第73話 吾妻君の誕生日へ向けて
吾妻君との初エッチから一ヶ月ちょっと。吾妻君との仲は良好だと思う。
大学ではほぼ一緒に過ごしているし、お互いにバイトで忙しいなりにデートも週一はしてる。相変わらず口数は少ないけど、スキンシップは多目な吾妻君。最近では、誰がいても気にせず手を繋いだり腰に手を回してきたりする。ほぼ0距離でいることが多い。
硬派なイメージの吾妻君からはちょっと想像できないかもだけど、甘々な表情というよりも常にクール(みんなは厳つくて怖いって言うけど)な態度だから、バカップルという認定はされていない。
人目のあるところで吾妻君にくっつくのは恥ずかしいんだけど、好きって態度で示されている気がして嬉しいから、つい私からもすりよっちゃう。
「吾妻君、今日はカテキョだよね? 」
「あぁうん。カテキョの後、カフェにヘルプで入る。なんか、バイトの人がインフルにかかったらしくて、人数が足りないんだと」
今日は吾妻君は中学生ガールズの家庭教師のバイトの筈だった。彩ちゃんが吾妻君狙いなのは確実で、カフェの方には舞先輩もいて……、でも今の私は前みたいに不安にはなっていない。
だって……。
私が繋いでいる手にキュッと力を入れると、吾妻君が私にしか見せない笑顔(顔は笑ってないんだけど、目尻がほんの少し下がるの)を向けてくれる。この表情は私しか知らない筈!
「最近、カフェの方も忙しいね」
「まぁ、急に代理で頼まれることが増えたしな。その分、バイト代が増えるからいいんだけど。伊藤も最近バイト増やしたろ? また誰か具合悪いん? 」
「ううん。そんなんじゃないんだけどね、愛花ちゃん塾行き始めたから代わりにね」
これは嘘ではない。
高二の愛花ちゃんは、夏休み明けから塾に行き出した。受験を目指して……ではなくて、受験する彼に合わせてだ。少しでも一緒にいたいという乙女心だと思うが、愛花ちゃん曰く、「ちょっと目を離すと浮気するから」らしい。
お金が入り用の私には、バイト時間が増えるのはウェルカムだから、愛花ちゃんの代わりにバイト時間を増やしたのだ。
お金が入り用な理由、それはもうすぐ吾妻君の誕生日だから。
十二月二十五日、世間一般はクリスマスではあるけど、この日は吾妻君が生まれてくれたありがたい日でもある。
もちろん、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントは別に贈りたい。さらにいえば、せっかくのお祝いなんだから、自分も綺麗に着飾って吾妻君に綺麗だと思われたい。その為には、洋服に化粧品、下着だって新品で揃えたいよね。
そう下着!
初めて吾妻君と……した時、あの日、全くもってそんなことになるなんて予想してなかったの。言い訳になっちゃうけど、学祭見て回るだけだって思ってたから、かろうじて上下セットではあったけど、ちょっとヨレた使い古しのをつけてた。もう、あの日の朝に戻って、可愛い下着にしなさいって自分に言いたい!
だから、次の機会は絶対にリベンジしたいんだよね。だから、その為にもバイトに精を出さないとなの。下着って、けっこう高いんだもん。
次こそは! って、一応毎日可愛いのつけてるんだけど、今のところまだ出番はなしです。
き・期待してるわけじゃ……。
一人百面相ではないけど、つい色々考えて顔色をかえていたら、吾妻君が私の手をギュッと握った。
「あのさ、十二月のバイトなんだけど」
「うん? 」
「二十三、四、五は空けておいて欲しいんだ」
バイトのシフトはもう出ているけど、二十四、五日は元から空いていた。だって、イブだし、吾妻君の誕生日だしね。バイト先の及川のおじさんもおばさんも、彼氏ができたんならクリスマスはこなくて大丈夫だよって言ってくれていた。
「二十四、二十五日は休みにしてるよ。二十三は愛花ちゃんに相談しないとかな。でも何で? 」
吾妻君は、アーッとかウーッとか唸っていたが、私から少し目を反らすようにして小さな声でつぶやいた。
「旅行に……」
「旅行? 」
「二泊三日で予約がとれたんだ」
「え? 」
全くの初耳である。吾妻君と旅行に行こうとか話したことなかったから、純粋に驚いてしまった。しかも、予約済み?
