第3話 所信表明演説

 こうして朱莉は一国の、それも先進国の中で上から数えて3番目に位置する火の元日本にっほんの首相になることになった。

 もちろん内閣総理大臣が廃止されるということは、その権力もそのまま朱莉が引き継ぐ形となる。


 自分の妹がある日、突然一国の首相となってしまった。

 俺はこのとき「マジかよ……」っと、素で驚きの声を上げてしまったのはもちろん、そのあまりにも適当というかスケールのデカさに恐れを抱いていた。


 けれども、そこは首相を傍で支えてくれる、しっかりとしたサポート制度があるとのこと。

 朱莉にはみやびさんのような第一秘書と呼ばれる者が付き、終始色々なアドバイスをしてくれるとの説明を受けた。


 だがしかし、である。

 アドバイスはしてくれても、『最終的に決断を下すのは、あくまでもこの日本という国の首相に任命された朱莉である』と、みやびさんには言われてしまったのだ。


 さすがにウチの朱莉に……いや、そもそも現役女子高生にそんな一国の決断を委ねてしまったも良いものなのか、俺の疑問は至極真っ当なことだったに違いない。

 そこで聞かされたのだが、朱莉の首相就任期間は1年間限定とのこと。もちろん首相に相応しくない行為をとれば、即解任されてしまうとの説明までされてしまった。


 またもしも首相が解任されてしまった場合には、再びあみだくじによって国民の中から選ぶことになる。

「だからそのように気負わなくても大丈夫だから」とみやびさんには言われてたが、それでも俺は不安を拭えなかった。


 何故なら、朱莉は……ウチの妹様はとある病に心を蝕まれていたのだから……。


「ふっははははっ(ごほっごほっ)お兄ちゃん、ようやくワタシの時代が到来したみたいだよ! 一緒に頑張ってこの日本を良くしようね♪ なぁ~に、ワタシは(自称)元魔王様なんだから心配ないってば♪ まずはアニメの円盤ボックスに入る話数から変えなきゃだよね! そもそも1巻に2話だけとか、あんなの製作委員会がボッタクリたいだけの制度。それに今の時代BDブルーレイなんだから、1枚に1クール(12話)分入れるのは容量的には何も問題はないはずだもんねっ! 首相権限をフルに活用して、アニメ業界に新しい風を吹きかけ殴りこみをかけなきゃだよ♪」

「はぁーっ。強大な権力を手に入れて最初の言葉がそれなのかよ……。だがな、俺は朱莉のその考えに大いに賛同するぞ♪」


 そう朱莉は重度のオタクなのだ。それも中二病が小康状態になっただけの中三病。

 だが俺は深い溜め息交じりにも、朱莉の考えに賛同した。だってアニメのBDボックスを全巻買い揃えることは値が張ることだし、そもそも俺だって1巻に1クールくらいは入るだろう……との同じ事を胸に抱いていたオタク同類なのだから。


 朱莉と同じく俺もまたオタクであり、しかも社会に出ているにも関わらず、一度たりとも働きも就職活動すらしていないネオニートという立場だった。

 ある意味で自分の中では『働いたら負け』を常に胸に抱いていると言っても決して大げさではなかったのだ。


 むしろ朱莉が得たその権力とやらを是が非にでも俺に授けて欲しかったと羨ましがったのは言うまでもない。

 そもそも下手をすれば、この物語の主人公は俺ではなく、朱莉なのかもしれないと今頃になって小野妹子おののいもこばりに恐れ戦いてもいたのだった。


 そしてその日の夜には朱莉が首相になることが政府機関から公式に発表され、日本中に知れ渡ることになった。

 もちろん朱莉の始めにする仕事は最初から決まっていた。


 それは一国の首相としての所信表明である。

 国中に自らが国民の中からあみだくじで選ばれて代表となり、そしてこれからこの日本をどう変えていくのか、それらを交えながら何かくっちゃべる話すことで首相の演説と称するわけである。


「あのみやびさん、一つ聞いてもいいですか?」

「はい。遠慮なさらずにどうぞ。今や貴方も私と同じく、朱莉さんを支える秘書なのですから」


 そう何故か兄である俺までも朱莉の秘書として傍らに置かれることになっていたのだ。

 もちろんそこは朱莉の唯一の肉親でもあるこの俺……家族の安全を確保する意味合いもあっただろうが、実際には朱莉が俺に傍に居て欲しいとみやびさんに頼んだからである。


 けれども兄とはいえ、朱莉の傍にただ置くのも無駄飯食らいになるのだとみやびさんからはハッキリと言われてしまい、これまでニートの中のニート、ネオニートだった俺までも朱莉の第二秘書という役職を得ることになった。

 それはただの体裁としてではなく、朱莉を支えるという秘書として、また心身ともに管理する仕事までもそこに含まれていたのだ。


「それで聞きたいこととはなんですか? もうすぐ朱莉さんの所信表明が始まる時間ですよ。ああ、もしや原稿のことですか? それなら既に用意されたものを朱莉さんに渡してありますよ」

