生きる者 【4】
次いで角から姿を現したのは銛班と小銃班、そしてアズリ達のリーダーである船長とラノーラのお頭だった。
小銃班が銛の搬送を手伝って、小銃全てを船長とお頭二人で担ぐという形でアズリ達が待機している場所までやってきた。
銛班が九人。小銃班が七人。船長とお頭。そこに、アズリ、ラノーラ、カナリエ、ダニルを加えた計二十二名が今回の現場担当となる。人員としてはまだ居るのだが、解体班や、仮に獲物が逃げた場合の罠を担当している予備の人員、救護班等は洞窟の外で待機だ。
全員、アズリの待機していた周辺へ一度荷物を下ろと、今回の獲物であるガモニルルとその奥の塊を見ながら「そこそこ大物だな」とか「採算とれるのか?」とか、先程までアズリ達が会話していた内容と似たような台詞を思い思いに呟き始めた。
そんな中、マイク越しに聞いていた野太い声がアズリの耳に届いた。
「本当に大丈夫なんだろうな。肉屋」
眉根に皺を寄せ、腕組みをした格好で声を発したのはアズリの船長であるオルホエイだった。
短く刈り上げた髪に顎髭が特徴的で、ダニルまでとはいかないが太い腕とまるで大きな果物の様な丸い肩が威圧感を滲み出している。
「馬鹿デカイ音さえ出さなきゃ本番までは問題ねぇ。びびってんのか? あん? 葬儀屋」
オルホエイと同じく腕組みをし、薄っすら笑みを浮かべながら喧嘩を売る様な返答をしたのは、ラノーラのお頭であるカテガレートだ。
オールバックにした金髪と口髭には白髪が少し混じっているが、まだまだ現役と言わんばかりの雰囲気がお頭と呼ばれるのに相応しく感じる。
そのカテガレートが言葉を発した後、獲物を見ながら呟いていた周囲の声は飛散した。
周囲に沈黙を招いた理由は、この二人の雰囲気が悪い、又は威圧感があるから……という事ではなく「お? 始まるか?」と言わんばかりに周囲が面白がっているからだった。
正直この二人は仲が良い。現場と酒場では皮肉混じりにお互いを肉屋、葬儀屋と呼び合うし、喧嘩を吹っ掛ける様な態度や台詞をどちらかが始めると、そこから口論が勃発する。しかしながら、いつしかその口論がお互いを褒め合う賛美に変わる。周囲からすれば、そのやりとりを聞くだけで酒のつまみになるし、馬鹿馬鹿しくて面白いのだ。
二人が幼馴染みだから、という理由だけではなく、もっと深い所でお互いを信頼する何かがあるのだろうとアズリは思っている。相変わらずの二人を見ると、この作戦も上手く行く気がして少しホッとした。
周囲はいつもの喧嘩を期待をしながら二人を見つめている。しかし、オルホエイの「ふんっ」と鼻を鳴らしただけの返答で会話は終了した。
口論が始まり、長々と続いてしまえば、折角眠りこけている獲物が起きてしまうかもしれないし、ましてやここはその獲物の真ん前だ。普通に考えても状況的に考えても作戦に集中するのが当たり前。アズリ含め周囲の皆は「まあ、そうだよな」と思った様子で、少し残念そうだった。
そんな周囲の雰囲気を感じているのだろうが、気にも留めない様子でカテガレートは集合の合図をかけた。
そして全員集まった事を確認するとカテガレートが口を開いた。
「作戦は理解していると思うが、もう一度軽く説明する。いいな?」
小さく、そして力強く、各々返事をする。
「今回の獲物は見ての通りガモニルルの雌だ。かなりデカイが冷静な対処と準備があれば、何の事はない。まず銛班は左右後方と真後ろから打ち込む。狙うは左右の前腕、そして腹だ。腕側は貫通後、合図と共に引き上げろ。船掘商会が担当する腹側は出力最大でぶっ放せ。貫通させて地面に食い込ませろ。引き上げ後、小銃班は目を潰せ。その間、カナリエ、ダニル組は充填と絞りを調整してくれ。狙うは胸ど真ん中の心臓。洞窟内だ、くれぐれも貫通し過ぎない様に気をつけてくれ。アズリ、ラノーラはご苦労だった。この場で待機だ」
と、カテガレートは息つく間もなく一気に説明した。
アズリは作戦前の打ち合わせで、よく分からなかった役割が一つあり、先程の見張りの最中にラノーラから詳しく聞いていた。
それは小銃班の存在だ。
動きさえ封じてしまえば、じっくり心臓を狙い撃ちできるし、カナリエが命中させればそれで作戦は終了なのだから小銃班が目を狙い撃つ意味が分からなかった。しかし小銃班の役割には、仮に反撃された場合、視力に頼るガモニルルの攻撃の精密性を欠く事と、この作戦の肝、パイルレーザーの打ち手であるカナリエが狙われないようにする為の撹乱という大事な意味があった。
昔、動きを封じる為の銛が外れ、大きな被害が出た事があるようで、その教訓との事だった。
集合している仲間の顔を一周する様に見ながらカテガレートが作戦を伝え終わると、今度はオルホエイを見てクイっと顎を上げた。
