第27話 新年
年末とは忙しいものだ。大掃除やら忘年会などイベントが目白押しだ。特に社会人にとって忘年会は面倒くさい物だと俺は考えている。特に行きたくも無いのに割り勘でお酒やら食い物を気を遣って飲み食い。
まぁ、ここばかりは好き嫌いや人間関係の多様さなどによって変わるんだろうけどさ。
どちらにしろ、俺は忘年会に言っている暇がないと今年は断った。
パパの時間を優先すると言う正当かつ絶対の理由があるからだ。だからこそ現在、布団を外に干している。
「お兄さん、新聞紙で窓ふき終わりました」」
「ありがとう千春」
「いえ……あとは何をすればいいですか?」
「うーん、特に後はいいぞ?」
「ですが……」
「あー、じゃあ、千秋と千夏の様子を見ててくれ。お風呂掃除してくれてるんだが……」
「分かりました」
家の窓を開けて空気の入れ替えや窓ふきをやってくれた千春。三角巾を頭に巻いてテキパキ仕事をしてくれる。更に自ら次へ次へと私語を所望するなんて嬉し過ぎるぜ。四人が手伝ってくれているために例年より早く終わりそうだ。
千夏と千秋はお風呂掃除。千冬は掃除機を至る所でかけてくれている。
俺は布団干しやトイレ掃除などに集中できるから本当に助かっている。自分の仕事に集中していると今度は千冬が俺の側に寄って来る。彼女も頭に三角巾を巻いて髪を纏め、手には掃除機。
「魁人さん、掃除機で粗方掃除終わったっス」
「ありがとう。後は休んでいいぞ」
「そうっスか……」
しっかり者の千冬の事だから粗方なんて言うけど、念入りに掃除したんだろうなぁ。気を入れ過ぎて疲れてるだろう。一旦休んだ方が良い。と思い彼女に言ったのだが彼女は掃除機を持ったままソワソワしてその場から動かない。
「あ、あの、魁人さん……」
「どうした?」
「ち、千冬は、掃除を頑張ったっス……多分、一番……だから千冬は良い子で……その、秋姉みたいに頭を……」
あれ? 天使かな? と思ったら千冬だった。全く、俺の老眼にも困ったもんだぜ。千冬は顔赤くして三角巾をして掃除機を持ったまま俯きながらもチラチラとこちらを見る。
俺は彼女の三角巾を外して手をポンと乗せて数回撫でた。千冬は最初はビックリしたのかくすぐったいのか分からないが肩を強張らせていたが撫でるたびに落ち着いて行った。
「んっ……えへへ……」
可愛すぎるぜ。頭を撫でると言う行為をやって良いのか分からず、四苦八苦するときもあったが千秋をきっかけに千冬も頭撫でを許可してくれるなんて……勢い余ってパパ呼びしてくれないかな?
