第14話 千年越しの決着

――バベル最上階、神域玉座


 そんなこんなで、俺はバベルの最上階、絶望王のいる玉座の間へと到達していた。

内部は迷路のようになっており、ファルファルの案内がなければ、奴らに逃げられていたかもな。

 そんなこんなで、出会いがしらに玉座に偉そうに踏ん反り返っていたピエロ姿の男の右手を特定し、【万物破壊】を付与したデコピンにより、崩壊させる。

 耳障りな悲鳴を上げて失った右手を掴んで悶えるクソ雑魚ピエロに、俺は鬼沼の危惧が的中していることを思い知っていた。


「よう、やっと会えたな、悪鬼の親玉さんよぉ」


 一応、挨拶だけはしておくことにする。

 まあ、どうせすぐにお別れになるがね。


「お、お前は――」


 俺はピエロ男の口を閉じさせるため、左腕めがけておもむろに五指で引っ掻くような仕草をする。

 破壊の効力が付与された指先は、俺の【始まりと終わりの吸血鬼】により、攻撃範囲と威力が増幅、クリティカルヒットし、左腕が粉々にスライスされて地面へとボタボタと落ちる。

 さらに絶叫を上げる絶望王に俺はゆっくりと近づきながらも、


「お前に悲鳴を上げる資格、あると思ってんのか?」


 俺の中に渦巻いている憤怒の言葉を口にする。


「……」


 思わず後退ろうとする重鎮悪魔を特定し、左拳を振るって細かな肉片まで爆砕させる。


「別に止めねぇけど、死ぬぞ」


 眼球を向けて威圧するだけで、床に崩れ落ちガチガチと歯を打ち鳴らす重鎮悪魔どもを尻目に俺は奴に向けて歩を進める。


「お前の下らん遊びのせいで、無関係な奴らが山ほど死んだ」


 俺がこの場に立っているのは、【想いを紡ぐもの】たちに、東京で死んでいった都民や警察官に自衛官、そしてクロノ、絶望王の存在を許さぬとする大勢の者たちの強烈な意思であり意地だ。


「くぞがっ!」


 奴の全身が波立つとこの部屋を覆いつくすほどの無数の黒色の触手が高速で俺に伸びてくる。俺は右手のグラムでそれを薙ぎ払う。

 一撃、そう、たった一撃で奴の身体は半壊していた。もうはや残されているのは、右肩から頭部のみ。


「ぐかか……」

「お前、本当に哀れな奴だよ」


 の傀儡として、今まで滑稽に踊ってきたんだろう。だが、同情はしないぜ。これはあくまでお前自身がした選択なのだから。


「だから、お前は・・・これで終わりにしてやる!」


 俺はグラムを振り上げ、それを振り下ろす。

 いくつもの閃光が走り抜けて衝撃で生じた嵐のような風圧により、壁、天井までもが彼方に吹き飛ばされてしまう。

 欠片すらも残さず消し飛ばした。あとは――。

 俺がグルリと奴らを眺めみると、


「わ、我らは降伏する!!」


 黒髪を後ろでお団子型にしたメイド服を着た眼鏡の女が、一歩前にでると、焦燥たっぷりの声で降伏を申し出てくる。

 

「お前は?」

「私は絶望王陛下の専属メイド――ルシフ。私達は絶望王陛下に従わされていただけ! 陛下が死んだ今、もう我らに戦う意思はない! どうか、慈悲を!」


 メイド服が頭を深く下げると、他の配下の家臣たちも動揺で、真っ青な顔で両膝を床について、頭を下げてきた。


「なあ、これはシックスロード・ウォーで、その勝利条件は、24時間以内に何れかの六道王をぶっ殺すか、降伏宣言がなされること。そうだよな?」

「そ、そう運営から報告があった」


即答するメイド服の女。


「ならなぜ、運営側は俺の勝利を宣言しないんかね? お前さんは、なぜだと思う?」

「それはたまたま遅れているか、もしくは、宣言自体がない可能性も……」


 口ごもるメイド服の女に、


「あー、そうそう、一つ伝え損ねていることがある。俺の周りには現在、阿修羅王の権能で全てを無効化するバリアのようなものを張ってんだ。だから、あと何時間待とうが、テンプテーション系の能力は俺には一切きかねぇぜ?」

