第6話陰摩羅鬼

 代々続く因縁はやがて怨念へと成り下がる。


 父の月命日だったので墓参りに行くことにした。

 自作の和菓子を持って、母も一緒に眠っている墓所に向かうと、何やら鳥の鳴き声が聞こえた。

 とても奇妙な鳴き声だった。まるで世を儚んでいるような。


「もしや妖怪だろうか」


 呟きながら墓所に入ると、私の家の墓の隣――大久保家と書かれていた――にこれまた奇妙な鳥がいた。

 最初はカラスかと思ってしまった。全身が真っ黒だったからだ。しかし鶴に似ていて、翼を震わせて甲高く鳴いている。

 今までの妖怪と異なり、こちらに好意的とは思えなかった。


「うん? 人間……ではないな。『混じり者』か?」


 くるりとこちらを見る。眼光は灯火のようだった。


「混じり者? 妖怪の血が入った人間のことか?」

「そうだ。しかしおかしなことだが、貴様は薄いくせに強さを感じる。何者ぞ」


 私は自身の出自を語るべきか悩んだが、こちらを睨む妖怪に圧されてつい答えてしまった。


「なるほど。神野の子孫か。それならば矛盾しない」


 納得してくれたようなのでホッとした。


「おっと。名乗るのを忘れたな。我は陰摩羅鬼おんもらきだ」


 陰摩羅鬼。確か死体から生まれる妖怪だったと記憶している。この頃は妖怪の知識が増えてきていた。


「それで、あなたはここで何をしているんだ?」

「決まっている。この墓の主の無念を訴えているのだ」


 あまりピンと来なかった。大久保さんは同じ檀家だんかで近所付き合いしていた仲なのだ。しかし私を可愛がってくれた大久保のおじいさんが亡くなってからはあまり交流がない。

 そういえばおじいさんは自宅で大往生したと聞いている。


「そうではない。その老人は殺されたのだ」

「殺人、ということか。誰が殺したんだ」

「家族全員でだ」


 私はいろいろ疑問を持ったが陰摩羅鬼の言葉を待った。


「老人は身体が不自由となり、動けなかった。しかし子どもやその嫁、孫は介護もせずに放置したのだ。老人は飢えと渇きに苦しみ、家族を恨んで死んだのだ」


 大久保のおじいさんは私や他人の子には優しかったが、自分の家族には厳しかったと聞く。


「それでおじいさんを哀れんでいたのか」


 人間に同情する妖怪。なんだか聞こえはいい。


「馬鹿を言え。老人の呪いを家族にかけるのだ。そのために我はここに居る」

「……気持ちは分かるが、呪いなどかけるものではない」


 一応説得を試みるも「ふん。既に呪ってしまったわい」と言って翼を振るわせた。


「いずれ子供は孫に殺されるだろう。老人と同じように。そして孫はひ孫に。先祖代々続いていくのだ」

「ひ孫には罪はないだろう」

「それほど老人の怒りは重く深い。ま、呪った老人は地獄に落ちるだろうがな」


 人を呪わば穴二つ。陰摩羅鬼はそう言い残すと飛んでいく。

 私は嫌な気持ちになりつつ、墓掃除を始めた。そこら中に陰摩羅鬼が残した羽根が散らばっているからだ。


 その後、大久保家がどうなったのかを私は知ろうとしなかった。

 しかし人の噂は嫌でも耳に入る。


 大久保の夫婦が揃って認知症になってしまった。しかし入院せずに自宅介護するらしい――

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