「千冬」
「ん?」
「パパって呼んでも良いんだぞ?」
「……? 魁人さんはパパって感じがしないっスから……それは千冬的に違和感が残るっス……」
「そ、そうかー」
娘にパパと呼んでもらうにはまだまだパパレベルが足りないみたいだ。ま、まぁ、しょうがないよな、これから頑張って心を開いてもらおう……
パパがダメならお父さんとか、父さんとかでも良いんだがそれはもう少ししてからだな。
遠い目になりながらも僅かに未来を幻視する。
「あ、そろそろ掃除再開しても良いか?」
「も、もうちょっとだけ、このままでっ……」
「わ、分かった」
千秋と千冬は頭の感触が似ている気がする。あと、笑顔とか……それはそれとして普通に恥ずかしいな……
世の中のお父さんたちはこういうことしてるのか? 反抗期とかくる中でどこまで頭とか撫でて良いのか。思春期になるとパパに反抗したり話したくない娘は居ると聞く。
父親の情報とかも集めた方が良いのかもしれない。
「ああー! 千冬ズルい!」
いつの間にか、お風呂掃除を終わらせた千秋がベランダに来ていた。
「カイト、我も頑張ったぞ! 頭撫でて!」
「頑張ったな千秋、ありがとう」
左手で千秋の頭を撫でる。最近、これをやる頻度が増えて何だか嬉しい。千秋と千冬の顔ってやっぱり似てるな、姉妹だから当然だけど。
目元とか、高い花、笑った時の口元。似てるなぁ……。
守りたいこの笑顔。
反抗期来たら俺は大分、萎えるだろうなぁ。ゲームではないこの現実で、知っているようで知らない二人を見ながらそんなことを思った。
◆◆
新年まであと少し、俺はそんな中でコタツに入ってテレビを見ていた。四姉妹は掃除で疲れているのだろう。すぐに寝てしまった。明日は早起きをして初詣に出かけると言う理由もあるんだけど。
本当に掃除を頑張ってくれた……以前よりも接する機会も会話も増えた。出会ったのは夏なのにもうすぐ年を越す。時間の流れと言うのは速いような遅いような、何とも言えないこの気持ち。
引き取ると決めて、勢いで引き取り、何となくで子育てをしている今。複雑な現在であるのだが不思議と充実以外の何物でないと感じている。
食事も会話も睡眠も何もかもが新鮮で常に何か得るものがある気がする。それが経験値となり自分が変わっている気がする。気のせいかもしれないけど……
今日の掃除だってそうだ、新たな経験。娘と大掃除なんて誰にでも体験できるものじゃない。そもそも俺が誰かと掃除をしたなんて学校での班清掃くらいしか記憶にないな。前世ってどんな感じだったっけ?
普通に義務教育をしながらも多少の部活動……中学時代はバレー部で活動。一度も公式戦に出ることなく、高校へ。高校でもバレーをやってたった一度だけ公式戦に出場してそれっきり退部して、そこから『響け恋心』やって、死んで……
ああー、ろくな人生ではない事だけは確かだ。色恋沙汰なんて一切無縁、結婚のけの文字すらない人生。
子供に恵まれるなんてあり得ない。今世の記憶も全てではないがある程度あるが今世も色恋沙汰なんて殆ど、いや全くない人生である事は知っている。
だからこそ、娘に囲まれる生活は本来ならあり得ない。手が届かないような幸せ。
俺は四人に感謝をされている。だが、俺もまた感謝を忘れてはならない。この広い家にたった一人。テレビの音、食器を洗う時の水道の音くらいしか聞こえなかった。だが、最近はちょっとうるさいのではと言う程に声が聞こえる。
それがどれだけやすらぎ、幸福、安心、至福の感情になる事だろう。どれだけ、明日をその日その日を頑張れる活力になる事だろう。
最初は俺が施しを与えるつもりだった。だが、それは今では全くの逆になっている。
四人が起きてきたら真っ先に言おう、
――今年もよろしくと……
◆◆
「早く起きろ! 初詣に行くぞ!」
