第5話 物へと課税される税

 首相として初めての大仕事である所信表明を終えた朱莉。もちろんあの記者会見が広く世間に広まったことにより、アンチというか当然のように批判もあった。


 確かに俺達よりも上の世代から見れば朱莉の発言は常軌を逸していた言動であると、さぞ感じたことだろう。けれども、これまでの国のトップとは何か違うと感じたのか、もしくはそうなるようにと自分達が仕向けた手前、大きな声では否定もできなかったんだと思う。


 それに呼応するかのように朱莉の演説は10代20代の若者達を中心に圧倒的な支持を得たおかげもあってか、世論の大半は「まずは様子をみよう……」という風潮になっていた。


 そして国民の評価は、これからの朱莉の行動次第ということになるわけだった。


 だが日本中の全国民、そして全世界が注目する中で通常ならば臆する事態だろうが、元魔王様として振る舞う朱莉の敵ではなかった。


 なんせ自称とはいえ、元魔王様。

 ぶっちゃけ人間達を支配することなんぞ造作もないことである。むしろ自分を中心に世界が回り、全世界を統治しているとも勘違いできるのだ。それがオタクというものであり、中二病たる由縁でもあった。


「さて、これからの朱莉さんの行動一つ一つがこの国行く末を左右していると言っても過言ではありません。まずは……」


 とりあえずみやびさんは朱莉と俺の前で、これから一国の代表である首相として成すべきことを一つ一つ丁寧に説明してくれることになった。その間、朱莉はテーブルに立て肘を突きながら自分が眼鏡をかけていないにも関わらず、ズレた眼鏡位置を直す素振りを仕草をしながら「給料分の仕事をしてやるぜ……くくくっ」などと、どこぞのアニメキャラのセリフを真似ている。


 国のトップが代わったことにより、世界中から朱莉の一挙手一投足が注目され、経済戦争はもちろんのこと、国防に対しても海外から何らかのアクションを起こすだろうと、みやびさんは言った。

 確かに諸外国からすれば今回、日本が下した決断は危うく思えると同時に、好機と成り得る事態に思えよう。


 なんせ国のトップがまだ年端もいかぬ女子高生になってしまったのだ。それも何ら知識も経験もなく、他国から見れば『赤子』と言えるほどにちっぽけな存在にしか見えない。

 そしてこれまで幾多にも両国間の間で執り行われてきた貿易取引により、苦渋の煮え湯を飲まされてきた隣国や米国などがこの機会を逃すはずがないはずである。


「つまり国内の治安安定や経済問題はもちろんのこと、諸外国に対する対応も並行しなければいけません。どれが一番重要ではなく、どれも分け隔てなく重要案件になります」

「な、なんだか、本当に政治の世界みたいに思えてきたよお兄ちゃん」

「いや朱莉よ。本当にも何も、本当にお前がその世界に身を投じることになるんだぞ」


 みやびさんの説明を受けた朱莉はまるで他人事のようにそんなことを述べていた。

 きっと朱莉には、アニメやゲームにおける政治や経済の延長線くらいにしか考えていないのかもしれない。


「それじゃあ、まず『内政』ということになるんですかみやびさん?」

「そうですね……内政と言うよりも、とりあえずはお二人に今の日本国が置かれている現状をお話いたしますね。まず数十年前に起こった不良債権を引き金としたバブル崩壊から、株価下落に伴い失業率の上昇と生活保護の受給者が急増して中小企業だけでなく、大手証券会社が次々と倒産して……」


 みやびさんは淡々と学校の授業の習うような経済問題から説明をしてくれた。尤もそれも俺達でも理解しやすいようにと身近な出来事を例に挙げ、説明してくれたので高校生である朱莉でも理解しているようだった。


 今の日本が置かれた状況はバブル以降戦後最大級に景気が悪く、失業率の上昇と賃金低下による景気後退、それに伴い生活保護などを受給する人が爆発的に増えているのが現状だった。


