第73話「反乱」

 魚人討伐によってバウ市の信頼を(表面上は)取り付けると、ゲッツ一行は再び移動を開始した。とはいえ主要都市はザルツフェルト市とバウ市くらいのもので、残る都市や村は然程重要ではない。適当に武威を見せつけてやれば従うだろう。


 その筈であったのだが……。


「ロートヴァルト伯爵領に編入された農村群で反乱が発生しました。旧ザルツフェルト伯爵領南部にも波及し、農民達は【ノルデン農民連合】を結成し支配に抵抗しています」

「はァ!?」


 伝令が寄越した報告は中々に衝撃的なものであった。一揆いっきの1つや2つはあろう。だがそれは新たな領主が何かヘマをやらかし、その上食料が乏しくなる冬頃だろうという見込みだったからだ。それが収穫から1月と立たない初夏に起き、しかも広域に発展するなど予想外も良い所だ。


「ロートヴァルト伯は一体何をやらかしたンだ!」

「それが、殿下と同じ様に新たな支配地域に遍歴に向かった所、既に反乱がとの事で……」

「訳がわからん。農民どもの反乱の理由は?」

「曰く、"我々は貴族の専横に反対し完全な自由を求める" との事で。……殿下、クーデターの際に教会に思想面での支援を要請なさったでしょう。それが急進派を生んでしまったようです」

「なんてこった」


 ゲッツは頭を抱えた。確かに彼は旧教を奉じるアデーレが摂政就任の際に吐いた『そんな権利を認めるくらいなら新教など野に捨ててしまえば良いのです!この高貴なる青い血と汚らしい赤い血が等価などと認めてなるものですか!』という言葉に対抗する形でプロパガンダを展開していた。つまるところ、「貴族と平民は平等」という新教の教えを元に支援を募っていたのだ。


 無論、建前である。もちろん多少の譲歩は必要と考え、平民の代表者を集めた会議の開催は既に予告してあった。だというのに、話し合いをすっ飛ばしていきなり武装蜂起とは慮外りょがいも良い所である。


「反乱者の数は?それと主体も知りたい」

「数はおよそ1000、主体となっているのは農村の3男坊、4男坊が中心のようです。多くの農民はこの反乱を白眼視しており、支援は殆ど受けられていない模様」

「ああ……なるほど……」


 農村の相続とは旧来、兄弟間に農地を等分するのが伝統であった。しかし時代が進んで農地が細切れになり、これ以上分割すると1つの農地で1家族も養えなくなるという状況に至り、農地を相続するのは長男だけ、比較的大きい農地を保有していれば次男まで相続させる、という方式に変わっていた。ではそれ以下の兄弟はどうするのかと言えば、都市に働きに出るか傭兵になるか、野垂れ死ぬかという選択肢しかなかった。……つまるところ、そうした3男坊4男坊にとってこれから開催される会議で何が決まろうとも、彼らには何の利益もない事になる。故に、こちらが疲弊ひへいしている今を狙って反乱か。


「……とりあえず南下するぞ。ロートヴァルト伯も合流するよう伝えろ」

「はっ」



 かくして1週間後、ノルデン選定候領南部の都市「ジュートバーデン」の近郊でゲッツ軍と反乱軍が相まみえる事になった。


「マジかよ」


 再びゲッツは頭を抱える事になった。反乱軍がパイクを装備していたからだ。恐らく、ナッソーの戦いでパイクが騎士の突撃を防ぎきったのを目撃した農民が混ざっているのだろう。


「そう悲観するなゲッツ殿、敵の陣営を良く見てみろ」

「ああ?」


 カエサルに促され反乱軍を観察してみる。


 ……なるほど反乱軍はゲッツがそうしたように4列の縦深で横隊を組んでいる。支援兵科はおそらく狩人なのだろう、弓兵がちらほら。そしてパイクを構える歩兵達だが、ただ突っ立っているだけだというのに揺れるパイクの扱いに難儀している。しかも準備期間が短かったせいかパイクを構えているのは前2列だけ。加えて防具らしき防具は殆ど無い。


「なるほど?」

「見様見真似で何とかを仕立て上げたようだが、あれは貴卿がやったものとは全く違う」

「そのようだな。"パイクを使えば騎士を倒せる" と単純に理解したか。やれるな」


 勝利を予感しつつも一先ず交渉の使者を送り出す事にした。紋章官に言葉を伝える。


『反乱者に告ぐ。直ちに武装を解除し秩序に復すべし。首謀者は新教の教えに従った公正な裁判によって裁かれ、1時の気の迷いによって戦列に加わっている者については寛大な措置を取る事を保証する』


 ……程なくして返答が来た。


『不当な伝統と権利によって農民を支配する貴族の首魁しゅかいに告ぐ。我らに帰るべき故郷はなく、また貴様の言葉は信ずるに足らない。我々はこの地に一切の貴族の支配を受けない"自由農民国" を建国するものである。貴様らは直ちに立ち去り、干渉すべからず』


「……彼らは反乱に加担しなかった農村を焼き討ちにしているようです。ジュートバーデンの街も包囲の予告がなされていたようで」

「交渉の余地なし、か」


 思った以上に賛同者が集まらず先鋭化したか。賛同者が集まらないなら恐怖によって無理やり集めるしかない。反乱軍の数は1500を越えているように見えるが、そのうちどれくらいが強制徴募された者か。


「仕方ねえ、やるか。戦列を敷くぞ!」


 かくして会戦が始まった。ゲッツ軍の構成は騎士隊500、ロートヴァルト伯軍300(歩兵)、ブラウブルク市民兵隊200(クロスボウ兵)、そこに冒険者ギルド若干を加えた合計1000。反乱軍はパイク歩兵1400と少々、弓兵が100を割り込んでいる程度であった。