珍しく千秋が一番に起きて、うちや千冬、千夏を起こすと言ういつもとは真逆のパターン。うち達を起こすと寝癖がついたまま彼女は下に降りていく。楽しみで仕方ないのだろう。
いつも通り、身だしなみを整える。髪を纏めて上げたりとかしてあげたり、買って貰った服に着替えて……ある程度を終えてリビングに入る。するとうち達はちょっと珍しいものを見ることになる。
「あれ? カイト寝てる……」
お兄さんがパジャマ姿でコタツに入って寝ていたのだ。
「魁人さんが寝坊って今まで無かったっスね……なんか、起こしたくないっス……」
「そうだね……疲れてるのかもしれないし、初詣はなs……」
「カイトー! 起きろー!」
「秋って遠慮しないわよね……」
千秋がお兄さんの体をゆさゆさと両手で揺さぶる。千秋は本当に早く狭山不動尊に行きたくて仕方ないんだろうなぁ……
数回揺さぶるとお兄さんは目を覚ます。
「カイト、初詣行くぞ!」
「……あっ!? ごめん! 直ぐしたくする!!」
お兄さんは大慌てでコタツから出て足をぶつける。
「いつっ……」
そのまま急いでリビングを出る前にクルリとこちらを振り返り寝癖のついた髪のままぎこちない笑みを溢す。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」
そのまま猛ダッシュでうち達の反応を見ることなく二階に上がっていた。千秋が大声でこの部屋に居ないお兄さんに聞こえるように返事をする
「今年じゃなくて、ずっとよろしくな! カイト!」
お兄さんの顔は見えないけどきっと笑っているんだろうな。
今年もよろしくお願いします。お兄さん。
◆◆
「ああー、混んでるなぁ」
電車に乗り西武球場前で降りたうち達は本堂でお参りをするために現在、大行列に並んでいる。坂がジグザクに上に続いており、それと同じに人も本堂に向かってジグザクに並んでいる。
「すまん、俺が寝坊したから」
「いや、カイトのせいじゃないぞ。どちらにしろ並んだはずだ」
「そうっスよ、この人の数じゃあまり大した変わりはないはずっス」
「そうだね」
「……まぁ、そうね」
「ありがとうな、四人共。寒いだろ、これ暖めといたホッカイロだ、使ってくれ」
お兄さんが黒いジャンバーのポケットから既に暖かいホッカイロ四つ取り出し、うち達にそれぞれ渡す。冷えていた手がじんわりと暖かい。
「サンキュー、カイト」
「ありがとうございまス」
「ありがとう、お兄さん」
「……どうも」
お兄さんは気にするなと一言言った。本堂までの道のりは長い、これで快適に過ごせる。
「あったけぇ……これで我の冷えた手に再び闘志がやどるぜぇ」
「新年から見事な厨二だこと……」
「まぁ、それが秋姉っスよ」
「そうだよ、厨二な千秋は可愛くて素敵だよ」
姉妹で手を温めながら会話をしているとピコンと何やら電子音が。発信源を全員で見るとお兄さんの懐だ。
お兄さんは懐からスマホを取り出して画面を見る。
「お兄さん、どうしたんですか?」
「会社の同僚から挨拶が来たんだ」
「へぇー、そうなんですか」
そう言えばあんまりお兄さんの仕事の話とか聞かないな。実際どんな感じなんだろう。
「お兄さん、仕事場の人ってどんな人ですか?」
「え? あー、名前は佐々木小次郎」
「歴史上の人物と同じですね」
「ああ、なんでも親が佐々木小次郎が好きらしくて、佐々木と言う苗字なら子供の名前は小次郎だと言う理由から佐々木小次郎になったらしい。因みに性格は歴史以下だな」
「そうなんですか……」
「だが、こういう律儀な所もあるから憎めない不思議な奴だな」
お兄さんは画面にタップして返信を送っているようだ。佐々木小次郎、もしかしてお葬式の時にお兄さんと一緒にいた人かな……
そんな事を考えていると千秋がお兄さんのスマホをジィーっと見ていた。お兄さんもその視線に気づいてどうしたと千秋に視線を返す。
「カイト、スマホ貸して! 使いたい!」