お前も何か言えといった意味だろう。
しかしオルホエイは「いや、俺からは何もない。陣頭指揮はこいつだ。皆も指示に従ってくれ」と、カテガレートに丸投げした。
アズリはこの丸投げな言葉も二人の信頼によるものなのだろうと感じた。
オルホエイの言葉に「了解」と、アズリ、カナリエ、ダニル含め数名が声を上げた。この声を上げた数名が狩に協力するオルホエイ船堀商会の人員となる。本来の目的はガモニルルではなく、光苔だらけの塊の方だ。
「では、作戦通りの配置につき準備をしろ。大きな音は立てるなよ」
そうカテガレートが言うと、各々準備に取り掛かり始めた。
この作戦では配置が一番重要になる。作戦前にも探索班の簡単な配置図をみて、ある程度の配置場所は決めてある。しかし、意外に広い洞内と足場の良し悪しの確認に少し思案している様だった。幸いにもガモニルルは巣内ではあまり動かないらしく、ガモニルルの位置は探索時とあまり変わらない。
自分はただの見張り役で、手伝うといっても足手まといにしかならないと思うアズリは、配置場所の確認をしているカナリエ達を見ているしかなかった。自分の存在が役にたっているとは思えず、また卑屈な感情が芽生えた。
ようやく配置が決まり、カナリエ達が戻って来ると各々銛や銃を運び出す為動き出す。
ぼぅとして見ているだけでは居られず、このままでは本当に手持ちぶたさになるアズリは自分も何か手伝わなくてはと思った。
そしてカナリエに声をかけようとした。しかし、アズリより先にカテガレートがカナリエに声をかけた。
「すまんな。一番の大役を押し付けて」
「気にしないで。そっちのパイルレーザー、二丁とも別班に渡してるんでしょ? それにこの子、とっても気分屋なの。私にしか扱えないわ」
愛おしそうにパイルレーザーを見つめ、手で摩りながらカナリエが言うと「そうか……よろしく頼む」とカテガレートは笑顔で一言付け加え、準備をし始めた仲間の元へと戻って行った。
狩猟商会の所持しているパイルレーザーは全て別の作戦に使用している為、この作戦では持ち込む事が出来なかった。
この作戦において、パイルレーザーは必要不可欠。故に、船掘商会の所有する唯一の一丁を使う事となったのだ。
しかもこれは誰でも使う事が出来ない。銃口から出る気体レーザーの指向性や圧縮と距離を調整するのが非常に難しく、かなり使い慣れた者の感覚に依存する部分が多いからだ。
オルホエイ船掘商会の船員の中では、カナリエが一番上手く使える。
カテガレートとの会話が終わってパイルレーザーのグリップを握ろうとするカナリエに、アズリは「私も手伝います」と声をかけた。
どうしようかと、ほんの一瞬躊躇う素ぶりを見せたカナリエだが、グリップの前方部だけを片手で握り笑顔でアズリを見つめた。
その意図を即座に理解したアズリは後方部のグリップを両手で握り持ち上げた。
「ふふ。ありがとう」
カナリエの言葉と行動に、アズリの胸の奥がぐっと締め付けられる。
たった数十メートル運ぶだけの事にアズリの手を借りるという事は、アズリの、自分も何かしなくては……という切迫感にも似た感情に対する気遣いだという事だ。
「……私何も出来なくて。……ごめんなさい」
不意にそんな言葉がでた。
仲間達それぞれに役割がある。それぞれが作戦のために準備し、行動する。しかしこの作戦においては、自分はただラノーラの後ろをついて行き、一緒に獲物を見つめていただけだった。いつも、こんな役目や探索に追従することくらいしか無い。ここに自分は居て良いのか、役にたっているのかとアズリはいつも沈思する。
記憶がある中で、どれだけ人に助けて貰って生きてきたか分からない。この仕事を始めてからも、あらゆる場面で仲間に助けて貰っている。鈍臭い訳では無いとアズリは思っているが、弱い心が邪魔をした。
「……ちょっと、置こうか」
カナリエは言うと直ぐに、手を下ろす。次いでアズリも手を下ろし、パイルレーザーを地面に置いた。
人差し指を立て、その指先をこめかみに当てたカナリエは小さく唸り、思案する素振りをみせた。そして「昨夜のスープの中のお肉……何の肉だっけ? レシピは?」と、唐突に質問してきた。
「へ? えっと……タリマラの肩肉です。一度ひき肉にした後、刻んだスソの葉と燻製イタケとスショの粉を混ぜて丸めて、お野菜と煮たら、塩で味を整えるだけの簡単料理です」
「……あのスープとても美味しかったわ。遠征の時の料理は女性陣で持ち回りだけど、アズリの料理当番の日って、あの少食のペテーナも必ず全部食べるし、内緒だけど船長なんて食前酒を抜いてるのよ」
「内緒だけど」の辺りで、こめかみにあった人差し指を今度は口元に当ててカナリエは悪戯っぽく笑う。
「別にそんな大層な料理じゃ無いし、カナ姐の料理だっておいし……」
