第197話「摂政就任式」

 謝肉祭カーニバル3日目、金曜日。今日この日は、ゲッツとリーゼロッテの結婚式、そして摂政就任式典の日であった。なお式次第としては摂政就任式典の後に結婚式という流れである(こうする事でリーゼロッテは摂政の妻という事が示される)。


 まず摂政就任式典が始まった。城の謁見の間にノルデン領内各地の領主、聖職者、都市市長、農民代表など延べ100人前後が集まり、ゲッツの前に跪いている。まずタオベ伯爵コンラート3世が恭順を誓い、同時にする。


「――――貴族領たるタオベ伯領を治める我が一門の査定免除、人頭税の免除、自家消費におけるワイン税の免除、自家消費における塩税の――――」


 コンラートは長々と納税条件を述べる。ゲッツはこれを承認し、コンラートの番は終わった。――――このように領主が代替わり(今回は摂政による中継ぎだが)すると、領主に恭順する者は逐一納税条件や課される義務の確認をする。封建主義は領主とその家臣の契約によって成立するため、代替わりのたびにこの「契約」を結び直す必要があるのだ。


 ――――これが、100人前後続く。9時から始まった契約の確認は、12時頃にようやく終わった。ゲッツも疲労困憊しているが、参列者たちもすっかり疲れ切っている。こんなもの事前の書面のやりとりで済ませれば良いのでは――――と思う向きもあるが、こうした契約は公の場で行う事が重要なのである。参列者全員が証人となるため、領主が契約違反を起こそうとした場合に「お前公の場で契約した事を反故にするのか?」と迫れるのである。逆にゲッツにしてみれば、契約違反(脱税や従軍拒否など)を起こした者に同様に迫れるため、やはりこうして公の場で行う意味がある。


 ゲッツは席から立ち上がり、参列者を見渡して宣言する。


「以上の契約を以て、の設立を宣言する。我、ゴットフリート・フォン・ブラウブルクは必要に応じて摂政府に諮問し、同意を得、マクシミリアン陛下に代わってノルデン選定侯領の政務を代行する」


 参列者らが拍手し賛意を示す。アデーレのように「選定侯たる夫が亡くなったので自動的に私が摂政になって政務中継ぎします」という形式でも構わないのだが、ゲッツはあくまでも摂政府――――各地領主や有力者と共同で政府を作る、という形式を取った。


 ゲッツは既に領内で最大の経済力・軍事力を持ち、リーゼロッテとの結婚で領内2位の力を持つタオベ伯とパイプが出来るため逆らえる者は居ないのだが、最終的にこの摂政府の同意を得てマクシミリアンを廃位し、自身が選定侯になるための布石である。


 ゲッツと参列者らは城を出て、城の前の広場で摂政府の設立を公示し、続いて摂政就任スピーチを行おうとしたのだが――――誰もが、「謝肉祭の最中にやるのは間違っていたのでは?」と思った。仮面をつけた市民らの野次がうるさいのである。


「減税してくれゲッツ!」

「うちの領主脱税してるぞ!」

「摂政とかどうでもいいから早くリーゼロッテ様見せてくれ!」


 謝肉祭の最中は無礼講である。誰もが言いたい放題だ。


「えー、我々は正式な契約と同意に基づき今ここに摂政府を設立し、神の平和と……」


 ゲッツは必死に考えてきたスピーチ内容を読み上げようとするが。


「免税してくれゲッツ!」

「うちの領主お前の悪口言ってるぞ!」

「俺はリーゼロッテ様の豊満が見たい!」


 野次がうるさい。ひたすらにうるさい。元々こういった式典が好きではない上に、疲労困憊していたゲッツは野次の追い打ちですっかりスピーチ内容を忘れてしまった。そしてキレた。


「うるせェーぞお前らァ!!」

「うわっゲッツがキレた」

「謝るから免税してくれ!」

「リーゼロッテ様ほどじゃなくて良いから綺麗な嫁さんが欲しい!」


 面白がった市民らの野次は加速し、もはや滅茶苦茶である。参列者から「どうするんだこれ」という視線を受けながら、ゲッツはなおも言葉を続ける。


「免税はしない! 領主が俺の悪口言ってても構わねえ! あとリーゼロッテはやらん!!」

「「「Boooooooooooooo!」」」

「しかァし! 免税はしないが、それ以上に収入を上げてやろう! 嫁が欲しけりゃ出会いがあるように交通網を整備しよう、交易が加速すりゃ嫁を迎え入れるカネも手に入るだろう! 告げ口したくなる領主が居るなら話は聞こう!」