「ああ、そう言う事か。勿論いいぞ」
「わーい!」
「あ、ちょっと待った! 削除削除……文字変換初期化……」
お兄さんは一体何をしているのだろう。時間にして数秒お兄さんは千秋にスマホを渡す。スマホなんて今まで使う事なんて無かったから新鮮で未知でワクワクしていることが伝わってくる。
「おおー! 動画見て良いか!?」
「いいぞ」
「わーい。えっと、料理動画、それともゲーム実況か……はたまた可愛い動物か……」
「ちょ、ちょっと、私にも見せないさよッ。独り占めはずるいわ」
「千冬も見たいッス……」
皆、興味津々だなぁ。やっぱり動画見れたりゲームできたりするスマホは子供にとって魅力以外の何物でもない。
千秋が独占して両隣から千夏と千冬が割り込むように覗き込む。
「「「おおー」」」
三人がなにやら感嘆の声を上げる。一体何を見ているのか少し気になるけど、うちが割り込むと姉の威厳が損なわれそう。
「千春は見ないのか?」
「うちは大丈夫です」
「そうか……よし、千秋、使うのは十分交代だ。十分したらスマホを渡して皆で仲良く使うんだぞ」
「分かった!」
お兄さんはうちの気遣ってくれたのだろうか。お兄さんを見ると列の先を見ていてこちらの視線には気づかない。
偶然か、狙ってなのか……どちらにしろ感謝はしないと。
「ありがとうございます」
「ん? あー、うん、仲良く使ってくれよ」
お兄さんは何てことないように言って再び視線を先の列に向ける。そして、まだ先は長いなぁっとため息を吐いた。
一方、妹達は列の事なんて忘れてスマホの画面に喰いついている。
「はい、次私! 私の番!」
「いや、まだだし」
「私よ、もう十分経ったじゃない!」
「っち」
千秋は舌打ちして千夏に渡す。
「私はね……魚をさばくやつ見るわ」
千夏はタップしてそのまま横画面にして動画を見る。暫くすると千冬に交代。ちょっと離れたところからうちは見ている。
「千冬は恋愛雑学って奴にするッス」
「また恋愛? アンタ本当に好きね」
「恋愛マスターでも目指しているのか?」
「いや、別に……」
千冬はそっぽを向きながら動画を再生。何やら真剣に知識を蓄えているが千夏はまだ興味ありげに見るが、千秋は全くと言っていい程興味がないようで欠伸をしている。
そして、再び十分が経ってうちにスマホが……おおー、この金属感、僅かな重み、これがスマホ。
「春は何見るの?」
「うちは猫の動画かな」
「おおー、我も好きだぞ」
「千冬も猫好きっス」
「じゃあ、皆で見よっか」
うちは画面の横にする。するとうちと妹の肩と肩が当たる、そして、背中からも体が密着すると言う最高の陣営。
猫も可愛い、妹も可愛い、ああ、ここが天国かぁ。列が凄い長いはずなのに天国の時間はあっという間で直ぐに本堂近くまで列は進んだ。
本当に楽しい時間はあっという間。浦島太郎の気持ちが良く分かる。あの陣営のままおばあさんになってもうちは気付かないだろうなぁ。
◆◆
「はい、百円玉。これをお賽銭箱に入れるんだ」
行列に並んで一時間ほど、とうとう本堂まで到着した。後ろにもお客さんが控えている。なるべく早く場所は空けないとな。
四人に百円玉を渡す。お賽銭の為だ。お賽銭を賽銭箱に入れて二礼二拍手一礼、四人もお賽銭を入れて目を閉じ何かを願っている。俺は何をお願いすればいいんだろうか。
実を言うと神様とかそこまで信じているわけじゃない。全く信じていないとも言えないがだからと言って信じているとも言い難い。
「ハンバーグと豚の角煮とハンバーガーが食べれますように、あとはパンダチョコと
タケノコチョコとキノコチョコも食べれますように、あとは……」
千秋、それは神ではなく俺に頼んでくれればいいんだぞ。千秋は声に出すが千春と千夏と千冬は声に出さず黙って手を合わせている。
何を願っているのだろう。意外と食べ物だったりするのかな?
