少女と手紙【4】
店と店の間に細い通路があった。意外にも綺麗に掃除がされていて、無駄な機械や看板すら置いてない。昼間なのに薄暗く、切れかかったライトがジジジと音を立てている。相変わらず、そこら中に繋がっているパイプや梯子が邪魔だが、他と比べて謎の室外機が取り付けられて無い分、歩きやすかった。
少女に連れられて奥に進むと、看板が一つだけあった。しかし、店の名前は書かれていなかった。切れかかったネオン管の矢印があるだけだった。
「ここか?」
六瀬が尋ねると「うん」と少女は頷いて、扉を開けた。
錆びた扉はギギギと音を立てて、全力で押す少女を拒む。
見かねた六瀬は、少女の助力をした。
「ありがとう」
無言で押し開けた後、少女の頭に手を置いて、それを返答とした。
店の中は薄暗かった。中央付近にある室内灯だけが点いていて、他は消えている。両端の棚には、値札の付いた様々なジャンク品が整頓もされずに捨て置かれている。商品棚はそれだけで、店自体も狭く、ここが店なのだと理解するのも苦しいくらいだった。
奥にはカウンターがあった。しかし、店員の姿は無かった。呼び出しベルが一つ置いてあり、他には酒瓶とグラスが出しっぱなしになっている。
店番中に普通に酒を飲んでいるのだろうと思えた。
「ちょっと待ってて」
少女が奥のカウンターに向かいながら言った。
少し高いカウンターに背伸びをしてベルを鳴らす。まずは一回。一拍置いて、三回鳴らす。そしてもう一回。
客と自分の区別をつける為の決まりがあるのだろう。
カウンターの先に扉がある。
「居ないのか?」
聞くと、少女は「いると思う」と言った。
六瀬はスキャンをかけてみた。
素体のままだと広範囲に展開することは出来ないし、精度も低い。しかし店一軒程度を把握するのには十分。
簡素な三次元構造が映し出され、店奥に居る人物のシルエットが見えた。
――作業場か? 奥のスペースは広いな。
扉の直ぐ先には小さな部屋があるだけだったが、更にその奥には店舗スペースの倍以上はある広い部屋があった。
「この店では何を取り扱っている?」
「パーツとか色々って言ってた」
「その荷物は人工スキン……だったな。当然、人に使用する物だろう?」
「うん」
「パーツは全てそうなのか?」
「そう。脚とか腕とか……あ!」
そこまで言って少女は口元に手をあてた。
「言っちゃいけないんだった」
「大丈夫だ。誰にも話さない。店に入った時点でおおよそ想像はついていた。気にするな」
人工スキンを配達させておいて、店の品物は空船やその他機器類に使うジャンク品ばかり。売れなくても構わないと思えるような店の雰囲気は、とりあえず店の体をなしているだけだと判断できる。店の看板も置かず、奥には作業部屋があるのだから、何かしら後ろめたい商売をしているのだという結論に至るのは容易だった。
――やはり義手、義足の店か。しかし、モグリでやるような仕事なのか?
性能の低い、機械然としたシンプルな物ばかりだが、義手義足の人間は街でも時折見かける。
確かに、そういった物を扱う店は圧倒的に少ないが、現に、店が存在するのだから隠れてする商売でもないと思えた。
ガタリとカウンター奥で音がした。
「あ、来た」
同時に扉が開かれ、初老の男が顔を出した。
「ご、ごめんなさい。遅くなって……」
と、少女が言っても男はそちらに顔を向けない。
男は油で汚れた手を前掛けに擦り付けながら「裏から入れっていつも言ってるだろう」と言って、六瀬を凝視している。
「あなたの店でしたか」
「ああ。まさか、あんちゃんが俺の店に来るとはな」
「え?」と、知り合いだった事に少女は驚いていた。
しかし、二人の会話は少女を無視して続く。
「本業はこっち……ということですか」
「……いや、どっちもだな。買い取りだってまだまだ俺がいなけりゃ上手く回らんからな」
「あの時の品物は売れたのですか?」
「当然だ。市に並べた分も他に流した分もあっと言う間だった。儲からせてもらったよ。感謝しなきゃな」
「遺体の方は?」
「安心しな。今頃、墓ん中で悠々自適な生活してるはずだ」
「そうですか」
「船掘業は慣れたか?」
「ええ。全てが新鮮ですからね」
「はっ! そんな事言うのはあんちゃんだけだ」
「あの!」
と、そこでしびれを切らした少女が口を挟んだ。
「ん? ああ、悪いな。持って来たんだろ? 駄賃やらんと……な」
「おじちゃん、この人と知り合いだったの?」
「ん? ああ。少しな」
そう言った所で男が「お? そういや……」と何かに気が付いた。そして手を差し出し「自己紹介がまだだったな。バイドンだ」と言った。
その手を握り、六瀬も自己紹介をした。
「ロクセといいます」
「知ってる」
バイドンは握った手を離さなかった。むしろ力を込めて少し引き寄せて来た。
一瞬で雰囲気が変わった。目が座っている。
じっとこちらを見つめてこう続けた。
「で、ここに来た理由を聞かせて貰おう。この子に何があった?」と。
ピンクの下半分はアクアブルー。
美しいカクテルが注がれているグラスの縁には、小さな花が添えられている。そして、そのグラス自体もセンスが良い。
「お待たせしました~」