「なんのことやら」


 おっ! 顔色が変わったな。間抜けが。そこは、より冷静にならねばならぬところだぞ。


「具体的にいうと、こんな力さ」


 俺が地面に転がる崩れた天井の残骸に触れようとすると粉々に風化して消滅してしまう。

 俺は鬼沼の具申により、現在全身を常に【万物破壊】の権能ですっぽりと覆っている。

【万物破壊】の権能は、文字通り、全てを破壊する能力。故に、奴の権能と思しき、魅了の力も俺には届かない。


「おっ! どうした? 顔色が悪いぜ?」

「……」


 顔を幽鬼のように真っ青に染めながら、ジリジリと背後に後退るメイド女――ルシフ。


「なあ、絶望王さんよぉ!」


 俺はメイド服の女にグラムの剣先を向けて、俺の最大の敵の名を叫ぶ。


「ああ、バレてたの」


 メイド服の女は、深いため息を吐くと、今までとは一転、薄気味の悪い笑みを顔一面に浮かべる。


「ほう、あっさり認めたな?」

「だって、貴方、認めなきゃ、即、殺してたでしょ?」

「その通りだ」


 面倒だし、ゲームが終わるまで、ここにいる奴を手っ取り早く皆殺しにするってのが、一番の解決法だしな。


「なぜ、私が絶望王だと?」

「はっ! あいつ、絶望王にしてはあまりに弱すぎだぜ」


 もっとも――。


「あー、やっぱり同じ六道王ならわかっちゃうかぁ。それはそうと、なぜ私の権能が分かったの?」

「さあてな」

「企業秘密ってわけね。当然かもね」

 

 可笑しそうに手を口に当てるとクスクスと笑う。


「じゃあ、そろそろ死んでくれ。俺も多忙なもんでな。これ以上お前と遊んでいるわけにもいかねぇんだよ」

「あらあら、好戦的ねぇ。いいわよぉ。戦いましょう」


 随分、余裕ぶっこいてやがるな。まあ、こいつの能力が、鬼沼の推測したようものなら、当然かもしれないが。


「一ついいか」


 絶望王と俺とではよって立つ思想が違いすぎる。こいつとの会話は無駄だ。だから、俺はこいつとは会話をしない。そう端から決めている。だから、これは会話ではない。


「さっきの続きなんだがね。俺には全ての理を破壊する力がある。そしてそれはかなり汎用性の高いものなんだ」

「えー、なーに、それって自慢?」

「まあそんなところだ」

「相手にペラペラと最大戦力を暴露って、余裕すぎないぃ?」

「いんや、この力はわかっていて防げるもんじゃないからな」

「で? そんな大層な力があるとして、何がいいたいの? 自慢なら聞きたくないんだけどぉ?」


 不快そうに、吐き捨てる絶望王に、俺は口角が自然と上がるのを自覚していた。

 まったく、俺ってやつは本当に性格が悪い。絶望王こいつの余裕の根っ子がガラガラと音を立てて崩れ落ちたときの顔を見るのが、これほど待ち遠しいとは。


「まあ、そう言うなって。もう少しだから付き合えよ」

「あなた、もしかして何か企んでる?」


 初めて絶望王が笑みを消して、低い声で俺に尋ねてくる。そんな奴をガン無視して俺は話を続けることにした。


「俺の破壊能力は、斬撃に乗せることもできれば、俺の全身を被膜のように包むこともできる。そして、ここら一帯をも覆うことも可能ってわけだ」

「ここら一帯を……覆う……」


 しばし、天を見上げていたが、


「ま……さか」


 絶望王の顔から余裕とともに血の気も音を立てて引いていく。


「やっと気づいたか? そうだ。魂もまたこの一帯から出ようとすれば一瞬で破壊される。お前の眷属悪魔の憑依の能力も使えやしないってことだ。そして、これで――」


 俺はこの場にいるすべての悪魔の首をグラムにより一閃する。頭部を失った頸部から血液をばら撒きながらも、床へと倒れる悪魔幹部たち。

 