俺はどうしようか。神に頼むつもりはないが……
良いパパになれますように……と祈ろう。あとは全員の健康、健全な成長。
だが、これって全て俺行動次第だからあまり当てにはしないけど。
お願いをした後はすぐさま本堂を離れる、帰りは本堂に来た時とは別の道を歩いて行くとおみくじがある。千秋を見ると目がおみくじしたいと言っているので百円を渡す。
勿論、千春たちにも。
「お兄さん、良いんですか?」
「いいんだよ。気にするな」
「ありがとうございます」
二百円でそんな遠慮とかしなくていいんだがなぁ。いや、お金は凄い大事だからそういう所は律儀と言うかしっかりしているなぁとも思うけどさ。
「よっしゃー! 大吉! 見て見て! カイト!」
俺も子供の頃はおみくじが好きだったなぁ。元気よく俺に紙を見せる千秋をみながらそんな感慨深げに過去を振り返る。
「おおー、凄いな」
俺は千秋の広げたおみくじを読んでみる。
ふむふむ、学問、難あり。相場、関係なし。旅行、ドンドン行け。失せ物、いずれ見つかる。商売、関係なし。待ち人、既に捕まえている。
おみくじってこんなんだっけ? あんまり引かないから分からないけど……
「どうだ!」
「凄いなぁ」
エッヘンと胸を張る千秋。さてさて、千春とかはどうだ?
俺と同じように気になっている千秋が三人に聞いていく。
「千春たちはどうだ!?」
「うちも大吉だった」
「私も……」
「……千冬は吉っス……」
吉って大吉の次だからそんなに悪くはないんだが自分だけ吉って言うのは嫌だよな
「千冬、もう一回引こう」
「え? で、でも」
「気にするな。何度も引いて四人全員大吉にしよう」
再び、百円を渡す。
「ありがとうございまス……」
千冬はもう一度お金を払っておみくじを引く。
「あ、だ、大吉……」
「やったね、千冬」
「おおー、良かったな! 千冬」
「良かったわね」
どうやら、今度は大吉のようだ。良かった良かった。まぁ、出るまで何度でも引かせるつもりだったけど。
「か、魁人さん、み、見て欲しいッス……」
「やったな。大吉じゃないか。新年良いスタートきれそうだな」
「はいっス」
彼女の大吉のおみくじに目を通す。学問、難無し。相場、商売関係なし。旅行、行け。失せ物、見失った時は見つけて貰え。待ち人、既に居る
学問問題なしか。まぁ、確かに千冬なら問題なんて無いような気がするな。意外と当たってるのか? でも占いってバーナム効果って奴で誰に対してもそれっぽい事を言うらしいと言う事を聞いたことあるかな。実際どうなんだろう。
まぁ、嘘だとしてもプラシーボ効果で自分は運があると思った方が人生楽しいし、どちらにしても大吉で悪い事は無いな。
「カイトは引かないのか?」
「あー、どうしよう」
「引くんだ! カイト! カード開封動画見てる気分になって我が楽しいから!」
「じゃ、引くか」
俺も百円を払って一枚おみくじを引いて見る。
「あ、吉だな」
「そうかぁ……カイトは吉か……一緒が良かった……」
「もう一回引こう」
千秋の顔見たら大吉以外の結果はあり得ない。再度、百円を支払っておみくじを引く。
「よし、大吉だ」
「おおー! やったぁ! 全員で大吉だ!」
千秋の喜ぶ顔が見えて嬉しいなぁ。さて、折角だから大吉に書かれている事でも読んでみるか。
学問、導くべし。相場商売、大抵うまいく。旅行、連れていけ。失せ物、その内見つかる。
まぁ、それっぽい事書いてあるなぁと冷めてしまうのは俺が心の荒んだ大人だからなぁ。
待ち人、育成中
ははっ、ふざけた事も書いてあるなぁ。こういうユーモアも最近のおみくじは取り入れているのかな?
