第14話 告白
2020年12月6日(日曜日)
第二層【ガラバコス】を攻略し、次は【おもちゃの国】というメルヘンな名前の階層だった。
煉瓦の街並みやゆっくり回る風車、路上を行き交う人々など、一瞬、どこか異世界にでも迷いこんだのかとも思ったが、直ぐにそんな甘いものではないと知る。
通行人はもちろん、建物でさえも全て玩具でできた巨大なダンジョンそれが、この【おもちゃの国】だった。路上を普通に歩いているだけで、ゴミ箱に齧られそうになる始末だ。探索は今まで以上に命懸けのものとなる。
現在、12月へ入り、肌寒さからビリビリとした寒さへと変わっている。
あれから二つの変化が起きた。
一つ目は、俺があのけったいな光線でヒヨコ化したあのデブヒヨコたちの存在だ。あいつらは、俺の命を律儀に守り、あの【怪魚の湖】周辺に街を作りたいと言い始めた。しかも、しかもだ。あのヒヨコたち、個体差はあるものの全てが二足歩行をする鶏男へと変化してしまう。
こんな反応はこれが初めて。多分、あのデブヒヨコの存在がトリガーになっているんだと思う。ともかく、これを鬼沼に相談すると奴が面白がって木材等の材料を仕入れ、現在、鶏男たちがせっせと町を建設中ってわけだ。あの不思議光線についても追々、調査していこうと思っている。
三つ目が俺の選択した種族。結局、俺は毎日血液だけの食事生活解消のため、【グルメバンパイア】を選択した。
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種族――【グルメバンパイア】
・説明:最大の業である吸血衝動を克服した異彩の吸血鬼。あらゆる食材に対し味覚を獲得し、食することができる。ただし、摂取対象が血液の場合一定時間に限りその血液の所有者の持つ様々な【
・種族系統:バンパイア(不死種)
・ランク:D
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こうしてようやく俺は味覚を取り戻したのである。さらに血液を飲むことにより、その血液の持ち主が保有する特殊な個性を一時的とはいえ発現できるようになるというおまけつきだ。かなり有用な種族。もっとも、依然として吸血種の最大の敵である日光には弱いようだし、油断は禁物だろうけども。
本日は休日。雨宮と以前から約束していた冬コミへと繰り出し、粗方のブースを見回った後、帰路についたわけだ。
「ボクは掘り出し物を手にいられたよ。ボク、このイラストレーターの絵、大好きだったんだ」
「そうか。俺もいくつかゲームをゲットしたぜ」
もっとも、現在、生活の半分近くをあの狂ったダンジョン内で過ごしているから、いつプレイできるかは甚だ疑問だが。まあ、相当強くなったし、もうそこまで焦る必要もないんだが、いかんせん、この数週間での生活がすっかり身についちまって、気が付くとダンジョンで鍛えてしまっている自分がいる。
俺は、死地に進んで足を踏み入れたがるバトルジャンキーではないし、既に幾度もあのダンジョンで死にかけているんだ。誓ってもいい。ゲーム感覚で探索しているわけではない。
多分、過去に修行という名の拷問を強制された名残だと思う。要はこの手の反復練習が長年生活の一部であったことから、一度再開すると容易に止まれない。そういう不憫な体質なんだと思う。
「また来年の夏も来よう!」
「あ、ああ、そうだな」
どうにも居心地の悪い視線だ。鈍い俺にだって周囲から強烈な関心を向けられているのがわかる。今までは共に歩いていても仲の良い親子か歳の離れた兄妹にしか見られなかったが、俺達への奇異な視線から察するに、今では援助交際している男女程度には見られているのかもしれない。
その理由は、きっとこの右手だ。
「雨宮、もうそろそろ……」
「うん? 何だい?」
「い、いや、なんでもない」
天真爛漫な笑みで見上げてくる雨宮に、口から出かかっていた言葉を飲み込む。
背丈の低い雨宮を見失わないように人込みでは、ずっと雨宮の左手を握って先導してきたんだが、電車に乗っても雨宮は俺の右手を放さなかった。しかもその握り方は、気が付くといわゆる恋人繋ぎになっていた。これでは、どう頑張っても親類には見てもらえない。
実際に俺がこの場面を目にしても、この糞バカップルが、と内心で吐き捨ていたことだろうし。現に、さっきから馬鹿猫は、『ぐぬぬ、このクソ虫がぁっ!!』と器用にも猫顔を憤怒の表情で歪めつつも俺の頭によじ登り、盛んに齧っている。
針の筵のような時間がようやく過ぎて、俺達は
改札口を抜け駅から外に出て天を見上げると、雲がバラ色のぼかし模様になって空を染めていた。
「今は物騒だし、近くまで送るぞ」
「うん!」
会心の笑顔で頷く雨宮に俺も口端を上げて雨宮の自宅へと向かう。
すっかり辺りは薄暗くなってきた。この公園の通りを進んだ先が雨宮の実家だ。
噂では相当な名家出身と聞いていたが、実際は少し大きい普通の一軒家だ。
この辺でいいだろう。家の前まで行って雨宮の家族と鉢合わせになったら面倒だ。雨宮の親御さんもこんなおっさんと一日一緒にいたと知れば、きっと相当心配するだろうし。
結局、雨宮の好きな奴については聞けなかったな。あれから以前のような雨宮に対するあからさまな嫌がらせは鳴りを潜め、陰口を叩かれる程度となる。
もっとも、その陰口も雨宮にとって相当傷つくような内容ばかりだったが、当の本人は大して堪えた様子はないようだ。
外見はともかく、雨宮もいい大人。俺ごときが口出すのは、大きなお世話ってやつなのかもしれない。
「じゃあ、俺はこの辺でお暇するぜ」
俺の別れの言葉にも、まだ握る右手を離さぬ雨宮に、
「雨宮?」
躊躇がちに尋ねるとようやく俺の右手を離して一歩離れると、まるで運命にでも取り組むような真剣な顔で俺を見上げてきた。
『おお、マイエンジェル、早まるな。早まるでないぞ!』
馬鹿猫の焦燥たっぷりな泣きそうな声を尻目に、
「ボク、先輩が大好きです。付き合ってください」
雨宮は俺にそう静かに告げた。
『ノオオォォォォッ!!』
馬鹿猫の絶叫とは対照的に真っ白になってフリーズする俺の思考。
「いや、その……」
しどろもどろなって戸惑う俺に雨宮は顔を真っ赤に紅潮させながらも、やや若干ぎこちない笑みを浮かべて、
「答えは後でいいから」
俺に背を向けると、逃げるように実家の方へ駆けていってしまった。
呆然として微動だにできない俺に、
『やい、アキト、マイエンジェルの気持ち、軽んじるなよ!』
そう念を押してきた。
「ああ、分かってる」
頭の中は混乱の極致でぐしゃぐしゃだったが、無理矢理そう頷くと俺も帰路についたのだった。
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