っているようで迷っているようで、戸惑っている。何かを察しているのか、違和感を持っているのか。そこまでは分からない。


だが、明らかに戸惑いが隠せていない。



お兄さんは何かに気づいたのだろう。だが、お兄さんからすれば娘であり子供、自分は大人であり父の立ち位置。さらに、そもそも勘違いだったら気持ち悪いどころの話じゃ済まない。


和をお兄さんは大事にしているようだし……困るのは当然。


互いの位置を理解しているお兄さんには千冬の変化に対応が出来ない……



と冷静に分析をしてしまったがうちもあーんして欲しい。千秋と千冬は台所。千夏は……眼で訴える。


「……なに?」

「いや、何もないけど……」

「……ほら、あーん」

「ありがとう!」


モンブランって美味しいな……千夏のあーんで美味しさが引き立つ。


「少し、魁人さんに残した方が良いかな……」


千夏も……少しずつ変化がある。でも、本質の優しい所は変わってない。千秋も前よりお兄さんと仲睦まじくなり我儘になったけれども、真っすぐで間違ったと思ったら直ぐに正すことが出来る。人の話に耳を傾けることが出来る。


千冬も前を向き続けることが出来るようになり、自分を特別だと思えるようになり、お兄さんに好意を持つようになったけど、実は負けず嫌いのとこは変わってない。



姉妹の変化に少し寂しくなって、変わらない良い所に嬉しくなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る