少女と手紙【8】

 自宅に滞在している場合、最近は殆どRRSメンテナンスポッドが設置された元倉庫室で過ごしている。


 食事の時にだけ奥の部屋へ行き、汚いソファーに座るが、本音を言えばそんなソファーは触りたくも無い。早い内に家具を新調したいとは思っている。しかし、住居の支払いやポッドの備蓄を優先している為、それもままならない。とはいえ、住居の掃除は済ませてあるし、そのままになっていた棚やテーブルを自分好みに配置し直したので、ある程度の住み心地は確保している。


 そんな元倉庫で、椅子に座り、テーブルに肘をかけている六瀬は、ステンレス製マグカップに入った水を一口飲んだ。


――人体に影響が無いレベルとはいえ、やはり不純物は多いな。


 味なんて物は分からない。

 ただの水なのだから当たり前だが、しかし細かな成分は識別できる。

 冷却用として、一定の水分を確保する為だけに摂取しているが、街の水道水は不純物だらけだ。

 高純度の水が欲しいと思っても、人々に精製する技術がなければ、そもそも必要としなければ作りすらしない。


 食事も水分内の不純物もバイオ燃料として処理し、残りカスは溜まってから取り出せば何の事はない。だが、諜報や工作が出来るように人として違和感の無い仕様になっているとはいえ、研究室や整備室、そしてレプリゲーター用に作られた室内環境を思い出すと、それが自身の体にとってどれだけ理にかなった環境だったのかと、今になって実感してしまう。


――この水と同じ……ここでは俺みたいな奴が不純物という訳か。


 六瀬は再度マグカップに口を付けて、それをテーブルに置いた。そして目の前のポッドを見つめる。

 真っ黒の塊が小さな音をたてて稼働していて、ポッド内部が見えるカバーガラスは今、暗いブラインド仕様になっている。


 六瀬以外で自宅に出入りするのはアズリしかおらず、今では裏口から出入りするように言ってあるが、何かの拍子に倉庫へ顔を出されては困る。もし、修理中の多々良を見られたら色々と面倒。それ故の念を入れた仕様。


 六瀬は立ち上がり、「カレン」と声をかけた。

 しかし、カバーガラスに『返答不可』と表示されるだけで反応はない。

 多々良を回収してから、一度もカレンとは話していない。出来るだけ早く修理を済ませる為、他全ての設定を切ったのは六瀬自身。

 反応がないのが分かってはいても、時折つい名前を呼んでしまう。


 六瀬はそんな自分に苦笑しつつポッドを手動で操作すると『92%完了。残り8%』と表示された後、ブラインドが解除された。


――残すは細かな筋組織のみ。そろそろ皮膚に入るか。……長かったな。


 本来六瀬が使用する場所に多々良がいる。しかし、誰が見てもそれが多々良だとは分からない。勿論、回収した六瀬にすら分からない。

 皮を剥がし、鼻も耳も瞼も無い状態の人体。一目で人物像を特定するのは困難、と思われる姿がそこにある。確認出来るのは、胸だと認識できる膨らみがある事や、男性特有の性器が構築されていない為、それが女性であるという事だけ。

 研究室で見慣れていた光景と言えど、今は自分と多々良しか居ない。


 修理後に「変態」と罵られる未来が見えた。


 修理を始めて二十七日。皮膚構築に取り掛かりさえすれば、あとは二日もしないで完了する。

 カレンとの会話が出来ず、知り得た情報の共有と精査が出来ずにいた。しかし、それもあと数日。むしろ一人増える。メモリー破損がどの程度なのかは彼女が起きてからでないと分からないが、少なくとも自分より多くの情報を持っているのは確か。


――考え込むと一人の世界に入ってしまうのが癖だと皆に言われるからな……情報の考察はやはりこいつが起きてからか。随分前からこの星に居たんだ、メモリーの破損はあっても、ある程度の情報は持っているだろう。しかしまぁ、今は……。