「さて、千冬、俺達は吉の紙をあの縄に括りに行こう」
「は、はいっス」
今年引いたおみくじは持ち歩くのが普通らしい、古い物は括り付ける。大きい二つの木の板の間に縄が三本程かかっている。
「ここに括るんだ? できるか?」
「は、はいっス……」
中々、手こずっているようだな。手伝ってあげたいが俺も括れない。縛れない。紙が破れそう……薄皮一枚繋がった紙で何とか出来た。あと一歩で完全にちぎれてきた。寒くて手がかじかんでしまうから難しい。
「千冬、お姉ちゃんあやってあげよっか?」
「これくらい一人で……」
千冬も手こずってるな。この寒さや意外に小さいおみくじの紙だとそうなってしまう。
「で、できた」
「おおー、千冬器用だな。綺麗に括ってある」
「ど、どうも」
俺より綺麗なんだけど。やり直した方が良いかな……いや、別にいいや。時間かかるし寒いし、四人もそろそろ帰りたいだろう。
「……よし、じゃあ帰るか」
「カイト! あそこに牛の焼き串売ってるから食べたい!」
千秋が本堂から少し外れたところにある牛串焼き屋さんを指さす。こんな所にあるのか。西武球場前の駅からここまでにも出店は沢山あったけど。確かに良い匂いが漂ってきて食べたいと言う気持ちが良く分かる。
「そうだな、少し小腹も減ったし食べよう」
「わーい!」
五人で出店のような串焼きやに並ぶ。
「千秋は牛串でいいのか?」
「うん! あ、でも後はつくねも!」
「千冬はどうする?」
「ち、千冬はお腹空いてないっス……」
「そうなのか?」
「千春は?」
「うちもお腹空いてないです」
「千夏は?」
「同じく……」
また遠慮しているのか。確かに串は一本500円くらいする、ワンコインって結構高いけど……クリスマスから年末年始は出費がかさむと言う事はパパであるなら誰でも理解している世界の真理だろう。
だから、俺は全く気にしていない。
「……三人共、千秋を見習うんだ。千秋のような甘え上手を目指せ。俺はもう、正月とは金を使うものだと思っている。だから、遠慮せずに甘えたり強請たりしてくれ」
「じゃあ、クレープも食べたい!」
「いいだろうさ」
千秋が真っ先にお願いをする。さて、三人はどうだ? どうする、どうすると言う視線を交差させている三人。
「「「……」」」
まぁ、そう簡単にはね。クリスマスの時もそうだが遠慮しすぎでは? だが、駅までの帰りの道にはお正月と言う事もあり沢山の出店が立ち並んでいる。絶対何か食べたい物は一つあるはずだ。
「はい、牛串とつくねお待ち」
「わーい!」
千秋がつくねと牛串を両手で持って贅沢二刀流スタイルで食べる。それを見て三人がごくりと生唾を飲んだ。
匂いも肉汁も食欲を掻き立てる。そして、なにより美味しそうに食べてる子を見ていると腹が減る。ラーメン番組を見ているときにラーメンが食べたくなる原理だ。
「あ、秋……それ、特にその牛串美味しいの?」
「言わないと分からないか? この肉の汁を見よ」
「……一口くれない?」
「カイトに買って貰えばいいだろ?」
「……いや、まぁ、そうかもしれないけど……」
なるほどな、千夏は牛串の方が食べたいのか。よし、買おう。ワンコインで購入してそれを千夏に渡す。
「はい、千夏」
「……良いんですか? これ、高いです……」
「そこはありがとうって言うんだぞ?」
「……ありがとうございます」
千夏は恐る恐る牛串を手に取る。そのまま小さい口でぱくぱく食べ始める。千冬はつくねの方が気になっているようだからつくねにしよう。
「はい、千冬」
「あ、はい……ありがとうございまス……」
本当は千冬たちからどんどん我儘を言って欲しいけどそれは難しいから、こんな強引な手になってしまった。
「千春はどうする?」
「うちは……」
「クレープとかあるぞ」
「……でも、千秋に言ったが遠慮しすぎるのも逆に相手を不快にする場合がある。俺は千春が良い事言うのを分かっているからそんなことはないけどさ」