「これって才能だと思うのよ」
アズリの言葉を最後まで聞かず、遮る様にカナリエは言葉を発した。
「火加減や材料を入れるタイミング。味付けだったり、ちょっとした手間だったり。そういうのって、結構人それぞれ個性がでるわ。分量からすべてレシピ通りに、完璧に作らないと同じ味にはならないと思うの。私達ってその時ある材料で工夫しながら作るしかないわよね? そんな中、常に、皆んなが美味しいって思える料理を作れるアズリは凄いって思う。これって才能だなっていつも思うの」
カナリエが自分を励ましてくれてるのが、ここでようやく分かった。でも、美味しい料理が作れる事が何だと言うのか。カナリエや一部を除いて他の皆の料理だって十分美味しい。そんな事で役に立ってるとは思えないし、この仕事では無意味だとアズリは思う。
「そんな事ないです。味付けだって適当だし……」
「嘘ね」
また言葉を遮る様にカナリエが声を発した。
「知ってるのよ? アズリ……あなたが船員皆んなの味の好みや苦手な食材まで把握してるのを」
ドキリとした。その事は誰にも話していないし、食材の好き嫌いを皆に聞いた訳でもないのにカナリエが知っているなんて思いもしなかった。
「あなたの観察眼にはいつも驚かされる。探索の時、あなたのお陰で危険を避けた事だって何度もあったわ。それに探し物だっていつも確実に見つけるじゃない」
確かに、獣の足音や物陰での動きに気がついて危険を避けた事もある。しかしアズリがそういった事に気がついたのには理由があった。
何か不思議な感覚、不安にも似たどう言葉にしていいのか分からない感覚に襲われる時があるのだ。その感覚があると決まって何かがある。だからこそ注意深く観察し、その感覚の根を突き止めようとしてしまう。
物探しの時はまた別の感覚で、何か糸の様な物で引っ張られる感覚に近い。
それ以外でも、人の顔色や感情を伺ったり周囲と良好な関係を築く為に観察したりと、様々な事で敏感なのだが、それはアズリ自信の性格の問題で処世術だった。
「アズリがここに来て、もう二年は経つよね。死の危険が付き纏うこんな商売なのに、船長が二年もあなたをここに置くと思う?」
船長であるオルホエイが優しい事はアズリも良く知っていた。才能がない者、役に立ちそうもない者、稼げるこの仕事を望む人達の中で、そういった輩は仕事をさせて暫く様子を見た後、他の仕事を紹介した。それはオルホエイが気に入らなかったからとかでは無く、この仕事で死んで欲しくないからだ。
普通に死人が出る事もあるこの商売。むいていない者ほど死が近い。
「前にね、アズリ……あなたの事を『あいつは周りをよく見ている。そして機転がきく』って船長が言ってわ。……あなたはいつも少し不安げで遠慮しがちだけど、良く気が利く賢い子よ。それに本当は好奇心と行動力に溢れてる子だって私は知ってる。ウチの商会には必要ない人間なんていないわ。あなたがこの場に居るのも必要とされてるからなのよ」
アズリは目頭が熱くなる感覚を覚えつつ「カナ姐ぇ」と呟いた。そしてカナリエはアズリの頭をポンポンと優しく叩いた。
「この作戦であなたを見張りに付けたのも、アズリなら何かに気づくかもしれないから。人一倍周りに敏感なアズリだもの。皆、信頼してるのよ。……でも怖かったでしょう? こんな大きな巨獣見るの初めてだものね。見張りお疲れ様。後は私達に任せて」
この言葉が欲しかった。
自分を必要としてくれる事実、後はカナリエ達に任せられる安堵感。それがアズリの涙を溢れさせる。瞬きをすると涙が一筋頬を伝った。
「あらあら」と言いながら親指で涙を拭ってくれるカナリエの手が暖かい。
「どうした?」
と、荷物を持って近づいて来たダニルが声をかける。カナリエが「ちょっとねぇ」と慈愛に満ちた笑顔をアズリに向けたままで返した。
「それで、アズリ。見張りをしてて何か気がついた事はあった?」
涙を止める意味もあったのだろう、カナリエは仕事の話しを振ってきた。
これ以上涙をこぼさない様にグッと堪えてアズリは答える。
「……基本的には何も問題はないと思ったけど、何だか気になるのはガモニルルの巣……かな」
「巣ね……。ダニルどう思う?」
「別段問題ないと思うが」
カナリエとダニルは自分達からみて左手にあるガモニルルの巣を見つめた。
「まあ、いいわ。一応船長に話してみる。ありがとう。アズリ」
そう言ってカナリエは優しい笑顔をアズリに向けた。そして「さあ、行きましょ。早く準備しないとね」と、言葉を続けた。
「はい」
その返事はアズリ自信も少し驚くくらい晴れやかで、うっすらと洞内に響いた。
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