 六瀬はポッドから離れ、棚に置いてあるケースに手をのばし、それを見つめる。


――こっちが優先か。


 そしてその場で六瀬はケースを開ける。

 そこには今まで回収したメモリーシートが入っていた。自身が乗っていた輸送艇の物も、無歩の森に落ちた避難艇から密かに回収した物も、全てがごちゃっとしたまま入っている。

 いつか整理したいと思いつつ、六瀬は中から一枚のシートを取り出した。

 アルファベットと英数字の羅列の後に『Katsujiro-Inagaki』と書かれている。


 六瀬はこめかみに指を当てて押し込んだ。すると、ピッと音が鳴った後に髪が動き、頭部側面の約半分にあたる皮膚がスライドした。

 コネクタやチップ、シートやスフィアに至るまで、多様に対応出来るよう、多量のナノマシンが使われているその内部は、生き物の様に変化し、メモリーシート標準規格リーダーの形状に変化し始めた。

 変化し終えた事を確認後、六瀬は指で摘まんだメモリーシートを差し込み、目を閉じる。

 しかし、眼前には暗闇では無く、データの波が蠢く空間が広がっていた。無数の画像や動画、知識から言語までの全てがデータ化され、読み込まれていく。


 AIの性質上、基本的な演算処理は人間と大差無く作られているが、戦闘も含めた各種機能に関しては自立稼働型というジャンルにおいて他に類を見ない性能を有している。

 その隔別された機能が恐ろしい速度でデータを処理し、整理していく中、当然、共有化していない状態の六瀬の意識や思考は置いてけぼり状態。


――膨大すぎるだろうこのデータ量は。……流石の稲垣先生と言った所か。


 読み込み始めてから既に十数分。傍から見たら、棒立ちになりながら眠る変な男が居る、といった状況だが、空間内で黙ってデータの波を見続ける六瀬には分かるはずもない。

 暇を持て余し、六瀬はバイドンとの契約を思い出す。


「あんたも、コレと同じなんだろ?」

 そう言ってバイドンが見せてきた物は、自分と同じ作られた人間だった。だが、正確には同種と言うのが正しい。

 機械化が施された存在には四種類あり、バイドンが所持していた物はその内の一つ【Bionics androidバイオロイド】という物。


 骨格、筋肉、皮膚等の内臓以外の部分は完全な人工物で出来ており、脳以外の内臓は本人から摂取したDNAを元に、強化生成した物で再構築されている。脳に関してだけは生成不可能である為、ミトコンドリアを増やし、半有機ナノマシンで補助しつつ細胞のアポトーシスを限界まで活用出来るように手を加えている。


 自身を改造するという趣旨の元に作られる為、主に兵職に就く者に施される機械化となる。しかし、尊厳や倫理等の観念から、それを望む者が多いとは言い切れず、世界的に見てもそれ程多くはない。更に国際的なクローン禁止条例がある為に、一時期、脳以外の全てを人体に近しい強化生成物で構築し、延命処置として一部の超富裕層に使わた事が問題となった。それにより一層、観念が厳しくなると同時に普遍的差別が広がった。


 そして勿論、六瀬も同類。


 DNAを使わない完全な人工物【Reinforced replicaフォースレプリ】は全てが軍用として存在している。

 圧倒的な性能を有し、各国の軍事力を測る基準の一つともなったが、生産にも維持にも莫大な資金がかかる為【Bionics android】と比べても非常に数が少ない。

 他に自身の機械化というジャンルでは【Diverse cyborgダイバーボーグ】という所謂、強化人間がある。

 しかし、これに関しては義肢から内臓以外の全てまで、と言う中、どの辺りからカテゴリー付けすれば良いのか結局結論が出ず、一般的な認識として人体の三割以上が人工物であるならばダイバーボーグであるとされた。