「……じゃあ、あの鳥の塩皮の奴を買って欲しいです」
「渋いな」
千春がちょっと照れながらメニューの看板を指さす。千春と千夏と千冬は遠慮が癖になってるんだろうなぁ。環境がそう言うのを抑制するのが当たり前だから。
「はい、これ」
「ありがとうございます、お兄さん」
四人と食べ歩きながら駅の方向に向かう。
「千春、それ一口頂戴!」
「いいよ」
「……う、うめぇ。なにこれ?」
「鳥皮だよ」
「そっかぁ。お返しにこのつくね一口あげる!」
「っ……感動。ありがとう」
微笑ましい。今日は寝坊をしてしまったけど無事に初詣終わって良かったなぁ。プレゼントした服も着てくれてるし。
最高のスタートがきれたぜ……
四人の歩く背中を見ながら俺はそう思った。
◆◆
初詣に行ったうち達はお兄さんの家に帰ってきた。帰りにクレープやらたこ焼などを食べたのでお腹が膨れている。
「う、うーん、今日夕食食べれるかしら?」
「難しいかもね」
うちと千夏は二階の部屋で着替えをしている。イヤリングを外して簡易な服に身を包む。初詣って凄く楽しい行事なのだと初めて知った。そういえば、千夏のおみくじ大吉だったことしか知らない。
「千夏、おみくじどんな感じだったか見ていい?」
「いいわよー」
そう言って千夏はおみくじをうちに渡す。正直言うと神と言う存在をうちは信じていない。だが、なんとなく気になった。
バーナム効果やプラシーボ効果など頭に浮かぶ。実際神っているのかな? 今日もおみくじって信憑性あるのかなと思いながらも姉妹と同じことをしたいと言う気持ちでお兄さんにおみくじを引かせてもらった。
「どうよ、私の強運は」
「凄いね」
学問、難あり。相場商売、関係なし。旅行、行った方が良い、失せ物、なし。待ち人、灯台下暗し。
あんまりおみくじって引かないけどこういうのが最近普通なのかな? 何とも言えない変わった感じがする。ただ、最初の学問は当たっている気がするなぁ。
ここはうちの千夏育成次第かもしれない。結局は自分の努力などが一番大事だけど……
それにしても……待ち人、灯台下暗しってどういう事? 人は身近な物に気づかないって意味だけど。ユーモアも最近は取り入れているのかな?
そう言えばうちの引いたおみくじにも変わった事が書いてあった。
学問、問題なし。相場商売、関係なし。旅行、行け。失せ物、いずれ見つけられる。ここら辺までは割と普通だなと思った。ただ、最後の待ち人の欄に意味が分からない事が書いてあった。
待ち人、育成中。
なに? 育成中って……って思ったけど。ユーモアかぁ……確かに時代は変わりゆくからこういうおみくじが最近の主流なのかな?
「ねぇねぇ、あそこのたこ焼美味しくなかった!?」
「美味しかったね。うち的にはエビの入った奴も好きだったけど」
「そうよね! あとあのチョコバナナクレープ! クリームの量が多くて!」
千夏も食べることって好きだから、お兄さんに食べさせてもらった今日の食べ物が忘れられないようだ。
確かに美味しかった。初めてああいう場で食べ歩きをした気がする。お金に上限があるのが以前だったから凄く自由で楽しかった。
ついつい遠慮をしてしまったけど、そこはお兄さんが上手く場を回してくれた。あと、千秋が遠慮しない事で自分たちもしていいのかなと思えたことも今日を楽しめた要因だろう。
お兄さんと千秋って凄いなぁ……
「ねぇ、あの輪投げはズルくなかった! 我が人形に入ったのに下まできちんと落ちないと商品ゲットじゃないとか、あと射的絶対、重石使ってた!」
千夏も大分楽しめたみたいで良かったなぁ。ありがとうございます、お兄さん。頭が上がりません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
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