店長【4】

 店の看板からも見て取れるように、エドワードは店長が困っている人を放っておけない性質たちであるとばかり思っていた。だがディランが言うように、店長にはエドワードを助け、店に迎え入れるだけの理由があったらしい。エドワードがその理由を問えば、


「エドワードが初めて俺を見かけたのは病院だったし、今日も知り合いの医者せんせいに捉まったのは、なぜだかわかる?」


 と、店長からは反対に問い掛けが返ってくる。


 それに対してエドワードが、わかりません、と首を横に振れば、店長はそのまま肩を竦めた。


「病院に行く理由なんて、限られていると思うんだけどな」


「ではやっぱり、店長は何か病気を?」


 もしそうであるなら、「似ている」という言葉に疑問は残るが、少なくとも母を助けてくれた理由としては説明が付く。病を患う者同士放っておけなかったということだろう。しかし、店長はそれを否定した。


「エドワードはどうしても、俺を病気にしたいのかい? エドワードだって、病気じゃないのに、病院に行くことはあるだろうに。初めて見かけた時もそうだったんだろう」


「僕が店長を初めて見かけた時?」


 エドワードが店長を見かけた日、病院を訪れていたのは、母の薬を受け取るためであった。その他にも、母の付き添いで訪れたことは数回ある。


「あれは母さんの……」 


 エドワードは意識せずそれを音にして、「まさか……」と店長を見やった。すると、


「そう。病気を患っていたのは、俺ではなく、母、なんだ」


 と店長からは、肯定が返ってくる。


 てっきり、店長自身が病院に通っている可能性ばかりを考えていたエドワードにとって、その答えは予測していなかったものである。だが、答えを聞いてしまえば、全ての言葉に納得がいく。同じく病の母を持つ者として、店長はエドワードに自身の姿を重ねたのだろう。だからこそ、「似ている」という言葉がしっくりくるし、店長がエドワードを助けた理由としても申し分ない。


「では、店長のお母様があの病院に?」


 しかし、確認のためのその問いに、店長は悲しそうに目を伏せて、首を横に振った。


「母は、もういない」


 その言葉の意味するところを考えて、エドワードはさっと青褪めた。その言葉は、『病院にはもういない』というようにも受け取れるが、それ以上に悲しい可能性を思い起こさせる。店長の様子から言って、エドワードが思い描いたその可能性はきっと間違ってはいない。


 それは、妖精この尻尾こに来て、一度として店長の母の姿を見ていないことからも、確信に近かった。


 だから、「母はもう既にこの世を去ったんだ」と続けられた言葉に、エドワードは、やはりな、と思った。そして次にエドワードの心に思い浮かんだのは、もう既に亡くなっているという店長の母に対する疑問である。


 病院に入院していたというけれど、彼女は妖精だったのだろうか。エドワードは自問した。いくらなんでも個性豊かな妖精が、病院のベッドに収まることなどないだろう。通いであったら捨てきれぬ可能性ではあるが、入院となるとその可能性はずっと低くなる。だとすると、店長の母親は人間なのかもしれない。その結論に行き当たって、エドワードは愕然とした。その息子である店長もまた、その血を受け継いでいることになるからだ。


 もしかしたら、ディランがエドワードに見せた表情こそが、エドワードが抱いていた不安と同質であるかもしれなかった。


 そのため、エドワードは遠慮がちに店長に問い掛けた。


「店長のお母様はどういった方だったんですか?」


「優しくて、何もかも包み込むような包容力を持った人だったよ」


 店長は、昔を慈しむように目を細めて語った。その声音からは、店長がその肉親をいかに大切にしていたかを窺い知ることができる。エドワード自身が両親やフェリシアのことを語る時のように、その声音が悲しみを通り越して、とても穏やかであったからだ。


「お母様を愛してらしたんですね」


「ああ、俺は母が大好きだったよ。母は、人と妖精問わず、誰からも愛される人だったんだ。ここにいるディランも含めてね」


「ディランさんも、ですか?」


 エドワードと店長のやりとりを黙って見守っていたディランは、そこでようやく口を開いた。


「そう、俺も大好きだったぜ。あの人の息子に生まれたかったと思うくらいにはな。幼いながらに、兄貴のことが羨ましくてならなかったんだぜ。だからせめて、あの人の下で働くのが夢だったんだ」


「ディランは、あの頃からこの店を手伝っていたくらいだからなぁ」


「あの頃?」


「母がこの店を始めた頃さ」


「じゃあ、この店は……」


「うん、母が当時の妖精王に許しを得て始めたものなんだ。その意味が、エドワードにはわかるだろう?」


 この店は、店長にとって形見も同然なのだ。店長の言葉に、エドワードはそう思った。だが同時に、自身が家族を失うことを想像して、思い出の詰まった店で過ごすことはひどく辛いことのように思えた。


「辛くはないんですか?」


 エドワードはその思いを口にして、店長を真っ直ぐに見つめた。店長は、その言葉に驚いたように瞬きを返して、


「母は人であったけれど、妖精の友であったんだ。だから母は、時代の変化と共に、人が妖精を信じなくなってしまったことを嘆いていた。人が妖精の友で在り続けることを望んでいたんだ。その意志を継ぐことが、俺の役目だよ」


 と言う。それから店長は、ディランとエドワードに順に視線をやり、言葉を続けた。


「だから、大丈夫。絶対に潰させやしないよ」


 大丈夫――その言葉はエドワードにとって、何よりも心強いものであった。


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