第四話 凶器の行方

 私たち四人は、灰城健が殺害されたと思われる二階の個室にやってきていた。部屋は荒らされた様子はなく、金目的とは考えにくい。

 犯人の目的はおそらく殺害そのものだろう。このことからも、外部ではなく内部からの犯行という可能性が高い。


 すでに死体は撤去されており、代わりに紐で死体の形が再現されてある。話に聞いてた通り、頭はドアとは反対の押し入れ側に向いてあった。

 論理的に考えて、後ろから殴られて前へ転倒したのだろう。


「この血は?」


 すぐさま気がついたのは、頭の部分の地面に付着している血痕だ。


「これは、棚に額をぶつけた際にできた傷のものだ。けど鑑識の見解じゃ、後ろを殴られた時点で即死だったそうだ」


 斉田刑事は説明しながら、死体が映っている写真を資料として渡してくれた。私の後ろから、才色がそれをのぞき見しているのには気がついていた。


「うわ~。いたそ。後ろもだいぶへこんでるね」


 被害者の額には小さめの傷が残っており血が流れた後もある。押し入れの扉が開いており、真ん中あたりにある仕切り板にぶつけたようだ。


 才色が指摘した通り、予想以上に彼の後頭部がへこんでいることが分かる。遠くからの写真では髪で分かりずらいが、アップにするとはっきりとへこんだ跡がある。


「即死ってことは、かなり強い衝撃を受けたってことですよね。これほど威力のある凶器が見つからないのは、不可解ですね」


 先ほど斉田刑事が言っていたが、威力が高いということはそれだけ重みがあるということだ。重みがあるということは、それだけ物質が大きいことだ。

 もしくは特殊な素材を使って重量をあげているか。どちらにせよ、凶器なことには変わらず、処分するのは難しいだろう。外に持ち出した可能性が低いと考えるとなおさらだ。


 警察が探しても見つからなかったとなると、何らかのトリックを使用して消失させたのだろうか。


「あ、わかっちゃった」


 私はその言葉を聞いて咄嗟に才色のほうへ振り返った。


「言ってみろ才色。期待はしていないが」


「嫉妬はよくないぞ、名探偵くん。重いのになくなるっていったら、あれしかないでしょ」


 自慢げに推理をしだす才色が鼻について仕方がない。しかし、俺は大人しく話を聞くことにした。


「水だよ、水。ペットボトルに大量に水を入れれば、相当な重さにならない? しかも使った後は流しちゃえば証拠は残らないし」


 認めたくはないが、才色の意見に私はすぐには反論できなかった。こういった発想をすぐに思いつくのは、彼女ならではなの才能だ。

 お嬢様として育ってきた常識破りの発想力。これが彼女が空想探偵とされている理由だ。


 私は昔から考えが固いと言われることが多い。そのため、あと一歩のところで事件の真相にたどり着けなかったことがあった。

 だから、私にはない発想を持つ彼女を、探偵,Sに迎え入れたのだ。


「あー、えっと、言いにくいんですけど、その可能性は低いかと」


「どうしてよ」


 斉田は申し訳なさそうにその理由を説明した。才色は彼より年下だというのに、なんとも情けない。


 「凶器なんですけど、へこんだ後から推測するに円状のものらしいんですよね。なので、ペットボトルだと形が合わないかと」


 円状のもの。これだけでだいぶ絞られてくる。金属バットのような細長いものではないということだ。ここまで絞れているのに、なぜ見つからないのだろうか。


「えー、じゃあ風船に入れて殴ったんだよ。それなら丸いでしょ」


「割れるのに決まっているだろ」


 確かに彼女の発想力は学ぶべきものがあるが、今みたいにあっているとは限らない。というかほぼほぼ間違っている。

 けれど、何も進展がないよりは断然いいのだ。

 可能性を一つ一つ消していくのも、推理には必要な手順だ。


「新垣さん、警察にも聞かれたとは思いますが、何かこの部屋に不審な点はありませんか? 何かが紛失しているなど」


 この部屋から消えているものがあれば、それを凶器として犯人が何らかの方法で消したかもしれない。


「えーと、そうですね……」


 新垣は友人が亡くなった部屋と言うことで、あまり部屋に入りたがらなかった。しかし、私に言われて必死に思い出そうとしてくれていた。


 押し入れの仕切り板にも灰城の血痕が少しだけ付着している。押し入れの中には、扇風機やバーベキューに使った道具などがしまわれている。見た限りでは何の変哲もない押し入れだ。


「あ。ボール」


「何がないか、分かりましたか?」


「ビーチボールがないですね。でも、リビングに置きっぱなしだったような」


 言われてみるとボール一個分が入る隙間があるように見受けられる。

 しかし、彼女の言った通りビーチボールはここにないだけで紛失してはいなかった。何故なら、ケースに入れられたままリビングに置きっぱなしであることを、斉田刑事が確認していたからだ。


「ボール、丸い、それだよ!」


 私が思いついてすぐに除外したことを、才色は素直に話し出した。


「ビーチボールで後ろから殴ったんだよ。これなら円状でしょ?」


「いや~どうですかね。確かに下にあったものは風船じゃなくて、ある程度硬さのあるものでした。でもさすがに、ねぇ」


 フォローをし続ける斉田だったが、そろそろ限界のようだ。


「じゃあ、殴ったんじゃなくて、スマッシュを打ったとしたら? それなら頭もへこむでしょ」


「そんなことしたら球がどこかに行って、現場があれているはずだろ。命中する可能性も距離もない。それに、そんなことで頭がへこんでたら、プロの大会は殺人だらけだ」


「言われてみれば、そうだけど」


 才色はそれ以上言い返してこなかった。おそらく、自分自身でも勢いで発言したことを少しは後悔しているのだろう。


 押し入れにしまい忘れているのは気がかりだが、ビーチボールが凶器の可能性はほぼゼロに近いだろう。

 新垣にまだ無くなったものがないか聞いたが、他には思い当たらないそうだ。


 私は凶器になりうるものがないか、入念に部屋をチェックした。しかし、そもそも別荘ということで、物自体が少なかった。かさばるものは押し入れに収納されており、他はテーブルとベッド、タンスぐらいだ。


 テーブルの上とベッドの下には何もなく、次にタンスの中身を調べることにした。簡易的なパジャマと、灰城のものと思われる夏服がしまわれているだけだった。


 最後に、テーブルの横に置かれた端用のリュックを拝見した。中には着替えと財布、あとスマホ。小さなケースがあったので開けてみたが、ピアスが入っているだけだった。ガイコツや十字架といった奇抜なものが多かった。


「これといったものは無さそうですね」 


 人を殺せるほどの円状の凶器。候補はたくさんあるが、それを隠すか消せる方法がまだまとまらなかった。


「うーん、犯人は何で殺したんだろう。水はいい線いってると思ったんだけどな~」


「まだ言ってるのか。諦めて次の可能性を考えるんだろうな」


「でもさ、見つからないってことは隠したってより、もうここにはないってことだと思うんだよね。だから、水しかないと思うんだよな~」


 私は頑なに水という発想から離れない才色に違和感を覚えた。もしかしたら彼女は、答えまであと一歩のところまで来ているのかもしれない。


 そんな彼女を見て、私の中に凶器になりうるものが一つだけ思い浮かんだ。


 まだ確信はないが、これなら犯行が可能かもしれない。


 この事件の真相に、私たちは着実に進んでいる気がしていた。

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