第17話 デモ隊との衝突

 その数日後、朱莉はTPP発足に反対する農業団体を説得するため演説することになっていた。尤も一旦国として決めたことなのでいくら日本で一番の力がある団体組織と言えども、それを棄却するまでには至らないことだろう。

 けれども反対する意見により世論をも動かし政治不信へと繋がるのは明白な事実化していたため話し合いの場を設けるのは政府として急務の自体だったのが、事態は思わぬ方向へと動きをみせていた。


「みやびさん、TPPに反対する団体が首相官邸近くでデモ行進を行っているというのは本当なんですか?」

「ええ……そのようですね。私も今連絡がありまして確認をしていたところですが、どうやら本当のようです」

「そ、そんなせっかく朱莉が出向いて話をする場を設けようとしていたのに、それなのに……」


 農業団体との話し合いを明日に控えた昼過ぎ、ちょうど俺はコーヒータイムと称して執務室から抜け出して呆けながらに休憩室に設置されているテレビを何気なく見ていたときのことだった。

 速報ニュースで首相である朱莉が明日、農業団体とTPPに関して話し合いの場を設けるとの情報が漏れ農業団体が百姓一揆さながらの実力行使デモを行っているとの見出しが踊っていた。


 その事実を確認するため急ぎ首相官邸の執務室で公務を行っている朱莉とみやびさんの元に駆け寄った。

 どうやら第一秘書であるみやびさん自身も今しがたその報告を受けたのか、スマホで誰かと電話をしながら俺にそう受け答えてくれたのだった。


「永田町の1丁目付近の交差点……ほんとにこの近くでデモをやっているんだ……」


 朱莉は公務デスクの正面に設置してある50インチの8Kテレビをつけ、そのニュース映像を見つめていた。

 そこには何十人もの団体がハチマキや「輸入米は日本にはいらない」などの文字が躍るチラシ片手に、TPP反対とデカデカと書かれた垂れ幕を持ちながら更新している様子が映っていた。


「TPP反対っ!」

「「「TPP反対っ! TPP反対っ!!」」」

「首相は我々の声を聞けーっ!」

「「「聞けーっ!!」」」


 テレビを通して俺達に国民の生の声が伝わってきていた。

 先頭に立ち彼らを扇動する代表らしき人は携帯式の音声拡声器片手に反対を叫んでいた。それに追随する形でぞろぞろと行列を作っている人達も続けて「TPP反対」と大きな声で叫びながら、歩道には入りきらずに車道に出て行進を続けていた。


「みやびさん、これってどうにかならないんですか? それよりも普通にデモってしても良いのなんですか!?」


 俺は連中が勢いこのままに朱莉が居る首相官邸まで来るのではないのかとの心配から、みやびさんに聞いてみた。


「一応警察が動いているそうですが、政府から解散するように言ってしまうと更に混乱……いえ、下手をすれば相手を意固地にさせる危険性が増して両者の話し合いどころではなくなってしまいます」

「いや、既にデモなんかしている時点で話し合う気ないんじゃないですかね! それに警察は何をしているんですか? 取り締まるというか、解散させるとか」

「それはそうなんですが、あくまで集まりのデモ行進をしているだけですからね。警察としても道交法違反で指導するくらいしかできないかとも……」

「そんな……」


 どうやらみやびさんと言えでもこの事態は想定外なのか、打つ手が無い……いや、打つ手はあるにはあるがそれをしてしまうとデモをしている団体とは完全に決裂してしまう恐れがあると懸念を示していたのだ。

 そして事の成り行きを俺達が話しているのをただ黙って聞いていた朱莉が口を開いた。


「みやびさんっ! 唐突ですが、このデモの近くでどこか広い場所はありますか? 例えば公園みたいなところっ!」

「え、えぇ……この近くの公園ですと、日比谷にある公園が一番近いかと思われます。で、ですが朱莉さん、一体どうなさるおつもりなんですか?」

「実はワタシに考えがあるです! デモをしている人達をどうにかその公園に誘導できませんかね? もちろんあくまでも穏便に、ですからね」

「あ、ああそれならデモを解散させるのではなく、あくまでも“安全上の理由”ということで一時的に公園へは退避させることはできますが……」

「じゃあそれでお願いしますっ! あとの責任はすべてワタシが取りますからっ!! それともう一つだけ……これはワタシの秘策と言いますか、ワガママなお願いをしたいのですが……」


 朱莉は考えがあるとは述べたものの、それには一切触れずデモをしている団体が収容できる広い場所とそちらへと移動する手立てをみやびさんに聞いてからそう指示を出した。


 それから数十分後、デモをしていた団体は警察誘導の元一時的に日比谷公園へと移動することになった。もちろんその名目は先程みやびさんが言っていたデモの解散ではなく、あくまで安全上の理由としてだ。

 そして俺達は朱莉の考えだと言われ、その公園に直接来ていた。


「俺達をこんなところに連れてきてどうするつもりなんだ?」

「そうだそうだ! このまま解散させられるんじゃねぇのかぁ!?」


 デモをしているのはそのほとんどが米農家なのか、日に焼けたご年配のおじいちゃんが多く見受けられた。

 だが移動させられた怒りというか、戸惑いの声や不安の声が渦巻き混乱しているようにも見える。


「みなさん、こんにちはっ!」


 そして朱莉は何を思ったのか、音声拡声器片手にその人ごみが集まる前へと躍り出て挨拶をした。

 もちろん俺やみやびさん、それとシークレットサービスで護衛の黒服のおじさんも引き連れている。


「なんだぁ~、めんこいお嬢ちゃんが出てきたでねぇか~」

「もしかして、嬢ちゃんが俺達をここに呼んだのかい?」

「はい、そうですっ! ワタシが皆さんをこの公園へと誘導するように指示を出しました」


 おじさん達は一見して若い女の子が出てきたことに驚きながらもそんなことを尋ねると、朱莉は元気良くそうだと肯定する。


「んんっ? アンタ、どこかで見た顔しているな……芸能人かアイドルか何かか?」

「いやだなぁ~、おじさん。ワタシのことを超絶美少女のメインヒロインだなんてそんな本当のことぉ~っ♪」


 どうやらここに来ても朱莉の中二病……もとい空耳クオリティが健在なのか、自分に都合の良い様に鼓膜が振動を伝え脳変換しているようだ。


「(朱莉朱莉、何適当に自分の都合の良いように話持っていてんだよ。早く本題に入らないと)」

「あっ! そ、そうだった……つい、ね♪」


 俺は急かすように朱莉へ小声でそう伝える。

 でなければいつデモを再開もしくは直接朱莉に襲い掛かるかもしれないと懸念していた。


「実はワタシが皆さんが追い求めていた現在日本国トップの首相である朱莉ちゃん本人なんです!」


 朱莉はそう言いながら、急急と『本人』と掲げられた襷がけをすると集まる人々にそんな宣言をした。


「「「ぽか~ん」」」


 それを受けて……というか、おじさん達は目の前で何が起こっているのか理解できずにただただお口を開けている。

 その光景はまるで集団雛鳥のようにも見えてしまい、少しだけ間抜けに思ってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る