第8話清姫
愛は不滅である。しかし一方的な愛は――
「今日はわたくしの友を紹介します」
しとしと降る物悲しい雨の日だった。雨女がいつものように音もなく現れた。しかしいつもと違っていたのは、隣に平安貴族のお姫様のような格好をした美少女が居たことだった。
「初めまして。
微笑む彼女だったが、何故か背筋の凍るような気分になる。
確か
「初めまして。柳友哉です。立ち話もなんですから、和菓子でもいかがですか?」
店の展示ケースから水羊羹を取り出す。お茶を添えることも忘れない。雨女に促されて清姫は椅子に座り「いただきます」と言ってから口を付ける。それだけなのに上品な仕草だった。やはり生まれが高貴だからだろうか。
「普段は極楽に居るのですが、下界の食べ物は美味しいですね」
「ありがとうございます……極楽、ですか?」
「ええ。とある僧侶に情けをもらい、
それは知らなかった。私は「妖怪ではないのですか?」と訊ねた。すると清姫は「妖怪ですよ。間違いなく」と言う。
「わたしのような罪深い女が妖怪でなくて、なんだというのです?」
何も言えなかった。僧侶に夜這いをする女性。偏見かもしれないが……
「そういえば、安珍殿は――」
気になったので訊ねると雨女はばつの悪い顔をした。まるで触れてはいけないことに触れてしまったような。
まあ確かに殺した僧侶のことを訊ねるのは良くないことだったかもしれない。
しかし彼女の反応は予想外のものだった。
「安珍様? 今安珍様のことをお聞きになられたのですね? あの方は今ではわたしの愛を受け入れていただいております。極楽では毎日一緒に居るのです。この間、極楽の蓮の池の周りを散歩していたら物思いに耽られまして、その横顔が下界の言葉で言いますと格好良かったのです。子を成せませぬがわたしが『どのような子供が欲しいですか?』と訊ねると『あなたの好きな子供でいい』と答えてくださったのです! ああなんて度量の大きいお人、いえ神なのでしょうか! わたしが寄り添うと恥ずかしいのか顔を背けるのです。そのいじらしいところも素敵です。わたしが世話を焼こうとしても『拙僧のことは自分でできるからやらずともいい』と優しく言ってくれるのです。なんという気遣いの良さ! 安珍様こそわたしが唯一愛を捧げる存在です!」
一気呵成に話す彼女に私は「それは良かったですね」としか言えなかった。
人間驚くと感情がフラットになる。
「わたしが下界に行くと申すと、安珍様は嬉しそうに『拙僧のことは気にせず長く居なさい』と言って見送ってくださったのです。ああ、なんて優しいお方でしょう。わたしが居なくて寂しい思いをしているでしょう。こうしては居られない。わたし、帰ります!」
そう言うと眩い光を発して、清姫は去っていった。
私は雨女に「彼女はいつもああなのか?」と訊ねた。
「普段は気の利く子なんです。しかし安珍殿の話題になると……」
「今で言うヤンデレというやつですね」
「はて……やんでれ、とは?」
不思議そうな顔で聞き返す雨女。
私は友人から聞いたとおりの説明をした。
「まあ。現代ではそのような流行りがあるのですね」
「私にも理解できません」
しかし話を聞いていると安珍は清姫のことをあまり良く思っていない気がするが。
そう指摘すると雨女は「どのような形でも重いものを嫌うのが殿方です」と笑う。
「殿方は勝手なもので女性の愛を鬱陶しがるのです。たとえそれが愛した者の愛でも。恥ずかしさもあると思いますが、やはり飽きてしまうのでしょうね」
「飽き、ですか」
「店主も心当たりありませぬか?」
私は何も言わなかった。
いや言えなかったのだ。
こういうとき、男は何も言えないのである。
なんとも情けない話だ。
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