「いや、それも不安ちゃ不安なんですけど……。そもそも朱莉は何で学園の制服着ているんですか? 普通、こういうのってスーツとかじゃないんですかね?」


 そう俺が尤も懸念というか、疑問だったのはそんな一国の首相が挨拶をする場なのに朱莉が着ているのはセーラー服だったのだ。

 しかもJK仕様なものだから、わりとスカート短め胸元やや開け気味のビッチ御用達の格好である。


「ああ、アレですか? あれは完全に私の趣味で選び……い、いえ。アレはですね、選ばれたのが現役女子高生であると世間に大々的にアピールする狙いとともに、可愛らしい彼女が恥らう姿を私がただ堪能したかった。それだけの理由ですね」

「おい、そこのストーカー眼鏡。何ウチの妹を自分の趣味趣向の捌け口にしやがってるんだよ。そんな堂々と言われたら、こっちだってちょっと共感しちまうじゃねぇかよ」


 そうみやびさんは朱莉のことが大好き人間だったのだ。

 しかも第一秘書と彼女を守るシークレットサービスという二大特権を余すことなく活用して、何の障害もなく合法的に朱莉のことをストーキングできるなどと、むしろ嬉々として喜びに満ち溢れていた。


 俺もまた朱莉大好き人間ただのシスコンとして、そんなみやびさんの公私混同を厭わない姿勢に敬服の念を覚えずにはいられなかったのは言うまでもなかった。


「あーあー。テステス。こほんっ……それではこのたび全日本国民の中からあみだくじによって、公平且つ不運にも首相へと選ばれてしまった月野朱莉さんから所信表明をいただきます。なお、記者の方々の質問は一番最後にまとめて……」


 いよいよ所信表明が始まることになり、まず官房長官であるという見知らぬ名も無きおっさんが何やら詰め掛けている記者達へと説明していった。


「おおおお、お兄ちゃん。どうしよう……ワタシ、ワタシ……ヒッヒッフー」

「朱莉、落ち着けって。原稿あるんだろ? それのとおりに喋ればいいんだからさ。あとお前、何でラマーズ法なんて知ってるんだよ? ちょっと息遣いがエロすぎてお兄ちゃん、興奮しちゃうだろ」


 朱莉は極度の緊張感からか、口から卵的なものを吐き出さんばかりの勢いで産気づいていた。

 だが朱莉が緊張するのも無理もないこと。


 記者会見の場にはたくさんの報道陣はもちろんのこと、用意されたカメラの数も半端じゃなかった。

 そのフラッシュの光源数と言ったら、個人的な太陽拳ではとてもじゃないが太刀打ちできないほどのフラッシュがかれていたのだから。


「こんなときは手の平に『入』って書いて飲み込むんだよね? ね?」

「いや、それだと『入り』になってモロ誤字じゃねぇかよ。何で上側に横棒一本足しちゃうんだよ」

「それでは私が手の平に書きますから、朱莉さんはそれを舐めてくれませんか? はぁはぁ」

「えっ? いいの? 助かるよみやびさん、ありがとう~」

「なにこの機会にちゃっかり自分の欲望を叶えようとしてんだよ、みやびさんは。そして朱莉も朱莉で簡単に乗るんじゃねぇよ」


 傍で見守りながらも周囲の人達に的確な指示を出していたみやびさんだったが、自らの手の平に『人』と書いてそれを朱莉に舐めて貰おうと画策している。

 

「それでは……ここは私に任せ、お二人は先に入って下さい!」

「いや、みやびさんにこの場を任せちゃったら、アンタが首相になっちまうだろ。そこまで馬鹿なのかよ……。ってか、もしかしなくてもアンタも中二病発症しているんじゃねぇのかよ!?」

「本当に? じゃあお兄ちゃん、この場はみやびさんに任せて……」

「だからっ! 朱莉も朱莉で何を喜んでいるんだよ!?」

「……で、あるからして。これからの日本国は……」


 俺達は官房長官が夏休み入り前の終業式時の校長の如く、長話をしている間そうやって暇を潰していた。

 本来ならばその時間を使い、用意された原稿を暗記すべきなのだったのは改めて言うまでもない事実である。


「……それでは、このたび火の元日本の首相に任命された現役女子高生であらせられる月野朱莉さんのおなーりーっ♪」

「は、はい。お兄ちゃん、みやびさん行ってきます!」


 長い官房長官の昔話が終わると何故だか幕府の傍仕えのような言葉で呼びかけられ、ついに首相である朱莉の出番がやって来ることになった。

 朱莉はまるで戦場へと赴く兵士ようにビシッとした敬礼をしてから、記者とカメラが渦巻くその場へと足を踏み入れた。


 俺とみやびさんは朱莉を送り出し、傍らの袖際でただ事の成り行きを見守ることしかできなかった。

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