「弓兵の射撃は無視しろ。クロスボウ兵はひたすら歩兵を狙え」


 純粋な数でこそ劣るが射撃戦力に勝るゲッツ軍から攻撃を開始した。置き盾を設置したクロスボウ兵が両翼から射撃を開始すると、反乱軍歩兵はばたばたと倒れ始めた。まともな装備が無い上にパイクで両手が塞がり、盾が使えないのだから当然であった。


「歩兵隊、ゆっくり前進し圧力をかけろ。騎士隊は中央で突撃準備」


 ロートヴァルト伯軍が左翼から前進し敵右翼を拘束する。この時点で敵が突撃を仕掛けて戦列を乱してくれれば良かったのだが、彼らはまだ耐えていた。しかし後方で脱走者が発生し、下士官役がそれを斬り殺しているのが見える。


「これは射撃だけで決着がつくのではないかね」

「矢は高いンだよ……」


 矢というのはいつの時代だって高価だ。24本で銀貨5枚というのが相場だ。つまるところ200人のクロスボウ兵が1斉射するごとに銀貨20枚が吹っ飛んでいく事になる。1斉射できっちり200人殺せるとしても、全滅させるまでに銀貨150枚、つまり金貨3枚(日本円で150万円)以上が消費される事になる。理論値でそれである、実際はその数倍は消費されよう。もちろん兵の命、特に騎士の命の値段を考えれば安いのだが。


「騎士隊300を中央に突撃させろ」


 カネの問題以上に、ゲッツには興味というものがあった。パイクそのものが有効なのか、下馬騎士の装備と士気に裏打ちされたパイクが有効なのか、どちらなのか。その興味のために命を投げ出す騎士達にとってはたまったものではないが、彼らの士気は旺盛おうせいだった。「自分たちには出来たが、訓練未了・装備不十分の農民に出来るはずがない」と信じていたからだ。


 果たしてそのようになった。反乱軍は騎士隊がじわじわと近づいてくる所までは耐えた。しかし馬がトップスピードに乗り、地響きが聞こえてくるに至って士気が崩壊した。最前列と2列目の兵がパイクを投げ捨て逃げ出そうとし、それを後列の兵が阻むが、4列という縦深は脱走兵を押し止めるにはあまりにも浅すぎた。後列の兵を押しのけようとする兵によって槍の操作が阻害され遊兵化。そこに騎士隊が突っ込んだ。


 一撃で中央が崩壊し、逃げ出そうとする兵も踏み留まる兵も関係なしに馬が踏み砕き、ランスが貫き、後方まで騎士が抜けた。そこにクロスボウの追い撃ち。


「……矢張りか。よし、残りの騎士隊も突っ込ませろ」


 残置しておいた残余の騎士隊200が投入され、大穴の開いた中央から右翼と左翼それぞれの側面に突っ込んだ。反乱軍は敗走を始めた。


「ジュートバーデンの戦い」と名付けられたこの戦いで、ゲッツ軍は死者16名(騎士6名)、負傷者20名を出した。対する反乱軍は死者622名、捕虜およそ700名を出して壊滅した。残余の行方はわからないが、故郷に戻った者は村人達によって匿われ、あるいは普段から素行の悪い者は虐殺されたようだ。そしていくらかが他国に逃亡したらしい。


「やっぱ農民じゃ無理か……」


 ゲッツは戦後処理をしながらそう呟いた。


「だが騎士にもいくらか損害は出た、やはりパイク自体はそこそこ優秀なようだな。もっと縦深を増やし、前列の装備を整えれば何とかなるのではないかね」

「最大の問題は士気だな。奴ら衝突の前から逃亡してやがる」


 農民や都市民などの平民を対騎兵戦力化するには未だ課題が山積みであった。


「んで捕虜だが……どうしたもんかね。故郷に戻して野盗化されても困る」

「開拓に充てる他ないのではないかね」

「そうなンだがなァ……」


 そもそも彼らを反乱に駆り立てた相続問題は、既存の農地で開拓が進みきったため起きたのだ。一応、ノルデン選定候領は辺境である。東側に手つかずの森はあるにはあったが。


「モンスターと蛮族が跋扈ばっこしてるンだよな……」

「屯田兵にするしかあるまい。軍役を課す代わりに土地を与える」

「だがコイツらは当面只の農民だ、最初は逃散ちょうさんと反乱防止のために護衛兵を置く必要があるだろうよ。カネがかかる……」


 どこまでもついて回るのはカネの問題であった。しかし結局カエサル案を採用する事になり、捕虜は諸権利を制限、軍役を課された上で辺境の開拓に充てられる事になった。護衛兵となるのは直轄領から供出された兵士達と、今回土地を与えられなかった騎士達だ(彼らはそのまま領主となる)。当然ながら雇用費は無料ではない。


「カネが!無い!」


 そう叫ぶゲッツの元に、使者がやって来た。


「殿下、タオベ伯から婚姻の件の返答が」

「……ほう」


 正直ゲッツはこの婚姻に乗り気ではなかった。そもそも冒険者ギルドという騎士よりも遥かに死に近い立場に身を置く事から、寡婦を作るまいと結婚を避けて来たのだ。それに貴族の女性とのお付き合いに必要な作法や詩吟しぎんといったものに疎いのも理由の1つであった。


「"一先ず見合いから始めましょう" との事です」

「…………そうかァ」


 貴族の見合い、それはまさに作法や詩吟のセンスが問われるものである。ゲッツは青息を吐いた。

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