「旅行とかまずいか?」
固まってしまった私に、吾妻君はわずかに眉間に皺を寄せる。一見不機嫌そうに見えるけど、実は不安だったり気になることがあるとこの表情になるみたい。
「まずくはない……と思うけど」
まさか正直に吾妻君と旅行だなんていえないから、佳苗ちゃんに話して協力はしてもらわないとだけど。さて、何て言えば怪しまれないかな?
吾妻君との旅行は、すでに私の中では決定事項になっており、なんと両親に言い訳しようかと悩んでいると、吾妻君の眉間にさらに皺が寄った。
「駄目だったか? 」
「うん? 」
「旅行。嫌ならキャンセルできるから」
「えっ?! やだ! 」
「やだ? 」
「何でキャンセルなの? 吾妻君と旅行したいよ」
「いいの? 」
吾妻君の眉間の皺が消える。こういうとこ、厳つい吾妻君が凄く可愛く見える。
「いいに決まってるじゃん。親に何て言おうかなって……」
「そっか……そうだよな。伊藤は女の子だから、簡単に旅行は無理か」
無表情ながら、わずかに下がった眉毛に吾妻君の落胆をバシバシ感じてしまう。
私は吾妻君の手を両手で握って胸元に引き寄せた。
「行く! 絶対に行く! だからキャンセルなんてしないでね」
吾妻君は私の勢いに押されたように、コクコクとうなずいた。
★★★
「ただいま」
今日はバイトのなかった私は、吾妻君のバイトの時間まで一緒に過ごした後、愛花ちゃんにラインで二十三日のバイトを替わってもらえるように交渉成立させてから家に帰ってきた。
「お帰りー。手を洗ったらいらっしゃい」
「はーい」
私は手を洗った後にキッチンダイニングに向かう。
ママがプリンを食べていた。
「いいの? 夕飯前だよ」
「いいの、いいの。冷蔵庫に入ってるから出してらっしゃい。パパには内緒よ」
私は冷蔵庫からプリンを出してくる。私の分のプリンを出した後、冷蔵庫には残り二つ。二つ?
「ママ、冷蔵庫にあと二つ入ってたよ」
「うん。だって後でパパと食べるんだもん」
さいですか。
さすがママっぽいですよ。
私はママの隣に座ってプリンを食べる。ゼラチンで固めたプリンじゃなくて、ちゃんと火が通った固めのプリン。手作りっぽくて美味しい。
「ね、ママは大学の時にパパと付き合ったんでしょ? 」
「うんそうよー」
「付き合ってる時……りょ旅行とか行った?! 」
ママはプリンを一口食べる度に、美味し~いと頬を押さえる。
「行ったわよ。サークル一緒だったし」
「じゃなくて、二人で……とか」
ママはニンマリと笑う。
「友達とね、四人で行くって話だったの。でもね、待ち合わせにはパパしかいなかったの」
「えッ? 」
「しかもね、まだお付き合い前」
「え~ッ?! 」
ママはクスクス笑う。
「行ったの? 」
「行ったよ。だって、ママはパパのこと大好きだったもん。ヨッシャーって思ったよ」
ヨッシャーって……。それでいいの?
「ちゃんとね、新幹線に乗る前に告白してくれたしね。だから、旅行中はちゃんとカップルよ」
手もつないでないんだよね? もちろんチューも。
「泊まりだよね? 」
「二泊三日。もちろん一部屋よ。でも、その時はキス止まりね。手を繋いで寝たの。ウフッ、可愛いでしょ」
可愛い……。まぁ、両親の初めてなんか知りたくはないから、可愛いでいいかもしれない。
「何? 吾妻君と旅行でも行くの?」
「えっ?! いや、そんなんじゃ……」
ママはフフフッと笑う。
「嘘ついて行くよりは、ちゃんと言った方がいいと思うわよ。親が知ってるって思えば、そうそう悪いこともできないでしょ」
アリなの?!
「や……あの」
「まぁ、パパにはまだ内緒の方がいいわね。泣いちゃうから」
「あ……うん」
「ちゃんと宿とか教えてね。何かあったときに連絡がとれないと困るから」
「……うん」
結局、吾妻君との旅行を認めることになってしまった。
ママ公認で吾妻君と旅行。
恥ずかしいけど凄く嬉しいかも。
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