 ダイバーボーグ化は病気や怪我で失った部分を補助する上で、一般人でも行う処置の一つだが、これもまた基本的には傭兵を含めた軍事に関する職についている者が多い。

 とはいえ、機械然とした明らかなダイバーボーグ化をする人間はスラムや低情勢地域に住まう一部の者ばかりで、基本的にはDNAから作り出す強化再生成で事を済ます。こちらの方が、劣化はすれど人体に近く、そして使用期限も含めて一定の強化が出来る為、人気が高い。


 他にも【Automatic mechanical soldier】という侮蔑的にオートピースと呼ばれる量産型の機械兵もある。

 命令だけを聞く量産機では戦闘練度が低すぎて使い物にならず、いつしかメモリーシートを基盤として埋め込んでオリジナルの人物と連動させたり、死んだばかりの兵士の脳を詰め込んだりする様になった吐き気すら覚える機械兵。

 当然それは倫理的に大きな反感を呼び、人口問題から来る腐った理由と、資源の無駄という理由で、程んどの国では博物館に標本があるだけの前時代的存在となった。


 ともかく、人体を腐る事の無い完全な人工物で構築する人間は少なく、それを所持しているバイドンには驚いた。

 勿論、所持している品はバイオロイド加工がなされた兵士【Bionics android soldierバイオロイダー】だ。


「……どこでこれを?」

 そう六瀬が言うと「それは言えん。ま、遺物船から出たのは確かだな。それよりも質問しているのはこっちだ。これを知ってるんだろう?」とバイドンは話を元に戻す。

 それには答えず、もう一度六瀬は目の前にあるバイオロイダーを見た。

 頭部は完全に破損していて存在すらしていないが、他は右肩が破損している程度でほぼ完全な状態で残っている。ただ、それは人工的に作られた部分のみで、胸部中央から腹部までパックリと割られ、内臓は無かった。

「中身は?」

 六瀬は質問を質問で返し、バイドンは溜息と共にそれに答える。


「腐ってた。というより普通の遺体と同じで干からびてたな。無論、捨てた」

「これ以外には見つからなかったのですか?」

「知らん。知ってるのは戦闘艇からで出て来たって事だけだ」

「いつ? 誰から手に入れたのですか?」

「だから言えんと言っただろう。どこで見つけたかも知らん。それより質問してたのはこっちだ。どうなんだ? これと同じなんだろう?」

「……想像にお任せしますよ」

 同じではない。比較的近しい存在だが、根本的に異なるコンセプトの元に作られ、性能に関しても比較にならない。

 だが、わざわざそれを説明する必要も無いし、同種と信じているのならば逆に都合が良い。コレを見せられた時点で、バイドンは確信を持っている。ならば、肯定も否定もしない解答が妥当だと思えた。


「……そうか。……遺物船から生きて出て来たと聞いた時点で、まさかと思っていたが、成程、こんな体なら腐らんわな」

 内臓は腐ってたんだろう? と返したかったが余計な詮索が増えそうで、それは言わない。

「よく見つかるのですか?」

「いや、恐ろしくレアだ。俺だってこれが初めてだしな。……昔は生きた古代人が発見されてたって話は耳にしていたが、若干嘘くさいと思っていた。だが、コレを見た時納得した。そして、あんちゃんの件だ。運命だと思ったぜ」

 やはり、オルホエイ達が受け入れてくれた要因には、過去の事実がある為だと確信した。


「それで、これを見せた理由は?」

 予想はついている。しかし、敢えて聞いた。

「あんちゃんに頼みがあってな」

「頼みとは?」

「これを作る技術を教えて欲しい。体が同じなら多少は知ってるだろう?」


――思った通り、技術を求めに来たか。しかし……。


「知って良いものなのですか? 技術や知識の漏洩を防ぐ為に管理側はあらゆる分野で規制していると聞いていますが」

「そりゃぁヤバいに決まってる。こんなの持ってるのが知れたら良くても死刑だろうよ。しかしな、もっといい物を作りたいって思うのが技術者だ」


――だからこそのモグリの義肢店か。


「あんちゃんの体がこんなんだって事は知らんだろうが、古代人っていう事は当然、オルホエイんとこの船員皆、知ってんだろ? むしろ、技術云々含めて色々と根掘り葉掘り聞かれたりしないのか?」