少し舌っ足らずの女が胸の谷間を見せながら、そのグラスを置いた。
三度目のグラス。その数は二つ。
「待ってない待ってない。ってか君も一緒に飲もう、ぜっ!」
「ごめんね~。私仕事あるし。それにもう、若くてかわいい子二人もついてるんだから、その子達と楽しんで~」
メンノは「え~」と言いながらソファーにもたれた。
「そうよ! 私が居るんだから!」
と、左に寄り添う細身の女は無い胸を無理やり押し付ける。
「私も~居るの~忘れないでよね~」
と、右に寄り添う小柄な女はその体躯とは比例しない豊満な胸を押し付ける。
「ごめん、ごめん。かわいい子が二人も居るのに贅沢だったな。さ! 飲んで飲んで!」
「「は~い! いただきま~す」」
まるで訓練されたかのような息の合った礼。
慣れているとはいえ、若干気が萎える。
しかし、ここはそういう場。
メンノは女二人の肩に手をかけて、滑らかな肌を堪能する。
「お兄さんウチの店初めてって言ってたけど本当?」
「ほんとほんと!」
「え~。でもお兄さん見た事ある~」
「俺に似た奴なんてどこにでもいるだろ。それ人違いだぜ。むしろ俺、こういう店自体、初めてだからさ!」
「「それは嘘!」」
「あ、ばれた?」
他の客に混じって、笑い声が響く。
飲み始めてから幾分時間が経って、メンノは改めて周囲を確認する。
店はそこまで広く無いが、二階席もある様で、雰囲気も悪くない。少しガラが悪い客が多い気がするが、掃除も行き届き、女の子達もかわいい。しかし、妙に嫌な予感がする店だと感じていた。カウンターの端に立っていて微動だにしない男が一人居て、それもまた嫌な感じだった。
「ところでお兄さん」
「ん?」
「どっちにするの?」
何を言っているのか。
可愛い子と飲めればそれでいいのに、選ぶとは意味が分からない。
「どっちに? ……二人とも可愛いし、俺には選べないな」
返答を間違ったのか、女二人はキョトンとする。
ふと見ると、微動だにしなかった男が二つ先の客席へ移動していた。客と何かを話している。何度か頷いて、誰かに手招きをした。それに応じたのは、今さっきグラスを運んで来た舌っ足らずの子。そして客は立ち上がり、その子の肩をぐっと引き寄せて二階へ上がって行った。
「うわ~やっぱり持っていかれちゃった~」
「人気あるからね。接客担当の子達、可哀想。でも私じゃなくて良かった」
「同意~」
まさか……と思いつつメンノは疑問を解きにかかる。
「二階って、客席じゃないのか?」
「「え?」」
この反応だけで十分に伝わった。
失敗したと思った。
とその時、カウンター奥の厨房からガシャンと皿か何かを割る音がした。男の怒号が響き、「ごめんなさい」と何度も謝る声が聞こえる。
謝罪の声色は幼くて、艶やかな店内とは違う世界が壁の向こうにはあると感じた。
そこで一気にメンノのテンションは萎えた。
入った酒も抜けていき、冷静なまま、深い溜息が抜けていった。
「と、まあ、そんな事があってな。今夜こそ美味い酒飲もうぜって話」
「こっちとしては一人で飲めって話っすよ」
メンノは工具が散らかるテーブルに腰かけて、ザッカを懸命に口説いていた。
昨夜の出来事の後は何も飲む気になれず、早々に立ち去って、寝た。
「そんな事言うなって」
「忙しいっすから。それに個人的にあそこは嫌いっす。外で飲むなら商店街奥の酒場が一番っす」
ガチャガチャと工具をいじるザッカ。スピードレース用の高速艇をメンテナンスしているのだが、機械に興味の無いメンノにはその作業内容は一切分からない。
だが、小さなガレージに響く鉄と鉄がぶつかり合う音には、もう慣れた。
「あんなおっさんだらけの裏路地で飲む安酒よりは、美味いと思うぜ」
「……何処で飲もうが個人の自由っすよ。それよりも、メンノは……買わなかったんすか?」
「……女を、か?」
そうだと言わんばかりに無言で作業をするザッカ。
会話が途切れて工具が鳴らす音だけが響いた。
「……俺の事は良く知ってるだろ?」
「そっすね」
「怒鳴られてた子も、いつか客を取る。いや、取らされる。そういう店だった」
「そっすね」
「ザッカ。お前だったらどうする?」
「……」
「ま、店には当たりはずれがあるからな。俺にとっちゃあそこは、ハズレだ」
需要があるからこそ、供給がある。趣味趣向は様々だが、一定数需要があるのならば、それだけで商売は成り立つ。メンノにとってはハズレだと思う店も、一部の者達にはアタリだ。ただ、手段を選ばず品をかき集める店には嫌悪感しか湧かない。昨夜の店もそれに近い香りがした。
「ほんと……不味い酒だったよ……」
手近にあるネジを拾ってクルクル回す。
そのネジ一本が、それ単体では何も成さない自分自身に見えて来る。
「……素直にいつもの店に行ってれば良かったじゃないっすか」
機械と向き合いならがらザッカは言う。しかしその手は止まっている。
「たまには冒険したくてな」
工具箱にラチェットレンチを投げると、ザッカは深い溜息を吐いた。そして「分かったっすよ。いつもの店なら付き合うっす」と言った。
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