「あとはお前だけ。わかってるよなぁ? お前が生き延びる方法は一つ。俺とガチンコの勝負で勝利する。それしかない」

 

 絶望王はバックステップして飛びのくと右手に巻貝のような形態の槍を取り出す。

 相当強力な武器だ。クロノ同様、神器ってやつなんだろうさ。

 

「どうした? 顔が真っ青だぞ? 早くかかってこいよ」

「なめるな!」


 奴は顔から一切の感情を消すと、槍を構えてブツブツと唱え始める。同時に絶望王から濁流のように漏れ出す濃密な赤黒色の魔力。奴の白目が真っ赤に、眼球の中心が漆黒に染まる。

 槍は禍々しい赤黒色のオーラを放ちながらも回転を開始する。この肌が泡立つ感じ。あれをまともに受ければ今の俺とて無事には済むまいよ。腐っても六道王の一柱ってところか。


「ほら、俺は何もしない。怖くないぞぉ。受けてやるから、こいよ」


 俺は両腕を広げて奴を牽制する。


「貴様、何を企んでいる?」

「企むもなにももう全て話したさ」


 意を決したのか、槍を引き絞り、


「死ねぇぇぇ!!」


 俺に向けて疾駆する。

 赤黒色の光が走り抜け――。


「ば、馬鹿なぁ……」


 驚愕と苦悶に顔を歪め、ご自慢の神器ごと削り取られた両腕を見下ろしていた。

 

「だからいったろ? 俺の全身は俺の【万物破壊】の権能で満遍なく覆ってるって。それに飛び込めばどうなるか、馬鹿でもわかるさ」


 この理不尽極まりない能力故に、運営は阿修羅王の称号を最強とみなしたのだから。


「ちなみに、俺の権能で破壊された箇所は二度と修復不可能だからあしからず」

「こんな……こんな、チート極まりない力認められてたまるかぁぁぁっ!! 運営、一体、どうなっている! こんなのもはや、ゲームじゃない! 絶対にゲームバランス崩してるだろぉぉっ!!」


 乱れ切ったボサボサの髪に、目は血走り、口からチロチロと火のようなものを吐きだしながらも、絶望王は天へと咆哮する。既にその姿は、山姥のような外見に変わっていた。


「アホか。これはそういう理不尽が服を着ているようなゲームなんだよ。いやならプレイヤーになんぞエントリーしなきゃよかったのさ。まあ、無理かな。だって、お前ゲーム前からやり過ぎてたし」


 俺はそろそろ、終わらせようと右手に持つグラムを天に掲げる。


「ま、まて! 待ってくれ! このゲーム、私の負けだ!!」


《絶望王の降伏宣言を確認。阿修羅王が、シックスロード・ウォーにおいて勝利いたしました。

 魔界の土地、民衆、宝物、その他一切のものは阿修羅王に帰属いたします。

 また、シックスロード・ウォーでの敗北により、絶望王から六道王の称号を剥奪します。

 絶望王の権能――【万物支配(精神)】が阿修羅王へと移譲されます》


 天の声が木霊する。

 なるほどな。ブラフではなく絶望王としての名で敗北すれば、称号剥奪か。つまり、自信がない六道王は24時間身を潜めて生き延びねばならない。だが、もし生き延びられれば、相手の権能を得て最強となれる。

 つまり、奴は選択を誤ったんだ。ともあれ、【万物支配(精神)】ね。こんな物騒な権能、マジでいらねぇな。


「こ、これで私は何の力も――」


 奴が何か口にしているようだったが、俺は問答無用でグラムを振り下ろした。

 刹那、全ては白色に染め上げられる。


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