 またそれに追随する形で1960年台に起こったベビーブームを背景に今年になってから段階の世代が次々と定年退職する年となったことで働き手が劇的に減少したのはもちろんのこと、年金受給者も増えたり病気や介護による医療費などが国の財政を圧迫していた。


 今はまだ国の借金である国債を発行することにより、どうにか経済破綻を免れてはいるのだが、これから先の10年20年後には経済破綻してしまう恐れがあるという。


 それを少しでも遅らせるため、昨今の政府は年金受給する年を65歳から70歳以上に引き上げたり、介護保険や高齢者医療制度など新たな制度を設けることで少しでも国に対する負担を減らそうと努力をしていた。

 特に今年は医療費や年金負担が重なりその経済負担を平等にするため、10月より消費税増税10%へと踏み切ろうとしていた年だった。


「そんな理由で消費税が上がろうとしていたんですね。まったくフィギュアを10体買えば、否応なしに1体分の消費税が付いて回るだなんて国民を馬鹿にしてるよね。ぷんぷん!」

「すべて朱莉さんの仰るとおりです。消費税増税は国民にとっては辛いものであり、政府にとっても茨の道となりえましょうね」


 朱莉は消費税増税についてを自ら欲しているフィギュアの話に例えて納得すると、足と腕を組みながら憤慨していた。

 そして何故だかみやびさんまで朱莉のイエスウーマンとなってしまったのか、頷きながらも増税についての嫌悪感を示していた。


「確かに俺達庶民にとって、消費税ってのは痛い存在だよなぁ~。何を買うにしても……ここに置いてあるミネラルウォータにだって税金としてかかってくるんだもんなぁ」


 俺は目の前のテーブル上に置かれたペットボトルを手にしながら、キャップを空けると一口だけ口に含み乾いた喉を潤していく。


「消費税は基本的には間接税ですが、用途に応じた様々な種類が設けられていますからね。またその財源は国だけでなく、地方自治体にも還元されるようになっています。もちろんそれは消費税の一種であるタバコ税や酒税、それに自動車税やガソリン税などの総称である揮発油税と地方揮発油税をはじめとする暫定税率などもその税種別によって、国に直接管理ないし国または都道府県とに跨って還元される仕組みとなっております。もちろんその分配比率もそれに応じて異なることになりますね」

「税金の名前というか、名目によって国や地方に分配されるわけなんですね」


 みやびさんの説明を受け、俺は端的に言葉を要約して解釈することにした。


 物事には何事にも単純明快さを求めるとともに、時には細部までを説明しなければいけなくなることもある。特に国民へ呼びかける際には難しい言葉や説明を用いると同時に、身近な物事で例えてやると納得させることができる。


「はい。それだけでなく、集められた税金の種類によっても、その後使われる用途にもそれぞれ制約がつくことになります。消費税のように医療費や託児所の助成金など様々なものに使える税もあれば、揮発油税……一般的にはガソリン税と呼ばれる税のように、道路整備などにしか使うことができない税もあります」

「使える用途も最初から決められているんですね。ちなみにその年というか、もしも余った場合は……」

「ええ、その場合には『繰越』という形で翌年に回されることになります。もちろん多ければ多いほど翌年に付く予算は削られることになるのですが、そこには抜け道も存在します。例えば分かりやすい例で言いますと、道路整備になるかと。将来に渡って道路整備による財源が不足してしまうと円滑な物流を促すのが困難になるので、それを防ぐため毎年のように積み立てをしています。これは通常のマンション賃貸における修繕費や維持管理費のようなものだとお考えください。他にも……」


 俺はみやびさんの話を聞きながら、思わず頷いてしまった。


 これまで税金なんてとんと関心なんてなかったのだが、それが最終的にどのように使われるかさえも知らなかったのだ。ただせっせと国に言われるがまま税金を納めていたにすぎない。これでは本当に俺達庶民が納めたその税金が正しく使われるのか、そしてそこに無駄はないのかという結論へと結びついてしまう。

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