「いえ、今の所はありません」

「はっ! 情けねぇ~な」

 保護された当初、珍しい銃器の扱いや娯楽品の扱いに関しては質問された。しかし、それ以降は驚く程に無い。そして目覚めて数十日経った今なら、その理由が分かる。


「本来作れない物や知り得ない情報が仮に外に漏れたとすれば、いつか突き止められます。どんなに興味があっても余計な詮索で自分の身に厄介事が降りかからないようにするのは当然だと思いますが」

 そう。それが理由だろうと思っている。

 カナリエも、船員皆、六瀬に興味津々だとか何とか言っていたが、一向にその欲求を解消する素振りが無い所をみると、やはり己の安全が一番と思っているのだろう。


 しかし、バイドンは違う。


「それでも、俺は知りてぇ。……だからな、取引しようじゃないか。俺が知りたい技術を分かる範囲でいいから教えてくれ。その代わりに欲しい物があったら出来る限り手にいれてやる。こんなジャンク通りの裏にまで足を運んでるんだ、何か欲しいもんでもあるんだろう?」

 そう言って来るのも予想出来た。

「……そこに格安で提供するという条件を付け加えても?」

「仕入れ値以下にならなきゃな」

「分かりました。それでいいでしょう。しかし、何もかもを知っている訳ではありませんし、その都度調べなくてはならない事もあります。更に、ここの設備では作る事の出来ない物も沢山あるかと思います。それでもいいと?」

「ああ、かまわねぇ。欲しいのは技術……いや知識だ。結局は自己満足の世界だからな。作ったとしても世に出す事は……多分、無いだろうしバレたとしても、あんちゃんには迷惑はかけねぇ」

 こうして、契約書も何も無いバイドンとの協力関係が成立した。


 そして今、自分の担当技師であった者のメモリーを調べ、必要な情報を得ているという訳だ。

 こうした知識の獲得や技術技能経験値を、他者のメモリーをインストールする事で簡単に一定量獲得出来るのは、これもまた自立稼働型としては全てが人工物で出来ているレプリゲーターでしか可能としない。

 船掘時、メモリーシートの獲得を優先したいと思える理由はここにある。

 気が付くと情報整理が終わり、各種項目毎にフォルダ分けがされていた。

 六瀬は必要な項目だけを選択し、インストールする。


――情報は小出しにして、長く協力させよう。今後の素材集めは多少は楽になるか……。だが結局、金の面では苦労するな。


 信頼という土台があっての取引では無いが、何にせよ、自身の身の上を知った協力者が出来た事には変わりはない。

 六瀬が人ならざる者である事に感づいている者は他にも居るかもしれない。

 一番最初はアズリだと思っていたが、意外な人物で少し驚いた。ならば、正体が露呈する時も意外と早く来るのかもしれないと思えた。


 インストールが終わり、六瀬は意識を元に戻す。

 メモリーシートを外し、ケースに仕舞うと随分と時間が経っている事に気づいた。

「そういえば、待ち合わせはベルの花屋だったな。何かと詮索されそうな気がするが……。まぁ、アズリにとっては関係の無い話だからな、気にする事もないだろう。それよりも……」

 ブラインドを解除したままのポッドは少し不用心だったかと反省しつつ、六瀬は多々良を見る。

「こいつの服……どうするか」

 下着なんて特にどう用意すればいいのか。

「嫌味言われるのも癪だしな」等とぶつぶつと独り言を言いながら、六瀬は再度ブラインド設定に切り替えた。

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