「「「おお……?」」」


 急に現実的な話になったぞ、と市民らはゲッツの話に耳を傾け始めた。


「目下、銃の販売でブラウブルク市は潤っている! 原料の輸入路や製品の販路になった村々はその恩恵に預かっているだろう。デカい街道が完成すりゃその流れは加速する。やがて村から村へとカネは回っていくだろうさ。お前たちもいずれ潤う!」

「俺の村は交易路から遠いぞ! そこに畑で食っていくのが難しい奴らがひしめいている!」


 野次が飛ぶ。ブラウブルク市の謝肉祭は領内最大規模とあって、遠方から出稼ぎに来る者も多い。そのため今のブラウブルク市は領内全域から人が集まり、その不満をぶちまけている状態だ。


「ならば新しい農地をやろう、東方開拓は順調に進んでいる! モンスターどもの大規模襲撃は退けられ、春には新たな開拓者を募れる見込みだ! ……良いかお前ら、貧しい者はもう村で鬱々してる必要はねンだ。都市に出て盗みを働く必要もねェ。山賊や傭兵になる必要もねェ。新天地で自営農民になれるンだ」

「「「おお……」」」

「だがそんな遠方に行きたく無い者も居るだろう。そこで街道建設だ、労働者は常に求められている。それにブラウブルク市は新街区を建設予定だ、そこの住民になっても良いし、建設の出稼ぎ労働者になっても良い。……とにかく、公共事業には事欠かない状態だ。いや、その状態を維持しよう。合法的に財布を潤す手段を与えよう」


 考えてきたスピーチが飛んでしまったゲッツであるが、結果的に自分の事績とこれからの展望を話し、領民に希望を与える流れが出来上がっていた。戦場で兵士を鼓舞する技能が活かされた形である。


「領主に不満がある? 結構、お前らには裁判を起こす権利がある。上訴すれば俺や調だろう。まあ、彼らが不正や不満が出るような所業を働くとは微塵も思っていないが――――そうだろう?」


 ゲッツは参列者らを振り返った。彼らは「マジかよ」という顔をしたが、渋々頷いた。ここで「いや、不満とは一面的・一時的にそう思えるものであって……」などと理屈を捏ねて言い逃れしようものなら、今ここに集まった仮面をつけた市民たちから石が飛んでくるのが目に見えているからだ。


 参列者たちは気づいた。自分たちは今、平民たちの暴力の前に晒されていると。その平民たちはすっかりゲッツに呑まれていると。キレてスピーチ内容が飛んだゲッツを内心嘲笑っていた者もいたが、今この瞬間に嘲笑は消え、従わざるを得ない状況に陥った事を理解した。――――ゲッツとしてはこの状況を作り上げる意図は全く無かったのだが、出来上がってしまったものは利用してしまえ、と話を続ける。


「摂政府の面々は平民の安寧を守り、その長たる俺もまたそうするだろう。……未だ貴族や有力者とそれ以外の間に溝がある事は理解している。しかしだ、先に言った通り俺たちはお前らに職を与え、生活を与える用意がある。不満を聞く用意もある。今すぐ信頼しろとは言わん、だが少しの間、俺たちを信じてついてきてくれないか。必ず報いると誓おう」


 市民らは互いに顔を見合わせた。ここで賛同しても良いものか、と。ゲッツの言った通り、貴族や有力者との溝は深い。約束された利益が回ってこない事などザラであるし、そもそも利益を与えると約束された経験すら無い貧民すら多い。


 だが聡い者から順に、拍手を始めた。今この場――――各地の貴族や有力者が集まり、多数の平民に囲まれている――――であれば、約束を強制出来ると気づいたからだ。。……少しずつ拍手が広がり、やがて大喝采へと変わっていった。


「どうしようかなこれ……」


 ゲッツはそうぼやいた。なんとかスピーチはまとめあげ平民を抱き込む事に成功したが、同時に反乱の口実も与えてしまった。約束を違えたら、恐らく大規模な反乱が起きるだろう。その約束の担保者に摂政府の面々を巻き込めたのは幸いであるが。結果的に、領内の有力者が一丸となって公共事業を軸に貧民救済に乗り出さざるを得なくなった。


「……以上! この後は結婚式を執り行う!」

「「「Foooooooooooooooooo!!」」」


 もうどうしようもない。ゲッツは諦め、結婚式に移る事を宣言して城に戻っていった。参列者らから恨みの籠もった視線を向けられながら。――――こうして、ゲッツの正式な摂政としてのキャリアは難しい舵取りを確約されながら始まった。

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